280話 おっさん少女と新たなる敵
てけてけと上半身のみで襲い掛かってこようとする学校の怪談で有名なてけてけ。上半身だけしかなくて、両手を使い襲い掛かってくる姿は漫画で見たときは凄い恐怖を感じたものである。
少なくとも遥はそうであった。
過去形になってしまったりする。
「………なんだか実際に見ると、怖いよりも、凄いですね。よく両手だけで歩いてこれますよね」
てけてけと両手を床につけて、交互に動かしながら近づいてくるてけてけを見て、凄い身体能力だねと感心してしまう。
たしかに不気味だけど、あの状態でどうやって襲い掛かってくるのだろう?
「ご主人様! あれはてけてけと名付けました! なんだか凄い大変そうに歩いていますよね。あれは歩くというんでしょうか?」
サクヤがフンスと息を吐いて名づけをしてくるが、たしかに言うとおりである。
なんだかなぁと思いながら、一応てけてけが近づいてくるのを待つ。
かなりの速度なので、人間の全力疾走を超えるだろうことは間違いないのだが………。
くわっと恐ろし気な表情になり、目の前にやってきたてけてけはぴょんと両手を使い、器用にジャンプをして襲い掛かってくる。
その容貌は不気味であるし、襲い掛かってジャンプしてくる姿は黒い虫が飛んでくるのと匹敵する恐怖を感じるのだが。
ひょいと遥は真琴を引っ張って、足を少しだけ下げて躱す。
目の前を通り過ぎるてけてけ。
ごろんごろんと着地に失敗して転がるてけてけ。
うぅとうずくまるてけてけ。
「酷いよ! これは私が見てもわかる! これは酷い! てけてけってこんな哀れな存在だっけ?」
真琴が叫ぶので苦笑をして遥も同意する。これは弱い者いじめ以外の何物でもない。
めげずにまたもやジャンプして襲い掛かってくるてけてけに合わせて掌底突きを入れて吹き飛ばす。
「でげっ」
あっさりとその攻撃にて粉砕されてしまうてけてけ。憐れみしか心に沸き上がらない姿であった。
「成仏しろよ? 南無~」
真琴が手を合わせて拝むが、銀髪碧眼なら洋式の宗教のほうが似合いそうだとぼんやりと思う。
そして、ステータスボードを開きスキルを取得する遥。
「空間動術lv6まで取得!」
すぐに空間動術を取得し残りスキルポイントは8となる。レベル6までの使用できるスキルが思考に浮かぶが
「やっぱり碌な超能力がないな………。ショートテレポートが使えるかな? まぁ、空間妨害が目的だからいっか」
あんまり空間動術は使えないねとがっかりする。テレポート系なので、もっと上げれば自由に色々な場所へと転移できるらしいが、それはまだまだレベルを上げないと使えない。
それでも、仕方ない。空間転移を使う敵がいるならばこれは必須なのだからして。
「おいおい、どうした? なんかいたか?」
考え込んだ遥の顔を覗き込む銀髪碧眼美少女。元が目つきの悪い少女でも少女は少女だし、しかも今は美少女なので、照れちゃうおっさん少女。
「いえ、ちょっと学校の怪談も実際に体験すると物理攻撃で突き進むだけなんだなぁと思いまして」
マスクを被った女性がヒヒヒと笑いながら廊下の先からハイヒールをコツコツと鳴らしながら歩いてくるのを見て感想を言う。
「いやいや、本当は弱点を突くんだよ! えっと、あれは口先女だから、口だけかよっとかツッコミを入れれば良かったっけ?」
あれは口裂け女ですとボケの才能があるねと真琴の発言に感心しながら、近づいてくる口裂け女へと会話もせずに蹴りを入れる。
ぐげっと断末魔をあげて、吹き飛ぶ口裂け女。
「ちょっと、遊ぶのは止めてボスを倒しに行きますか。空間妨害!」
初めて使う空間動術。その力が発動した途端に空間にノイズが一瞬入ったように見える。
ザザッとノイズが入ったような空間を見て、ゴシゴシと目を擦り真琴が不思議な表情を浮かべて尋ねてきた。
「今なにかしたか? なんか今一瞬目の前が変だったような?」
「まぁまぁ、これで怪談の化け物は打ち止めとなるはずです。では、アインとシノブと合流しましょうか」
トンッと軽くにしか見えない蹴りを床に入れると、ビシビシとひび割れが床を覆う。
「ななな?」
動揺する真琴をお姫様抱っこして、崩れ落ちる床と共に1階へと舞い降りる。ふんわりと羽が舞い落ちるように静かに着地をするとちょうど目の前にはアインとシノブが人体模型をしばいているところであった。
無数に散らばる人体模型。何体あったのだろうか?
