299話 おっさん少女は勇者かもしれない
轟音が空間へと轟き渡り、レキとファフニールの戦いは大きな衝撃波を生み出して地震のように地面を揺るがせる。
高速戦闘を行っているレキたちは、舞い散る埃や落ちてくるつららが極めてゆっくりと動いているようにも見えた。
自分の感覚が高速戦闘のために、周りを置き去りにしているのだと理解している。
「むんっ!」
ファフニールがその全てを斬り裂くと思われるほどの爪を翻して、レキへと繰り出す。
全力ではなく速さを重視した攻撃は竜の鈍重そうな図体を裏切り、逆巻く突風と共にその剛腕を素早く動くレキへと向かわせる。
「しっ!」
呼気を吐き、レキはその攻撃に対して繰り出してくる爪の先端へとガチンと音をさせてその軌道を歪めて受け流す。
巨大でありすぎて、そして速すぎるために回避をするには敵の攻撃を受け流すパリィが必要なのだった。
ただそれだけで衝撃波が生まれて、轟音が発生することから、どれだけの威力があるかは想像できるのかしれない。
「やるな! その小柄な体躯で我の攻撃を弾き返すとは!」
ファフニールが感心したように言葉を発しながら、受け流した後にギュィンと加速をしてファフニールの懐に入りこもうとするレキへと後ろへと羽を羽ばたかせて下がりながら尻尾による牽制を行う。
大木でできた破城槌のような尻尾攻撃のその尖った尻尾の先端にちっこいおててをあてて、レキはくるくると回転しながら受け流し、目の前に尻尾が高速で通り過ぎていくのを横目にファフニールへと再び肉薄しようとするが
「あまいわっ!」
ファフニールがばさりと羽を羽ばたかせると強力な向かい風が巻き起こりレキを吹き飛ばすのであった。
威力が無い敵との間合いをとるだけの風なのだろう。レキは空中にてすぐさま停止する。
「近接攻撃しようにも隙がないなんて、ファンタジーのお約束を打ち破るドラゴンだよね~。まじですか」
竜は鈍重な動きと圧倒的な力でしょうと遥は思うが、ファフニールはレキとも同等の速度で動き、その巨体を活かした戦い方には隙が無い。
「旦那様。突破口を開かないとジリ貧になります」
淡々とレキが警告してくるが、たしかに体力といった面でも負けているかもしれない。なにしろ相手はドラゴンだ。
レキはこの攻防で、はぁはぁと僅かに息を乱して、汗を少しかいている。極めて珍しいことである。
「ご主人様が息を乱して汗をかいているなんてレアですね。撮影、撮影!」
サクヤがこの攻防で、はぁはぁとレキを見ながら息を乱している。サポートキャラなのに献策をしてこない。なにしろ相手はサクヤなので仕方ないだろう。
「一段階レベルを上げるよ、レキ」
遥は呟き、超常の力を発動させる。
「念動体!」
超常の力を解放したことにより、細胞の一つ一つ、足先から髪の一本まで全てが念動でできた仮初の細胞と融合して力強くなる。
空間を歪ませて、その圧倒的な力を示すレキをファフニールは眺めて、にやりと笑う。
「ふむ、まだ力を隠していたか? いや、強化魔法というやつか。ならば我も使おう。マイティボディ!」
神竜が使ったら、アホ程強くなる技を自分にかけて全てのステータス、耐性を跳ね上げるファフニール。
紅い波動が可視化されて、部屋の中を吹き荒らす。
「あ~、あのドラゴンはファイナルな幻想ゲームの力も使えるのね、なんというチート」
プンスコと怒る遥であるが、2回行動ができる時点で卑怯なのはおっさん少女側だと思われるが、間違いであろうか。
レキが空中にて身構えて、ファフニールは四つ足を地面につけて唸り警戒態勢をとる。
「念動波」
レベル5たる念動力を使う遥。
一瞬ののちにファフニールを包み込む空間の歪みが生まれる。通常なら握りつぶすように押されて歪ませて砕く念動力であるが
