315話 下水道で戦うおっさん少女
腐ったような饐えたような匂い。鉄錆びのような臭気が漂う中で、暗闇の中をシュタタタと走る二人。
下水道は既に垂れ流しにより汚れており、ゴミや死体が沈んでいる様子も見える。脇にある通路を走る二人だがその様子をみて、うげぇと嫌な表情となる。
「絶対に水には入りませんからね? 入らないからね? ここにいるだけでも臭くなりそうなのに水に入ったら私は死んでしまいます。絶対に死んじゃうからね? 精神的に」
遥は嫌そうな顔をしながら呟くように言う。こんな臭い場所には入りたくないと。バイオ的なゲームでは主人公たちは汚い下水道を普通に歩いていたが、あれはかなり臭かっただろうとも思う。それとも嗅覚が馬鹿になったのであろうか?
そして一生懸命にフラグもたてています。フラグを乱立するおっさん少女だが自分の言葉に今回は気づかなかった。それより臭いとの思いが頭を占めていたのだから仕方ない。
「司令。私が守るから任せて! 忍者霞にお任せあれ」
遥を見て、フンスと鼻息荒く声をかける霞。走りながらそこそこある胸をぽよんと叩き、快活な笑顔で気合を入れて伝えてくる。
さすがツヴァイ。忠誠心はマックスだねと
「よろしくお願いね霞。頼りにしているから」
にこりと微笑みを浮かべて返すので、霞は飛ぶようにご機嫌となりさらに走る速度をあげたりした。
「むぅ、朧と霞を最近重用しすぎです。私たちを徴用してください司令」
ウィンドウ越しに四季が軍の編成を行いながら、ご不満ですとぷくぅと頬を膨らませて伝えてくるので、冷静なクールな四季がそんな嫉妬心を見せるのは可愛いねとコクリと頷く。四季はクールにことを運ぶことが多いだけに珍しいのだ。
「むぅ、最近ツヴァイたちに優しすぎます。私にもあとでご褒美くださいね」
ウィンドウ越しにサクヤがロボットプラモを作りながら、ご不満ですとぷくぅと頬を膨らませて伝えてくるので、冷静でクールな風の外見詐欺のサクヤがプラモを作りながら伝えてくるので、サポートキャラじゃないよねと首を横に振る。しくしくと泣き真似をするが、いつものことなのでまったく珍しくないのだ。
そんなアホな話し合いをしながら進むと霞が真面目な表情で振り向いてくる。
「ついたよ~。ほら、あれあれ」
ふむと口元を引き締めて前方の通路の途中にある広場のような小部屋を見て不快な表情を見せて呟く。
「ありがちな方法と言うのかな? 映画やアニメだとありがちだけど………。実際に見ると気持ち悪いね」
広場には水が溜まっていなかった。いや、溜まってはいるんだろうがそれを上回る多さで死体が沈んでいたのだ。崩れ朽ち果てた骨となっている者。ガスで膨れ上がっている者。ゾンビとなって蠢いている者。様々な者たちだ。
その中心にはボロボロのローブを着こんだスケルトンたち数体が赤い目を光らせて骨でできた杖で広場の真ん中に築かれた人骨で作られた柱に力を込めていた。
「ご主人様! あの敵はメイジスケルトンですね。以前名付けたやつと同様ですが亜種という感じでしょうか? あれが骨の柱に力を込めて空間結界を張っているのでしょう」
サクヤが珍しくサポートキャラのように忠告をしてくる。本当に珍しいので明日は雨だろうか?
