304話 おっさん少女は弱肉強食なコミュニティに潜入する
名古屋。一度は旅行時に途中下車の旅とかで降りて名物を食べてみたいと考える場所である。でも名古屋に降りたことは無い。大阪にそのまま行ってしまったので、一度として観光をしたことがない場所であったが、そんな場所にこんな形で向かうとは考えもしなかったねと遥は思った。
崩壊した世界を教えるように、ビル群は砕けて家々の窓ガラスもほとんどが割れている。そして道路の各所にはドラム缶が置いてあり、ドラム缶に薪を入れて燃やして暖かさを求めている人々がいた。
全体として薄汚れたコミュニティだ。以前の一葉港に似ている光景であるが規模が違った。ここは大都市の面影を残して数万人が住むコミュニティを作っていた。
薄汚れたローブを着込み、俯いてぼろいリュックを背負い一人で崩壊前とは変わってしまった名古屋を眺めながら歩く美少女レキ。そしてその体を操作するおっさん。そろそろおっさんの操作はやめた方がいいと思うのだがどうだろう。
崩壊した世界を表している大都市であった。東京は砂漠になったし、もはや解放後も草原となり開拓をしているので、何気に大都市がそのまま崩壊している光景を見るのは初めてだ。
ビルの壁などを利用してベニヤ板などでバリケードが設置されている。ぼろいバリケードなので、オスクネーならば簡単に破壊できそうな感じもするが、戦車が置かれておりその侵攻を防いでいた。軍服をだらしなく着込んだ人間がアサルトライフルを背負いのんびりとした様子で見張りをしている。
道路を横切る車両がいくつか動いているのを、鋭く観察しながら活気のない人々の合間を縫うように移動する。
「なんと車両を動かすことができているのですね。 どうやって動かせるようになったのでしょうか?」
車両や通信関係は全て使用不可となったのが、この世界のダークミュータントが起こした概念であり、それを防ぐにはライトマテリアルで作成した車両を使うか、ダークミュータントが作った車両を使うしかない。
目を凝らして確認すると、薄らとダークマテリアルの反応を感じるので恐らくは後者なのだろうと遥は見当をつける。まぁ、動けば変な仕掛けがない限りはダークでもライトでも人間には影響はない。
戦車や装甲車、数は少ないが動くその車両の上にはモヒカンの頭の人間がとげとげ肩パットをつけて革ジャンを着込み座っており、銃を構えていた。まだ雪が溶けたばかりであるので、凄い寒そうである。
実際に鳥肌となっており、蒼褪めているので寒いことは間違いない。あの世紀末チンピラはアホなのだろうか? あ、くしゃみした。
「どうやら、ここのダークミュータントが提供した車両なのでしょうか? それにしてはあの車両少し変ですね?」
ウィンドウ越しにサクヤが疑問の表情を浮かべて話しかけてくる。どうやら何かが仕掛けてあると考えている模様。
「マスター。あの車両のどれかを回収してください。解析を行いどのような仕組みかを確認します」
クラフト担当のナインがフンフンと鼻息荒くお願いをしてくる。相変わらずクラフト系は興奮する模様。未知のアイテムは気になって仕方ないのだろう。
「それはあとでにしておこう。まずは拠点を確保しないとねと。どうやら名古屋の一部が生存者のコミュニティになっているみたいだし」
人混みが多くなり、バラックがいくつも建っている通りへと入る。そこではなにかを売っている人間たちが大勢いた。
薄汚れたバラックにタオルを屋根からぶら下げて、ワイワイと錆びた缶詰やら埃に覆われたカップ麺やらなにやらを売っている。
ここの人々は皆フード付きパーカーかローブを着こんでおり、その顔はあまり見えない。世紀末チンピラ軍隊と娼婦であろう化粧で顔をけばけばしくしている女性が煽情的な格好でいるだけだ。あとはフード付きな服装なので、それがデフォルトスタイルなのだろう。
