326話 目覚める狼少女
暗闇の中に大上瑠奈は一人、漂っていた。ふわりふわりと体が浮いている感じがして、その感触が心地よくて、眠りを深くしようとする。
自分がいる場所はお花畑で、ふわふわと体が浮いているような感じを持ちつつ、瑠奈は寝ぼけ眼で移動していた。
そうしてしばらく歩くと目の前に薄っすらと川靄がかかった川が見えてくる。
これはあの川を渡るんだろうなぁと思いながら、なにやら川の側に近づくと川向こうから声が聞こえた。
誰の声だろうと不思議に思いながら見てみると
「わっはっは! 馬鹿娘! 早くこちらに来い! 興行するにも相手がいないのだ!」
馬鹿な高笑いをしながら、筋肉に覆われた肉体を見せつけて、腕組みをしている親父が立っていた。お〜い、早くこ〜いとブーメランパンツを着て、プロレスをやる気満々だった。
「そこは俺にはまだ早いから来るなとかだろっ! 馬鹿親父っ!」
どう考えても三途の川で、普通は来るなと言うはずの親しい人が、興行ができないから早く死ねと言ってくるので、呆れて怒鳴る。プロレス好き過ぎだろ、あの親父はと。
その叫び声でがばりと目が覚めて起床した瑠奈。
だが、誰かに抑えられていて動けないことを悟った。
素早く周りを見渡すと腕と足は見知らぬ可愛らしい幼女たちがくっついてか弱そうに抑えており、自分はベッドに寝かされていると気づく。
そして目の前には白衣を着た見覚えのある少女が立っていた。
「これより改造手術を始める。メス」
鈴の鳴るような可愛らしい声音で、隣でワクワクとしている幼女へと指示を出す美少女。
「はいでつ」
幼女は小箱からチョコレートのついたクッキー棒を嬉しそうに取り出して手渡す。
むふふと楽しそうにしながら、美少女は瑠奈のほっぺにメスと称したチョコレートをぷにぷにと押し付けてくる。
「この改造で1号は最強の改造人間へとなるわけだ」
幼女たちが、キーと片手をあげてノリよく叫ぶので、なにかのごっこ遊びをしているのだろう。
はぁ〜と、疲れた声でため息をつき、瑠奈は口をあんぐと開いてチョコレートを口にするのであった。
ポリポリとチョコレートを噛み砕いて食べる瑠奈は久しぶりの甘味だなと嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ややっ! 改造手術中に目覚めたぞ!」
美少女というか、レキがわざとらしく驚いた様子を見せて幼女へと振り向く。大変だ、改造人間が逃げちゃうと。
そして飄々と普通に会話を続けてくる。
「メス」
「はいでつ」
特にリアクションはそこで終えて、何事もなかったように続けようとするレキへと、抑えられていた手足を幼女が傷つかないように、そっと外してツッコむ。
「なんでリアクションがそこで終わりなんだよ! お客さんが見ていたら戸惑うだろっ。そこは殺陣が始まるところだぞっ」
ヒョイとレキの手にしたチョコレートを奪い取り、口に放り込んでの言動は興行をしていた環境だからこそと思われる言葉であった。
きゃ〜と楽しそうな声をあげながら蜘蛛の巣を散らすように逃げていく幼女たち。てこてこと部屋から出ていく様子を見たあとにレキへと視線を戻すと、よいしょと白衣を脱いでいる。
「そろそろ起きると思って待機していたんですよ」
白衣を脱ぎながら、飄々と答えを返してくる美少女の言葉に戸惑ったように周囲を確認する。
患者服を着させられており、寝ているベッドはシーツも真っ白で汚れている様子もない。窓は開いており、そこから気持ちの良い風が頬を撫でる。
周りの様子を見ながら、改めて驚きを口にする瑠奈。
「びょ、病院? こんな綺麗な場所がまだあったのか?」
戸惑いながらも、病院だろうと予想をして問いかける。崩壊した世界でこんなきちんとした病院があるのかと驚きながら。
その問いに花咲く笑顔でレキは伝える。
「そのとおりです。ここは名古屋コミュニティではありません。いえ、正確にはその上空にいるんです」
「上空? どういう意味だ?」
