279話 おっさん少女と学校の怪談
あわわわとへっぴり腰になりながら、真琴にギュウギュウとしがみつきながら歩き進める美少女。
対する銀髪碧眼美少女もあわわわとへっぴり腰になりながら、レキにギュゥギュゥとしがみつきながら歩き進める。
二人共怖くて仕方ないのであった。肝試しならば実に驚かせ甲斐がありまくる美少女たちである。中身はおっさんと男に振られまくりの目つきの悪い少女らしいが。きっとそれは都市伝説であろう。目の前には美少女二人しかいないのだ。
「ど、どうするんだよ? ここどこ? 一階なのに窓から見ると私たち三階にいるみたいだぞ?」
「お、恐らく空間が歪められていたんです。気づきませんでした。気配感知をすると敵の場所がわかってつまらないから封印していたのがネックになったみたいです」
「おい! 今なんか不穏なことを言わなかったか? お前、本当は楽しんでいるだろ? この状況を楽しんでいるだろ?」
ぎゃあぎゃあと言い合いながらもお互いの頬をくっつける程にしがみつきながら歩く二人。
「ちょ、ちょっと待ってろ? この窓が破壊できるか確認するから」
備え付けの消火器を持ち上げて、とやっーと振りかぶり窓へとぶち当てるが、鉄の塊にぶつかったようにガチンと弾かれてしまう。
「よくあるパターンですね。脱出不可能な世界。きっと正面玄関まで生き残って進まないと行けないんですよ」
遥がその様子を見て、ぷるぷる震えながら教える。映画とかだとよくあるパターンだよねと。
「なぁ、この窓をお前の馬鹿力で破壊できないのか? お前なら破壊できるんじゃね?」
超人パワーを見ているので、コンコンと窓を叩きながら、当然の問いを遥にぶつける。
「……わかりました。やってみせましょう」
ちっこいおててをぎゅうと握って構えるおっさん少女。その姿は単なる子供にしか見えない。
「たぁ〜っ!」
驚く程の遅さでヘロヘロと拳を突き出し、ペチンと窓へとぶつける。
あいたっ、と手を抑えてうずくまる遥。
「うぅ、残念ながら窓は恐ろしく硬いですね。破壊することは不可能でしょう」
「ふざけんなっ! テメー、本当は破壊できるんだろ? 余裕で破壊できるんだろ?」
おっさん少女の肩を掴んで、真琴ががくがくと揺さぶってくるが、目を逸らしてすっとぼける。
「リアル学校の怪談ですよ? こんな機会はもう二度とないかもしれないんです。民俗学者はこういう機会を逃さないんです」
確信犯だと決まった発言をするおっさん少女であった。
どうやらこの少女はこの学校の探索を諦めることがなさそうだと嘆息して真琴はじろりと睨んで保障を貰う。
「ぜっったいに、私を守ってくれよっ? いえ、守ってくださいよ? 見捨てないでよっ?」
「大丈夫です。しっかりと守りますから安心してください」
トンと平坦なる胸を叩いて自信満々のおっさん少女であったが大丈夫なのだろうか? 常ならば怖そうなでるよでるよ〜といった場面は目を逸らしていたおっさんであるのに。
とにかく移動して正面玄関を目指そうと二人はへっぴり腰で廊下を歩いていた。昼間なのに廊下は薄暗く先がなぜか見えない。超常の力で暗闇を作っているのだろうとわかる。
「まずは階段だな。階段を目指して行くぞ」
ガクガクブルブルと震えながら真琴が提案してくるので、頷いて歩いていく。
「最初は音楽室からですよね? 三階に音楽室ってあります?」
「お前、今階段探そうと言ったら頷いたよね? なんで次の言葉が音楽室なの? 頭スカスカなの?」
おっさん少女のアホな正体を知ってしまった真琴であったりした。頭がスカスカなのは間違いない。
「だって音楽室ですよ? 誰も居ないのに鳴るピアノとか、夜な夜な目が動くバッハとかベートーベンの絵画とか楽しみじゃないですか?」
飄々と危機感ゼロの発言をする美少女詐欺がここにいた。
「命! 命がかかっているんだから帰るのっ! ほら、行くぞ!」
ズリズリ〜と小柄な身体を引きずられておっさん少女が真琴と一緒に階段まで行く。
校舎の大きさはたいしたことはなく、極めて普通の大きさであるようで簡単に階段は見つかる。
ポツンと薄暗いなかで階段が廊下の先に見えるので歩く二人であるが
「こんな簡単に階段が見つかる? それでいて死者が多かったんですか?」
コテンと首を傾げて疑問を口にする遥。知らないうちに殺されるには少しこの学校は狭いのだ。広さを考えるとダッシュすればなんとか学校から逃げれるのではなかろうか?
