302話 おっさんの正月
人々が、男は紋付袴を着て、女性も和服でワイワイと歩いている。若い女性は美しい振り袖姿で艶やかであった。まぁ、紋付袴といっても、和服と称しても、美しい振り袖を着込んでも、実際は光井コーポレーションが大樹の依頼で作ったワンタッチで着れる3回しか着れない使い捨てのふわふわ雲の着ぐるみ和服であった。お値段500円と格安である。普通の洋服の上に着れるので便利極まりない。
ふわふわ雲とは何かと言われると最近ドライたちがキャッキャッと遊びながら作っているレベル1の幻想素材である。
「雲はふわふわなんでつよ。雲は服にぴったりの素材だと思うのでつ」
フンスと息を吐いて得意げに腰に手をあててドヤ顔になる愛らしいドライたち。思わずおっさんはその愛らしさに頭をなでなでしまくったとか。
制作担当のドライが工廠ではたくさんの幻想素材を作れると気づいてから、無駄にせっせっと作っていたものだ。実に幼女にふさわしい行動だろう。
他にも色々無駄と思われる朝日の露草とか、夕日の朝顔の花弁とか猫の着ぐるみとか犬の着ぐるみとか色々作っていた。レベル1なので役にはたたないと思うのだが、色々楽しそうにアイテムを作っているらしい。
ツヴァイたちは役に立つものを制作し、おっさんは一覧からしかアイテムを作らないので、遊び心のある幼女なドライたちだからこそ作れたと言えるだろう。
というかゲームでよくあるジョークグッズであるので、おっさん少女はまったく興味がなかったりした。そういうのは叶得に任せていたし。
ジョークグッズとはしょぼい効果をもつ低レベルの面白い恰好やお菓子などのアイテムのことだ。ドライたちはキャッキャッと遊びながらそれがあるのに気づいたのである。
そうしたらいつの間にかドライたちはジョークグッズを作り始めたのだ。可愛らしい幼女に作るのを止めなさいとはおっさんにはとてもではないが言えなかった。涙目になられたらおっさんの勝率はゼロだからして。
そんな素材の提供を光井コーポレーションにして作られた和服。使い捨てなので買うのは躊躇うかもと思うのだが、本日は元旦であった。元旦ならば使い捨てを買うのかと聞かれると
「いらっしゃい! らっしゃい! 和服の方は5割引だよ! 大樹からの補助金が出ているから安くても美味しい焼鳥だよ!」
「甘栗はいかが〜? 和服の方は5割引だよ〜」
「焦げたソースの匂いは最高だろ? 振り袖美女には大サービスをするよ〜」
と、大樹の那由多代表の希望で年末年始三が日に和服を着ていれば大サービスな割引をお店は行うように補助金を出していたりする。
国家となって、那由多代表が使用した最初の強権は年末年始三が日は特別に許可された屋台と交通や警察、救急病院、軍隊以外は働いたらいけないという懐古主義極まる指示であった。
法律になる可能性があるアホらしいかもしれない指示であったが、人々からは特に反対理由はないよねと穏便に受け止められていた。
屋台が許可された中に入っているという子供らしさを感じる内容であったが。
だって初詣に屋台がないとつまらないでしょうとどこかのおっさんが言ったのだ。お好み焼きとか綿菓子を売る屋台は欲しいよねと。
それだけで誰が真の発起人かはわかるかも。そこらへんにいるくたびれたおっさんに聞いてみたら良いだろう。目を泳がせて私じゃないよと否定するに違いない。
まぁ、そんな理由もあり多くの人が割引が受けられるのならばと和服姿で屋台を巡りながら初詣などを楽しんでいるのだ。
初詣先には謎の天使な少女の像が立っている神社かお寺か教会かわからない和洋折衷の建物に置いてあるお賽銭箱に多くのお賽銭を入れて人々は祈っていた。
なんの宗教かはわからないが、どうやら各宗教の美味しいところだけを参考にしたらしい。さすがはお祭りサークルと呼ばれる緩い教義の宗教である。なんの宗教かはさっぱりわからないが、新興宗教らしいですよ?
