300話 雪景色の忘年会
紅き竜王が空を飛んでいた。その竜王は佐渡の島をたった一つの魔法と称する超能力で粉々にしてしまった。見渡す限りの眼下には砕けて沈み込む島の欠片しか見えなかった。
相対する少女はその様子をみて、静かな声音ながら沸々と煮えたぎる怒りを込めて口を開く。
「私は本当に怒りました!」
その呟きと共に銀の髪の毛が逆立ち周囲へと少女が内から発する力が波紋のように伝わり世界が震える。
「な、なんだ、その姿は!」
驚きの声と共にその力を見て動揺する竜王。先程までとは格が違う戦闘力を感じたのだ。
キッと竜王を睨みつけて少女は告げる。
「これは私の怒りによって目覚めたスーパー聖女! もはや貴方では私に敵わない!」
そうしてお互いは空中を駆け巡り激しい戦闘を開始するのだった。
続く。
「三部作だっけ? これ売上悪くて一部で終わるパターンじゃない? どう見てもどこかで見たことがあるシーンなんだけど?」
スクリーンに映し出された編集された映画を見た少女は呆れたように感想を言う。そんな少女はレキである。レキであると決めたのだ。
「たしかノンフィクションと言っていたような気がしたわね? どこらへんがノンフィクションなのか私にはわからなかったのだけれども、本当なのかしら」
やはり呆れたようは声音で美女が尋ねてくる。その手にはワイングラスがあり、深い紅の色を見せるワインが並々と注がれていた。そんなワインを飲んでいるのはまともな様子の静香だ。
「フヒヒ、黄金があの島で手に入ったから少しだけお金をかけて映像に凝った。これで正月の映画は私の聖女伝説に決まるはず」
もしゃもしゃとテーブルに並んでいるローストビーフを口に頬張りながら言うのはディーである。
「そうそう! あたしもこの映像にするのに大金払ったんだぜ? もう黄金で稼いだ金もすっからかんだよ!」
銀髪巫女こと真琴がワハハハと笑いながらイクラの軍艦巻きを手に取り、口へと放り込む。どうしてここまで自信満々なのかさっぱりわからない。そしてなぜゼロか全てを勝ち取るかをこの巫女は常に選ぶのだろうか?アホなのは間違いなしだがギャンブラーなところが誰かに似ている。
「霞の紹介で映像をちょっと修正しました。色々とお金がかかりましたがか、まぁ、同じ銀髪なので格安にしておきましたよ。あぁ、来月には銀幕スターですね、ミコトさん」
飄々と巫女を騙したと思われる詐欺師が真琴の名前を間違えたことにも気づかずに微笑みながらピザを食べて、おっとっと、チーズが伸びますねと楽しんでいた。
「真琴ちゃんでしょう! サクヤさんは本当に真面目に仕事をしているんですか?」
疑いの目でサクヤを見ながらナナがパクリとフグの唐揚げを食べて、美味しいと目を丸くしていた。
そんな皆がいるここは大樹の本部の豆腐の中、もといおっさん少女の住居であった。
本日は師走だよね、忘年会をしようとレキの知り合いを集めたのだ。椎名たちも水無月姉妹も叶得も早苗も英子もいたりする。
ワイワイと集まって騒がしいことこの上ないが、楽しんでいるので良いのだとレキはニコリと楽しそうに微笑むのであった。
空に浮かぶ大樹本部。空中戦艦を改造されたその偽りの大地には大勢の人間が住んでいる。森や平原が存在して、泉があり川も流れている。雪景色とはならずに少し寒いだけの小さな世界。
限られた人々が住むリゾート地のような空中に浮かぶ大地。キャッキャッと幼女がそこかしこで遊んでいる紳士な人はお断りな場所である。
そこで女子だけで忘年会をしているのが今回のレキであった。
「きゃー! 絨毯で泳げちゃう! みーちゃんはおよげまーす!」
毛が長いフカフカ絨毯の上で蝶野夫妻の娘、通称みーちゃんはキャッキャッと絨毯で泳ぐようにちっこい手足をバタバタとさせて嬉しそうに声をあげている。
