256話 おっさん少女は警察署を案内される
エへへ〜としがみついて離れないナナ。グリグリと胸を押しつけてきて照れるやら嬉しいやらで慌てるおっさん少女であったが、静香がその様子を見て嘆息しながら声をかけてきた。
「そういえば、この娘、ガンショップで戦闘中に敵が吐いたガスを受けていたわ。そんなに異常は見られないから放置していたんだけど」
その言葉に一気に真剣な表情になり、遥はナナを引き剥がしてナナの頬を両手で挟んで目を合わせる。
「なに? レキちゃんもついにその気に……ん〜〜」
ナナが目を閉じて唇を突き出そうとするが、おちゃらけることも、慌てることもなく、グイと指でナナの閉じた瞼を無理やりこじ開ける。
ジッと見つめるとたしかにダークマテリアルの力が感じられた。小さすぎてこうやって真面目に見つめないとわからないぐらいだったが。
そうして数秒見つめてから、ホッと安心した息を吐いた。
「どうやら精神が多少混乱しているみたいです。恐ろしく少しの混乱で人間の理性を少しだけ外す効果だと思われます」
そうして、スチャッとアイテムポーチから解毒薬を取り出す。回復系アイテムはレベル1を山程持ってきたのだ。なにしろレベル1なら結界に引っかからないようなので。超能力は明らかなる超常の力なので、レベル1でも結界に引っかかるのであろうが、アイテムは大丈夫だと確認済みだ。
それならばゲームの如く、薬草を大量に持っていこうと考えたおっさん少女である。
唇を突き出してくるナナをうまく躱しながら、プスリとハンコタイプの解毒薬を刺すとナナの身体は浄化される。明るいところにいるのでわからないだろうが、ぼんやりと身体が光ったのを目の前にいた遥は気づいた。まぁ、周りの人間は離れているので気づかないだろう。
ん?と唇を突き出していたナナは、段々と顔を紅くする。耳まで真っ赤にして
「キャー! こ、これは違うの、レキちゃん! えっちいことは順序だてて私はやろうとしていたもん! こんなの私じゃないから! 毒のせいだから! キャー!」
ダダダと全力ダッシュで羞恥に包まれたナナは走り去っていく。
「はぁ、多少の理性崩壊であれだと、お嬢様、今後のあの娘との付き合いを考えたほうが良いわよ? ぱっくりと食べられるかもしれないから」
走り去るナナをジト目で見ながら、静香が忠告してきて、蝶野は手で顔を覆い呆れてかぶりをふる。
「まぁ、ナナさんを私は信じていますから。た、たぶん大丈夫ですよ。ちょっと連れ戻してきますね。放置するとフラグがたちそうですし」
こうやってギャグ風味で離れていく仲間が突如としてシリアスモードで、ここはどこかしらとかいって危険なイベントに巻き込まれるところをアニメや漫画でよく見てきたのだと遥は数分後にナナを捕まえて連れ戻すのであった。さすがはフラグブレイカーである。恋愛も戦闘もフラグは常に破壊していくおっさん少女であった。
「うぅ、ごめんなさいレキちゃん。嫌わないでね?」
ナナがおずおずとおっさん少女の裾を掴んで潤んだ目で許しを乞うてくるので
「もちろんですよ。ナナさんがあんな真似をするとは思っていませんから」
ふんわりと癒やされる微笑みでおっさん少女は許すのであった。ありがとう、レキちゃんと抱きしめてきて胸を押し付けてきたが、今度はすぐに離れてニコリと笑うナナであった。さっきとあんまり変わらないような感じがするがたぶん気のせいだと思いたい……。
「しかし身体的な致命的攻撃を受けたときにはなんとかする防具を持ってもらいましたが、まさか多少の毒攻撃とは……。強い毒なら防具が反応したはずですから、かなり考えられた弱い毒ですね」
「そうだな。優れた戦士ほど自分が気づかないレベルの意識の変化に対応できないだろう。恐らくは僅かな意識のズレが問題で敵との戦いで遅れを取る可能性がある」
蝶野が重々しく毒の怖さを伝えてくるが、まさにそのとおりだと遥も思う。特に精密な動きをするレキには致命的だ。まぁ、状態異常無効なんだけど。
「全員、常に解毒薬を使えるように持っておいたほうが良いね。レキちゃん、配って貰って良いかな?」
気を取り直したナナが提案して、遥は了承して手渡す。
「僅かな理性の崩壊……。このコミュニティは見かけ以上に危険かもしれないわ。お互いに気をつけましょう」
きりっとしたキメ顔で静香が注意するように言ってきて、遥もなにかかっこいいことを言わないとと焦る。なにかないかな? 面白いことを言えないかなと考えて
「危険かも知れない相手には近寄らないようにしましょう。ホイホイとついてきたまえとか、博士ごっこを楽しむ美少女とかについていかないように」
きりっとキメ顔で自分の行動を考えないおっさん少女は考えなしに口にするのであった。
周りの面々が確実に面白そうですねと、誘われたらホイホイとレキはついていくだろうなぁと思うのであった。
数十分後、博士な少女の綾がご飯を食べ終えたのであろう。再びノコノコとやってきて、フフフと楽しそうな表情で、メインホールの隅っこで座りながら疲れを癒やしていたおっさん少女へと話しかけてきた。
「フフフ、ついてきたまえ。この建物を案内しようじゃないか。面白いものも見れると思うよ?」
「面白いものですか! もちろん行きますよ、まずはなにをしようかと迷っていたので」
ダボハゼよりも簡単に話に食いつくおっさん少女。さっき注意するように言っていたことは記憶の彼方に飛んでいるらしい。相変わらずな娘だなぁと蝶野たちが苦笑しているが楽しむことが最優先なので、ホイホイとついていくおっさん少女であった。
