259話 おっさん少女は再びオスクネーと戦う
広すぎるメインホール。吹き抜けであり3階まで続いてるだろう高さと学校の体育館がすっぽりと入りそうな広さをもつその場所は、元美術館という事もあり品の良い調度品が置かれている場所であった。
過去形であり、今は人々の住んでいる痕跡である毛布やらテーブルが置いてあり、しかもそれに加えて真ん中にあった女神像は砕け散り、そこから異形の主が現れている。
対峙するのは小柄な身体の美少女と、妖艶なる肢体の美女だ。一人はシャーロック・ホームズの探偵服を着て玩具のパイプを口に加えてピコピコと動かしている可愛らしいアホな美少女。戦闘服があるのにシチュエーションを大事にするために脱いでしまった子供心を忘れない娘である。
一人は戦闘服をピシリと着込んでいるベテラン兵というより、潜入した妖艶な女スパイ風の美女。
レキと静香が武器を構えて、ツインクネーと対峙をしている。装備している物はコンバットナイフからハンドガン、アサルトライフルにサブマシンガンとグレネードランチャーだ。戦う準備万端なゲームでいうと2周目でしょと言われる重武装である。
しかしながら、相手は異形なる怪物。蜘蛛の下半身に痩せたサラリーマンが上半身であり、かつ頭が2個あるツインクネーだ。怯むことはなく、身体を震わせるような叫び声で威圧してくる相手であった。
今も広いメインホールを利用して、天井に張り付きながらこちらを睨みつけている。
「お嬢様、あのサラリーマンは私たちと戦う気満々みたいね」
「そうですね。残念ながらこの部署の守りは諦めてもらい退職してもらいましょう」
静香とレキは異形を前にしても動揺も見せずに、軽口を叩きあう。恐怖の表情を見せない二人を苛立つように睨みながらツインクネーは張り付いている天井を蹴り、勢いよく静香目掛けて落ちてくる。
巨体での踏み潰しを狙う攻撃であったが、静香は口元を微かに微笑みに変えて、腰からいつの間にか新たな銃を取り出していた。
「とっておきなのに、仕方ないわね」
そう言って、静香は吹き抜けの2階の通路脇の壁へと銃を撃つ。シュルルとワイヤーが飛び出して壁に刺さると、すぐに静香は巻き戻して、壁へと飛んでいき、そのあとにツインクネーが着地する。
ずずんと轟音と共にツインクネーが床を打ち壊して着地するが、寸前で回避した静香は2階通路にスタッと軽やかに着地してすぐにアサルトライフルを構え直して狙い撃つ。
今度装填した弾丸は電撃弾だったのであろう。バチバチと撃ち出された弾丸は雷光を纏っており、敵の動きを止めるためにツインクネーに迫りくる。
だが、すぐさまツインクネーは目の前に白い糸でできた盾で電撃弾を防ぐ。電撃が盾を伝わるが、ただそれだけであり、ツインクネーは多脚を高速にて動かして、その場を離れていった。
それを見てレキは眠そうな目を見開き、驚愕の叫びをあげる。
「あ〜! ワイヤーガン! 良いな〜、静香さん隠していましたね? 私にも一つくださいよ!」
驚愕する方向が違うので、以降はレキではなく遥と名称が変更され自動選択となるアホな発言であった。
その緊張感を打ち消す言葉に苦笑して、相変わらずのおっさん少女へと妖艶な微笑みを見せる。
「フフッ、この武器は高いわよ、お嬢様?」
「偶然にもまだ小判を持っているんです」
即座にひょいと小判を取り出して振って見せる遥。色々な物を入れっぱなしにしておくズボラなおっさん少女である。
「受け取って!」
ポイとワイヤーガンを迷いなく投げてくる静香。そこに逡巡はまったくないので、さすがは静香と感心して、代わりに小判を投げ渡す。
ボールを投げられた犬みたいな勢いで、静香はダダダと走り、投げられた小判をキャッチするのであった。
