298話 おっさん少女は黄金を抱くものと戦う
1キロはあるだろう黄金に包まれた大部屋に真っ赤な鱗をもつ凶悪なる竜王ファフニールに立っていた。自らの力に自信をもっているのだろう。立っているだけでもその威圧で通常の一般人ならば恐れ慄きひれ伏すのかもしれない。
だが、その竜王の前に立つのは一般人ではない。強敵と戦うことを生き甲斐としている美少女レキであるからして。
四足の西洋竜はこの黄金の部屋に相応しい名前だ。眼光のみで弱い生物は恐慌し、口内にはあらゆるものを噛み砕く立派な牙が見えて、鋭き爪はどれほど分厚い装甲をもやすやすと斬り裂くだろう。胴体を覆う竜鱗はいかなる物理的、超能力的攻撃にも耐える力を宿した燃えるような紅い鱗であった。
「ご主人様! 黄金抱く竜王ファフニールを退治せよ! exp85000、報酬? が発生しました! 真の正体を見せたら発生するなんてレアなミュータントですね。しかもドラゴンですよ、ドラゴン!」
フンフンと鼻息荒くサクヤは話を続ける。それだけドラゴンが珍しいのだろう。トカゲとは違うらしい。
「ファフニールとあのドラゴンは名付けました! ついにドラゴンスレイヤーになる日がきましたね! あらゆる生物の中でも頂点に立つモノ、それがドラゴンです! 最近踏み台にされている弱いドラゴンと違い、簡単には倒せない古き竜ですよ!」
「なるほど、古き強き竜ならば私の相手となりそうです。では、アテネの鎧展開」
小さく微笑み、淡々と指輪をパワードアーマーへと展開させるレキ。強くそして瞬きながら白い粒子が指輪から吹き出して、レキを覆う。
粒子の光で、周辺が輝き、思わず目を背けるような神秘的な光が収まると神秘的な鎧を着込んだ美少女が佇んでいた。
流線型の額あてをちょこんと頭に乗せて、ひと目で神聖なものだと誰もが理解する輝きの鎧を着込み、各所につけられた宝石が煌めく中で、背中には光を固めたような羽を備え付けておりながら、レキは佇んでいた。
周辺へと神秘的な光が波紋となって吹き荒れて、部屋を覆っていく中で、レキは眠そうな目で半身となり身構えるのであった。
「フハハハ! それがそなたの真の姿というわけか! 素晴らしい! その圧倒的な力! お互いに人間ではなかったということだな。ならば神対竜のどちらが強いか確かめるとしよう!」
ビリビリとその声量だけで空気を震わせて楽しそうな様子を見せるファフニール。
「トカゲになった方が、お喋りは増えたのですね。脳が小さくなったからでしょうか?」
挑発的に煽るレキ。いつもの態度であると言えよう。
だが、相手の反応が今までとは違った。
竜の癖に後ずさり、間合いをとって巨大な図体で自信満々な様子を見せずに身構える。
「悪いが知恵はトカゲではないのでな。そなたのわかりやすい挑発にはのらんよ」
クククと含み笑いをみせるファフニールに、ピクリと眉を動かして、レキは相手の評価を一段上げた。
「なるほど……では臆病なトカゲがどれだけ強いか教えてください」
そう呟くと共に床を蹴り、ファフニールへと接近する。周りの動きがレキの速さと相対して極めてノロノロと遅く感じる体感時間の中での行動で右腕を引き絞りストレートを入れようとする。
いかな竜相手にも、脆弱な少女に見えても、レキの一撃は強力であり、打たれればその衝撃で体に大ダメージを負わせることができると考えた。しかも竜なのでその動きも鈍いだろうと。
「風逆巻く中での体は羽のように軽く」
ファフニールは言葉を発する前に力を発動させていたと思われるが、それは特にファフニールの身体へと反応した。技名を言うのはテンプレらしい。
