31話 女武器商人は崩壊した世界を謳歌する
チュンチュンとスズメの声が聞こえてきて、人が通れるぐらいの大きさの窓ガラスのカーテンの隙間から光が差し込んでくる。
20畳はあるだろう大きさの贅沢な寝室である。趣味の良い落ち着いた家具が並んでおり、その隅に置いてあるフカフカのベッドに沈み込むように寝ていた五野静香は差し込んだ光の眩しさに目が覚めてその体をゆっくりと持ち上げた。
今日もいい天気だ、自分の体も絶好調であると起きた静香はガララと傍にある窓ガラスを開けた。外を見てみると青い空が広がっている。雲一つない青空であった。
そのままスリッパを履き、ぺたぺたとフローリングを歩いてリビングに向かう。到着して外を見るとガラス張りの壁から、庭が見える。和風の庭をイメージして作られたのだろう、小さな池と石の灯篭が置いてあり芝生はある程度の大きさで抑えられて、砂利の道が庭をぐるっと回っている。
カラカラとガラス張りのドアを開けて庭に出る。砂利を踏む音が小気味よく聞こえて、静香は大きく呼吸をした。澄みわたった空気が肺に入ってきて体に染み渡る感じがして元気がでてくる。崩壊してから車の排ガスが激減したからだろう。最近はまるで山にいるように空気が美味い。
「ちょっと風が強いね」
少し茶髪のぼさぼさのセミロングは、ビュービューと吹いてきた風にあおられて、ますますぼさぼさになる。その髪の毛を右手で軽く押さえて静香は庭の外を見渡した。
庭の外は高層ビルの立ち並ぶオフィス街であった。静香の家は高層ビルの屋上にあるペントハウスだ。
眼下に広がる高層ビルの間には、ボロボロで血だらけの服を着ていて、うぅぅ~と肉が削がれた口からうめき声をだしよろよろと歩くゾンビが多数見えたのだった。
静香は家に入り、冷蔵庫から朝食を取り出す。よく冷えていて美味しそうだと皿の上によそっていく。チャラチャラという音がして冷蔵庫から取り出した朝食は皿の上に盛られていく。
皿をテーブルの上に置いて、いただきますとスプーンをもって食べていった。
もしゃもしゃと今日も美味しいご飯だと思いながら食べおえた静香は洗い場の水を張ってあるボールの中に皿を入れておく。一日の終わりに全部の洗い物をする予定である。
バスルームに入り、着ていたバスローブを脱いでいく。ばさりとバスローブが床に落ちて、次はダイヤ、ルビー、エメラルドにサファイアにトパーズと別々の種類の指輪を、すべての指に嵌っているので外していく。最後はネックレスにピアスである。全て高級そうな宝石類を洗面台に置いてから、山となっている宝石類を横目に静香はシャワーを浴びようと中に入っていく。
ザーザーとシャワーを浴びて、さっぱりする静香、キュッとシャワーの蛇口を閉じてバタバタとバスルームを出て浴びた後の濡れた頭にタオルをかぶせて髪を乾かしていく。ドライヤーは電気がないので使えない。残念ながら、このペントハウスは太陽光発電ではないのだ。
髪が乾くのを待ちながら、最近雨が降らないのでそろそろ水の貯蓄がまずいとも考える。商人は身なりが大事なのだ。特に体臭が臭いと相手に与える印象が大いに悪い。商人である静香の最低限の身だしなみである。
雨が降ればいいのにとさっきの快晴を喜んだことは忘れてそう思った。
一通りの準備が整ったので、ワンピースを着てその上にトレンチコートを着ていく。最後に3メートルはあるであろう大きな鉄の箱を担いで、今日の行商の準備は完了である。
高層ビルの下まで伸ばしてある特殊ロープを掴んで、地上まで降りていく。ズルルと本当に止まるのかという凄い速さで地上まで落ちていくように降りていく。
地上が近くなって、ごついブーツを目の前のビルの壁に押し付ける。ぎぎぎと焦げるような匂いがして一気に降りるスピードが落ちていく。ドンと大きな音がして静香は地上に降り立った。
帰宅時はこのロープを登っていく。今までこの移動の仕方についていけた人間は見たことが無いので安心な移動方法だ。
ペントハウスから下に繋がる階段は、ダイナマイトで爆発させて、粉々にしてある。コンクリートでその道は埋まっているので、これ以外に移動方法はない。拠点としては良い方だろうと静香は自分を称賛した。
箱の重さもあり、少し大きめの足音を立てながら静香はオフィス街をしっかりとした足取りで歩いていく。生きた人間がいないオフィス街である。聞こえるのは鳥の鳴き声かゾンビのうめき声である。
周りをみて、ぼんやりと思う。サラリーマン風の右腕がとれているゾンビ、服が破れて胸が飛び出しているOL風のゾンビ。一定以上の腐り方をしていないので、何か特別な力が働いているのだろう。
そして、死んでなおこの人たちは会社に出勤するつもりなんだろうかと皮肉気に思った。
そんなことを考えながら歩いていたからだろう。目の前のゾンビに気づかずに肩が軽く当たってしまった。
「すいません。よそ見をしていました」
