29話 おっさん少女はナイスアイデアを語る
駅前を離れて、多少小道を抜けていったら結構な人気の蕎麦屋がある。門構えはいかにもな木の引き戸であり、ガラガラと引き戸を開けると中には趣ある木のテーブルと座敷が見える。いつもはお客でにぎわうその店の中にたった二人の少女と女性が向かい合って話していた。
遥は良い考えを思いついた。閃いた! とピコーンと電球が頭で光るぐらいのいいアイデアである。考えた新設定をその中に組み入れて目の前の女警官に話すことに決めたのである。
「ワタシ、たわし、おなじ、ようにに、ぎょうじょうにんと、あった、であった? ことが、ある?いや、会ったと思うではなく、あいました?」
噛み噛みなうえに、相手に疑問形で答えを求めようとするおっさん少女。演技力は0であった。電球は故障していたようである。
これはゲームキャラに演技のスキルが無いからだ。俺には溢れる演技力があると考えるおっさん脳。確か昔の学生時代の子供の頃、学芸会で準主役級をやったとの思い出があるのだ。
その時の演目は寿限無寿限無で、おっさんは子供の名前を決める和尚さんの役をやったのだ。そして寿限無寿限無と言ったとたんに、劇での緊張と寿限無寿限無の笑える名前から、実際に腹がよじれるほど笑いまくり劇を止めてしまった思い出がある溢れた演技力が存在しているかもしれないおっさんなのである。
嫌な失敗は棚に置いて、今のはノーカン、ノーカン! と心の中で叫びながら、やり直す可愛いレキぼでぃの高性能スペックを余りあるダメなおっさんスペックでダメにしている遥。
「コホン。私は別の行商人に会ったことがありますね」
今度はちゃんと言えたと安心するおっさん少女。
それを聞いて問いかけるナナ。
「他にも行商人がいるの? どんな人だった?」
聞いてくるナナに、え? とそこで口をつぐむ遥である。
遥のいいアイデアは、謎の武器商人を真似て自分も仮面でもして謎の商人Bをやろうと考えていたのだ。そうすれば、ナナたちを自分の正体や力がばれることなく助けることができるだろうと思ったのだ。
なので思いつくまま、気の向くままにナナに行商人に私も会いましたよ? と他にも商人がいるとアピールしてみたのだ。
勿論行商人の姿格好など、考えたことが無いおっさん少女。素晴らしい計算力を持っている。きっとおっさん脳は8メガディスクでできているのだろう。しかもすでに中のファイルは破損済みであることは間違いない。
どうしよう、どうしよう。仮面をしていることは決めたんだけどと考える遥。そうだこれなら大丈夫とナナに返答する。
「どういう行商人が好みでしょうか?」
意味が分からない言動をするおっさん少女。なぜ相手に行商人の格好を聞くのだろうか? お客のリサーチは大事だと、久しぶりに仕事でも思い出したのだろうか?