ん?と首を傾げて、意味がわからないので、窓越しに外を覗いてみると、信じられない景色があった。
「なんじゃこりゃぁ〜!」
驚きすぎて口を馬鹿みたいに開けて、瑠奈はその景色に唖然とした。
眼下には雲が浮かび、その下には廃墟となったビル群が見える。ジオラマのように存在する街を目に入れて、自分はいったいどこにいるのかと思う。やっぱり天国かなと。
そんな瑠奈の内心に気づいたのか、気づかなかったのか、レキはニンマリと微笑みを浮かべてサプライズ成功と呟くのであった。
「ここは空中医療艦ホワイトチョコ。いえ、なんでもないです。ここは空中医療艦です。外から見ると美味しそうなホワイトチョコに見えたりするかもですが気にしないでくださいね」
平たい板チョコみたいな白い船体の空中戦艦ホワイトチョコ。名前についてはもう諦めてね、美味しそうだから良いでしょうとスルーすることにして
「まだ名古屋までのルートは解放されていないので、とりあえず空中医療艦と輸送艦だけを寄越したんです」
全長200メートルの空中戦艦。隣には同じ全長の黒いシルエット、空中輸送艦ビターチョコが飛行していた。
若木シティなどの軍隊に、隊を展開するのに作らせた空中艦隊。輸送艦ビターチョコ3隻、砲列支援艦ミルクチョコ2隻、医療艦ホワイトチョコ1隻の計6隻からなる艦隊だ。
それぞれ平均搭乗数1200人であり、使いやすい慣性遮断式簡易重力操作エンジンを積んだレベルでいうと2程度の艦である。無論ゲームの仕様なので深く解析はしない方が良いだろう。
それと最後に全長300メートルの空中酒保艦ウィスキーボンボンがあり、これは名前の通り兵士を癒やすための酒場であった。ちなみに時速200キロが最高の鈍足艦だった。兵士たちの一番人気である。
なんでこんなものを作ったかというと、どうやら冬の東日本制圧作戦は兵士たちからだいぶ不満が噴出したらしい。
当たり前である。いかに耐寒装備やアイテムがあっても、人々の精神は持たないのだ。ケアは完全で精神状態異常を癒やす薬を使えば完璧だと遥は考えていたが、精神状態異常でなくとも、不満とストレスが凄かったのだとか。
そのために建造した艦隊はドライを艦長に、一般兵士が搭乗できるものであった。これでなんとか不満もストレスも退職者もいなくなる予定。こんな世界だからブラックでもやめる人は少ないと思われるが。そこはさすがに良心がいたんじゃうおっさんであった。
この艦隊は静岡や長野県を制圧する軍隊に配備されたのだが、まだまだ制圧することもできていないのに、さらに飛び石の如く愛知県を攻略してしまったために急遽輸送艦と医療艦に来てもらったのだった。おっさんの計画のなさがわかるというものである。きっとチートパワーがなければ補給路が失われて全滅するだろうことは間違いない。
若木シティの軍隊にレンタルする形をとったので、願わくば運営が考えていない艦の運用をしないで欲しいとも祈っている。なにかおっさんでは思いつかない運用をしそうで怖いのだ。そしてその考えはあとで当たるだろうとも予想していた。
そんな医療艦に緊急治療の名目で瑠奈は放り込まれた。回復するにも色々と必要な手順があったので。
「大丈夫ですか? 丸2日寝ていたんです。痛いところはありますか?」
またチョコレート棒を箱から取り出して、ぷにぷにと瑠奈のほっぺをつつくレキ。
むふふと愛らしい笑顔で悪戯してくるので、なんつーか幼げで可愛らしい少女だと、自分とは違うなぁと思いながら
「やーめーろー」
とツッコみを入れて、レキの持つチョコレートの箱をパシッと奪い取る。そのまま数本纏めて取り出してばりぼりと荒々しく食べちゃう。
口の中にチョコレートの甘みとクッキーの味が広がり、久しぶりだと顔をニヤけさせてしまう。
「んで? あれからどうなったんだ?」
起き上がり、ベッドにあぐらを組んで尋ねる。親父に勝ったあとに意識を失ったので、その先がわからないのだ。このコミュニティはどうなったのであろうか?