と軽く頭を下げて謝り、そのまま静香は歩き続ける。肩があたったゾンビはちらりと静香を見てから、そのまま徘徊を続けていくのだった。
それを横目で見て静香は自分がこうなった最初の日を思い出す。あの日があったから最高の生活になれたのだと喜びながら。
五野静香は普通のOLであった。今年で22歳になる。18歳から働いていたから、もう会社勤めは4年はしているところであった。
そんな静香の生活は6畳一間の安アパートに住んでおり、貧富の格差を呪いながら生活をしていた。特に目に見えて貧乏であるのは住んでいるアパートのみで着ている服も日ごろの生活もそんなに苦しいわけではなかったが、ニュースで見る何億も稼いでいる人間や金持ちそうな芸能人を見て、なんで自分は貧乏なんだろうと世界を呪いながら暮らしてきた。
普通の日本人は頑張ったって金持ちにはなれないと静香は思っている。頑張ってお金が貯まるのは普通ではない、何か才能のある人間なのだ。
畳敷きの安いと一目でわかる昭和から建っているであろうアパートの部屋の一つ。6畳一間で、最新のゲームハードを繋げてあるモニタをみて、ゲームをしながらそう思う。静香の周りは様々なゲームで埋まっていた。
ゲームを買わなければ、もっといい生活ができるとわかっているが、ゲーム代を抑えて少しいい生活をするより、ゲームを買って楽しんでいく生活の方がいいと思っている。どうせ、ゲーム代を抑えたごときでは多少暮らしがよくなるだけで、自分が望んでいる豪華な生活はできないとわかっていた。
ゲームの中では豪華な生活ができると静香はモニタのキャラをみて思っていた。久しぶりにゾンビがでるシリーズの4を遊んでいる。4は自分のお気に入りであった。
ゲームの仕様を変えたのであろう。今までとは違いお金や弾丸は落とすし武器商人も現れる。その前までのシリーズは残弾を気にしながら戦うゲームであったのだ。それがアクション性の高いゲームへと変わってしまった。
アクションの高いゲームは得意だ。FPSも嗜んでいる。PVPでは敵に気づかれずに攻撃されたが、射線から逃れて反撃をして見事殺した経験もあるぐらいのプレイヤースキルの高い静香である。
しかしアクション以上に気に入っているのが、金貨や宝石のお宝であった。金貨を手に入れるシャリンという音と綺麗な様々な宝石が手軽にどんどん手に入る。宝石を集める事に夢中になったのだった。
宝石は大好きである。貴金属は素晴らしい。いつか自分もと宝石店の横を通るたびに思っている静香である。しかし自分にそんないつかが来るとも思っていなかった。
そして、そんな苦労した宝石を二束三文で買い取って武器を売ってくる武器商人が大嫌いだった。立派な宝石の飾られた王冠や苦労して集めた大量の金貨を1円玉でも扱うように安く買い叩いて、手に入れた武器を恐ろしく高く売ってくる。そんな銃と何千万、もしかしたら何億はするだろう宝石や王冠が釣り合う訳はないだろうと怒りながら、ゲームの中の武器商人を見ていた。
こんな商売ができたら、一気に大金持ちだと考えながら、武器を買わずにナイフのみでクリアを目指していた休日のお昼を過ぎていたころだろうか?
何か空気が変わった感じがした。自分の体が熱くなる。暑さにもかかわらず冷や汗が顔から滝のように滴り落ち始める。耐えられず、危険な病気にでもかかったのだろうかと静香は焦って、コントローラを手放して救急車を呼ぼうとした。
しかし、そのまま意識を落として倒れてしまったのであった。
静香が起きたときは、ずいぶん部屋に饐えた匂いがした。何か腐る匂いであった。
この匂いは何だろうと、隣の部屋から臭うのかと起きて静香は臭いの原因を探そうとした。
バリバリと床から自分の体がはがれていく。はがれていくという表現が正しいのだろう。服は血だらけになっており、その乾いた血が床と自分を接着していたのだ。立ち上がるとパラパラと固まった血が落ちていく。
慌てて自分は血でも吐いて倒れていたのかと、鏡を見るが別段、自分の顔に変化は見られなかった。
ならば体だろうと、血だらけの服を脱いで見てみるが異常は見られなかった。ただ自分の体がすごい軽く感じるのが変化といえばいいのだろうか。
シャワーを浴びて、服を捨ててご飯でも食べに行こうと考えた静香である。
のちに自分が時計を確認して24日も寝てたことに気づいて驚愕したのであった。
それから自分の生活は一変したとほくそ笑む静香。外に出てみて崩壊した世界になっていることにきづいたのだ。何しろ、隣のおばさんが服が破れて肋骨を見せながら、血だらけになりよろよろと歩いていたのを見たのである。
最初は救急車を呼ぼうと思った静香であったが、周りの全てがそんな感じであった。安アパートの周りの小道には路駐の車でそこかしこが渋滞しており、うめき声をあげながらゾンビが徘徊していたのである。