そしてアインとシノブは遥が落ちてきたことに気づいて、笑顔を見せる。
「遅いぜ、ボス!」
「ここの敵は尽きることがありませんね、どうやら突如として現れる事から空間転移かと」
うんうんと頷いて、真琴を降ろして返事をする。
「どうやら、ここの敵は厄介そうだから倒しておきます。怪談を楽しむのは終了して、ここからはバトルな感じですね。真琴さんを外まで送り届けてください」
遥の指示に頷いて、アインとシノブは真琴を保護して帰ることに決める。ちょっと一緒に戦えないので不満そうではあるが。
「お前っ! やっぱり最初からこういうことができたんじゃないか! 死ぬかと思ったんだぞ! もぉ~」
地団駄を踏みながら、顔を真っ赤にして怒鳴る真琴。怒って当たり前である。
「まぁまぁ、こういうのを楽しむ心が必要なんです。きっと話のネタになりますよ。あと案内料も弾みます」
「………案内料? お金が使えるんだよな? やっべ、私の貯金、家に置きっぱなしだ! 救援が来る前に回収しておかないと! えっと、アインさん、シノブさん、外までの護衛よろしくお願いしますね」
演技をする余裕が生まれた真琴が、アインとシノブと一緒にてくてくと外へと向かうのを見送りながら、遥はスッと僅かに目を細める。
「さて、ではここの敵とご対面といきましょうか」
紅葉のようにちっこいおててを振りかぶり、さらに床へと勢いよく叩きつける。
ビシリビシリと床が崩壊して、新たな広い空間が下に見える。それを見て、軽やかにトントンと降りる遥。
下は広大な地下室となっており、学校全体に広がっているだろうことがわかる。
そして、その床には花子さんからてけてけ、口裂け女やら人体模型などが魔法陣に入れられて人形のように飾られていた。
「あらあら~。まさかここがわかるなんて、あんた何者なのかしら? ちょっと普通じゃないわよねぇ~?」
地下室の中心にはでっかいベットがあり、そこには5メートルはある体躯。いや、丸い肉団子のような身体をもつ者が寝ていた。
肉団子に手足が辛うじて生えており、顔はその肉体に埋まっている。化粧で真っ白な顔であり、真っ赤な口紅をつけている女性に見える。大きさを考えなければだが。
「私の気配感知が地下には一切通じないとなれば、そこには空間結界を張った何者かがいる。わかりやすくて笑えてしまいますね。こんなところでニートをしているのですか?」
ぐふふと肉塊が不気味に笑い、おっさん少女へとその視線を向ける。
「私の名前は、メリーゴーラウンド・ルセルカ 繰り返しの魔人にして、享楽と怠惰が大好きな者よ、可愛い人間さん。繰り返し蘇らせるお化けに食い殺される人間の姿は見ていて楽しかったわぁ〜」
ケラケラと笑う肉塊。綺麗な女性の声であることが、また見る者に不気味さを感じられるだろう。
「ご主人様、あのミュータントの名前はメリーゴーラウンド・ルセルカと名付けました。魔人の一人ですのでご注意ください。それと繰り返しの魔人を撃破せよ! exp50000 報酬?が発生しました!」
「ここの怪談じみたミュータントは貴方が生み出していたのですか?」
ちらりと周りの素体みたいな魔法陣に飾られている怪談の化け物たちへと視線を送る。
にたりと厭らしい笑みを浮かべて、ルセルカは答える。
「えぇ、そうよ~。私の得意な術は空間系なの。そして倒されたら次々とまた学校に送り込んで、苦労して化け物を倒したと安心している中に送り込むのよ。その時の人間たちの絶望の姿ったら、素晴らしいだけの言葉では表せないわぁ~」
ケラケラと不気味に嗤うルセルカ。なるほどと納得した。空間転移を行うボスが隠れて常に送り込んでいれば気配感知は働かない。
パロディではない悪魔ですかと遥は眠そうな目を向けて、気になることを尋ねる。
「貴女はここのボスの眷属ではありませんね? どこの派遣社員か教えてもらえませんか? 私も利用するかもしれませんので、会社名を教えてください」
その問いかけにケラケラとルセルカはおかしそうに嗤い短い手足をジタバタと動かす。
