301話 雪景色の魔法使い
雪景色の中で廃墟となっている家々の中でもまだマシな形をとっている家の中で、椅子に座りぺらりと紙をめくりながら本を読む老人がいた。老齢の刻んだ歳がわかる皺だらけのお爺さんであるが、目つきは鷹のように鋭く地面までつくだろう白髭を伸ばしたローブを着た老人である。
黄金の杖を壁にたてかけて、ゆっくりと本を読む老人。隠遁生活をしているように見える老人だったが
「ギャー!」
「キャー!」
近くから複数の人間の恐怖からの悲鳴と
「グハハ! 泣け! 叫べ! それがお前らの生きている価値である!」
轟く得意げな大声に、本を読む手を止めて眉を顰めて呟く。
「不快だな。これでは魔導書を読むこともできん」
そう呟いて杖を手に取り椅子から立ちあがる。
辛うじて未だに動くドアを開けて、外へと歩きだす。周辺を見ると未だに慣れない風景が目に入ってくる。
石畳もなく放棄された家々の素材から城のような建物まで、植物に覆われた廃墟と化してはいるが、自分が今まで住んできた場所とは違うと思う。
気にはなっているが、今のところは放置するしかない。情報を集めるのは魔法使いとして当然であるが、今は追撃してくる可能性のある神の存在を考えると魔法を新たに覚えなおす方が先決であるからして。
そうして、悲鳴があがる方向に視線を向けると、逃げている人間たちと面白半分に追いかけている妖魔の姿が目に入る。
「ふむ………。人間が未だに住んでいるとは驚きだ。すでに人は滅んだと思ったのだが」
あの神の眷属たちと少数の付き添いであろう巫女以外は死んでいると考えていた。これまで人間など復活してから見たことは無いからである。
薄汚れた見慣れない服装の人間たちが後ろから追いかけてくる妖魔たちからなんとか逃げようと鉄の棒を構えてなにかを轟音をたてて撃ちだしている。
その様子を見て、人ならぬ幻想の存在は撃ちだされたものを観察した。
鉄の破片が高速で飛翔していくが、自分にとってはのんびりとした亀のような歩みとも思える遅さだ。
「なるほど、火薬により鉄の破片を撃ちだしているのか?」
白髭をしごきながら、観察を続ける。なるほど、人間がもつにしては強力かもしれない威力だが、妖魔には意味がないであろう。
「せめて銀を使えばよいものを。あの者たちは妖魔の倒し方を知らぬのか?」
首を傾げて不思議に思うが、周辺にいて邪魔なので片付けておいたここらへんを徘徊するゾンビたちを思い浮かべてかぶりをふる。
「銀の武器は妖魔にたいして特攻であるのだが………。どうも妖魔の組成が変わったのか?」
わからぬと呟き考える。本当に銀の武器でダメージが入るのだろうかと。世界のルールが変わったのだろうかと。
予想通りにドスンドスンと巨大な身体を揺らしながら歩く妖魔には毛ほども通じていない様子であった。
「げふふ、オデたちの生贄となるがよい」
それは醜悪な4メートルほどの背丈をもつ巨人であった。大剣を持ちのしのしと歩きながら逃げている人間たちをその大剣を振り下ろして潰している。
どうやらこの世界の人間たちは既に滅びを迎えたのだろうと魔法使いは考える。あの山に来たものたちも神と眷属、そして巫女であった。
神との戦いにて急速に己の自我を復活させた魔法使いはそう考える。どうやら矮小なる人間が我を復活させてその体を使っていたようだが、神との戦闘にて我の自我は復活を果たし、すでに憑りついていた人間の魂も自我も欠片も無いと感じたときに、この世界を認識したのだ。
人間たちは何やら袋を担ぎながら懸命にこちらへと走っているが、魔法使いの存在に気づいたのだろう。
「逃げて! 化け物が来ます!」
見ればわかるようなことを言ってのけて、こちらへと向かっていた方向を変えて逃げようとする。
「ほう………。なすりつけを行わないつもりか」
自身が命の危機にあるのに見上げたものだと感心する。
「勇気あるものということか………」
勇気あるものを自分は好む。強者であれば尚良いがそれでも弱者であってもその勇気は心地よい。
「ならばこそ、人間というものだな」