各中央広場にあるモノリスからは那由多代表が新年の挨拶をしている姿が映し出されているが、人々はあんまり気にしない。国家建設も終わったし、あとは政治家がなにか言っているねという元日本人らしい自分の生活が豊かであれば政治に興味はないという一面を見せていた。
「明けましておめでとう。国家建設の初の挨拶をこの私ができることを皆さんに感謝を。これからも国家の発展に尽力していくことを誓うとともにミュータントからの攻撃を防ぎ安全を確保する。どうか安心して大樹庇護の元、人々は暮らしていってほしい」
一部のインテリと呼ばれる人たちは興味深げにモノリスに映った那由多代表を見ながら元旦から討論をしている。おっさんは絶対に元旦からそんなことはしたくないので一般人だ。
「東日本の制圧作戦は無事に終了した。死傷者がでたことに対しては遺族への手厚い遺族年金を渡していきたいと考える。ただし、制圧作戦は終了したといっても強力なミュータントを撃破して集団で行動していたミュータントを殲滅しただけであり、いまだに多くのミュータントは徘徊している。だが、これで東日本の脅威は大幅に減少したと考える所存だ」
那由多代表が引き続き話を続けているのを見ながら、聞いていた人々は話し合う。
「なぁ、そろそろ国を豊かにするだけで良いんじゃないのか? もう西日本なんか放置してあとは国内での発展を求めた方がいいと思うんだけど、お前はどう思う?」
「そうだなぁ、たしかにお前の言う通りかもしれないが。依然西日本には強力なミュータントがいるんだろう? それらがいつ襲い掛かってくるかと考えるよりも制圧作戦をすすめたほうがいいと思うよ」
「そうかなぁ。流入民も多くなってきているし、格差から無謀な行動をとる人間もいるんだ。まずは足元を固めた方がいいと思うんだが………」
ワイワイとビール缶片手に話し合う人々。すぐそばに屋台があるので宴会の様子を見せながらも活発に話し合っている。
そこに一際大きな声で那由多代表が宣言をしてきたので、その声で周りの興味の無かった人々も立ち止まりモニターへと視線を移す。
大振りに手を掲げて、那由多代表は自信満々の表情を浮かべて、威圧感のある鋭い眼光の元宣言する。
「諸君。これからは西日本の制圧作戦を進める予定だ。ここで注意したいのが、西日本は今までの敵よりも更に厄介で強力なミュータントがいる可能性があるという事だ。これまで以上の奮闘を大樹の軍には期待する。そうして我らは元日本の大地を全て解放する!」
おぉ~と興味の無かった人たちもその言葉に思わず歓声をあげる。それだけのカリスマを感じて、そして日本が解放されると考えて。
モニターの中の那由多代表も満足そうにした表情で周囲を見渡しながら頷く。きっとどのような反応が返ってくるかわかっているのだろう。相変わらずの自信家であった。
ずらりと那由多代表の後ろに並んでいた幹部たちもパチパチとその宣言へ向けて拍手をして、そこで年初の国家代表の挨拶は終わるのであった。もちろんそこにはナナシの姿もあった。
広大なる大地。更地がほとんどであった以前と違い、ドライたちの家々も大量に建てられて、いつの間にか温泉や遊園地も作られている大樹本部。物々しい工廠や各所に置かれた機動兵器との風景の差が凄い。
偽本部ではなく、本物の本部だ。すなわち地上にある隠された広大なる神域。正体はくたびれたおっさんの家と庭という正体を名乗るとあっという間にしょぼい感じとなる場所である。
そこの豪邸でモニターを見ながら、くたびれたおっさんこと朝倉遥は庭でのんびりとしていた。
和服姿であるが、すこし大きめでだらしない恰好である。モニターに映る那由多代表率いる幹部連中はしっかりとした高級そうな和服を着ているのと比べるのもおこがましい。
