297話 おっさん少女対サドーン
鍾乳洞のような天井と一面が黄金で覆われている床。広さは1キロはあるその大きさの部屋にておっさん少女たちは魔法使いと称するサドーンと対峙していた。
サドーンの横には巨大なゴーレムが立っており、そのスキルはパーティーのダメージを全て請け負う力らしい。額には真理と日本語で書かれており、一文字削っても死にはならない。なんというか少しだけ間抜けにも見えるが、その図体は頑丈そうであり下手なギミックをつけていないので、本当に盾として使うつもりなのは明らかだ。その盾の陰にてサドーン自体も即自発動の魔法と称した超能力を使い、かなりの強敵であった。
頭脳は某おっさんと同等であるのではと思われるが。
レキと朧、霞が身構えて油断なくサドーンたちを囲む中で不敵に敵は嗤う。
「ほらほら、どうした? 我の力を恐れてかかってこれぬなら、我からいこうではないか」
杖をもつ手が僅かに動き超常の力が発動し始める。レキは手の動きがブラフなのを見切っていた。即時発動をもつサドーンは本来は身体を動かす必要はないのであるから。
だが、サドーン本人にブラフとして活用している気はあるのだろうかと疑問を心に抱いたところで、敵の魔法と称する超能力が発動する。
宙に白い光でできたロープが生まれたのである。
「戒めたる魔法の縄」
ニヤリと笑いサドーンが霞へと魔法の縄を飛ばす。
まるで蛇のようにぐねぐねと意志ある動きで宙を飛翔して霞へと向かう。その力は拘束系と予想できる。
「忍法分身の術!」
霞が指を組み合わせて数人の分身が周りに生み出される。すぐさま移動を開始してどれが本体かわからなくなると思えたが、魔法の縄は迷いもせずに霞へと勢いよく向かい、その体を拘束しようとする。
「な、うそ!」
驚きの声をあげて、霞はかぎ爪にて魔法の縄を斬り裂くべく高速での拳撃を繰り出す。
縄を真ん中から断ち切ろうとしたが、かぎ爪はまるでゼリーに当たったようにぬるりと滑ってしまい、そのままかぎ爪から腕、そして身体をと魔法の縄は霞を絡めとる。
ポテンと拘束されて倒れてしまう霞。ごろごろと床に転がり外そうとするが、魔法の縄の拘束は外れることが無い。単体魔法は必中なのだとわかる仕様である。
朧が霞へと魔法の縄を飛ばしたサドーンの隙をつくように、床を蹴りジャガーのようにかぎ爪で斬り裂き攻撃をするが
「氷の棺にて眠れ」
サドーンはちらりと高速で近づく朧を確認した後に再び魔法を使う。
「くっ!」
朧の足元から水が沸き上がり、身体を包み込みあっという間に凍り付き朧を封じ込んでしまう。水晶のクリスタルに封じられたようになってしまう朧。
「ふふん。もう2人脱落か。深淵たる古代魔法を使う我の相手ではないようだな」
ふははと高笑いをしながらサドーンはレキへと向き直りながら告げる。
「なるほど、たしかに面白い技を使うようですね」
あっという間に二人がやられたが動揺を見せずにレキはちらりと後ろへと視線を向ける。
「ヒャッハー! なによ3センチぐらいしか厚さがないのね。でもいいわ、全部回収よ~」
支援をすると称していた女武器商人は混乱している。
「うお~。これでアタシもデビューだ! 探検家真琴! カメラ、カメラ!」
ガチンガチンとツルハシを床に打ち付けながら、銀髪巫女も混乱している。
「フヒヒ………ちょっと天使様たちがピンチなような気がする………」
ちらちらとこちらを見ながらもカメラ撮影をやめないディーは混乱していない模様。
隙だらけの三人だがサドーンは攻撃をする様子がない。どうやら嫁にする宣言は本当のようであると安心する。危なかったら静香はともかく二人は脱出してもらう予定であったからだ。
再びサドーンへと視線を向けてレキは右腕を突き出す。
「獅子神の手甲展開」