「大丈夫ですか? 今ワイヤーガンを受け取っちゃって?」
機動性を著しく失うだろうから、気にして確認する。もしも予備を持っていなかったら巨人に踏まれてしまうかもしれないからだ。
「大丈夫よ、使用用、予備用、保管用と持っているから、まだ2丁あるわ」
小判を掴み取り、スリスリと嬉しそうに頬ずりしながらの静香の返答に、さすがは女武器商人と感心する遥。
そんなアホなやり取りをしている間もツインクネーはこちらへと上半身の手をつき出す。次の狙いはおっさん少女の様子。
手から煌めく白い糸が生まれいでておっさん少女へと向かってくる。
その糸は速いものの、体術スキル0.5レベルでも回避できると遥は見切りをした。
「斬糸でしょうが、私には効きませんよ。ほいっと」
女神像が砕け散って、上半身のみとなっており破片がそこら中に散らばっているのを遥は数個拾いあげて、斬糸へと放り投げる。
斬糸の先端に次々と小石は当たり、勢いを無くして糸はその場に落ちていく。
「斬糸の欠点は勢いを無くすと斬れなくなるというところです。小石程度で威力を無くす攻撃では私には通じません」
フフッと笑みを見せながらの余裕の対応。ツインクネーがその笑みを見て、小柄なる脆弱なはずの人間に怯む様に身じろぎする。
だが怯んだ時間は僅かであり、すぐに白い盾を形成すると同時に炎を纏う銃弾が盾へと命中して、その炎で焼き尽くす。
「あら、残念。お嬢様に見惚れている隙を狙ったのだけど」
静香が2階からアサルトライフルにて狙い撃って、飄々とした表情で笑う。ツインクネーもすぐに防ぐあたり隙はなさそうである。
ツインクネーはすぐさま片方の頭の口から緑色の毒を吐き出す。静香へと向かう毒のブレスであったが、すぐさまワイヤーガンをホールの反対側の壁へと向けて撃ち出して、命中したワイヤーをすぐに巻き込んで、軽やかに飛翔しながら移動していく。
ツインクネーはブレスを止めずに、吐き出したまま静香へと顔を向けようとするが、口を閉じてまたもや盾を生み出す。
先程とは逆に遥がアサルトライフルの銃弾を撃ち込んだのだ。
あっさりと防がれたが、落胆はせずに遥は冷静に考える。ツインクネーの攻撃方法とその反応に対して。
「静香さん、どうやら頭は二つでも、同時に二つの行動を取ることは無理みたいです。見かけは二つの頭を持ちますが、実際は一つの考えしかできないみたいですね」
「なるほどね。なら、やりようはあるわ。そろそろまずい感じがするけど、時間は大丈夫?」
静香の言い方にピンと来て、綾が出ていったドアへとランチャーを撃つ遥。
ドアに命中した砲弾はその威力を発揮して粉々にする。次に遥はドアの上にある壁を撃ち込み破壊して破片で埋め立ててしまう。
フンスと息を吐いて、遥はニパッと笑う。
「時間稼ぎ終了です。裏技として攻略サイトへ投稿しましょう」
「良い考えだわ。これで誰でもボスを倒せるかもしれないわ」
フフッと微笑みで返す静香。豪快なるお嬢様に相応しい攻略法だと感心するのであった。
ツインクネーは単調な攻撃では通じないと考えたのだろう。両手から糸を生み出しながら、壁に貼り付けて移動していく。
床から壁へとシャカシャカと移動しながら、ホールに広がるように糸を繰り出していくのを見て、すぐさま攻撃を加えようと二人は銃弾を放つが、その時には盾を生み出して防いでいくツインクネー。
倒しにくいなぁと、遥が倒す方法を考える間も糸は広がり蜘蛛の巣が形成されていってしまう。
「ありゃりゃ、ボス的第二バージョンになりましたよ、静香さん」
呑気に緊張感を感じさせない声音で、遥が伝えると静香も肩をすくめて答える。
「これは敵が死ぬ時間が早まったということね。そろそろお遊びは止めて倒しましょうか」
