293話 おっさんと温泉
「あぁ~、温泉は良いなぁ~」
疲労がとれると効能が書かれていた露天風呂にて、湯につかりながらおっさんな遥はおっさんらしい疲れたような声音で呟いていた。おっさんの絵面などまったく需要がないので湯につかった程度でいいだろう。
「温泉は良いですね~、ご主人様~」
技術の粋が集約された数々の温泉の一つ、露天風呂。まるで景色の良い外にいるよう見えて、広がる美しい青く透き通る海に、後ろには白銀で覆われた山が見えるという美しい風景が映しだされていた。風もほどよく吹いてきて、風呂に浸かりホンワカとする人々の身体を冷やす。
その中で、お猪口に日本酒を注ぎながら遥ののんびりとした呟きに同意して、美しい肢体の美女が同意する。ぽよんとふくよかな胸にくびれた腰、なまめかしい体つきの美女である。あれだけ暴飲暴食をしているのに、太る気配がないのは、私は太る体質じゃないんですという中年になったら激太りする若い子特有のセリフとは関係なく、なんらかのスキルが影響しているからだろう。たぶん状態異常無効スキル。
長い脚をお湯の中で伸ばして寛ぐその姿は男性が見たら、目が離せないかもしれない。
顔立ちも美しく無口でクールな感じを与えるスッと冷たそうな切れ長の瞳と微笑むと冷酷そうな笑みになりそうな綺麗な唇。銀髪は本物の銀よりも美しく艶やかである。
そんなサクヤはのんびりと遥と一緒に露天風呂に入っていた。というか、露天風呂に入ったらサクヤがいたのだ。男風呂と書いてあったにもかかわらず。
まぁ、この艦にはおっさんしか今日は男性がいないので問題ないだろうが。
隠す気もなく全裸でぐでーんと湯につかり、微かに頬を赤らめてお酒を飲む姿は傾国の美女にしかみえない。
だが、遥は騙されない。クール? 無口? アホなコントをやりとりしているおっさんは頬が染まっているのは酒と風呂のせいだとわかっているし、ぐでーんと体を伸ばして湯に浸かっているその姿はだらしない。
警告の美女なんだよね、常に注意していないとなにをやらかすかわからんと思う。
ふぃ~と湯に浸かりながらサクヤを見ていると、その視線に気づいたサクヤがにやりと小悪魔な笑いを浮かべてからかうように声をかけてくる。
「なんですか、ご主人様? 私の美しい体に見惚れてしまいましたか? 仕方ないですね~。存分に見てください」
隠す気の無いサクヤの弁である。
「あ~、見惚れるほど美しいのは認めるよ、内面が酷くても外見は関係ないもんな。ただ、私は見慣れているからなぁ~。なんか美しい絵画をいつも見ているから慣れちゃった感じ」
レキの時には常に一緒にお風呂に入っているので、少しばかりの反応で終わってしまう残念な感覚のおっさんであった。というかほぼ毎日入っているから慣れて当たり前であろう。
「むぅ、私の身体が女神のように美しいのはわかりましたが、慣れてしまいましたか………。それは残念です。ハーレム主人公みたいになんでサクヤがはいっているんだよとあたふたする姿を見たかったのですが、とことんハーレム主人公の役柄がご主人様は合いませんね~」
湯に浸かりすぎて、お酒も飲んだのでぐでぐでとなりながら、サクヤが言う。
「へいへい、どうせ私は脇役主人公だよ。レキとは違うのだ、レキとは。それに今さら主人公とかになるほど若くないしなぁ~」
湯の気持ちよさで同じくぐでぐでとなりながら、のんびりと返事をする遥。
なんだか熟年夫婦のような雰囲気を醸し出す二人である。仲が良すぎだとナインがたまに嫉妬するわけであった。
「あ~。ご主人様らしいですね~。お酒飲みます? お猪口まだありますよ?」
すい~と、遥へと近づきながらお猪口を取り出すサクヤ。それをちらりと見て、
「近寄られるとやっぱり照れるな。まぁ、いっか。お風呂でお酒って身体に悪いんじゃないんだっけ?」
「大丈夫ですよ。即死しても24時間後には復活しますので」
「相変わらず俺への態度が雑なメイドだな。本当にサポートキャラ?」
サクヤののほほんとした言葉に苦笑いをしながらも、お猪口を受け取る遥であった。
「では、一杯」