「あらあら、随分余裕のある人間ね? ここが知られたからには、周りの人間たちも含めて抹殺するようにと主様からは命じられているの。それとごめんなさい? 会員制だからおチビちゃんでは利用不可能なの。………それに」
一息ついたルセルカがぐわっと肉塊である胴体をばかりと開く。そこには牙がぞろりと並んだ口があった。ぬめぬめとした舌が不気味に蠢いている。
「おチビちゃんは私に食べられちゃうの~。大丈夫、楽しみながら食べてあげるから」
ケラケラと邪悪に笑うルセルカを見て、スッと瞼を閉じて平静な声音で動揺もなく答えてあげる。
「ダイエットに付き合ってあげましょう。その体では動きにくいでしょう?」
瞼を開くと深く強い光を宿すレキへと変わり、敵へと半身となり右手を持ち上げて身構えるのであった。
「ケラケラ。魔人と戦うなんてお馬鹿で身の程知らずのおチビちゃんね。いいわ、あたしの力を見せつけてあげるわ」
器用にぴょんとベットをその巨体でありながら、飛び上がり短い脚でズズンと床へと足をつける。その動きは軽やかであり重さを感じない。さすがは魔人といったところであろうか。
「ゲヒヒヒ、そのおチビちゃんが啼く声はどんな声なのかしらぁぁぁぁ」
ビシッとルセルカの足元の床がひび割れたと見えた瞬間に、胴体の口を大きく開きレキへと食いつこうと身体が瞬時に消えて、超高速で移動をしていた。
小柄なるレキでは簡単に丸のみにされてしまうであろうその大口を見ながら、動揺もせずにスッと右手を突き出すレキ。
抗う事ができるのがただそれだけだという感じで右手が突き出されたので、ルセルカは嗤いながら口へと人間を放り込もうとする。
一口で噛まずに、口内で舌で巻き取り散々舐ってから、その恐怖の声と共に食い殺してやろうと喜悦に包まれるが、目の前の人間は予想外の行動をした。
べろりと覗く舌を手で掴むと、身体を僅かに沈めて振りかぶる。
「はっ!」
気合を入れた声と共に信じられないことに、数トンはあるだろう巨体を舌を縄のように持たれ、投げ飛ばされるルセルカ。
ゴウンゴウンと辺りに散らばる怪談の化け物の素体を巻き込み砕きながら、ごろごろと転がる。
「何回転ばせれば痩せるのでしょうか? 極めて興味が沸きますね。貴方もそう思いませんか?」
淡々と平静な声音で呟くように語るレキ。
くるりと転がっていたルセルカは巧みに身体を転がし、立ち直る。
「舐めるなぁぁぁ」
ルセルカは胴体の大口を大きく開いて、超常の力を使う。
「粉々にしてくれるわぁ~。空間破砕!」
ぼぇぇぇと音波にも見える超常の力が空間を破砕していき、レキへと向かう。いかなる物体も空間破砕の前にはその防御力を失う。
目の前の少女も同じくバラバラになるルセルカ必殺の技である。
そう、必殺をいきなり使用していたルセルカ。目の前の敵は尋常ではないと判断して、最強最大の己の技を放ったのだ。今の一撃だけで敵の尋常ならざる力を感じて全力での攻撃に移った魔人であった。
レキとの間にある素体も魔法陣も全て砕いていき、ぼんやりと立っている少女へその超常の力はぶつかる。
ズズンと空間が振動して、埃が巻き起こり、レキの髪をなびかせる。
「良い判断です。強敵と見るや、自身のもつ力を惜しみなく使う。なるほど頭は良いのですね」
その姿を見て、ルセルカは慄き後退る。
「な、なに、おチビちゃん? なんで死なないの?」
風になびく髪のみで、レキの身体にはこれっぽちもダメージが入っていない。砕けるのは周囲の床のみであり、少女はまるでなにもなかったように立っていた。
レキはその問いに、軽くなるほど疑問なのですねと頷いて、教えてあげる。
「空間動術は相手の抵抗を超えなければ、その効果を発揮できません。0か倒すか、ただそれだけなんです。なので極めて使いにくい技なんですよね」
あっさりと当たり前のように言う目の前の少女の言葉に混乱するルセルカ。自分の力を上回っている? 目の前の少女が? 魔人である自分を?