なぜかというと顔を見られていちゃもんでもつけられたくないのだろうし、強盗らしき人間に襲われないようにという警戒もあると思える。
はぁ~と深くため息をつき、周辺の人を見ながら哀しくなる。
「………これはかなりすさんでいますね。2年の間にすさんじゃいましたか………」
悪党は全てダークミュータントになり、小物レベルしか生き残れなかったはずであるが、どうやら荒みすぎて善から悪へと堕ちた人間が多数いるのだろうと推測した。まぁ、どんなに善人でも環境が悪いと酷くなるのは当たり前であろう。
もう少し早く助けに来れたらよかったのかなぁと思いながらも、それもその人が持つ運であろうと考え直す。そこらへんはドライとなるのがこの世界の掟でもある。おっさんの掟かもしれないが。
「悪党が支配する世紀末な都市………。そこに現れる救世主な謎の美少女………。良いですね。良いですね、とっても良いです。謎の放浪者レキの出番ですね。これは演技に力が入ります」
強靭なる精神力ですぐに気を取り直して、演技に力が入りますねとムフフとお口にちっこい手をあててほくそ笑むおっさん少女であった。
チラチラと店を確認するが、どうやら物々交換とお金の両方で売っているらしい。お金は何を使っているのかと思いながら見ると、未だに日本円であった。そして、ダークマテリアルの力を感じる見たことの無いお札も混じっている。
ちらりとお札を観察すると、ちょんまげをして南蛮服を着た人間が横顔のお札であった。
「壮大なネタバレだよね。ここの敵の正体がわかった………。いえ、この間の竜王の件もあるので注意しないといけないですね」
信長でしょう。絶対織田信長だよねと考えた遥であるが、その先入観を捨てておく。岐阜にボスがいるらしいからたぶん復活した岐阜城に織田信長がいるんだろうなぁとか思わない。
「ご主人様! 悪徳の街と化した名古屋エリアを開放せよ!exp60000報酬?が発生しました! あれ? 信長を倒せのミッション発生はありませんね?」
あれ?と首を傾げて疑問の表情となるサクヤ。恐らくサクヤも信長を倒せミッションが発生すると考えていたのだろう。だが、起きないという事は信長がボスではない可能性がある。
「それと名古屋エリアの概念は人間の感情の揺れ幅を大きくするという概念ですね。極めて悪質です、悪意が発生しやすい概念だと思われます」
「あぁ、理性が抑えにならないエリアか………。それだと人の堕落も早そうだねぇ~」
「そうですね、ご主人様も気を付けてください。感情にまかせてあんなことやこんなことをしないでくださいね。したくなったら帰還をお願いします。私がいますので」
嫌なことを言う銀髪メイドであった。さすが変態であると思われるが感情の揺れ幅を大きくするというのは極めて悪質だとは考える。怒ったりすることは我慢できなくなる可能性が高いのだから。そして理性では悪い事と考えていることも行動を起こす可能性が高い。
良い事のために感情の揺れ幅を大きくするのは良いことなので、もしかしたらとそこで遥は思いつく。
「ねぇ、もしかして、もしかしたらと思うんだけど、とっても良い善人だと聖人レベルまでになっちゃうんじゃないかなぁ………。そういう人は真っ先にこの世界じゃ死にそうだけど………」
なるほど、そこまで考えこまれた概念であるならば、ここのボスは極めて頭が良いのだろう。
「防衛も一応考えられているみたいだし。区画ごとに空間結界が張られていて、大きな建物にも空間結界が張ってあるから感知不能だしね」
「それに加えて、様々なダークミュータント製の武器や車両もあるみたいですね、マスター。ここは少し気をつけたほうがいいです」
少し心配顔のナインが注意をしてくるが、心配顔も可愛いなぁと緊張感ゼロのおっさん少女はニコリと微笑みで返す。