小柄なる体躯で、脆弱な一撃と見られたがファフニールは油断を見せずに知性のある光を目に宿して、まさしく風のように後ろへと下がった。
下がり間際に巨木とも思える尻尾をまるでしなやかな鞭のように動かしてレキへと叩きつけんとしたのだ。
尻尾を振る、ただそれだけの動作はその大きさから風切り音どころか突風を起こしてしまう。
正確に近づいてきたレキへと尻尾の一撃を向かわせるファフニールに、レキはその大きさからどう動こうとも回避できない事を悟った。
なので両手を突き出して尻尾に対抗しようとする。
ズシリと尻尾の威力が腕を襲う。しかし両手を尻尾への盾として防御するレキであるが、思ったより威力が低い。それでも吹き飛ばされて、部屋の中を横切るように飛んでいくが、クルリと回転して威力を減少させると羽のようにふわりと地面へと降り立つ。
「なるほど? 今のはやけに攻撃が軽かったのですが、理由は今の魔法とかいうやつですか。体重か重力を軽減するのですね、動きから見て体重軽減でしょうか」
ファフニールは重さをほとんど感じない様子から体重による攻撃は諦めたように見えた。恐らくは速度を重視して重さによる荷重攻撃は諦めたのだろう。
まぁ、それでも強大な敵なことは変わりない。見た目よりも軽くとも、その威力は速く鋭い。恐らくは素早さを確保するために自分の体重をある程度犠牲にして軽くしているのだ。鋭い振り回しからの威力を考えると、そちらの方が役に立つのだとレキは推察した。
小柄な体躯の自分はなるほど、その攻撃方法により受け身をとらざるをえなかった。攻撃が速いことに加えて巨大な体躯からの範囲攻撃とも思われるほどであるからして、回避するのは極めて困難なのだ。
「ふふふ、我は最強たる竜のスタイルを常に思考していた。その結果、鈍重なるこの体重を軽減して、スピード重視にしたのだ。なにせ我が攻撃ならば体重が軽減されていても余裕で相手を倒せるからな」
ファフニールは得意気な声音で語りながらギラリと血のような赤い目を光らせて
「そして魔法使いの力も持ち越している! このように! 光は刃となりて敵を蹴散らさん!」
叫ぶ言葉よりも速くファフニールの周りに無数の三日月型の光で作られた刃が生まれて、瞬時にレキへと向かう。
「シッ!」
レキは瞬時に迫る光刃を見て、獅子神の小手に覆われた右手を残像を生み出しながら打ち繰り出す。
その拳撃にて光刃は次々と砕かれて、無数の破片となって空中にキラキラと舞い散っていく。その様子を見たファフニールはすぐさま次の魔法を発動させる。
「光すらも吹き飛ばす暗闇の竜巻!」
黒き光がレキを中心に巻き起こり、砕かれた光刃の破片も巻き込み竜巻となっていく。
光の破片すらも次の武器へと変えたファフニールのコンボであり竜巻の中に駆け巡る刃の破片はミキサーとなってレキへと襲いかかる。
「念動障壁」
再びの絶対防御壁を遥が張るが、ファフニールには現れた水晶の障壁を見て大きくその竜のアギトを開けた。
「凍てつく息吹!」
ファフニールの口内から一瞬のみであるが、身体を凍てつかせるブレスが吐かれたと同時に念動障壁は竜巻諸共溶けるように消えていくのであった。
「むむむ! 竜王のレベルをしっかりと上げているみたいですね、全ての超能力を打ち消す技ですか」
遥は竜王ならその技は使うと思ったけど、古代竜の誇りはどこにいったのかなと首を傾げてしまう。凍てつく技は現代版だよねと。
がふぅと口を閉じて、ファフニールはその巨大な体躯にて、ひと揉みで倒せるように見える小さな神を睥睨する。