「てんめぇぇぇぇ。人間じゃねぇぇぇなぁぁぁ」
それほどの力をもつ相手が人間であるはずがない。空間動術の弱点は魔人の凶悪な力を上回る必要があるのだから、弱点にはならないはずなのだ。なのにこの少女は耐えきった。それは彼女が人間ではないことを示している。
そうして咆哮と共にボールが跳ねるように、残像を残しながらレキの周りを飛び跳ねるルセルカ。
ちらりとその様子を見て、レキはフッと微笑む。
「諦めないのは感心しますが、貴女は空間動術のみを得意にしているのでしょう? その図体では私と戦うのは無理です」
余裕を見せるレキへとルセルカは
「舐めるんじゃねぇぇ! 重圧暴体!」
自身の持つ物理攻撃系の超常の技を発動させて、砲弾のようにレキへと向かう。自身の巨体を数十倍の重さへと変えて敵を押し潰すルセルカのもう一つの必殺技であった。
「エンチャントサイキック」
それを見て、遥が空間を歪ませて超常の力をレキへと与える。
スイッと右足を僅かに下げて、突進してくるルセルカの攻撃へと対抗するレキ。
「超技サイキックシュート」
小柄なる体躯から繰り出された蹴り。その蹴りはピシリと空気を斬り裂き、鋭くそして美しく突進してくるルセルカの胴体へと命中して、足首までめり込んだように見えた。
そしてその巨体による突進とレキの細いカモシカのような蹴り足との力が拮抗を一瞬する。
しかして、その拮抗は一瞬であり、あっさりとサッカーボールのようにルセルカの巨体を吹き飛ばす。相殺されてなお恐ろしい力をもつ蹴りはその衝撃をルセルカの身体の隅々まで伝播させて肉塊を粉々に変えていく。
肉塊をその威力でバラバラに粉砕されて吹き飛ぶルセルカ。粉砕されて首だけがごろりと転がり、肉片は周囲へと飛び散るのであった。
「な、なによ、貴女………。何者なの?」
「私は文明復興財団大樹所属のエージェント朝倉レキです。貴女のような化け物を退治するために生み出された戦士です」
きりっと真面目な表情でレキが伝えてきて、ルセルカは自身が浄化されていくのを感じながら主へと今の情報を送るべく、最後の力を振り絞りネズミへと変身させた分体を密かに送るのであった。
「やりましたね、ご主人様! 繰り返しの魔人を撃破せよ! exp50000 報酬空間の宝珠が手に入りましたよ!」
サクヤがやりましたねと満面の笑みでつたてくるので、ステータスボードを見るとレベル56になっていた。これでまた少しはスキルポイントに余裕ができると安心する。
完全に滅んだルセルカを見ながら、そっと呟く。
「相手は引っかかったかな? あのネズミのミュータントはしっかりと追跡できている?」
先程の財団大樹のエージェント云々はレキへとそう答えるように遥が教えたのだ。よく小説やアニメとかであるでしょ? 中ボスを倒すと最後の力でラスボスへと主人公の情報を教えようとするのとかと。
ストーリーを先読みするおっさんなので、こういうチャンスは逃さない。わざと伝えて最後の分体もわざと見逃したのだ。
「現在、密かにドローンにて追跡中です。この先にこの魔人を眷属にしていた敵がいると良いのですが」
サクヤも真面目な表情で答えてくるので、そうだねぇと遥も頷く。
厄介な敵はあぶりだして倒すのだと、どちらが悪人かわからない思考をするおっさん少女である。まぁ、おっさんは脇役なんだが。
「さて、では学校は安全になったよ~と真琴さんたちに伝えてきますか」
「そうですね。それと空間結界はあの魔人が担っていたのでしょう。他の空間結界も破壊されたことを確認しております。なので、敵の本拠地もボスがどこにいるのかもバレバレになりましたよ」
サクヤの言葉に遥は苦笑いをして
「外注に頼むと、外注がこけたときが大変なんだよね。やっぱり重要な仕事は自前でやらないとね」
そう言いながら、のんびりと学校を脱出するおっさん少女であった。