「大丈夫。凄腕の潜入エージェントならば敵のボス以外には存在を気取られることなくこのエリアを開放できるだろうから」
自信満々な表情を浮かべるが、見つかったらそいつは倒しちゃうので問題ない、倒したら目撃者はゼロだから言っていることは間違いないよねな脳筋戦法のおっさん少女である。
「とりあえず、ここの拠点を作らないと。先行部隊はどこかな?」
グレムリンだか、クレムリオンだか言う魔人を追跡していった二人がいるはずだときょろきょろと周りを見ながら歩くと通路からちょいちょいと手が振られているのを発見した。
ふらふらと誘拐されちゃうアホな美少女のように通路へと移動すると奥まった人気のないビルの細道であった。
誰もおらず、通路の先の角でまたもや手がちょいちょいと振られている。
「まって~」
迷子の子供のように手をあげて、てこてこと歩いていく愛らしい少女。その姿は神隠しに遭う美少女にしか見えない。角につくとまたもや通路の先の角に………と何回かそれを繰り返して昼なのにビルが倒れたりしてその陰で薄暗い場所まで到着する。
そこには二人のローブ姿の人間が立っていた。
「うっへっへ。おじょーちゃん。こんなところにきたらあぶないですよ~」
「そうだそうだ~。あぶないよ~」
クスクスと笑う二人へと眠そうな目を向けて近づいていく。
「ようやく会えましたね。魔人の居場所はわかりましたか?」
この様子だと追跡は失敗したのだろうと考える。まぁ、すでにその旨の報告は受けてもいるし。
名古屋にて大規模なコミュニティを発見したのでそのまま潜入すると報告を受けたのだ。それから1カ月、どうやら上手く潜入できた模様。
「はい、司令。コミュニティの人数が多いことが良い方向になりました。私たちが潜入しても気づく相手はいませんでしたよ。あ、ニンニン」
「その名も蜜柑愚連隊! 数名の孤児を集めて作り上げたよ~。うきー」
朧と霞がフードの奥からふふふと微笑むので、おぉ、さすが私の眷属たちと感心する。私と同じく敵にばれないで拠点を作り集団を形成するとはさすがだねと。
おっさんのアホな演技が継承されていないので敵にばれなかった二人である。常に自信満々なおっさんは己のやってきた過去の行動を振り返ることはないのだろう。
でも蜜柑愚連隊かぁ。蜜柑という響きにエロティシズムを感じてしまう。何故ならエッチなトラブルばかり起こすダークな漫画を思い出すからだ。あれはいつもエロい感じでアイスを食べる主人公の妹が漫画の最初の頃は着替えを兄に見られることも恥ずかしがっていたのに、最後は一緒にお風呂に入って洗いっこできるのは妹が特別だからだよと嬉しがっていて倫理観が破壊されていたのが印象的であった。あれは数年後には近親でのほにゃららな関係になることは間違いないと思ったものだ。
そんなくだらないことを考えていたアホなおっさん少女に朧たちが近寄り拠点までの案内をしてくれようとするが、そこに大声で口を挟む人間がいた。
「まてっ! そこの少女を置いていきな! このロリコン変態やろ~!」
それは遥がやってきた通路からの声であった。
「あわわわ、私は変態じゃないです。ご主人様への愛が深いだけです」
なぜかウィンドウ越しにサクヤが慌てているので、この銀髪メイドは自分が変態だと自覚があったのかと驚愕する遥。
「なにものですか?」
朧が静かに通路の奥へと視線を向ける。少女とよくわかったなと感心しながら。特にどこの部分といわないが司令はちょっと男に見えても仕方ないスタイルなので。
そこにはやはり薄汚れたローブを羽織った小柄な少女がいた。パーカーは被っておらずボサボサの赤毛のセミロングに強気である太い眉に気が強そうな目元、口は不敵に笑っており、八重歯が牙に見えるほどであった。だいたい15歳ぐらいであろうか?