「凍てつく息吹!」
ぐぉぉ~と叫ぶファフニールにより、あっさりと霧散していく念動波。
だが、一瞬の隙が必要なだけであり、レキはその一瞬の隙を見逃さない。
羽を翻して、ファフニールの懐に入り込み拳撃を繰り出そうとするが
「地獄よりの火炎柱」
レキの軌道上に床が抉れて、そこから真っ赤な溶岩のように粘質をもつ火炎の柱が噴出する。
その大きさたるや、10メートルはあるだろうか。とてもではないがぎりぎりを回避しつつファフニールへと肉迫することはできないとレキは判断した。
「アイスレイン」
ちらちらと氷の粒が生み出されて火炎柱へと到達するが、一瞬すらも凍らせることはできずにその氷の粒は消えてしまうのであった。圧倒的に氷の力が足りないのだろう。力負けをしたのは初めてかもしれないと悔しながらも残念ながら後ろへと下がり間合いをとるレキ。
「黒き死神の鎌」
ファフニールが間合いができたことにより魔法を発動させる。
下がったレキはその力の発動を見て、空中を蹴るように脚を繰り出して、壁でもあるようにピンポン玉のようにボンボンと動く。
動いた後には黒い死神の使うような大鎌が空間から湧き出されて、その場を斬り裂く。しかもそれは一回では止まらずに、移動を続けているレキを追うように、再び空中へと溶けるように消えてから、またも空間から現れて斬り裂こうとするのであった。
「多少の追尾がある鎌というわけですね」
高速で鋭角的な軌道で移動をするレキはその様子を見て淡々と言葉にする。大鎌への脅威は感じていないのだ。その場にとどまっていれば斬り裂かれるかもしれないが、逐次移動をしていれば問題ないからだ。
だが、そのことはファフニールも理解をしていたので次の魔法を放つ。
「虐殺する狼を封ぜよ、鍛えたる鎖よ」
じゃらりと音をたてて空間から今度はタイムラグなしで、レキへと鎖が生み出されて拘束しようと接近してくる。
「ちっ! 色々な魔法を使いすぎだよ、あのドラゴン! これだから高レベルのドラゴンは手に負えないよね」
小さく舌打ちをする遥。鎖は血によって汚れたような見かけであるが、レキの腕ほどもある大きさであった。
しかも高速で無数の鎖が近づいてきており
「受け流そうとすれば、絡みつかれるパターンですね」
レキもその様子を見て、どうするか思考する。あれに捕まったが最後動かない相手に対する魔法を連発してくるだろうと簡単に推測できるからだ。
巨大なる敵との戦闘で足を止めるのは死と同義であることも理解している。
「サイキック」
遥が詰みの状態にならないように、最強最高の念動を使用する。
空間が震え、サイキックによる防御壁が生み出されて鎖がなにかに弾き飛ばされるように吹き飛ぶのを見たファフニールは
「防御系かっ! だが、無駄だ、凍てつく息吹!」
レキへと正確に狙いとを付けて超能力無効化の技を使う。今の技をかき消せば鎖が敵を拘束するだろうと考えたからだ。
「むっ!」
だが、かき消されたはずの防御壁は消えずに、鎖は弾き飛ばされていく。しかも空間から生み出された大鎌も同様に。
「なぜ消えない? 防御障壁では?」
ファフニールはその動きを見て、唸るように尋ねる。
「私の最強たるサイキックを無効化する? 無駄にして意味がない。私のサイキックはか弱くはないので」
ふふふと可愛く笑う遥の返答と共にレキは右腕にサイキックが、その念動力が収束してくるのを感じた。
すぐに右腕をファフニールに向けて撃ち放つ。超常の力を加えた拳撃を。
「超技サイキックブロー」
空間から音が消えて、時間が停止したように全ての動きが止まり、最強たる必殺技が繰り出される。
ファフニールはその一撃を見た。空間をまるで切り抜いたように接近するその半透明の力の塊を。