「ふぉぉぉ~。リィズも泳ぐ! ここでならクロールもできる!」
リィズが同じように絨毯の上でバタバタと手足を動かしてクロールにしていて
「むむ! お姉ちゃんたちには負けれませんね! 私も泳ぎます。背泳ぎをします!」
レキというには幼すぎるので謎のアホな美少女としておきたい少女が背泳ぎを絨毯の上でして見せた。
絨毯の上で絨毯をダメにする勢いでバタバタと暴れる無邪気な少女たちである。一名お祓いを受けないといけない少女がいるかもしれないので、優秀な退魔師を誰か呼んで欲しい。
キャッキャッと遊ぶ三人に手に焼いた鶏ももをもって、英子が近づいてきて注意をしてくる。
「こら! レッキー、リィズちゃん、みーちゃん! 高級そうな絨毯なんだからやめときなって。痛むともったいないでしょ!」
モグモグと肉を齧りながらあんまり説得力はないが、おとなしく三人共泳ぐ遊びをやめて英子を見つめる。
「ん~? なに? これ欲しい? あっちにいっぱいあるよ~」
にやりと悪戯そうに笑いながら、指さす先には山のようにテーブルに様々な料理が置いてあった。
「きゃー! みーちゃんもみーちゃんも!」
てててと満面の笑みでテーブルに向かうみーちゃん。
「むふぅ。リィズも肉を食べる!」
食いしん坊なリィズもてってことみーちゃんと一緒に駆けていく。
その二人を見ながら、遥はとぉっと立ちあがり、微笑ましい笑顔で英子へと返事をした。
「久しぶりに童心に帰っちゃいました。いつもの大人っぽい姿とギャップがあって恥ずかしいですね」
童心にしかならないおっさん少女は平然と動揺も羞恥も見せずに当たり前のように言う。
「え? どこに大人っぽい人がいたの? あそこでお酒を飲んでいる人たち?」
子供たちの保護者としても来ているナナと酒があるならと招待された静香。そしてニコニコと笑顔でお酒を飲んでいるサクヤ。その三人を指さして英子が真面目に聞いてくるので、頬を膨らませてプンスコと怒って見せる。
「私ですよ。隠しきれない大人っぽさがわかりませんか?」
モデル立ちをして、腰をくねくねと動かしてぱちくりとウィンクをする子供がそこにいた。
「え? なんのかくし芸? まだ正月じゃないよ?」
英子が真面目な表情で聞いてくるので
「キシャー! 英子さん、貴女とはいつか愚連隊隊長の座を賭けて戦わないといけないと思ったんです!」
絡みにいく遥をどうどうと額を抑えてケラケラと笑う英子であった。
そんな微笑ましい笑いが周りから聞こえる中で、テーブルにドンと各種お酒を置いてごくごくと飲んでいる3人組がいた。
ちらりとレキたちを眺めて、ナナが呟くように口を開く。
「あちらは楽しそうですね。なんかお酒を飲めるのが私たちだけって寂しいですよ」
ジョッキを傾けて、飲みながらの発言に
「あの………ナナ様? そのワインはジョッキで飲むんじゃないですよ? 高級なんですよ? 高級すぎて私の月給が吹き飛ぶレベルなんですよ?」
笑顔ながら、口元を引きつらせてサクヤがナナの飲み方を注意する。ひくひくと口元を引きつらせているのはナナが先程から一本で一般人の月給レベルはするワインをビールジョッキに入れて、ごくごくと飲んでいるからだった。
とろんと少し酔った様子を見せてナナは意地悪く言う。
「あれ? これはレキちゃんのかっこよい内装を作るために用意されたものですよね? たしか中身は捨てるのがもったいないからスタッフが飲んだとか? それじゃぁ、私もスタッフの一員として飲んであげますね?」
にこやかに敵であると認識している銀髪メイドへと微笑みを見せるナナである。目が笑ってないので怖い。
「ぐぬぬ、仕方ありませんね。私もジョッキで………ぐぐ、できません………」