元気な様子でこちらへとビシッと指をさして口上をあげる。
「小さな少女を誘拐する気だろ、この変態め! そこの少女がとてとてと通路に入っていくのを見て追いかけたんだ!」
フンスと得意げに胸を張り伝えてくる。胸はそこそこあるので少女だとわかる。叶得ならば悔しがるだろう。
「あの………か」
勘違いですよと遥が少女へと言おうとすると、言葉をかぶせて勢いよく言う。
「安心しなっ! この大上瑠奈様が今助けてやるからなっ! お前、ラッキーだよ!」
指を朧たちへと突き付けながらノリノリで言うので、遥はなんという勘違いと感心する。
それならばちゃんとしないとねと考えて
「きゃー! ありがとうございます。助けていただいて」
てってこと瑠奈の背中の後ろに隠れて、朧たちへとてへっと舌を出して悪戯そうに笑う。
ノリノリのこの少女に恥ずかしい思いをさせたくないというおっさん少女の優しさである。本当に優しさからなのかは不明だ。たんに助けられるヒロインの役をやってみたかっただけかもしれない。
小説とかだと、現実の恋愛物でヒロインが不良に絡まれてピンチとなるけれど、あんなの現実では絶対とは言わないが起こらないと考えていたおっさん少女だ。
ならばこの勘違いにのって楽しもうと嬉しい表情を浮かべてしまうのは仕方ないだろう。本当に仕方ないのかはおっさん少女の頭を覗かないと不可能である。
あぁ、なるほどと朧たちは遥のアホな行動を見てなにをしたいのかすぐに理解する。
なので、自分たちもこのイベントにのるしかないと
「うっへっへ。いいじゃねぇかよ~」
「お前もいっしょだ~」
両手をゾンビみたいに掲げて、ノリノリで楽しそうに演技をしてしまうアホな主人の眷属たちであった。
「けっ! 俺様は子供を食い物にするやつは大嫌いなんだよ! 少し痛い目にあってもらうぜ!」
なんと僕っ娘ではなく、俺っ娘である。素晴らしいとちっこいおててで思わずパチパチと拍手をしてしまう。
そんなアホな行動を取る遥であったが、次の瞬間に目を疑った。
「いくぜっ!」
瑠奈は叫ぶと同時にダンッと地面を強く蹴って朧たちへと向かう。その速度が人間では不可能である速度であったのだ。
「むっ!」
「おぉっと!」
朧と霞も驚いて身構える。なぜならば10メートルはあった間合いをたった3歩で詰めてきたのだ。ありえない速度だ。
「てやっ!」
そのまま右腕を振り上げて朧へと拳を繰り出す。突進してきた速度とその繰り出してきた拳の威力を考えると普通の人間なら一撃で倒れてしまうだろう。
まぁ、普通の人間ならばだが。
朧は半歩横に体をずらして、その攻撃を余裕の表情で躱す。
驚きの表情を浮かべる瑠奈。回避されるとは考えていなかったに違いない。
回避されたまま朧の前を通過していくが、朧は足を突き出して、瑠奈の足へとひっかける。
「くそっ!」
その足に引っかかり、転がりそうになる瑠奈であったが、両手を地面につけてそのまま前回転を行いシュタンと立ち直り身構える。
「やるなっ! だが、これならばどうだっ!」
楽しそうな獰猛な表情を浮かべて再び接近してこようとする瑠奈。だが、その突撃はぴたりと止まる。
「あ~、すいません。ちょっと遊びすぎました。人が来る前に移動しましょう」
朧の前にいつの間にか助けたであろう少女が立ちはだかっていたので、戸惑いを浮かべる瑠奈。
「たしかに司令の言う通り、ここに向かって数人が走ってきているね。思い当たることはこちらにないんだけど、もしかして君のせい?」
霞がニヤッと笑みを見せて聞いてくるので、うっ、と呻き声をあげてたじろぐ瑠奈。
「それは後で話を聞けばいいでしょう。朧、先行して拠点まで案内してください」
「わかりました。こちらです、ついてきてください」
朧が颯爽と走り出すので、てってこと遥もあとについていく。
「ほら、瑠奈さんもついてきてください。先程のことを謝罪しないといけないですし」
「な、なんだよ、なんだっていうんだよ! くそっ、ついていけばいいんだろ!」
勢いそのままに流されてついてくる瑠奈を見ながらおっさん少女ははてさて今の力はなんなんだろうねと考えるのであった。