「あぁ、敵のボスは二郎さんが激戦の中で倒しました。残念ながら二郎さんは………」
悲しそうな表情となり、顔を俯けるレキの様子に親父は洗脳が解けて、秀吉のおっさんを倒したのだろうと予測した。その結果はきっと……。
「二郎さんが来世は幸福な牧羊犬として生まれ変わるのを望みます。北海道辺りで牧場で馬車馬のように働くように」
ら〜めんと呟きながら冥福を祈るレキ。
「仕方ねぇよ。親父は洗脳されていたとはいえ、皆に酷いことをしたからな……。今まで生き残れたのだって悪運が強すぎたからだしな」
つい湿っぽく答えちまう。馬鹿な親父だったし、貧乏だったし、良いところはあまりない親父であった。まぁ、アホで憎みにくいところが取り柄であったろうか。
コクコクと頷きレキも追随する。
「そうですね。まっ黒焦げになっても再生するその姿は正直びっくりしましたが、完全治療後はさすがに脂肪やらなにやらが減りその分痩せ細って、細マッチョになりましたしね」
ん?と小首を傾げる。なにか今変なこと言わなかったか?
不思議がる俺を気にせずにレキは話を続ける。
「ただの人間になって、ほとぼりが冷めるまで牛乳絞りをしているのかもしれません」
「ん〜? それってよお?」
「そういえば北海道の牧場に新人が入ったそうです。たしか名前はカウフマン三郎」
え〜、それはわかりやすすぎるだろと俺が声を張り上げて詰問しようと思った。だが、レキの真剣な表情に言葉をとめてしまう。
ゆっくりとした口調でレキは伝えてくる。
「………洗脳されていた者たちは記憶があるなしに限らず、もはや恨みを買いすぎていて名古屋での生活は無理でしょう。漫画や小説ならば、罪を償えと主人公が説得してその場で生活させるパターンもあると思います。ですが、洗脳されていた人々は罪がないと私は考えます」
なぜかいつものレキとは違うその様子に息が詰まって何も反論できない。
「ですが、被害を受けた人々は許しはしませんし、報復も考えるでしょう。そこに不幸なイベントが混ざる可能性も高いのです。だから大上二郎は死んだんです。申し訳ないですが………瑠奈さんが当人に出会っても気づかない容姿もしているでしょう」
「………そっか………。そうだよな。今さら洗脳されていたから許してくださいと言われても、被害者は許さないやつが多いだろうし、記憶にない事を謝られてもお互いに良いことないもんな………。そっか、親父は死んだのか」
レキのもっともな言葉に納得するが、なぜか力が抜けた感じがして、ボスンとベッドへとあおむけに倒れこむ。どうやら意外と親父のことを好きだったらしい。自分でも驚きだ。
そしてもう二度と親娘として会うことは無いのだろうと考えると寂しく思う。
「えぇ、ウルフマン二郎は死にました。例え北海道に行っても、見分けはつきません。たんに牛のマスクを被ったプロレス好きな大人がいるだけでしょうから」
「それ、バレバレだろ! マスクをしていたらバレバレじゃねぇか!」
思わずツッコミを入れてしまう俺ににやりといたずらっ子のように笑みを返すレキ。
「死んだんです。次に会うときはプロレス興行をやろうとか勧誘されるかもしれませんよ?」
「そっか………。さらば親父。俺、親父の分まで一生懸命に生きるよ。親父の分まで総合格闘技を広めていくから、草葉の陰から見ててくれよなっ」
グッと拳を握りしめて宣言する。もう貧乏プロレス興行は沢山である。次は総合格闘技を興行していこうとも考える。貧乏興行でも総合格闘技なら良いやと。
その様子に、レキはなぜか俺の内心を読み取ったように呆れた表情へと変わる。
「はぁ、親娘揃って同じようなことを考えるんですね。カウフマン三郎には数年は普通に働くように伝えておいたので問題はないでしょう。たぶん………」
この親娘は少し不安だと思いながら答えてくる美少女だった。
コンコン
そんな二人が話合っている時に、ドアを叩く音がする。
「はぁ~い」
と、素直にドアを開けるレキ。そうして入ってきたのは眼鏡をかけた理知的ないかにもな女医であった。ネームプレートにイーシャと書いてあるのが見える。
俺を見ながら、うんうんと頷く。
「どうやら意識は戻ったようですね。健診を受けてもらいたいけど大丈夫かな?」