空のジョッキにワインを注ごうとするが、その手が止まり苦渋の表情でナナを見つめるサクヤ。
「その飲み方はワインへの冒涜です! よこしなさい! 私の高級ワインを返しなさい!」
空になったジョッキに新たに古さと高級感を漂わせるワインを注ごうと瓶を傾けていたナナの手を掴みグイグイと引っ張る。
「あ~! 認めましたね! 自分のものだって認めましたね! 逮捕です! たーいーほー」
ふらふらと体をゆすりながら、ナナが勝ち誇った表情でワインを盗られないように胸に抱く。
「ナナ様はもう警官ではないはずです。もう私を捕まえることはできないです!」
「でーきーまーすー! きっとこの手錠が貴女を………貴女を………あれ? 手錠が何本もある。おっかしー!」
きゃははと笑い出してしまうので、すでに酔っぱらっているのは明らかだ。
「悪酔いも限界があります。ワインをジョッキで飲めば当たり前です! 水、水を飲んでください!」
ギャーギャーと騒ぐサクヤたちを見て、嘆息して静香はゆっくりとワインを口で転がすように飲む。
「はぁ~、こんなに良いお酒なのにもったいないわね~。さてと、私はお嬢様の家を散歩でもしようかしら。もしかしたら小判が落ちているかもしれないし」
あのお嬢様ならありえるわと目を光らせる静香。ソファから立ちあがり移動を開始しようとするが
「ダメです! 静香様は移動禁止です。金庫とかを探して持っていきそうですし。いえ、持っていかなくても部屋の背景として置いてある小判の山を持っていきそうですし」
サクヤが静香の腕を掴み、ぎゅっと離さないようにするのを静香は反対に目を光らせた。やっぱりねと嬉しそうに頷いて
「お嬢様ならそういう楽しいことをすると信じていたわ! そんな美しい背景を目にしないのは一生の後悔となるわ!」
ずりずりとサクヤに捕まれながら部屋を移動しようとする女武器商人である。小判の山と聞いたら動かないわけがない。
こちらもギャーギャーと叫びながら、楽しそうには見えない光景であった。
その混沌とした世界を見ながら、椎菜は楽しそうに笑った。
「ぷっくくく。やっぱりレキちゃんと一緒だと楽しいね」
「そうだね~。混沌すぎるところがあるけど、いつものことだしね」
結花がむしゃむしゃとクレープを食べながら答えて、次のクレープを作ろうとホットプレートにタネをいれようとしていた。
「うはぁ~。器用なことをするなぁ~。僕も負けてられないね!」
晶が食べながら作るという器用なことをしている結花を見て笑みを見せながら、自分もクレープを食べようと焼いたクレープを敷く。
「まずは生クリームをたっぷりと! 食べきれないぐらいに………」
生クリームをドカンと入れようとする晶。一度生クリームだらけのクレープを食べてみたかったのだ。有名なクレープ屋さんは昔にクリーム山盛りというトッピングを追加料金でしていたが、いつの間にか無くなっていたし。というか今の崩壊した世界ではなかなか甘味を口にするのは難しいし。
だが、晶がふんふふ~と生クリームをいれようとするとガシッと腕を掴まれた。
驚いて掴まれた相手を見ると結花が真剣な表情で晶の腕を掴んでいたので、小首を傾げて尋ねる。
「な、なに? 結花?」
「クレープには最適な黄金比のクリームの量が決まっているの! 駄目だよ、山盛りクリームなんてクレープに対する冒涜だよ!」
えぇ~と口を開けて驚く晶。まさか作り方に注文を付けられるとは考えてもいなかったのだ。
「しょうがないなぁ。私が作ってみせるよ! 椎菜、手伝って!」
しゅわんとお玉を掲げて叫ぶ結花。
「そこのちびっこたちも注文を受けるよ! さぁさぁ、どんどん言った言った!」
「え~と、それじゃあイチゴ生クリームを」
なんだかクレープに凄いこだわりがあるんだねと晶は冷や汗をかいて注文を出す。