二人共自分がやられるとは欠片も思っていない余裕さを見せつけるのであった。
ツインクネーは完成した蜘蛛の巣の上に飛び乗り、雄叫びをあげる。空気を震わせる雄叫びであり、勝利を確信している様子。
「ますますゲームじみた敵としか見えませんね」
「お嬢様、あの厄介極まる綾さんが到着したみたいよ」
静香の言葉通りに、崩壊したドアの辺りで驚きの声が聞こえてきたのだ。
「わわっ! これはなんだ? お〜い、助けを呼んできたぞ〜! 大丈夫か〜? 瓦礫を皆で退かそう!」
慌てる綾と他の人々が瓦礫を退かそうと行動し始めた模様。
「迫る時間制限! 追い詰められる私たち。ピンチなのですが、こんな戦いは無数にしてきたのです。といやっ!」
ゲームでこんな戦いはいつもしてきたよと自信満々なゲームでの体験を自信に繋げるおっさん少女。こんな蜘蛛の巣の戦いも熟知しており、ありきたりな対応方法が存在するのである。
勢いよく、床に散らばっている木の破片やら、毛布やらをポイポイと蜘蛛の巣へと投げ捨てていく。
あっという間に蜘蛛の巣はゴミだらけとなり、たぁっとおっさん少女はワイヤーガンを天井へと撃ち込み、そのまま巻き込み飛翔するが、途中で巻き込みを中止して、クイッと腕を捻るとワイヤーは天井から外れて、そのまま空中にてクルリと回転して破片へと飛び乗る。
「ふふふ、破片を足場にする天才的な発想。名探偵な私ではないと考えつきませんね」
ドヤ顔にて語るが、なにかの漫画で見たことをやっただけなおっさん少女だ。まぁ、効果的ではあるから問題ない。
「それじゃあ、私は粘つかない糸だけに乗るわね」
同じようにワイヤーガンを使い、静香が糸の上に飛び乗る。
二人共乗ったと同時に糸が僅かに弛むが、切れることはなかったので予想通りであった。
「なんだか、静香さんのほうがかっこいい感じがします。私もそうすれば良かったですね。できたんですけど、こちらの方が便利かなって、思ったんです。できたんですけど」
謎の対抗心をもつ大人げない遥である。言い訳が子供っぽすぎる。
「さて、終わりにしましょうか。退職の肩たたきの時間ね」
「ど派手な送別会にしますから、安心してくださいね」
二人共、ひょいひょいと糸の上を移動して、ツインクネーの予想外の行動をとることに戸惑いを見せる。
本来であれば、巣の上で移動をしながら敵を追い詰めるはずであったのに、か弱くない二人は足場ができたと反対に喜ぶ始末。
ツインクネーを挟むように位置を変えて、目配せにて意思を通わす二人。
「目配せじゃ、わからなかったです。ヒント、ヒントをくださいよ、静香さん」
やっぱり遥では目配せでは意思疎通が無理だった模様。素直に尋ねるのであった。
苦笑して静香は一言だけ口にする。
「質量変化弾よ、お嬢様」
そうして、ちらりと片手で弾を掴んで見せる。
ヒントだけでわかったよ、さすがは名探偵な私と自画自賛してアサルトライフルのマガジンを質量変化弾丸へと素早く入れ替えて身構える。
ピタリと二人がアサルトライフルをツインクネーへと狙い定めるので、ツインクネーは周囲に糸の盾を繭のように生み出していく。
いったん攻撃を受けとめてから反撃しようというのだろう。
その選択は二人に対しては最悪であるとは理解できずに。
「いくわよ!」
「アイアイサー」
静香の掛け声と共にアサルトライフルの引き金をお互いがひく。
銃弾が空をきって飛んでいき、その弾丸はツインクネーの盾へと命中するが、その威力を速度を巨大な質量攻撃としてぶつけて、繭をツインクネーへと押し付けていく。
ミイラのようになったツインクネーが慌てて糸を解除する中で、二人は相手がいる頭上へとワイヤーガンを撃ち出す。
ワイヤーが飛んでいき、壁へと張り付く。すぐに巻き込みを行ない勢いよく飛翔してツインクネーの眼前へと近づく。