呟きと共に杖を構えて、追いかける妖魔へと力を放つ。
「雷よ」
その一言により発動した魔法は杖から雷を生み出して妖魔へと向かい命中する。
ピシャンと雷光が弾けて、妖魔はその攻撃にて動きを止める。焦げたあとが身体に残るが、みるみるうちに回復していく。
「あ~ん? まだ人間がいたか」
ぎょろりと窪んだ眼をこちらへと向けてどしどしと雪を蹴散らし大きな足跡を残しながら近寄ってくる。
「なんだかへんてこな力を使う人間はっけーん! おでの胃袋にいれる~」
多少たどたどしい口調で言う妖魔。
「ふむ………。もう再生したか、ただのトロールではないということか」
魔法使いは妖魔を見て、トロールだと考えていた。巨大な巨人にしてその動きが鈍重そうに見えたからだ。
「ぶはは。おでさまはグノルトス! オーガとオークとトロールの混血にして創造主様の眷属たる力ある剣士!」
ドスドスと大剣を地面に打ち付けながら叫ぶ妖魔を見て、鼻で笑う魔法使い。
「ふっ。どこの眷属かは知らぬが力あるとは大した物言いだな。馬鹿なところだけが集まった混血なのか?」
馬鹿にする魔法使いにグノルトスは激昂して吠える。
「すこじ、ちがらありそうな敵だが、おでのてきじゃねぇ~!」
雪を蹴り、ドスドスと大穴を地面に穿ちながらグノルトスは近づいて大剣を頭上まで上げてから、振り下ろす。
「あぁっ!」
それを見ていた逃げていた人間が叫び声がをあげる。あの化け物は隠れていたビルごと破壊することができるほどの怪力をもっているのだ。
枯れ木のような体の老人ではミンチにされてしまうだろうと思いながらの悲鳴をあげるが
「ぐぉっ! ど、どうなっでる?」
杖を振りかざしその大剣を受けとめた魔法使いは鼻を鳴らして伝える。
「力ある? まさかこの程度の筋肉で力あると言われているのか?」
魔法使いの言うとおりに、受け止めている大剣は杖をそれ以上押し込めずに、魔法使いそのものも体を押し付けられる様子もなく、また腕に力を入れている様子もなかったからだ。
「ぐっ! 剛腕旋風!」
グノルトスは器用に大剣を持ち、竜巻でも巻き起こすように回転をして、次こそ切り刻むと超常の力を発動させる。
魔法使いはその攻撃を杖を軽く構えるだけで何もしなかった
グノルトスの回転斬りは一か所ではなく、またその攻撃は一回では終わらない。
ぐるぐると回転しながら、上下に軌道を変えながら魔法使いを斬り刻もうとするグノルトスだが、揺らいだ軌道の前にいつの間にか杖を置いて、全ての攻撃を防いでいく。
ガンガンと黄金の杖に大剣を撃ち続けて、弾かれていく。
「ほらほら、どうしたのだ? 未だに貴様の力を見せてもらっていないが?」
からかうような声音で告げてくる魔法使いにグノルトスは力の差を悟った。
回転斬りを止めて、汗をかいた状態で恐怖の表情を浮かべて魔法使いに尋ねる。
「お、おまえは何者だ? 見たこと無い人間だ!」
怒鳴るように言うグノルトスの恐怖に飲まれた表情を確認して嘆息する。
「貴様は勇気のあるものではないな。恐怖に満ちたそのツラは見るに耐えん」
すっと杖を掲げて、うるさいのを片付ける事にする魔法使い。
「ま、まで! おでさまの創造主様は力あるものが好きだ。オデの紹介をうければ、必ず雇ってくれるだろう、きょ、興味はないか? なんでもあるぞ、食事に財宝、力あるものなどいろいろだ」
先程の見下すような態度を止めて伝えてくるグノルトスに興味を失くした表情となり魔法使いは杖を下げようとするが
「もらった!」
グノルトスは杖を下げて構えをといた魔法使いに隙ができたのだと考えて、地面に積もる雪を大剣にて巻き起こさせて魔法使いの頭にぶつける。
魔法使いの頭に命中した雪により視界が一瞬消える。
「ほう………」
感心したような声音を耳に入れて、グノルトスはそのまま腕の筋肉を膨張させて叫ぶ。
「剣技竜破斬り!」
竜をも殺す技である。その一撃は高速で視認ができずに掬いあげるように魔法使いへと向かう。
掬うように光の軌道を浮かべさせて魔法使いを両断するグノルトス。