カチャカチャと神秘の白き光の粒子を生み出す黄金の小手がレキの右手を覆う。
その姿を見て、サドーンは微かに動揺したように唸る。
「むぅ、武闘家? まさか賢者から転職した武闘家? 最強の職業か?」
それは竜退治の3で作られた職業だよねと、レキに憑りついていると思われるおっさんは呆れる。どうもRPG好きらしい。
「いきます」
その呟きと共に、身体を僅かに前傾姿勢としたレキが軽く床を踏み込み姿をかき消すような速さでサドーンへ接近する。
「アダマンタイトゴーレム、仁王立ち継続!」
盾にしか使わないのだろう、戦法にぶれはなくアダマンタイトゴーレムに指示をだしてサドーンは自らの手前に炎の球を12個生み出す。
炎は触れただけで焼却されるだろう威力であり、その熱で陽炎が発生しているのがわかる。
ゆらゆらと浮かぶ炎の球を接近してくるレキへと向かわせるサドーン。
接近していたレキに高速でしかも複雑な軌道を描きながら向かい、命中する。
ズズンと爆炎が巻き起こり炎に包まれた少女を見てサドーンは見下したように笑う。
「ファイアボールだ。古代魔法のファイアボールは現代魔法のファイアボールと威力が桁違いだぞ。その威力を身をもって知るがよい。あと、我は貧乳に興味はないのでな、お前は死んでよし」
何気に自分の性癖も暴露する真理を追究する魔法使いの爺さん。
焼き尽くしたかと目を凝らすが、炎に巻き込まれた人影は倒れることは無く、それどころから魔法の炎はかき消されていく。
「念動障壁、無敵な私の障壁です、どうでしょうか? 私のは現代超能力ですが強いですよ」
遥が念動障壁を発動させたことにより、空間から蒼い水晶のような壁が生まれており、ファイアボールの高熱を全てシャットダウンしていたのだった。
「ぬぅっ! 超能力者だと? 魔法ではないのか?」
瞠目して尋ねてくるサドーンへと平然とした表情で眠たそうな目を向けて告げる。
「勇者で魔法使いで超能力者で貧乳好きな旦那様がいるエージェントが私こと朝倉レキです」
遥へとあらぬ性癖をつけようとするレキである。どうも貧乳と言われたことを少しだけ気にしたらしい。
「では、こちらの攻撃ですね」
獅子神の手甲を煌めかせて、右腕を引き戻して拳撃を繰り出す。ふわりと風が巻き起こり拳撃がサドーンへと向かう。
だが、その攻撃はサドーンの前で弾かれてしまう。ガガンという先程の銃弾よりも強い威力だとわかる音をたてて空間が歪み震える。
冷や汗を流して、その威力をみたサドーンだが、アダマンタイトゴーレムが身代わりになっているので傷一つ負っていない。
「効かぬわっ! 高レベルの魔法使いに勝つのは近接職では絶対に無理なのだ。踊る魔法剣!」
余裕の表情となり、サドーンは再び別の魔法を唱えると、空中にクリスタルでできたような美しい剣が12本生み出された。その煌めきと鋭さはどんなものをも斬り裂くだろうとわかる名剣だ。
そのまま剣は突きや振り下ろしの薙ぎ払い、あるいは横薙ぎと全てがバラバラの剣撃を繰り出してレキを殺さんとする。
「超技獅子神剣の舞」
レキは床へと右足を強く踏み込み、手刀へと紅葉のようにちっこいおててを変えて瞬時に接近する剣の群れへと攻撃をする。
無数の黄金の軌道を白き粒子を残しながら空間へとそして剣へと刻み込む。
ピシリと音がして、肉薄してきた剣はいくつもの軌跡をその剣身に刻み込まれてバラバラとなり、その破片は空中に溶けるように消えていくのであった。
「凍り付く冬の嵐!」
サドーンはあっさりと魔法が防がれたことに驚愕の表情を浮かべながらもレキへと雪と暴風で作られた竜巻を撃ち込む。
だが、レキは床を蹴るとまるで瞬間移動をしたように離れた場所に移動する。
「単体攻撃は必中かもしれませんが、範囲攻撃はその場所を起点としています。それでは私は倒せませんよ」