「フハハハハ、なかなかやるな、小娘! 今までの敵は貴様を見て油断をしながら倒されていったか? その姿は愛らしく後でカメラで撮影したいほどの美少女だが、フィギュア化もしたい感じもするが、我は騙されん! 貴様からは多くの同胞を倒してきた匂いがプンプンとするかもしれんわ! 実際はいい匂いしかしないがな! そういうことだ!」
ファフニールは微妙に人間の時の心が残っているのだろう。極めて嫌な心が残っているのだろうが、そこに油断はない様子であった。
「ではゆくぞっ!」
四つ足となりこちらへと駆けてくる体勢をとったファフニール。一陣の風が吹いたと思った瞬間にはファフニールの立っていた床が大きく砕けて噴水のように床の破片が浮き上がる。
そしてレキの目の前に風のように移動していたファフニールは素早く己の爪を閃かせる。
「むぅ!」
レキはその攻撃をその超高速の攻撃を見て可愛く唸る。何故ならば竜に相応しい大きく振りかぶってからの振り下ろしではなかったからだ。
にゃんにゃんと猫が爪とぎをするようにファフニールは細かな動きで爪を仕掛けてくる。しかも上下左右を介した攻撃であった。
軽い攻撃にも見えるが軽減されている重量とはいえ、その巨体と竜の爪の鋭さをもってすれば、レキを斬り裂くことができると考えているのだ。
右前脚からの振り下ろしを素早く羽を煌めかせて飛翔して後方へと下がるレキ。すぐさま左から同様のにゃんにゃん攻撃がくるので、敵の人差し指へと自身の飛翔速度も合わせてとりついて、前転をしながら回避する。
回避したレキに振り下ろしから地面を掬いあげるように右からの攻撃がくる。
「ふっ!」
回避しきれないと判断したレキは呼気を放ち、レイピアのように右足にて敵の右前脚の先端の爪へと蹴りをいれる。
ガチンと爪が弾かれて揺らいで動きが止まる右前脚。そこへ真上から叩き潰そうとする左前脚の攻撃が来るので、再び体勢を変えて、レキは強く真上へとアッパーカットを繰り出す。
振り下ろされていた左前脚はレキのその姿からは想像できない程の強力なアッパーカットによりやはり弾き飛ばされる。
「ヒュゥゥ」
それを見たファフニールは油断なく口を細めて、レーザーのように圧縮した炎のブレスを吐きだす。
光線のような炎のブレスがレキを薙ぎ払おうとするのを冷静に右手を突き出して
「サイキックレーザー」
不可視の強力な念動レーザーがレキの手の平から生み出されてその炎のレーザとぶつかりあい、一瞬の攻防が発生した後に、その炎のブレスを打ち破りファフニールへと向かう。
打ち破られた炎がちらちらと舞う中でファフニールは僅かに瞳を細めると後ろ脚を蹴り、またもや風のように後ろへと下がり回避するのであった。
一般人が見たら、なにが起こったかもわからないほどの高速戦闘である。
ファフニールはレキを見やり
「くくく、やるではないか。竜王たる我と互角の戦闘を行うとは驚嘆しかない。どうだ? 我と二人で世界を支配せんか? そなたと世界を半分ずつに分けて支配すればよい。我とそなたなら可能であろう」
再びの勧誘をしてくる竜王ファフニール。
「竜王は必ずその言葉を言うのでしょうか? テンプレというのですね、きっと。ですが、その話にのるとクラフトをする主人公に敗れる未来が見えるのでお断りします」
ゲームで出会った闇に堕ちた勇者のダサい恰好を思いだして苦笑する遥。
そうして目を煌めかせてレキが言う。
「佐渡にこれほどの強敵がいるとは思ってもいませんでした。なるほど囚人たちの怨念と黄金の魔力という概念がここを強力なパワースポットとしていたのですね。そして貴方は姿を隠していたから、我々は強力な力を感知できなかったというわけですか」