「ふへぇ~。やっぱり元旦はこうやってゆっくりとしないとね~」
本部に降っていた雪は既にある程度雪かきされており、ある程度の広場となっている。豪邸の縁側に座りそれを見ながらおっさんは呟いて、お猪口のお酒をおっとっとと飲み干す。
「その通りですね、マスター。次をお注ぎいたしますね」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、ナインが遥のもつお猪口へと手にもつ徳利を傾ける。
透明な色の日本酒がトトトと注がれるのを、おっとっとと遥は嬉しそうにお猪口で受けて、零れちゃうねと少し口にするのであった。
「そうですね~。やっぱり元旦から働いてなんかいられませんよね」
リビングルームからコタツに入ったサクヤが寝ぼけまなこでおせちを口に入れて会話に加わる。
「あれは生放送だと皆が考えていると思うと、少し胸が痛いな………」
遥は那由多代表の話が終わり、今後の展望を語るナナシがクローズアップされて映像に映し出されているのを見て、少しだけ罪悪感が沸く。
だが、少しだけだ。元旦から働いてなんかいられないのである。のんびりとしたいのだ。その意見はサクヤと一致して、全て録画で終わらせたぐーたらなコンビであった。
「普段のマスターは働きすぎなのです。少しはゆっくりとしないといけまんよね」
男をダメにする金髪ツインテールが優しく言う。ぐーたらな生活を繰り返しているおっさんにその言葉をかけるとはさすがナインですねとサクヤは栗きんとんを口に入れてもぎゅもぎゅとする。
「そうだよね、最近私は働きすぎだと思うんだよ。崩壊時から無我夢中で人々の為に働いてきたからね、少しはゆっくりとしないとね」
あ~んとナインが伊達巻を遥の口に近づけてくるので、それを照れながらもパクリと食べて言う。
常に無我夢中で遊んでいると思われるおっさんだが、その自覚はまったく無いと判明した。
「だいたい、もう人々は生活を取り戻しているじゃん? 面倒な仕事はある程度は人々に任せても良いと思うんだよね」
崩壊してから復興作業に尽力してきたのだ。一応尽力してきたと思う。シムなゲームを楽しんでいたわけだけれども。
「上位の要職はツヴァイたちとドライたちに任せればよいと思いますが。中間管理職を人々に振るのは良いかもしれません。開発も簡単に行うのではなく人々にある程度は任せると雇用につながりますし」
ナインがぴとっと遥にくっつきながら、そう返事をしてせっせとおせちを食べさせようと、口に運びながら言う。どうやら久しぶりに甘えられるので嬉しいらしい。最近は妨害が多かったし。
「仕事の話になっちゃうな~。そういうのはな~し! 今日はな~し。休暇が終わったらにしよう」
常に休暇であるおっさんはナインへと言葉を返して、休暇が終わったら面倒な仕事はツヴァイに振ろうと考えていた。そうなるといつおっさんは働いているのだろうかという疑問は放置しておくしかないだろう。
「それにしてもツヴァイたちもドライたちも元気だなぁ」
まさしくくたびれたおっさんにふさわしいセリフを口にして庭へと視線を向けると
「司令、つきたてのお餅をプレゼントするでつ! とやぁ~」
幼女な体で、ちっこい腕に大きな臼をもってドライが言う。
「ドライ、しっかりと持っていてくださいね。はぁぁ~!」
シノブが杵を持ち、ぺったらぺったらとドライが持つ臼へと振り下ろす。
「ほいさっ! とやぁっでつ!」
振り下ろした杵を受けて臼は揺らぎもしない。シノブが再び杵を持ち上げると、とやぁっと臼を揺らして餅をひっくり返す。
わざわざ持たなくてもいいのだが、超人たる二人には楽々なことなのだろう。
「つきたてのお餅かぁ。つきたてのお餅できな粉をつけて食べると美味しいよね。バターに醤油をつけても美味しいけど。カロリーが凄い事になるんだけどね」