ゲームでも映画でもこんな光景は見たことがある静香である。最初はまだ夢かと思っていた。
徘徊するゾンビを前に、静香は動揺して部屋に戻ろうとした。注意がそれていたのだろう、いつもは転がっていたって無視をしている捨てられたのだろう空き缶を蹴ってしまった。
カランカランと乾いた音をして空き缶は転がっていく。その乾いた音は周り中に響いたのではというぐらい静香には大きく感じられた。その音を聞いて周りのゾンビがこちらを見てくる。
自分の運命がわかってしまった。空き缶を蹴っ飛ばしてゾンビに気づかれる人間の役どころは脇役に決まっている。そのままゾンビに群がられて死んでしまうのだろうと静香は想像した。
そのままうずくまって頭を抱えた静香である。映画でこんな役どころの人間をみたら、逃げなさいよ。何うずくまってるのよ、確実に死ぬでしょ。馬鹿な女ねと、心の底から馬鹿にして自分が同じ状況ならもっと上手くやってみると思っていただろう。
だが、実際に現実になれば頭は真っ白になってうずくまってしまった。
ソンビ達が群がってきて食われるのもすぐだろう。痛みがないように死ぬようにと祈った静香。
だが、映画とは違う反応であった。ゾンビ達は静香をちらりと見てそのまま横を通り過ぎていったのであった。
何が起こったのだろうと静香は呆然としてしまった。さっき鏡をみて自分は普通の人間だと確認もしているのである。教会にいる両親に自分が化け物に変わったことに気づかずに会いにいった少女とは違うのだ。
そうして静香の生活は大幅に変わったのである。
ドスドスという音がしそうなほどの重いものを担いでいる静香は自分に起きたことに再度嬉しさを感じながら歩いていく。
目の前には久しぶりにきた新市庁舎があった。生き残りのコミュニティである。
以前は上層のみを生存者が確保していたが、今は静香の銃の火力もあり1階まで全てを確保している。
ただし、下層はバリケードで完全に封鎖しており、絶対に入れないようにしてある。
梯子が中層から伸びており、監視役の女警官が手を振っているのが見えた。
「また、行商にきましたよ」
と言いながら静香は梯子を登る。もう顔パスである。
縄梯子は静香特製の頑丈な物である。1トンの重さがかかっても壊れはしない。
かなりの重量の背負った箱をものともせずに、静香は梯子を登り中に入っていった。
周りを見るとゴリラみたいに筋肉がパンパンな男の警官が何人も集まってくる。
「今日も良いのがありますよ」
と箱から次々と武器をとりだしてアピールしていく。
静香が補充できるのは武器と弾丸、ロープのような小物のみだ。他を補充できることは無い。
「これをくださいな。おねーさん」
さっき手を振ってきた人懐こそうな顔の女警官がショットガンを手にして、そう言ってきた。
「ウフフ。これは高いわよ。代金は大丈夫ですか?」
そう答えると女警官は得意げに、この間かなりの収穫があったんです。とジャラジャラと宝石をだしてきた。
「ふむふむ。それじゃ、この宝石の指輪とネックレス。後、シルバーアクセサリーも貰おうかな」
静香は1000万は軽く超えるだろう量の宝石を選んで、ショットガンと交換していく。
素晴らしい、この商売は最高だ。こんなに綺麗で高価な宝石類が、タダ同然の銃と交換できるのだから。
あの武器商人も主人公に武器を売る際にそんなことを思っていたんだろうと静香は心の中で快哉を叫んでいた。
ショットガンをもって喜んでいる女警官を見ていると、ゴリラみたいな警官が声をかけてくる。
「この銃はどこで作っているんだ? 見たことが無い製品だ。どこに君のコミュニティはあるんだ?」
疑問顔で、いつも聞かれる内容を聞いてくる。勿論、その答えは決まっている。
「商人の商売のタネを教えるわけにはいかないわね。何か銃に問題でもありましたか?」
ニコリと笑って聞いてみる静香。見たこともない製品なのは当たり前だ。これらは全部ゲームの中に存在していた架空の武器なのだ。
「いや、問題はないが、そろそろ君のコミュニティとも共同で生活する時だと思うが?」
フルフルと首を横に振って、沈黙をもって断る静香である。他の拠点でも同じことをいつも言われるのだ。
はぁと諦めの溜息をしてゴリラ警官は並んでいる商品の中から大量の弾丸を買っていった。
新市庁舎の拠点との商売が終わり、しばらく離れてから静香は誰も見ていないことを確認して武器の補充を行うこととした。
「ハンドガン、ショットガン、今日は弾丸がかなり売れたかな」
ぐるぐると黒い光が静香の手元に集まっていき、凝縮された黒い光の中から銃や弾丸が次々に生まれていく。
「だいぶ力を使ったか」
ご飯ご飯と、使った力を補充するために懐からオヤツを取り出す。
オヤツを含んだ口の中はゴリゴリと大きな音を立てている。美味しい美味しいと次々と静香はオヤツを食べていく。
オヤツのシルバーアクセサリーを食べ終えて満足した静香は次の拠点を目指すのだった。