「……たしかにそうだよな? でも毎日とは言わないが人が消えて悲鳴が響くんだぜ?」
むぅと唸って真琴も考え始めるがそれよりも帰るのが先決だとグイグイと遥を引っ張る。
てこてこと歩いて階段前に到着して慎重に周りを見渡す。
「特になにもないみたいですが……」
てってこと階段を降りる二人だが
「なぁ、踊り場にあからさまに怪しい鏡がないか? あの姿見凄い怪しくないか?」
真琴が指差す先には階段の踊り場があり、そこには人の全身が映る鏡が置いてあった。
「う〜ん……お互いに怪談とかに詳しいというか基本知識があるから先読みしちゃいますよね。この場合は何なんでしょうか?」
「夜中とかに覗くと未来の結婚相手が見えるとかそんな感じじゃないか? で、本当は悪魔が映っているとかいうパターン」
そんな便利な鏡があるなら世の独身男性は婚活に困らないよねと思いながら、恐る恐る近づく。
「今は昼ですし、なにも起こらないですかね?」
片腕はしっかりと真琴を掴みながら、遥はつんつんと自分たちが映る鏡を指でこわごわつつく。
そんな二人が映る鏡がぼやけてテレビの俳優でもやっていそうな二枚目な男性が二人現れてきた。
「これが私の結婚相手なのかっ? おおっ、二枚目だっ!」
真琴は興奮して思わず鏡へと足を踏み出し近付こうとする。ニタリと笑う鏡の中の二枚目の男性。もう一歩近づけば食い殺そうと待つ間に
「ハッ!」
美しいフォームで、おっさん少女が鏡へと全力で蹴りを叩き込む。
「ギャー!」
鏡はそのまま砕け散り、鏡の悪魔は簡単に滅ぶのであった。
「鏡の中の悪魔を倒す方法……蹴って鏡を破壊するですね」
蹴ったあとの残心を残し、スッと足を戻す遥。
「鏡の中の悪魔を倒す方法って、そんな物理的だったか?」
疑わしい表情の真琴の視線を受けても平然と頷くおっさん少女。断じて結婚相手が男性だったから思わず蹴った訳ではない。レキは既婚者なので遥が映らないといけないのだと弁明をするのであった。美少女が映っていたら今度はレキが蹴りを入れていたのであんまり状況は変わらなかったりしたり。
「では二階に進みましょう」
気にせずに降りる二人。なぜか一階への階段はなく他の場所にあるようで学校らしくない配置である。
二階も薄暗く先は見えない中で、真琴が足を擦り合わせてもじもじとしながらお願いをしてくる。
「なぁ、ちょっとトイレによってかないか? トイレに行きたくなっちゃった……ごめん……」
謝るのだから、トイレが危険なことは重々承知しているのであろう。
「真琴さんは映画映えする人ですね。常に映画で余計なことを提案して死ぬ役どころです」
よくいる常に余計なことを始める役どころ。すなわちホラー映画でトイレに突如として行きたくなる子供とか、外に出たらいけないよと言われながら外に母さんの写真を撮りに行こうとかいって密かに外出する姉弟とか。
「う〜………守ってくれよっ? トイレのドアは開けっ放しでおくから。ほら、ドアが閉まっていたらいつの間にか入ったはずの少女がいなかったとか、そんなパターンを防ぐためにも」
真琴もそれは予想していたのであろう。とんでもない提案をしてくるのであった。
「いやいや、それは変態すぎると思います。私はそういう性癖はないので、ちゃんとドアは閉めてくださいね?」
「いつの間にか私がいなくなっていたとか言うなよっ? 頼むぜ、本当に! そうだっ! ロープを持っていないか? そのロープをお互いに持てば大丈夫だろ」
それもまた駄目なパターンだよと遥は思ったが、もう限界そうな様子であったので内心で思うにとどめておくのであった。