もはやナナは母性溢れる穏やかな顔で、レキぼでぃを見ている。今にも良い子良い子、私がいるからね? と頭を撫でられながら、抱きしめられる感じである。
そこには聖母ナナが存在した。
まぁ、今までの言動を考えるとそうなるのも無理はない。肉が腐る腐臭が漂う警官ゾンビや、生者を食い殺さんと車の陰で虎視眈々と獲物を狙う犬ゾンビが徘徊する駅前ダンジョンの中を買い物をしに来たと、ナナに話してくる子なのだ。心が壊れている少女なのだと、母性本能でまくりで私が守らないとと改めて決意する女警官が生まれてもおかしくはない。
遥がこれまでの経験から今までの女性経験を思い出して比べてみても、見たこともないほどの優しい笑顔であった。
レキぼでぃで助かったイージーモードをプレイ中のおっさん少女であった。
おっさんぼでぃでは、ゾンビの囮にされて殺されるかもしれないほど、酷い失敗であった。そして囮どころか周りのゾンビをトレインして仲間をピンチに陥らせることは間違いない。
「それはともかくとしてですね。何か色々売っていました」
まだまだ頑張る遥である。可愛いレキぼでぃで、可愛いおててを振り回し説明するおっさん少女。
ホンワカする可愛さであるが、ナナの質問もとい、尋問は続いたのである。
「何を売ってたの?」
あくまで優しく微笑みながら、優しい口調で聞いてくる。悪魔のように鋭い質問をしてくると、当然何を売っているのか決めていない遥。
「何か色々です!」
もう開き直ることに決めた。おっさん脳はもう限界だ。何か売ってたんですよ。何か? きっと何かである。
はぁ、と溜息をナナはついて、ついに良い子良い子とレキぼでぃの頭を優しく撫で始めた。
もはや、おっさん少女の信頼はストップ安で、破産確実。もう夜逃げしかない感じであった。
思わず夜逃げを手伝ってくれる人を探してしまう遥である。
だが、夜逃げをする前にナナは決定的なミスをした。
「どこで見たの?」
遥にとっては逆転ホームランである。すでに試合は終わっていると思っていた中での、ナナの発言である。
「探してみます! 見つけたらナナさんの拠点に教えに行きますね!」
もはや将棋で言えば盤をひっくり返す逆転である。遥にとっては待ち望んでいた質問であったのだ。
「それじゃ、探してきます! また会いに行きますね!」
と、座敷をぴょんと飛び降りて、そのまま店内をダッシュする。
引き戸を壊れる勢いで開けて、暖簾をくぐって逃げるおっさん少女であった。
以前、拠点は市庁舎と聞いている。地図作成スキルがあるし、新市庁舎の場所は覚えている。それならばレキぼでぃが迷うはずがないのだ。そしてここまでくれば、この主人公的な女警官が死ぬわけがないと、また会いに行く時までに設定を詰めておこうと遥は逃げ出した。
驚いたのはナナである。完全に意表を突かれてしまった。
慌てて追おうとするが、引き戸の音がガラガラではなくガガガという音で開けられて、外にレキちゃんは出ていってしまう。
ナナがリュックを背負いなおして外に出たときは、ザザザと銀色のはぐれているスライムもかくやという勢いで、レキちゃんは逃げていってしまっていた。
もはや追うレベルではない。たぶん交通課のパトカーでも追いつけない速さである。
「あれなら、また会えるでしょ」
と相変わらずの人外の力を見て、しょうがないなぁあの子はと優しい笑みを浮かべてナナも自分の拠点へと帰還するのであった。
警官ゾンビが短銃片手に徘徊し、ちらほらと車や小道の陰に、よだれを垂らしながら移動する犬ゾンビを見ながら遥は再び駅前ダンジョンに戻ってきた。
入口すぐの縦に長方形の看板の上に乗っている。勿論、カメラドローンはベストアングルを徘徊している。
「ご主人様? またダンジョンにチャレンジするのですか?」
おっさんのやる気のなさをしっているサクヤである。ウィンドウから、首を傾げてその疑問を遥に聞いてくる。
「あぁ、ここは生き残りの人たちの拠点に近すぎる。やっぱり早々に倒すことに決めたんだ」
珍しくきりっとした顔で、主人公ぽいことを言うおっさん少女。
今日中にダンジョンを撃破することに決めたのだ。
「後、撃破でレベルが10になるだろうからね。そのスキルを使用して行商人オペレーションをやりたいんだ」
ますますかっこいいことを言う遥。
「だから、まず先にこのダンジョンの宝箱を全部開けないと!」
すごいかっこいいことを言う遥。そのかっこよさに二人のメイドは呆れ顔だ。
やっぱり遥は遥であったのだった。絶対に全ての宝箱を開けないでクリアはしない決意のおっさん少女である。
「ですが、宝箱はランダムに置いてありますよ? 全て見つけるのは無理なのでは?」
ナインが無理ですよ。そんなの? という戸惑った顔で聞いてくる。戸惑った顔であるレベルで優しい金髪メイドだ。
「大丈夫、大丈夫、我に策あり!」
レキぼでぃに力を込めて、遥は超技を発動させるのであった。
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