トントンとリズムよく床を蹴りながら、眠そうな目でサドーンへと告げるレキ。ダメージを負わすことができないとサドーンは内心で驚愕しながらもすぐに次の魔法を繰り出そうとするが
「まずはアダマンタイトゴーレムを破壊しましょう。それが一番の近道みたいですしね」
軽やかに地面を蹴りながら、仁王立ちをしてピクリとも動かないアダマンタイトゴーレムへと接近して、目の前に移動をするとふわりと浮かんでその頭を掴む。
「文字を削ることができないなら、頭を破壊するとどうなるか見せてください」
そのまま頭を掴み、数トンはあるだろうアダマンタイトゴーレムを掴みながら空中へと投げ飛ばす。
「馬鹿めっ! アダマンタイトゴーレムは落下ダメージ如きでは破壊できんわっ!」
唾を飛ばしながら、怒鳴るサドーン。どうやら投げ飛ばしてその落下ダメージでアダマンタイトゴーレムを倒そうとレキが考えたと思ったのであろうが、レキはスッと右手を突き出して
「超念動弾」
遥がその行動の意味を悟り、レベル9の念動弾を生み出す。
空間が歪み、周辺がその力で震える中で見えない圧縮されたバスケットボールぐらいの大きさの半透明な球が生み出されて、その手を離れてアダマンタイトゴーレムへと向かう。
シュゴッと軌道上の空気を吹き飛ばし真空へと変えながらアダマンタイトゴーレムへと命中した超念動弾はそのまま相手を包み込む。
ギシギシと音をたてて、アダマンタイトゴーレムが全てを歪ませて砕くその力に耐えようとするが、バラバラと関節部分から破壊されていき、その何物をも防ぐだろう硬度であった胴体は破壊されていくのであった。
メキャッと最後の音がしたあとに、アダマンタイトゴーレムはただのインゴットへと身体を砕かれて地上へと落下をしてくるのを、レキは落ちてくる場所へと手を差し伸べて掴み取る。
「これでアダマンタイトマテリアルを取得したということになるのですね」
フフッと可憐な微笑みを見せて、緩やかに身体を傾けながら。
「おぉぉ~! それを作るのにどれだけの力と時間をかけたと思っている! 許さん! 許さんぞ~」
わなわなと身体を震わせながらレキへと杖を向けて、怒気を纏わせて叫ぶサドーンだが
「あ?」
胸から爪が突き出されていた。強度が高いはずであろう力のこもったロープを破り、胸からかぎ爪が突き出されていたのをサドーンは見る。ごぼりと口から蒼い血が流れ始めて、突き出された胸からも血が噴き出す。
「ふふふ、縄抜けは得意なんだよね。なにせ、くノ一なので」
サドーンの隙を狙い、密かに背後から攻撃をした霞が悪戯そうに笑う。
「ば、ばかな、魔法の縄を………?」
魔法の縄に絡めとられて、倒れこんでいる霞はまだ床へと寝転んでいたが、その体が溶けるように消えていく。
「見事です、霞」
レキはサドーンが驚愕の表情を浮かべてたおれこむのを見ながら、霞を褒める。このツヴァイは他のツヴァイとは一線を画す戦闘センスをもっているようだと感心しながら。
レキと同じようにスキルを使えるのではなく、極限まで使いこなすことができるタイプではないのだろうかと考えながら。
「てへへ。まぁ、うっきーだよ、うっきー」
テヘへと褒められて照れる霞を見ながら、朧へと手を掲げる。
「念動破壊」
朧を包み込む氷の棺のみを破壊対象にして発動させると、パリンと音がして棺が砕け散り、朧が床へと着地する。
「むむ、申し訳ございません。まさかこんなに簡単にやられるとは」
ず~んと落ち込む朧だが、まぁ、多彩な魔法を使う相手だと少し分が悪かったのだろう。脳筋軍団では相性が悪かったのかもしれない。
「では、最後の詰めをするので、二人は真琴とディーを連れて脱出してください」
戦闘が終わったと見たのだろう。真琴がなんか芝居がかった身振りをしながら、なにかを叫んでいる。