女子トイレの前で暇そうに遥がロープの端っこを持ちながら真琴が出てくるのを待つおっさん少女であった。ふわぁとあくびをしながら、おっさんなら女子トイレの前で待っていたら完全にアウトだよねと思いながら。
そんな常にしょうもないことを考えている遥はピクリと耳を震わす。
「なにか気配を感知しましたね。空間転移……そろそろ取らないとまずいでしょうか」
今までは空間転移は取得しなかった。ファストトラベルのみである。それはなぜか? それは空間転移が極めて妨害しやすい技だからである。空間座標を少し乱すだけで空間転移不能になると言われたら、使い道がなさすぎてもったいないからだ。何しろレベル2の空間妨害を使うだけで、いかなる空間転移も不可能となるのであれば取る気にはなれない。
空間妨害を打ち消す術も存在するので、それを取得すれば済む話はなのだが……。どちらにしても離れた場所に空間妨害を仕掛けられたらこちらはテレポート不可となるのであるからして。
これほど空間転移を多用されるのであれば、空間動術を取得せねばなるまい。でもスキルポイントが全然ないんだよねと嘆息しながら女子トイレへと飛び込む。
廊下からひたひたと音がしてくるが無視。この場合のセオリーは、廊下に注意を向けるのではなく、真琴へと注意を向けるのだ。漫画とかだとよくあるパターン。両方でおばけに出会ってバラバラになるかトイレに残った少女は殺されるとかそんな感じになるのであるからして。
女子トイレに飛び込むと半纏をもったやせ細って目から血を流し、肌は青い骨のような怪物がトイレの中へと声をかけていた。
「赤いのと、青いのどっちが良い〜?」
不気味にしゃがれた声で真琴へと声をかけるが、この場合はどちらを選んでもアウトである。確か赤いのだと血だらけにされて殺される。青だと血を抜かれて殺される、だ。
子供のときに話を聞いたときは理不尽だと思ったものだと思い出す。
助ける方法は…………………………。
「除霊パーンチ!」
除霊でもなんでもない視認ができないレベルの高速拳撃であった。思い出せないので力任せに移行した脳筋遥である。
敵はこちらに気づき振り向こうとして、メリメリと頬に拳がうち貫かれていた。
「かみっ!」
ボシュンと吹き飛ぶ化け物。それを見て、安心する遥。
「どうやら物理攻撃が効くみたいですね」
除霊パンチが有効だと、ホッと一安心する。なにを安心したかというと、なにか新しいスキルが倒すのには必要かなと思ったのだ。でも、そんなことはないらしい。神聖系のスキルは何故かスキル一覧にないのだ、見逃しているのかもしれないけれど。ありがちなスキルなのになんでだろうと首を傾げてしまう。
目の前の赤いちゃんちゃんこ? 正式名称は忘れた遥はそのままトイレの扉へと半身となりながら身構える。
「たすけてくれ~! はやくたすけてくれ~!」
真琴の声が中から聞こえてくるので、急いで右腕を伸ばしてピッと右手を手刀のかたちへと伸ばす。
「ここらへんですかね」
呟きと共にそのまま空気を斬り裂くように横薙ぎに自分の頭から少し上らへんを一気に薙ぎ払う。
ピシイッと空気が割れるような音がして、トイレのドアがずれ落ち始める。
ずずずとトイレの全てのドアが崩れ落ちていき、頭が切断されている少女の姿が見えた。
それを見ても、遥は動揺もせずに話しかける。
「よくあるパターンですね、二重に罠を仕掛ける幽霊。倒したと安心したらもう一匹が中にいるという」