子供相手に話しかけるように、多少腰を屈めながらその仕草だけでも安心するように聞いてくるイーシャ。
俺は先程から気になっていることを思いながら頷く。
「あぁ、俺は健康体か見て欲しいよ」
己に満ち溢れていた力はまったく感じなくなったと、寂しい考えに至りながら。
医療艦は狭いなりに、大きく患者の為の小部屋とか診察室があった。
「はい。手をあげて~」
優しく労わるように指示をだしてくるイーシャの指示に従い、未来的なベッドで言われたことをする。光線が自分を通過して、なにやらスキャンをしているんだろうと思う。映画でもこんなアイテムがあったし。
「なんつーか。凄いよな。こんな技術があったんだ」
名古屋とは違い、確立された技術力を感じる戦艦内を見渡しながら俺は口を開く。空中に浮くところから始まり、感心することだらけだ。
「そうね、これがあれば大体の怪我、病気は治りますよ。そのための医療艦ですしね」
イーシャさんはモニタ画面を見ながら答えてきて、数分して見終わったのだろう。ほぅと安心するような息を吐いて、こちらへと伝えてくる。
「全て問題なし。健康体よ、少し栄養が足りないので、レキ様にあとでご飯を奢ってもらうといいわよ」
ふふっと悪戯そうに伝えてくる。見かけと違ってお茶目なところもあるみたいだ。なんつーか、凄いモテそうな感じ。ギャップがあって、仕草もいちいち母性を感じさせる。見ていると安心してしまう相手だからだ。
「やっぱり俺の青い血を抜いたんだな? まぁ、起きたときから気づいていたけどな」
あの万能感を感じさせる力を感じなくて寂しくて不安だと思いながら聞くと、女医さんは普通の態度で頷いて肯定をしてくる。
「当然でしょ? あの青い血は少し危険だったもの。危険であれば治すのが医者の仕事よ」
銃弾は効かず、装甲を打ち破り、ジャンプ力はビルの中階まで飛び上がり、再生能力も凄いとくれば、当たり前の話である。
「ははっ、そうだよな………。あ~あ、俺もこれからは職探しだよな~」
無くなった力を嘆くより、未来へと目を向けようと考えていたところ
「大丈夫ですよ、瑠奈さん! 私がモフモフを失くすようなことをするわけがないじゃないですか」
ずっと部屋の隅で待機していたレキがわくわくとした表情で突撃してくる。そうして懐からデフォルメされた狼が書いてある玩具のベルトを取り出した。
なんというか嫌な予感しかしね~と思いながら、一応尋ねてみる。
「なんだ、これ?」
その言葉を待っていましたとばかりにベルトを高々と上げて叫ぶ。
「これは変身ベルトです。毒というか蒼い血を抜いた際に採れた素材を元に作り上げた大上瑠奈専用変身ベルトモフモフちゃん1号です! 今まで通りもふもふっ娘になれますよ。ただ基本能力は30%ほどさがりましたが、誤差の範囲でしょう」
てってれ~と口ずさみながら得意げな表情になるレキ。なんと狼っ娘に変身できるらしい。
「俺専用? 俺以外使えないの?」
「はい。浸透していた蒼い血は既に瑠奈さんと同化している部分もあったので、このまま消すのはもったいないと、わざわざ時間をかけて抜き取ったんです。変身モフモフ~と叫べば変身できますよ。身振り手振りは後でレクチャーしますね」
「えっと、それは俺に必要なのか? なんかいらないと思えるんだけど」
その言葉にくわっと目を見開いてレキは恐れおののくように後退る。なんか変なことを言っただろうか?
「なにを言うんですか! モフモフがない瑠奈さんなんて、カツカレーのカツがないおっさんと同じ存在です。もう特別性の櫛も用意したんですよ? 犬用シャンプーやリンスも揃えたんですよ」
「犬用って、何気に酷いぞ」
はぁ~と嘆息するが期待感に満ちた少女の視線に耐えることはできない。
それに自分も力を取り戻すのは必要だと考えているのだ。こんな世界だ、力はないよりあったほうがいいに決まっている。
なので、櫛を持って、シャドーで尻尾を梳く練習を楽し気にするレキを見て心を決める。
ベルトを受け取り、腰につけて、ばっと手を空へと掲げて
「変身もふもふ~」
ピカッと光り、その姿を獣っ娘に変身する瑠奈であった。