「やっだが?」
魔法使い体が二つに分かれたことを確認して、巨体を揺らして楽しそうに黒い笑みを浮かべる。
「残念ながらやってはいないな。たわけもの」
グノルトスの後ろから聞こえてきた声に驚いて後ろへと振り向く。
そこには傷一つなく魔法使いが立っていた。そうして両断したはずの魔法使いは空気に溶けるように消えていく。
「分かたれた影といったところか。貴様如き知恵なき妖魔では見破ることできないぞ?」
杖をグノルトスへと向けながら魔法使いは言う。
「ま、までっ! 今のはあやま」
グノルトスが再び謝罪をしようとするが、
「生命なき灰と化せ」
魔法使いが発動した魔法により、その力を受けたグノルトスは身体を一瞬の内に灰へと変えていったのだった。
巨大な身体が武器さえも含めて灰となったグノルトスは、そのままザザッと地面へとその灰を散らばすのであった。
「ふむ………。大した抵抗もできんとは………やはりただの妖魔だったというわけか。しかし名を持っていた?」
わからんことが多いなと首を傾げる魔法使い。
そんなわからない事が多いと唸る魔法使いの耳にザクザクと雪を踏む足音が耳に入ってくる。
見ると先程逃げ回っていた人間たちであった。10名程であろうか? 家族なのだろうかと考える魔法使い。
考えを続ける魔法使いへと近寄ってきた人間は頭を深々と下げてきた。
「ありがとうございました。おかげさまで助かりました」
「気にすることはない。汝の行動が勇気があったゆえよ。幸運を喜ぶのならば、先程の自分の行動を喜ぶとよい」
素っ気なく答える魔法使いに家族と一緒に逃げていただろう10歳ぐらいの少女がてこてこと歩いてくる。
「おじーちゃんありがとー。おじーちゃんは魔法使い?」
ローブを着て、黄金の杖を持ち歩いている白髭を長く生やしている老人。まるで映画の世界から抜け出してきた魔法使いを見て、無邪気に笑顔を浮かべて尋ねる少女。
その少女へと微かに口を曲げて答える魔法使い。
「我の名前はファフ。いにしえより魔法の追究をするものなり」
ファフが答える。以前の人間が憑りついていた名前など既に記憶にない。己が名前を伝えるのみである。
「お~。まほーつかいのおじーちゃん! おじーちゃんは世界を救いに来た正義のまほーつかい?」
首を傾げて続けて尋ねてくる少女へと、ファフは当然違うとかぶりをふる。
「我が望むは魔法の追究のみ。そして黄金があればよい。ただそれだけよ」
昔からその行動原理は変わらないとファフは考える。今の世に復活してきた理由はわからないがそれでも昔の儘に行動するのみである。
「お~。かっこいい~!」
なにが心の琴線に触れたのか嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる少女。
そんな少女のお腹がグーとなる。
どうやらお腹が空いているらしい。ファフは少女をじっと見つめて思う。あの少女と多少は似ているかもしれないと。
「腹が空いているようだな」
「うん………もう最近はお腹いっぱいにたべれないの………お化けがたくさんうろついているから」
悲しそうに言う少女に嘆息して、自分の腰に下げている無限バックから籠を取り出して地面におく。
「湧き出すは泉にあらず」
魔法を発動すると、籠からみるみるうちに多くのパンが生み出されて零れ落ちるほどになる。
「食うが良い。せっかく助けた命だ。ここで死なれるのも気分が悪いのでな」
「すごい! パンが生み出されたよ! おじーちゃん、ありがとー!」
パンを手に取り、はぐはぐと食べ始める少女。
「あ、ありがとうございます。魔法使い様!」
周りの人間も次々と頭を下げてパンを手に取り食べ始める。
「たいした魔法ではない。優れたる魔法使いならばこのような魔法は簡単に使えるはずだが………」
人間がほとんどいないところを考えると、魔法使いもいないのであろう。元々魔法使いは希少なものだ。周りを見渡す限り、妖魔か死人しか徘徊していないのだ。
「あ、あの魔法使いという方にお会いするのは初めてで………。まさか本当に存在するとは………」