それは一見少女の姿をしていたが、爪は伸びており、ごろんと転がった頭は人間の大きさではなく口まで裂けて牙をむき出しにしていた。
「むーむーむー」
トイレットペーパーでぐるぐる巻きにされている真琴が声が出せないので、むーむーと苦し気に唸っている。
先程の助けてくれの声は真琴の声真似をしたこの化け物だったのだろう。ちゃんちゃんこを倒して安心してトイレのドアを開けて助けようとしたら襲い掛かってくる寸法だったのだ。
映画とかでよくそれで驚いていたよと、ちょっと想定と違う出現の仕方をし始めた怪談シリーズを見て、気配感知を行い始めた遥である。怪談を楽しむのも重要だけど、真琴の命も大切だしねと。
気配感知では1階でアインとシノブが化け物と戦っているのがわかる。ぽつりぽつりと現れる化け物に対して、あっさりと片付けているのが感知できた。
ビリビリとトイレットペーパーを剥ぎ取り、真琴を助けると
「ぶはぁっ! 早く助けてよ! もう絶対にこの学校ではトイレに入らないからな!」
プンプンと怒ってくるので、ジト目になりツッコミを入れる。
「私としては、この学校内でトイレに入ろうと思った真琴さんの精神の図太さの方が感心するのですが。てっきり真琴さんも怪談を楽しむものとばかり思っていたのですが」
真っ赤になり顔を仰いで真琴は叫ぶ。
「だって、我慢できなかったんだ! 仕方ないだろ~!」
「さすがご主人様。美少女に対して鬼畜プレイですね。ぷぷぷ」
ニヤニヤと口元を笑いに変えてサクヤがからかってくるので、遥は小首を僅かに傾げて尋ねる。
「ねぇねぇ、さっきのミュータントに名付けはしないの?」
いつもなら真っ先に名づけをしてくるのに、珍しいと尋ねる。名づけはサクヤのアイデンティティだよね? というか名付けしかサポートキャラの力を発揮することがないよねと。
何気に酷いことを考える遥へと、その内心を以心伝心で読み取り、頬を膨らませて抗議をするサクヤ。
「私のサポート能力はものすご~い深遠なのでご主人様には理解不能なんです。ぶーぶー」
「はいはい、で、さっきの名付けは?」
うぐっと、追及を止めない遥に対して身体を引いて怯む銀髪メイド。
「トイレの中のミュータントはトイレの花子さん。でもドアの前にいるのってなんでしたっけ?」
学校の怪談だいひゃっかと書いてある小中学生向けであろう本をペラペラとめくり調べている。もはやパクリを隠そうともしないサポートキャラである。
「たしかに固有名がないよね。なにがいいかな?」
二人で頭を悩ますが、サクヤが面倒くさくなったのか
「あれはトイレの半纏さんと名付けましょう。それでいいと思います」
花子さんのパクリだねと呆れるが、まぁ、別にミュータントの名前なんかどうでも良いかと気を取り直して外に出ようとすると真琴がしがみついて離れる様子がない。
「あばばばばば、もう離れないからな? さっさとここを脱出しよう」
「思ったより、面倒そうな場所ですね。いきなり現れるのはちょっと………。ストーリーを進めると敵の配置を変えてしまうのってあんまり好きじゃないんです」
ゾンビを倒したと思って突き進むと、いつの間にか復活していてがぶがぶと噛まれた覚えがあるおっさんは嫌そうに言いながら、女子トイレからでる。おっさんが出てくるところを見られたら通報ものだが、美少女なので問題ない。
「あたじのあじぃ~」
外には出待ちをしていたのだろう。上半身のみの女子が血だらけで手を上手く使いてけてけと近づいてきていた。
「きゃ~! てけてけだ~!」
すっかり忘れていたと、それを見て叫んじゃうおっさん少女であった。