「うぉぉぉ! 完全たる治癒!」
奥の手の一つを使うと同時にファフニールはその体を斬り裂かれて歪ませて砕かれる。
巨大な体躯が敵の力により包み込まれて、ギシギシと細胞の一つ一つが歪まされて死んでいくのを感じるが、次の瞬間、大きな治癒の力が光の粒子と共に生み出されて回復していくのであった。
「なんと、ボスキャラの癖に完全回復とか………。どっかの破壊神かな? やっぱり竜退治を参考にしているんだなぁ」
2ではラスボスが完全回復を使ってアホみたいに強かったと、苦々しく思いながらファフニールの様子を眺める。
サイキックブローの威力がかき消えて傷らだらけのファフニールの姿が現れる。美しかった鱗もはじけ飛び、牙もかけ、羽もボロボロになっているが生きていた。
ダメージを受けている最中に完全回復を使用したので、途中までのダメージまでしか無効化できなかったのだ。
だが、それでもファフニールは自分の判断が間違っていたとは考えていなかった。完全にダメージを受けきった後に使おうと思えば、そのまま死んでいただろう威力であったからだ。
「大いなる治癒!」
再び回復魔法を使い、その体をほぼ完全にまで回復する。
それを見て、悪戯そうにふふっと微笑むレキ。
「なるほど、昔ながらの魔法使いならば、魔法は一度しか使えないんですね? 使い捨てであり、新たに覚えるのには魔導書を読んで覚えないと同じ魔法は使えない。もう治癒魔法は品切れでしょう?」
たしか、魔法は一回しか使えないのだ。キャンペーンが始まる前に、どの魔法を覚えておくか宣言するのが昔ながらの紙ゲームであるのだからして。新たに覚えるにはもう一度魔導書を読んで覚えないといけないという面倒なシステムなのだから。
ファフニールはその問いかけを聞いて、楽しそうな声音を変えずに答える。
「たしかにその通りだ。もうあと数回しか治癒魔法は覚えていない。まさかこれほどまでの力の持ち主がいるとは思わなかったからな」
そうしてギラリと再生した牙を煌めかせて問いかけてくる。
「それで? 貴様の今の技も何回使えるのだ? 我の目は騙されん。無限に使える魔法ではありまい?」
むむとその洞察力に感心してしまう。まさかたった1回だけ使用しただけでそれを見抜かれるとは考えてもいなかったからだ。
「神ならぬ、古代龍の魔瞳の力というところですね。サイキックは強力すぎる超能力ですし」
サクヤが言ってくるのを納得する。さすがはドラゴンだと。今までの敵とは格段にその力が違う。
「今度は我の力を見せよう! 天は裂け、地よ砕かれよ!」
ファフニールが放った魔法はその言葉だけで強い力をレキはビリビリと感じた。部屋が砕け始めて空が裂かれて真空によるかまいたちが発生する。
ゴゴゴゴゴとダンジョンが震えて、次の瞬間に大爆発が発生した。
佐渡の砂浜にて、のんびりと寛いでいた真琴たちは島が震え始めたのを感じた。
「な、なんだ? これなんだ?」
真琴が動揺して恐怖の声をあげて、オロオロとする。
「フヒヒ、か、カメラが落ちないようにしないと」
ディーが慌ててカメラを掴み取る。
「あれを見てください。霞!」
朧が驚愕の表情を浮かべて、佐渡の山々を見る中で、火山とでもなったように山が吹き飛んでいく。
「ヤバイ、破片が落ちてくるよ。輸送艇に皆戻って!」
霞が真琴とディーの首根っこを掴み取り、スタタと着陸していた輸送艇へと駆け寄る。
「そうね、どうやらこの島も終わりみたいね」
最後に合流してきた静香がリュックにパンパンに黄金を入れて走り始める。
「まじかよ、あれを見ろよ、姐御!」
チビカインが指さす中で、吹き飛ぶ山の地下から巨大な紅い竜と小さな神秘的な粒子を放つ羽をもつ少女が飛び出してくる。