「邪悪なる魔法使いよ、聖女たる私の力にて滅びなさい! ホーリー!」
むんと手を突き出したりしながら叫び、ディーが良いよ良いよとカメラで撮影しているので、シリアスをぶち壊しているのは間違いない。
「え? レキ様。サドーンは倒しましたよ?」
小首を傾げながら朧が尋ねてくるが、霞はその意図を正確につかんだのだろう。
「まずいよ、朧ちゃん。すぐに脱出しよう!」
そう伝えると走り出して、真琴を回収して落ちてきた穴へと飛翔して去っていく。
「むっ! なるほど、ではレキ様、またあとで合流しましょう。静香さんたちはどうしますか?」
朧が静香の様子を心配するが、ヒャッハーな世紀末チンピラに変身している静香はこの部屋から離れないだろうと遥はクスリと可愛いらしく微笑む。
「たぶん、静香さんは餌を取られないようにグルルルルと唸る犬みたいに、この部屋を離れないでしょうから気にしないで大丈夫です。あの人は逃げ足だけは速い女スパイですし」
完全に静香を理解している遥であった。なにせ女スパイは目の前の黄金を捨てる事は出来ないだろう。映画とかだと、黄金と共に崩壊する洞窟に埋もれて死んでしまう役どころではあるが、頑丈で意地汚いので絶対に脱出するはずだと確信する。
「了解しました。では、ご武運を」
朧もスタタと走り、ディーを回収してジャンプして穴から出ていく。
「フヒヒ、なんで逃げるの? もう敵は倒したんじゃ?」
というディーの呟きをあとに残しながら。
静香はその様子をちらりと見たが、
「気にしないわっ! 私は支援のためにいるからね。ヒャッハー」
ツルハシを振り下ろしながら、支援と称して逃げることはしない女武器商人である。
きっとなんで朧たちが逃げたのか理解しているはずなので、気にしないで床へと倒れこんでいるサドーンへ冷たい声音で声をかける。
「そろそろ死んだふりはいいですよ。貴方の正体を見せてください」
蒼い血を床へと流しながら倒れこんでいたサドーンの身体がピクリと動く。
そうして嗤いを含んだ声音が部屋全体から聞こえてサドーンの身体が消えていく。
「くくく。まさか我の正体を見せる時がくるとはな………。お遊びは終わりだ、我が正体を見て絶望せよっ!」
ゴゴゴゴゴと部屋が地震のように震え始めて、床に亀裂が入り始めて砕けていく。
砕けた床からぬっと爬虫類であろう鱗の生えた巨大な手が突き出されて床を掴み穴から何かが這い出てくる。
真っ赤な鱗をもつ30メートルほどの大きさの持つ西洋の竜が、床から這い出てきてぎろぎろと血のように真っ赤な爬虫類の不気味な目がこちらを見て吠える。
「フハハハハハ。我の正体、竜王ファフニールの力を見て恐れおののくがよい、脆弱なる人間よ!」
尻尾をビタンビタンと床へと叩きつけて機嫌よさそうな声音で部屋全体へと響く大声で叫ぶファフニール。
「ぎゃー! 私の黄金が穴に落ちていく~!」
違う意味で恐れおののく美女の声が後ろから聞こえてくるが無視である。
ファフニールは、そのトカゲの口をニヤリと笑わせて、恐ろし気な牙を剥き出しにレキへと問いかける。
「念のために聞いておこう。我が世界の半分を渡そう。我が配下とならんか、小娘?」
「お決まりの言葉をありがとうございます。でも私たちは自力で世界を獲るつもりなのでお気遣いなく」
飄々と平静な声音で巨大なるドラゴンを前に動揺も見せずに淡々と答える勇者なレキである。ちょっと発言が勇者らしくないかも。
「フハハハハハ。よかろう! 竜王の力を思い知るがよい。ファフニールの力をその目に焼き付けて死ねっ!」
グバァと大きく口を開けて叫ぶファフニールを前に指輪を掲げて、レキも言う。
「では、私もそろそろ本気になりましょう。お遊びは終わりです、トカゲさん」
ニコリと微笑みを返すレキ。竜王ファフニールとレキの戦闘が開始されたのであった。