無知であることを認めて、尋ねてくる人間を見てファフは思いついたことを尋ねる。
「我は古き時代から復活したばかりなのでな。この時代のことをよく知らんのだ。どうだろう、汝らの命を保護するかわりに教えてもらえないだろうか?」
「は、はい。古き時代から蘇ったのですか?」
「うむ。愚かなる矮小な魔法使いが我の身体を乗っ取り、その力を使おうとしていたようだが………まぁ、無駄なことだったようだ」
肩をすくめて、自分を蘇らせた小物の魔法使いを思い浮かべるが、もはやその記憶も薄れてなくなっている。たんにそんな魔法使いがいたと思うだけだ。
「へ、へぇ~………。そうなんですか、魔法使いって本当に現代にもいたんですね………」
感心する人間へと再度尋ねる。
「どうだ? 我と契約をするか? ただし命を保護するといっても限界がある。まぁ次の集落でも見つけた後にそこで安定した生活ができるまでだな。あとは、それまでの間、我の小間使いもすることだ」
古い時代からって本当なのだろうか………だが、あの力はたしかに圧倒的であり、映画でみたとおりの魔法使いだとも問われた男は考えた。
家族たちをちらりと見て、はぐはぐと美味しそうにパンを食べる娘とようやく安心できると座り込みながら少女の頭を撫でる妻を見て決心する。
「はい。その契約でお願いします。ですが、小間使いは良識の範囲内でお願いいたします」
「うむ。これで契約は成った。ではこの時代のことを教えてもらおう。あぁ、いや、その前に我の住居へ行くぞ? このような道端で話していても仕方ない」
その言葉にこくりと人々は頷きファフの後についていくのであった。
すぐにファフの家というか廃墟へとついて、暖房がないのに暖かい部屋に戸惑いながら人々は中へと入り話し始める。
「ふむ………。にわかには信じがたい話だが…………。人間が空を魔法も使わずに空を飛び、馬を使わぬ馬車にこのような箱にて遠距離の者と話すことができたというのか………」
「えぇ、崩壊前はそれこそ日本は暮らしやすい国でした。お話した通りの世界だったんです。ゾンビたちが現れるまでは」
「なるほどな………。恐らくは冥府の門を誰かが開いたのであろう。死者が蘇り世界が崩壊した理由としてはありきたりだ。だが冥府の門は硬く閉じられているはず………いずこの者がやったのか………」
ファフは髭を鋤きながら考え込む。冥府の門を守る者を倒すことは人間では不可能であるはずだ。だが、門は実際に開かれて人間たちの世界は一夜にして滅びたらしい。
「どこかの研究所がそんな馬鹿なことをしたということになるのでしょうか?」
「ふむ………。そこまではわからぬ。だが、その行動により天界から神が降臨してきているのだろう。それに先程の妖魔の言う事も気になるな………。たしか創造主様とか言っていたな。そんな名称で自分を名乗るものなど碌でもないと決まっている」
「神様が降臨? ど、どうなっているんですか? 私たちは見た事もありませんよ!」
驚き身を乗り出して尋ねてくる男性。
「神様がいるのなら、私たちは助けられているのでは? なんでゾンビたちは消えないんですか?」
「あほう! まぁ、無知なる人間ならばこその発言だろうが、神は万能でも何でもない。自分の知る範囲しか助ける事は出来んし、司る力によりできる範囲は決まっている」
「そ、そうなんですか………。そうですよね。神様が全知全能ならこんなこと起こらないですものね」
「やれやれ。そなたたちは随分神に期待をしているようだが、きゃつらは人間より人間らしい。力がある分面倒でもある。気まぐれでもなければ、人間を進んで助けるものなどほとんどいないであろう」
がっくりと肩を落とす男性を見ながら呆れた表情で伝える。
「だが、この時代に我が復活したのは幸運であったのかもしれん。魔法の深淵を覗くことができるかもしれんからな」
カカカと高笑いをして、古代から復活したと思っている魔法使いはしばらくはこの時代の情報をもっと集めようと考えるのであった。