アインたちに攻略を任せなくて良かったですと、内心で安堵する。このレベルではアインたちでは敵うまい。
ちらりと後ろの隅っこへ視線を送ると、静香たちが気配を隠しながら吹き飛ばされた黄金を虫取り網で確保していた。ちょっと洒落にならない敵だと理解したので静かにしているのだろう。静香だけに。
つまらない洒落を内心で思いながら、レキは再び半身になって羽を大きく羽ばたかせて身構える。
「それに貴方のような強敵は久しくあっていなかったのです。なので戦う以外に選択肢はありません」
戦闘狂らしい言葉を吐くレキにファフニールはルビーのような竜眼を細めて口を曲げる。
「くははは! であろうな、ドラゴンへと戦いを挑むものは常に命懸けであり、そして」
ぐはぁ~と吐息を大きく吐いて、ファフニールも四つ足をしっかりと地面に踏みしめて言う。
「大馬鹿者ばかりだ。古来より竜殺しを為そうとする者たちはそなたのような者ばかりであったわ」
威厳のある言葉を吐くファフニールは心底楽しそうに答える。
「ご主人様、あの竜は高レベルの戦闘状態が続いたために急速に神化しています。いえ、この場合は竜化でしょう。人である自我が消えて、己が神話どおりの竜へと変わっていっています。戦闘力も大幅にアップしていますよ」
真面目な表情でサクヤが忠告してくる。なるほど、サクヤの忠告どおり、先程までのおちゃらけた感じが急速に薄れていっているのが、遥たちにも感じられた。
「それは極めて楽しそうだね。やはりドラゴンは強力極まりない存在でないといけないし」
遥がファフニールを見ながら呟き
「私も楽しいです、旦那様。トカゲではなく、ドラゴンさんと言いなおしましょう」
珍しく相手を認める発言をするレキ。それだけ相手の力を認めたのだろう。
「我も楽しいぞ! 勇気ある強者と戦うのは竜たる本能! さぁ、我にその力をみせよ!」
ぎゃぉぉぉぉ~と口を大きく開けて咆哮をするファフニール。
「乙女の呟きに対して答えるなんてデリカシーの無いドラゴンさんですが、良いでしょう、ファフニール。私たちラブラブ夫婦の力を見せましょう!」
瞳に強い光を宿してレキが熱の籠った言葉を吐いて、床を蹴る。
「おうっ! ドラゴンと戦ったという栄誉をもって地獄に行け!」
ファフニールも豪風を巻き起こして床を蹴りレキへと向かう。
ズドンズドンと空中に衝撃波が発生してファフニールとレキが戦い争う。
ビリビリと大部屋がその衝撃で震えて、天井の鍾乳石のつららがゴトリゴトリと落ちてくる中で、支援と称した女武器商人は少しだけ冷静になりその戦闘を眺めていた。
「ふむ………。残念ながら私が支援するとお邪魔になりそうな戦いね」
「そうですな、主殿。あの戦闘レベルはかなりのものですぞ」
「片手にドリルだけじゃ、あの戦いには加わりたくないわな。姉御、どうするんだ?」
アベルとカインが己が主人へと問いかけると、首をゆっくりと振り静香は答える。
「お嬢様はあの戦闘を楽しんでいるようだから、お邪魔したら悪いわ。できるだけ黄金を集めて私たちは退却よ。上にあったインゴットも回収しながら逃げましょう」
ズズンと一際大きい衝撃波が空間を伝わるのを見て、嘆息しながら言う。
「この戦いの規模だとダンジョンは耐えられないわ。悔しいけど命の方が大事だからね。ぎりぎりまで黄金を集めて脱出よ」
「了解です。すぐに」
「か~。俺様もフル装備で戦いたかったぜ! ドラゴンなんて出会えるものでもないからな!」
そうして3人組もあらほらさっさーと逃げ出すのであった。
部屋には激しい戦闘を繰り返している古代竜と小さな戦神を残して。