「みーちゃんも美味しいクレープ!」
「ん。リィズはバナナクレープ!」
その注文を聞いて、よっしゃぁと目に炎を見せて結花が羞恥で頬を赤らめている椎菜と持っているお玉をクロスさせる。
「まかせて! 椎菜、私たちクレープ職人の力を見せる時だよ!」
「恥ずかしいよ、結花! ちょっとこのポーズは止めようよ!」
ノリノリの結花と恥ずかしがる椎菜を、おぉ~と拍手をしながら眺める晶たちであった。
「あっちは元気だね~。まったく若いとは羨ましい」
かぶりを振りながら綾がおっさんくさくセリフを言う。
「あ~。そうだなぁ、呆れるぐらいみんな元気だよなぁ~」
おでんの卵を口に入れながら早苗が感想を口にする。
「ふふふ。そうですね、皆さんが元気で暮らしているだけで、なんとなく嬉しく思いますよね」
おしとやかなおでん屋の看板娘の穂香がクスクスと上品に笑いながら料理をお皿にのせていた。
「あ~。おっさんは今日は本部にいないのね~………」
テーブルにつっぶしてがっくりとした声音で叶得が言葉を発するのを苦笑して他の三人が生暖かい目で見つめる。
「恋煩いとは難しいものなのですね。私にはまだわかりませんが」
頬に手をつけて、ほぅっと見惚れるような上品な微笑みを見せる穂香。
その言葉に顔をあげて叶得は自分の心を伝える。
「もう恋じゃないわ。愛よ、愛。おっさんはもう私のものなの。ナインには悪いけど勝つのは私なの。友情と恋愛は共存できるのよ。そういえば、今日はナインはいないわね? むむ、嫌な予感がするわ………」
なんだが大変そうだと呆れる三人。
「なぁ、叶得さん。この私に返却無用の学費を出して本当に良かったのかい?」
綾が叶得を見ながら、高校にあがったときの学費を寄付してくれたスポンサーへと尋ねる。
それをキョトンとした表情で叶得は口にする。
「当たり前でしょ? どんどん優秀な人は出てこないと今のままだと私の一人勝ちになるじゃない? 技術というのは独占するだけじゃ進化しないわ。やっぱり切磋琢磨できる相手もいないとね。………あの娘がメイドなのは本当に残念ねっ!」
ナインを思い出して、残念がる叶得。彼女は博識であった。なぜメイドをしているのだろうか? ナインのレベルでも相手にならない程の知識をこの本部の技術者は持っているのだろうかと
「その場合は悔しいけれど学ぶことは多いわっ! 綾、本部の技術を少しでも身につけて高みへと迫るのっ!」
「やれやれ、残念な性格をしているようだな。だが、その性格を私は嫌いじゃない。やっぱり技術職はこうじゃないといけないね」
飛び級テストを受けて、飛び級の最初の学生となった綾はニヤリを悪戯そうに笑う。
「みなさん楽しそうですね。私もおでん屋を頑張らないと!」
むんっと可愛く腕を曲げて胸につけて穂香が強く頷く。その際に胸がぽよんと揺れるのを死んだ目で叶得たちは眺めていた。
屋根へとぴょんぴょんと飛び跳ねて移動した遥は混沌としているリビングルームを見て優しく笑う。
「今年もそろそろ終わりですね………。もう2年となりますか………。さてさて来年はどうなるのでしょうか」
逃がしたトカゲが一匹いるけれどと思うがサクヤたちはあのドラゴンは支配欲を持っていないだろうと分析していた。
恐らくはドラゴンらしく黄金を集めて、またどこかの洞窟に潜っているのだろうと。
それならば安心だねと遥は忘れる事にした。デリートボタンを押せばすぐ忘れるよと。おっさん少女の悪い癖である都合の悪いことはすぐに記憶から消してしまう能力かもしれない。
手を四角の形にしてリビングルームを写真でも撮るように囲んで、眠そうな目で覗く。
「では、楽しい記憶を一枚」
パシャッと口で呟いて、またクスクスと心の底から楽しそうに笑うおっさん少女であった。