ようやく繭を剥がし取ったツインクネーの眼前にはおっさん少女と女武器商人が迫っており、その手にはいつの間にか数発のグレネードの火炎弾を持っていた。
「まずは一杯どうぞ」
「最期のお酌をするわ」
二人共が勢いよく手を突き出して、その手の中にある火炎弾をツインクネーの二つの口へと食らわせる。
もがもがと口に火炎弾が打ち込まれて、慌てて吐き出そうとするツインクネー。
とんっとツインクネーの身体を蹴って、二人は距離をとり、ワイヤーガンを投げ捨てて、グレネードランチャーを構える。
「どうやら貴方は私の相手ではなかったようです」
「再就職を地獄で頑張ってね、お祈りするわ」
二人が呟きと共にグレネードランチャーの引き金を引き、カポンと空気が抜けるように火炎弾が飛んでいき、ツインクネーの頭へと命中する。
轟音と共に命中した火炎弾は大爆発を起こす。
複数の火炎弾を口に入れていたツインクネーは、その火炎弾を誘爆させながら頭を吹き飛ばされて、炎上するのであった。
メラメラと炎上して糸も力を失ったようにその強靭性を無くして、遥たちはただの糸と化した足場から降りる。
「二度撃ちがルールでしたっけ? この場合、何度撃ちになるんでしょうか?」
首をひねって考えるおっさん少女へと、ニヤリと微笑み静香は答える。
「あれは一度の攻撃と見るべきよ、だいたい二度撃ちなんてもったいなくて仕方ないわ。ナイフで倒れた敵は追撃すれば良いのよ」
「たしかにその方が全然エコですね。新しいルールとして、皆に伝えましょう」
激戦があったようにはまったく見えない二人の共同戦闘なのであった。
そんな二人へとガシャンガシャンと荒っぽく瓦礫を崩して綾たちがドアの残骸から抜け出てくる。
「大丈夫だったかい? 増援が来たからもう安心だ! 蜘蛛の化け物はどこにいるんだい?」
汗をかきつつ、綾が周りを見渡して、後ろから次々と銃を持った人々がやってくるのだが
「バルな酸を撒くと言ったではないですか。もう蜘蛛は倒しちゃいました」
ちっこい指で炎上を続けるツインクネーを指し示す。ピクピクとまだ動いているように見えるが、おそらくは再生能力が働いていると考えられる。
しかしながら、大量の火炎弾をその体で受けたのだ。いくら再生しても無駄であり、炎上は焼き尽くすまで消えることはないだろう。そこまで考えて火炎弾を選んだのだし。
燃えているツインクネーを見て、驚愕の声をあげる人々。
「まさか、出会ったら死ぬか逃げるかしかできない蜘蛛の化物を斃すなんて……。しかもこの蜘蛛は見たことがないタイプだよ。本当にキミたちは何者なんだね?」
綾が驚きながらも質問をしてくるが、遥は悪戯そうにニヤリと微笑む。小柄な美少女が悪戯そうに笑うのは極めて愛らしい。
「私たちは謎の観光客ですよ。それ以上でも、それ以下でもありません」
ムフフと笑う遥を見て、どうあっても教えてくれないと判断して、綾は静香へと視線を向ける。静香なら答えてくれるかもしれないと考えて。
「あんまり休暇は取れないから、早く観光を終えたいだけよ」
フフッと静香も悪戯そうに笑うので、これは駄目なのだなと肩を落とす綾であった。
「さて、ツインクネーが出てきたあとには大きな穴ができましたね。さてさて、なにがこの先にあるんでしょうか」
戦いが終わったので、ツインクネーの出てきた穴を確認する遥。大きな穴であり、奥はまだ続いていそうな通路が見える。
「あぁ! そうだった。ついにこの世界から脱出する第一歩が始まったかもしれないね!」
気を取り直して綾が興奮気味に話しかけるが、さて、この先には本当に脱出できる出口があるのか? というか結界を作っているなにかがあるのかと思うおっさん少女であった。