体を乗り出して注いでくるので、上半身が湯から出てきて胸も全部見えちゃうので、少し恥ずかしくなる遥。サクヤは全然気にしていないので、なんか悔しいよねと表情には出さないが。
そうしてふたりで、お酒を飲みながら遥は気になることを尋ねる。
「なぁなぁ、ナインがやけに叶得さんを気に入ったよね?」
常にナインのウィンドウが映りこむ宙には、現在叶得さんとマスターを探索中と書いてあるボードが置いてあり、ナインの姿は見えない。極めて珍しいことだ。叶得と同じステージで争うつもりなのだろうことは明らかだった。
「同じクラフト系のスキルの持ち主ですし、友人になりたいんでしょうね。ナインは不器用なのであのような関わり方しかできないんです。あと、ご主人様を巡る戦いも混じっているんでしょうけど」
「さよけ、それなら良いことだね。ナインに友人ができるのは良いことだと思うし」
なるほどね~と頷く遥。たしかに友人がいると楽しいだろうと、今やほとんど友人がレキ関係の悲しいおっさんは思う。だって、崩壊時に知り合いは全員死んでいるし。
おっさんの友人は誰かなぁ~? 豪族? 後は………後は………もしかして崩壊後はいないかもと気づくが、よくある小説のボッチ主人公と違い、特に慌てはしなかった。もうおっさんだし、なかなか友人はできないものだとも理解しているし。中年になってからの友人関係など、学生時代の友人以外は会社関係などが多くなるものなのだ。というか、普通は新しい友人など作れないかもしれない。
ナインは若い少女だから、友人がどんどん増えるといいなぁと考える。男性の友人は却下しましょう。そうしましょう。なぜならば私は独占欲は強いのでと心に思いながらサクヤへと尋ねる。
「なぁ、サクヤは友人を作らないの? もうそろそろ関東圏内ならば出歩けるようなぐらいに大樹をアップグレードできると思うんだけど?」
ちらりとサクヤは遥を見ながら、悪戯そうに笑う。
「そうですね~。私の姿を見るとモテモテになる可能性があるので友人を厳選しないといけませんね。嫉妬深いご主人様がいるので、男性の友人は遠慮しますが」
クスクスと可愛らしく笑うサクヤ。むぅ、私の内心をしっかりと把握しているなと遥は感心する。
「へいへい、どうせ私は嫉妬深いよ。今までモテてこなかったしな」
「今は反対にモテて苦しんでいると? ご主人様………早く恋人を複数作らないと刺されますよ? そういえば話は変わりますが、崩壊後は女性の方が生き残りが多いんです。ちょっとバランスが悪いのでなんとかする法律を作る予定なのですが」
「うん、なんだか不穏な発言だよね、それ? なんで恋人を複数? あとバランスをとる法律ってなにかな?」
嫌な予感がして、サクヤの顔を少し真面目になって眺めると
「ほら、女性は貴重だからとか映画とか小説だと言われているじゃないですか? あれ実際だとそんな風にはならなかったですよね。なにしろ女性を守りながら死んでいった人々が多かったので、反対に男性の方が貴重になるぐらいですよね」
「話をずらすなよ、なに? まさかハーレム婚とか考えているわけ? あれさぁ、本当に可能なわけ? たんに男が嫁さんに貢ぐだけになりそうな予感がするんだけど」
「とりあえずは全員正妻でいこうと考えています。ほら、第一夫人とか第二夫人とかナンバリングすると不幸な結果にしかならないと思いますし」
サクヤが飄々と恐ろしいことを言ってくる。それに首を捻り遥は現在の大樹傘下シティの状態をモニターに移す。
現在の総人口と表示されて、19万人と記載されていた。女性はというと11万人。たしかにバランスが悪いかもしれない。
「意外だな………そんなに女性の割合が増えているのか………なんでだ? 若木シティってそんなに女性多かった?」
「東日本を制圧中ですが、そこの生き残りが女性が少し多いんです。どうやら1年半の間に物資調達で男性がどんどんと死んでいったらしいんですよね」
「あぁ、そういうことかぁ………。初期の状態では男性の方が多かったような感じがしたのになぁ。時間が経過するとそうなるのか………」