不気味な詠唱をしながら、微動だにせず骨の柱へと力を込めて動くことは無い様子だ。空間結界の維持だけを命じられているのだろう。
「これが18か所か。霞、もっとも強い敵はどこにいるの?」
ありがちだけどたぶん中心の敵がいそうだと考えて尋ねると、霞は軽く意識をジャンガリアンハムスターへと向けて呟く。
「一か所だけジャンガリアンハムスターがやられた場所があるから、たぶんそこだよ~。私の分身はあんな骨に勝つことはできないけど、負けることもないし。なにしろ逃げ足が速いからね」
ウィンクをしながら答えてくるので、それを見て眠そうな目でメイジスケルトンたちを見つめる。
「ならば中心に行こう。こんな雑魚たちを相手にするのは面倒だしね」
スッと目を瞑り、再び目を開くと深い強い光を宿してレキへと主導権を渡す。
「では同時に破壊していきましょう。人形の操作は任せてください、旦那様」
レキがそう答えると共に、遥は超常の力を発動させる。
「サイキックウェポン、念動人形エンジェルビット」
ふわりとレキの周りを白く光る翼の生えた1メートルぐらいの天使らしきものが作られてふよふよと浮かぶ。
人形作成スキルと念動力での武器作成術を併用した分身。霞が多用する技である。
その数は16体。全て強力なビットである。分身と呼ばないのは遥はリアルロボットで思念で動かすビット兵器が好きだからであり、とくに霞の分身との差は力以外はあまりない。ビットの方がかっこよいよねというくだらない理由なだけだ。さすが厨二病溢れるおっさんであるともいえよう。
「では、行ってくださいエンジェルビット」
レキは16個のモニターが目の前に現れたのを確認して、複数の人形の操作を思念で動かして呟くと、エンジェルビットたちはコクリと頷く器用さを見せて、高速で空を飛んでいく。
「うげげ、あんなに操れるんだ司令………。むむむ、私も精進しないとなぁ」
基本行動を入れたジャンガリアンハムスターならともかく、複雑に動く戦闘では同時操作は5体ぐらいが最高な霞は驚嘆してしまう。
16体の同時操作。極限までスキルを使えるレキはもう少し同時に操れるが、ここと強いと思われる場所以外を破壊すればいいので、16体で遥が作成したのだ。
そして同時操作なんてことをすると遥では途中で踊るコマンドを入れてしまう可能性があるためにレキに任せたのである。スキルを上回るアホさを見せるおっさんなので、複雑な人形操作は苦手なのかもしれない。
「では目の前の骨の柱とメイジスケルトンを破壊しましょうか」
眠そうな目で見つめつつ、高速で近づく遥と気合を入れた表情となる霞。
近づいたら警戒モードとなるのであろう。死体が沈んでいた場所がコポコポと泡が吹き出てきて、のっそりと腐った巨腕が突き出される。
「てき、でき~」
うめき声をあげながら、死体の集合体でできた不気味な巨人がその姿を見せる。
死体が死んでいたと考えていたレキたちは考え直す。死体が死んでいたという表現も少し変だけどゾンビが生まれる世界なのだから仕方ない。
「ご主人様! ジャイアントゾンビ………。くっ、デカゾンビと被りますね。タイム、タイムです。名づけを考えますので………。う~ん………」
サクヤが名付けようとして、以前につけた名前と被っちゃうと腕を組んで悩み始めるのを横目に黙殺してレキは加速する。
「素手の攻撃は汚れそうで嫌ですね、旦那様に臭いとは言われたくありませんし。霞、ゾンビの集合体は連弾で仕留めます、所詮そのレベルですし」
「ほいさ。周りの敵も同様にしますか~?」
霞も気軽に頷き、他の死体もぞろぞろと水から這い出てくるのを眺めて問い返す。
スケルトン、ゾンビ、グールと多種多様なゾンビたちが沈んでいた水から浮かびあがりこちらへと膝まで水につけながら這い寄ってきているのだ。
その数は100体は超えるだろう。
だが、所詮100体程度である。レキの相手ではない。
「霞は雑魚を倒してください。私は強い敵から破壊していきますので」
そう伝えて紅葉のようなちっこいおててを敵へと向けるレキ。
僅かに目を細めて呟く。
「サイキックブリッツ連弾」
超常の力が発動されて、数百の半透明の弾丸がレキの周囲に浮かぶ。レベル1の弱小術だが
「さて、所詮は集合体。この連弾に耐えられるのでしょうか」
僅かに小首を可愛いらしく傾げて呟き、手の平を振り下げると一斉に弾丸は飛んでいく。