今の身体だと大丈夫だと遥は思いながらも、お餅をついている姿を見る。周りを見渡すと大勢のツヴァイやドライたちが同じように餅をついていた。
「でも、あんな風にアホなつき方をしなくてもいいけどね。まぁ、楽しんでいていいけど」
遥は他の場所へと視線を移すと、ドライたちが羽子板を振り回りして羽根つきをしたり、凧揚げをしていたりと楽しんでいた。皆が笑顔なのでこちらもなんとなく嬉しくなる光景だ。
「そうですね、マスター。のんびりとしていていいですよね」
コテンと遥の膝に頭を乗せて甘えてくる可愛らしいナインである。可愛すぎるメイドだなぁと頭をなでなでしながら、少しだけジト目になり呟く。
「少し異常な光景だけどね」
カカカカカと羽根つきなのに、超高速でドライたちは遊んでいた。正直羽根つきでたてる音ではない。10メートルもない近距離での圧倒的なステータスでの羽根つきなので、弾丸の如き速さで羽根が交互に移動している。あそこに体を入れると羽根で体に穴が空きそうだと遥は呆れてしまう。
「ふははは。忍法タコのり!」
「さすが霞たんでつ! ドライも忍法タコサーフィンでつ!」
人間大の大きさのタコにへばりついて、霞があははと笑いながら飛んでいたり、それに対抗してドライがタコをボードに見立てて乗りながら飛んでいた。どうやって飛んでいるのか不明である。
「うぉぉ~、人間ゴマ!」
「はぁぁぁ~、同じく人間ゴマ!」
やはり巨大なコマにのるアインと朧。くるくると目が回りそうなほどに回転をさせてぶつかりあっていた。
どうやってそんなでかいコマを作ったんだよと、ガチンガチンとぶつかり合うアインと朧のコマを見ながら疑問を持つ。というかアインと朧はコマの上で戦っている様子だが、なにを考えているのだろうか。
そんな混沌とした世界と化している遥の自宅である。
ここが真の本部だと言われたら、人々はあきれ果ててしまうかもしれない。
「こりゃ、本部がばれるわけにはいかないよね。アホな集団の集まりだと思われちゃうし。私が知的なだけに大変なイメージダウンだよ」
誰よりもアホな行動を取る遥は飄々とそう嘯く。きっと自分の知力を可視化できない弊害であろう。
やれやれ仕方ないなぁと、おっさんはやれやれと言いたくて、口元をニヨニヨとさせながら肩をすくめていると四季とハカリが目の前に瞬間移動をしてきた。
指令センターで一応定期チェックをしてきた二人である。一番真面目かもしれない。
まぁ、ツヴァイもドライたちも綺麗な振袖姿なのだが。
「明けましておめでとうございます、司令。元旦から恐縮なのですが、西日本の侵攻地域へと無人ドローンの偵察が終了しました。他に最近関東圏外で噂される内容もありますが」
「明けましておめでとう、四季、ハカリ。それと元旦から仕事お疲れ様。内容をざっと見せてもらおうか」
元旦から働き者だなぁと酒に酔っているおっさんは四季から資料を受領して、モニターへと移す。
そうして、しばらく資料を見ながら、ふむと顎に手を当てて考え込む。
「え~と………。これは本当なのかなぁ? 静岡は問題ないだろう、大樹軍で片付けることができるだろうけど、愛知と岐阜………名古屋周辺………。これはいったい………」
おっさんはその資料を見て珍しく考え込む。これが本当ならば少し行動に注意が必要かもしれない。
「少し面倒だな。春までにもう少し情報を集めよう。春から西日本への侵攻作戦を開始する。あと、噂の方も確認しないといけないだろう」
「はっ! 了解いたしました」
四季とハカリが遥を見ながら敬礼をするのを頷いて、おっさんはこの先の作戦を考え込むのであった。
きっとアホな作戦なのは間違いない。酔っているし。
 