小説や漫画のように、役立たずの女性は放逐しようとは、どのコミュニティにもならなかった模様。それはそうかもしれない。女子供を放逐するなんて将来的にも希望を持ち続けるためにも余程切羽詰まった状態ではないとできないだろうし。
その結果、男性が物資調達に行き、どんどんと死んでいき、結果女性の方が増えてきてしまったという訳なんだろう。
「だか、このバランスならまだそんなに酷くは………。あぁ、そうか、これから増える生存者たちも同じ状況の可能性があるのね」
「はい、このままでは学校に数人の男子、他は女子といった状況となりますよ。ハーレム展開になる男子ですが、現実にそうなると大変なことになりそうですよね」
「たしかに、男子は怯えた羊みたいになりそうだな。そうしてそんな世界になぜか転生してくる男主人公が男らしさを見せて、次々と女子に惚れられるというパターンだよな」
新しい小説ができちゃう予感だと苦笑交じりに遥は頷く。まぁ、そこまで割合が酷くはならないだろう。
ハーレム婚とは現実だと色々と大変だろう。そしてなぜハーレム婚を持ち出してきたかはおっさんとはまったく関係ないだろう。人間たちの生活を考えてのことに違いない。きっとそうに違いない。さすがはサクヤ。そうに決まった。
「サクヤ、もしもこの法案を通すなら根回しは確実にね。特に一般市民の反応だ。あと、金にあかせて無理やり結婚とか、貧乏での生活苦は許さないし、家庭内DVの防止、夫婦ともに」
「奥さんからのDVがあると?」
サクヤが理解しているにもかかわらず、尋ねてくるのでニヤリと笑い答える。
「当たり前だ。女性が弱い? 嘘をいえ、きっと複数の妻を娶ったら発言力は妻たちになるだろうしな。か弱い女性なんて存在は信じないからな」
「ふふっ、そうですね、今のご主人様の状態がまさにそれですものね、まだ結婚もしていないのに」
ケラケラと楽しそうに笑うサクヤの発言に反論できないおっさんである。すでにナインに頼まれたらなんでも叶えるし、サクヤの横暴を許すし、レキの可愛いお願いは絶対に履行する。ツヴァイたちの涙目には弱いし、叶得のツンデレな態度に弱い。弱々しいおっさんである。
そんなアホな会話をしている中で、ふと気づく。いや、以前から気づいてはいたが確認したくなかっただけだ。
「なぁ、私は子供を作れるわけ?」
ストレートに尋ねるおっさんへとサクヤは当然でしょうと頷く。
「当たり前じゃないですか。たぶん平凡な子供が生まれると思いますよ。ご主人様の能力は魂に刻まれているので遺伝子での能力ではないので」
「あぁ、それは安心できるな………。そっかぁ………」
う~んと伸びをして、空を仰ぎながら答える遥にサクヤがなにかに気づいたような優しい表情で遥の方へとコテンともたれかかる。
「まぁ、まだまだ時間はあります。あまりまくるのでのんびりとしましょう」
「そうだなぁ………。まぁ、のんびりとするか」
遥も寛いだ表情でサクヤをちらりと見てから呟くように言うが
「なにをのんびりとするの? その女は誰? ナナシ?」
地獄の底から響くような声音で尋ねてくる人がいた。
恐る恐る後ろを振り向くと湯浴み用のローブを着込んだナインと叶得が仁王立ちで立っていた。ナインは片手にお銚子の乗せたお盆を持っている。そして般若でもある。
「あれは私の姉さんですね。大丈夫です、叶得。二人に恋愛感情はありません、珍しく男女間で友情が存在している感じです」
ナインが叶得を呼び捨てにして教えてあげる。どうやら探している間に仲が良くなった模様。良かった良かったと安心する遥。現実逃避だともいう。ドライの欺瞞行動は失敗したらしい。
「そう………。あんまりその言葉は信用できないけど………。ナイン、本当にそうなの?」
「そうですよ、あそこを見てください」
透明度の高いお湯である。そのお湯に浸かっている遥の下半身を指さすナイン。ちょっと少女がとる行動ではないよ? はしたないよ、ナイン?
「ふ~ん、なるほど、ナインの言う通りかも」
顔を真っ赤にして、恥ずかしがりながらもこちらを見つめてくる褐色少女。というか下半身を見つめてきたので痴女かな?