以前よりも大幅にパワーアップした超常の弾丸は下水道の淀んだ空気を斬り裂きながら飛んでいき敵へと向かう。
ソンビの集合体はその攻撃を体に受けると、やはりゾンビとほぼ同じ力だったのだろう。あっという間に粉々の肉片へと返り下水道の水の中へとぽちゃぽちゃと落ちていくのであった。たぶん体力勝負の敵であり、強すぎるレキたちの相手ではなかった模様。
周りのゾンビたちもその銃弾の嵐に次々と粉々になり、メイジスケルトンも骨の柱も粉砕していくのであった。
「お~………。私の出番がまったくない………。さすが司令」
敵を一人で一瞬の間に倒したレキを見て、パチパチと拍手をする霞。ちょっと口元を引きつらせているのは自分の活躍を見せることができなかったからである。司令にかっこよい姿を見せようと張り切っていたのだから仕方ないのかも。
「敵の中心地に行きます。霞、案内してください」
エンジェルビットの視界が映るモニターを見ながら指示を出すレキに、霞はコクンと頷き走り始める。
霞へとついていきながら、エンジェルビットが高速で飛行していき他のメイジスケルトンたちをその拳で破壊していくのをレキは眠そうな目で見つめていた。
「どうやら人形操作スキルは問題なく使用できるみたいですね。強い敵には効果は薄いでしょうが牽制ぐらいにはなるのでしょうか」
レキは戦闘運用について考えながら走るのであった。
「ご主人様! あれは集合体ゾンビと名付けました! 聞いています? ご主人様~」
せっかく名付けたのにという銀髪メイドの叫び声があとから響いたりもした。極めてどうでもいい事柄でもあったりする。
シュタタタと走る二人はゴミに触れても、その軽やかであり高速の動きで靴には汚れをつけさせない。
そうして高速で中心に近づくと
「なるほど、たしかに敵の中心といったところですか」
レキは眠そうな目で淡々と一際大きい広場を見て感想を言う。
広場にはうめき声が反響して、不気味な声をあげていた。やはり死体が積まれているのは違いがないが真ん中にあるものが違った。
空中に赤黒い血の球体が浮かんでおり、それを元は花嫁衣裳なのだろうか? 血で汚れボロボロの衣服を着た肌が青白い女性たちが手を掲げて、力を維持していた。
こちらの接近に気づいたのだろう。一人を残してこちらへと向き直り、充血しすぎの真っ赤な目を光らせて、口元からは長い牙を見せてからかうように笑う。
「敵の侵入………。クスクス」
「ご主人様! あれは血の花嫁、ブラッドブライドですね。吸血鬼の花嫁とも呼ばれています! そう名付けました!」
フンフンと鼻息荒く、今度はちゃんと名付けたぜという得意げな表情を見せる銀髪メイドだが、呼ばれているとか言っている時点でパクリなのではなかろうか? まぁ、可哀想だからつっこまないが。
「ではここのボスは吸血鬼ということでしょうか? なるほど狼男たちを従えるのはいつの世も吸血鬼というわけですね」
レキが納得したと頷き、ブラッドブライドたちは手の平の爪を1メートルぐらいの長さへと伸ばして唸る。
「モンキー秀吉様のご命令通りに貴女たちを倒す………。ふふふ、貴女たちも仲間にしてあげる」
ビビッと水を蹴りながら、一気に加速して遥たちへと急接近してくるブラッドブライドたち。
キキッと立ちどまり、レキと霞は身構えて迎え撃つ。
「霞、これは貴女では多少きつい相手ですので注意してください」
「司令の言葉はありがたいですが、私の獲物は残しておいてくださいね?」
霞は一応確認をする。なぜならば瞬殺しそうだと考えたので。たぶん、その考えは間違っていないし。
「斬り裂いてから、血をすすってやるぅ~」
爪を剣のように振りかざして、ブラッドブライドが襲い掛かるのを眠そうな目で迎え撃つ遥。
スッと指を手刀の形に揃えて、振り下ろされる爪を受け止める。
ぷにぷにな柔肌のちっこいおててから作られた手刀である。しかし、ブラッドブライドの自慢の爪はそのぷにぷに肌へと食い込むこともない。
そのありえない様子に驚愕して目を見開くブラッドブライド。
「ば、ばかなっ! なぜ?」
「きっと貴女の爪は栄養が足りなかったのでしょう。マニキュアのケアを怠ってボロボロなのでは?」
冷静な声音で淡々とブラッドブライドへと告げるレキ。そのまま、自らの上へと受け流しながら、ブラッドブライドの懐の横をスイッと流れるように通り過ぎる。