「まずいぞ! 巨大な質量が落ちてくる!」
輸送艇に乗り込む面々であるが、チビアベルが言うとおりに山の欠片、ビルよりも大きな欠片が輸送艇に落ちてくるのが見えた。
フィールドを発動させてもぺちゃんこになりそうな巨大すぎる破片である。なにせ山が丸々一個落ちてきているのだから。
「ちょっと~! 死んじゃう! アタシ死んじゃう!」
真琴が頭を抱えて体を震わすが、落ちてきた山の破片は全てぴたりとその落下を止める。
「天使様の力だ!」
ディーが嬉しそうに叫ぶ中で、全ての破片はその落下を止めていた。
大爆発が起こる中で念動障壁にてその攻撃を防いだ遥であるが、ダンジョンが砕かれていくのを見て脱出を図った。
ファフニールも砕かれていく天井へとその巨体を突っ込ませて上昇していく。
それを追うようにレキも羽を展開して脱出したのだったが、青い空が見えたときに一面の光景に多少驚く。
「佐渡のほとんどが砕かれていく?」
地面は割れて天は裂かれる。ファフニールが言うような光景が一面に広がっていた。上空から見た佐渡は広い島であるにもあかかわらず、砕かれていき海へと沈んでいっていた。山は丸ごと空中に吹き飛び、その落下は津波を巻き起こして周辺に被害がでることは明らかだ。
それにツヴァイたちは退避をしておらず、浜辺にて待機しているのが見える。
「サイキック天災停止!」
蠢くその力をサイキックにて停止させて、空中に浮かぶ巨大な質量の山々も受け止める。
ゆっくりと降ろせば問題ないだろうとは考える。だが、問題はもう一つある。
ばっさばっさと羽を動かしてホバリングしているファフニールである。
サイキック発動中にも戦えるが、その場合は超常の力を使うことはできない。レキの体術のみで戦うことになるだろう。
その様子を見て、ファフニールは高らかに笑う。
「フハハハハハ。人間を守る。いつの世も変わらない勇者の摂理であるな」
うにゅにゅと歯を食いしばってサイキックにより周辺の物を支える遥は悔しがる。でも、レキなら体術のみでなんとかなるよねとも思う。だいぶ魔法を使ったはずだからファフニールにはもう強力な切り札はあるまいと。
だが、高笑いをしながらファフニールは予想外の言葉を口にした。
「ではさらばだ、勇者よ。再びの再戦では我も油断なく準備をしておこう」
そうして羽を羽ばたかせて本土へと飛翔して去っていくファフニール。手持ちの魔法が尽きたので退却を選んだのだろう。古代竜の誇りより命をとったらしい。
「まじかよ! あいつ竜王の癖に逃げちゃうの? あんだけ言っておいて逃げちゃうの?」
慌てて追跡したい遥だが、周りをサイキックで止めている以上高速で追跡することは難しいと考える。
そうこうしている間にあっという間にファフニールの姿は遠く消えていく。
「ご主人様、ファフニールの力が感知できなくなりました。どうやら再び竜化を解いたみたいですね」
サクヤが残念そうな表情を浮かべて伝えてくるのを嘆息して聞く遥。
「私たちから逃れるとは………。残念ですが、次はファフニールと万全の状態で戦えるんですね」
レキが強者との次の戦いを考えてわくわくとした声音で伝えてくるのを聞いて、苦笑いを浮かべてしまう。
「ご主人様、佐渡金山ダンジョンを解放せよ!exp40000、報酬スキルコアをクリアしました。ダンジョンは破壊できたのでクリアとなりましたね」
サクヤが告げてくるが、あんまり嬉しくないねとレベルが59になったのをステータスボードで確認しながら遥は呟く。
「さすがは竜王といったところか。次の機会は必ず撃破しないと」
ファフニールが消えていった方向を見ながら、遥は飛び散った破片をゆっくりと降ろすのであった。
何気にボスを逃がしたのは初めてかもと悔しがりながら。