「姉さん、追加のお酒です。どうぞ」
お湯にお盆を浮かべてサクヤへとお酒を勧めるナイン。お盆を浮かべた場所は遥から反対側である。
わ~い、さすがはナインですとサクヤは平泳ぎをしながらお酒へと向かう。
その様子を見てから、叶得は決心したように叫ぶ。
「わ、私もお湯に入ろうかしらっ! この湯浴みローブ邪魔だから脱いでおくわっ!」
うんせとローブを抜ぐ叶得。仁王立ちは変わらないので全裸が全て目に入ってしまう。
「では、私も脱いで入りますね」
ひょいとナインもローブを脱いで仁王立ちである。
色々見えすぎである、この娘たちには羞恥心はないのであろうか? 二人で行動しているから強いのであろうか? 健康的な小柄な肢体は極めて美しい。例え大平原な部分があろうとも。
「ふふっ、やっぱりナナシは私のような体型が好みなのねっ! もう仕方ないわね~」
どこを見て判断したかは敢えて言わないが、満足そうに頷いて遥の隣へと入ってくる。ナインも同じく入ってくるので両手に花ならぬ、両手に裸である。嬉しいけれど嬉しくない。ナインさん、叶得さん、私のある部分を見ながら満足そうに頷いて体をひっつけてこないでください。
「ナインと友達になったの。それで今日はお互いがナナシの背中を洗う事で満足したわっ! 2回洗われてね。あと、ナインって物凄いもの知りなのね、機械について色々話しちゃった」
「私も叶得とお話しできて楽しいです。ナナシ様、苦労して探している間の話を聞いてくださいね」
キャッキャッと笑いながらナインと叶得が楽しそうに話しかけてくるので仕方ないなぁと、世の男性が嫉妬で抹殺しにくるような考えを浮かべながら話を聞くのであった。
夜、遥はパカリと目を覚ました。一人部屋と言ったのに結局布団を並べて寝たおっさんである。実に羨ましいが、手を出していないのが極めてヘタレである。というか若すぎるんだよねとためらってしまうのであるからして。
喉が渇いたので起き上がり、椅子へと座りお茶を飲み始める。
二人は布団に行儀よく寝ており、スヨスヨと可愛い寝息をたてていた。布団に潜りこんでくるかと身構えたが、ナインと叶得はなんらかの話し合いが行われた模様である。
ふぃ~と椅子にもたれかかり考える。
「奥さんはもういるんだけどね~」
レキという奥さんがいるのだよと遠い目をして考え込む。
久しく考えていなかった事柄。わざと一度として考えてこなかった思考。念の為にバングルを取り出して、防音障壁を展開して呟く。秘密の会談で使えるように空間動術を手に入れた後に付与したものだ。どこまでもセオリー通りに動かないおっさんである。呟きを拾われるとかよくあることだしねと。
「レキと分裂することは不可能だ………。それは直感としてわかる。だが、人形スキルがあれば、それを操る感じでレキに仮の肉体を与える事は可能なのだろうか?」
う~んと考えてしまう。レキが肉体と同様の感覚をもつ人形を操れば、それはすなわち分裂することと同様なのではなかろうか?
「だけれども、人形作成スキルはレキぼでぃについているから、二人のレキとなるだけなんだよな………。いや、私が人形を操れば良いのか? う~ん………。どんなことになるのだろうか? ヴァーチャルみたいな感じなのかなぁ?」
よくわからないと呟く。意識は一つの身体に残るのだから、やはり意味はないのであろうか?
そうして窓ガラスを見ると、視界にレキが映っていた。
「大丈夫です、旦那様。私は精神世界だけでも充分です」
淡々とした言い回しながらも嬉しそうに言うレキ。
「う~ん………現実世界で楽しむこともできたらなぁと思うんだ。意識は同じ身体だけれども人形を操ることによる疑似環境は作成できると思うんだ」
だが、そこで首を捻り懸念を表す。
「だけどさぁ、私がレキの身体で人形を操るとさ? たぶん思考が無邪気な子供になりそうなんだよね」
レキぼでぃだと、なんだか自分が自分でないような無邪気な子供になっちゃうんだよと、いつもアホな行動をしてしまうのは私のせいだけじゃないんだよと言い訳をするおっさんである。
「ゆっくりと考えればいいと思います。時間はあまりまくっていますし」
ニコリと儚い笑顔を見せて、レキは窓ガラスから消える。
それを嘆息して見やり、遥は呟く。
「まぁ、そうだよね。焦ることはないだろう、のんびりと遊んでいけば良いのだし」
そうして防音障壁を解除して、おっさんは再び布団に潜り寝るのであった。
「ちょっとナイン! 襲ってこないわよっ! 寝ていたら襲ってくるかもって言ったでしょ?」
「紳士的すぎるんです、ナナシ様は。合鍵と通信装置を渡しますので、今後の計画をたてましょう」
「仕方ないわねっ! 同盟を結んだし、次は私たちが襲い掛かる計画をたてましょう」
おっさんが寝た後にひそひそと話し声が聞こえてきたが、きっと寝言だろう。それか夢の中の偽りの声だ。
きっとそうに違いないと、結束したような声を聞かないふりをしておっさんは寝るのであった。