次のブラッドブライドへと向かうレキへと、慌てて振り向き攻撃をしようとするブラッドブライドであるが
「あで?」
視界が斜めとなり、ずれていくのを不思議な様子で声に出す。
その様子をちらりと見て、レキは告げる。
「もう貴女は終わっています。攻撃を受けたことにも気づかなかったのですね」
体に無数の軌跡を走らせて、細切れとなり水へと落ちていくブラッドブライド。すでに通り過ぎる間に攻撃を終えていたレキである。
「な、なにが」
次に襲い掛かろうとしていたブラッドブライドたちがその様子に怯み後退る。
この見た目は可愛らしい単なる餌だと思っていた少女が圧倒的な力を持っていることに気づいたからだ。
しかも再生能力があるはずなのに、再生もできずにそのまま粒子となって消えていく。なにが起こったのか混乱の極致へとなる。
そんなブラッドブライドたちを水の中から突き出てきたもう一人の少女が心臓を貫いていく。しかもブラッドブライドの人数分だけ。血の球体を維持していたブラッドブライドも含めて。
一人であったはずなのに、数体の少女となって。
「忍法火炎分身。炎の舞!」
貫かれた箇所から燃え出すブラッドブライドたち。
後ろで印を組んだ霞が水の中へと分身を作成して、ブラッドブライドたちへと攻撃をしたのだ。しかも分身を起点として、その体の内部にレベル3の炎動術。ファイアレインを発動させて。
内部から炎の粉を発生されてブラッドブライドたちは断末魔の悲鳴と共に燃え尽きていく。
「見事です、霞」
レキへと敵の視線が向いていた瞬間を狙い不意打ちでほとんど同格である敵を複数体も一撃で倒した霞へと称賛の声をかける。
「にひひ~。まぁ、これぐらいはしておかないと司令の護衛は務まらないしね」
頭をかきながら頬を赤くして照れる霞。スキップも踏んじゃうご機嫌ぶりだ。
「これで悪徳ビル以外は空間結界が破壊されましたね。悪徳ビルはさすがにここで管理はしていなかったようです」
都市の空間結界が破壊されて、一気に気配感知がクリアとなり、悪徳ビル以外の都市の様子が頭に浮かぶレキ。
「これで悪徳ビルを破壊すれば終わりかな?」
「そうですね、たしかモンキー秀吉でしたっけ? たしかブラッドブライドたちはそんなボスの名前を口にしていたわけですが………」
顎に手をあてて考え込むレキ。ちらりとサクヤへと視線を向けると、レキ様の熱い視線がっと、ごろごろと転がり始めるので、なにも起こっていないことがわかる。
「おかしいですね。ここまで強力な眷属を使うボスなのに単体ミッションが発生しない?」
サクヤがなにも言わないうえに、クエスト一覧にも新たなミッション発生が出てこないことが気にかかる。ファフニールのように進化タイプなのだろうか?
「あ、あの司令? あれやばくない?」
霞が思考の中に入っていたレキへと声をかける。その指は血の球体へと向けていた。
「ん? どうしたんですか? あぁ、あれは凝縮されていた血だったんですね」
なんともないように言うレキであるが、浮かんでいた血の球体は破裂しそうであった。しかも質量保存の法則は働いていないようで数トンの血が含まれており、維持ができなくなったので津波のように周りへと流れてきそうだ。
「血の津波はシャレになりませんね。霞へとショートテレポート」
霞の肩を触り、ショートテレポートを行うと瞬時に目の前から霞が消える。
「一緒に移動しても良かったのですが、私は別の場所へと移動しましょう。ショートテレポート」
そう呟き瞬間移動をしたあとに、下水道には破裂した血の津波が流れていき、全てを真っ赤に変えていくのであった。あとで掃除が凄い大変そうであるとレキは薄らとそう思いながらテレポートをした。
ドンガラガッシャンと瓦礫が崩れて、大きな音がしたので潜んでいた少女は驚きの声をあげる。
「な、なんだ? なにが起こったんだ?」
てってこと音がした瓦礫の側へと向かうと、コロコロと子供が転がって落ちてきたので、目を丸くしてその様子を見つめた。
コロコロと転がって落ちてきた子供はこの間、出会った娘だと気づいたので慌てたように声をかける。
「この間の、えっと………朝倉レキだっけ?」
驚く少女へと立ちあがりながら微笑みを返す。
「こんにちは、瑠奈さん。このあいだぶりですね」
ニコリと笑ってショートテレポートの先、潜んでいた瑠奈の側へと転移してきたおっさん少女はニコリと笑い言葉をかけるのであった。