てこてことメインホールを抜けながら、綾が説明してくる。
「この警察署は2000人程が住んでいる。以前はもっといたんだけどね……。皆ゾンビたちに殺されたり、脱出できない絶望で自殺したり……ね」
悲しみを目に漂わせて話す綾だが、すぐに気を取り直してニヤリと笑った。
「他の地域でもそこそこのプレイヤーが住んでいる場所があるんだ。それらのコミュニティを行き来する商人なんてものもいるんだよ。各地にはそれぞれポップするアイテムが違うんだ。ここはサンドイッチにポテチ。他の地域はおにぎりやらチョコレートやらだ」
そこで肩をすくめて、綾は苦い表情となる。
「どれもこれも粘土のような味だが、それでも僅かに味が違うから、求める人はいるものさ。……代価は様々だが、君は知らないほうが良いだろうね」
苦み走る演技の少女博士。役になりきっている感じだ。全てイミテーションなわけねと遥は思う。
ん?とそこで嫌な予感に捕らわれる。イミテーション………、嫌な予感がバリバリとするが、考えても仕方ないと忘れることにして、脳内のデリートボタンを押下したおっさん少女であった。
「武器は全て同じ? ハンドガンとショットガン? それとコンバットナイフですか?」
「あぁ、そうなんだ! 同じなんだよ! なのに君たちはサブマシンガンにアサルトライフルと今までになかった武器を持ち歩いている! なにかゲームに変化があったんだよ! ねぇ、その武器はどこで手に入れたんだい? こっそりと私だけで良いから教えてくれないかい?」
おっさん少女の肩をゆさゆさと揺さぶって、顔を近づけて興奮気味の表情で迫る綾。それを見て、ようやく遥は気づいた。脱出できるかはわからないが、なにかこの世界に変化が起きたと思って、こうやって世話を焼いてくれると気づいたのだ。自分たちを見つめる生存者たちの視線も何かを期待しているのだろう意味を持っていたのだ。
ならば、自分のやることはいつものとおりである。ニコリと花咲くような可愛らしい微笑みで綾を見つめ返す。その可愛らしさに、うっと肩を離して頬を赤くしながら後退る綾。
「では、教えましょう。私は恐山を観光しに来た謎の観光客の団体です。私が恐山を観光できたとき! なにかが起こるでしょう。そう! なにかが!」
がお〜んと両手を襲いかかるように振り上げる遥だが、小柄な子猫のような愛らしさを持つ美少女である。全然驚かない綾はつまらなそうに唇を尖らす。
「教えてくれる気はないということかい……でもこの世界はゲームであって、ゲームではないんだよ……。まぁ、すぐにわかるだろうけど」
フンッと肩をすくめて足を速めて告げてくる。
「この警察署はかなりの広さだ。迷わないようにしてれたまえ」
不穏な言葉を吐く綾であった。フラグがたってしまいそうな発言でもあった。
しばらく歩いて案内を受けた遥はその広さに感嘆した。もしかしたら東京にあるドームと同じぐらい、いや下手したらもっと広いかも。
「何部屋この建物はあるんですか? 地図が欲しいのですが? できれば次に行くべき場所が赤く光っている地図が欲しいです」
ゲームだとよくある仕様なので、一応尋ねるイージーモードが好きなおっさん少女である。
「残念ながらちゃんとした地図はないんだよ。手書きであればあげようか?」
「ありがとうございます。貰えると嬉しいです、なにしろ少し方向音痴なので」
一部屋移動するごとにゲームでは地図を見ていたチキンなおっさんである。油で揚げられてフライドチキンになっても良いかもしれない小心者だ。
なので、綾の提案を有り難く受ける。プライド?何かのブランドかな?自分では手が届かない存在だねと思う駄目なおっさん少女である。
そうして一時間は歩いただろうか。ようやくメインホールに戻ってきた遥。ちょっと疲れたねと思うが無尽蔵なスタミナがすぐに身体を回復させるので問題ない。
戻ってきたら、ナナたちが何人かの男性たちと話していた。先程と違いおとなしく話しているので普通の会話なのだろう。
「あ、戻ってきた! レキちゃん、この人たちはここのリーダーだって!」
ナナが戻ってきた遥へとブンブン元気よく手を振って呼ぶ。その声でこちらへと振り向いて柔和な微笑みを浮かべて、少し肥えた青年が声をかけてきた。
「こんにちわ。僕は遠野亜久那、一応ここのリーダーというか責任者みたいな者をやらせてもらっています」
あははと頭をかきながら好青年みたいなことを言う亜久那。だが、目がレキの身体を舐め回すように見てくるので気持ち悪い。
殴っても良いかなと思うがとりあえず我慢して挨拶する。
「こんにちわ、本当にリーダーなんですか? 小太りですし目つきが気持ち悪いんですが、本当にここのリーダーなのですか?」
あっ、容赦ない挨拶をしちゃったかと、テヘペロと舌をちろりと出す愛らしさ抜群な確信犯の美少女である。
キャー! 愛らしさの中のサドっ気が最高ですとウィンドウ越しに銀髪メイドの叫び声が聞こえてくるが、きっと混線しているのだろう。きっとそうだと信じたい。
おっさん少女の挨拶というか、悪態にムッとして顔を顰める亜久那だが、すぐに気を取り直す。
「いやぁ、厳しいな。僕はこの世界ではなかなかの有能さを見せているからリーダーなんだ。君もすぐにわかるよ。僕の凄さにね」
あははと快活なふりをする亜久那。ナナが苦笑交じりに話を受け継ぐ。
「私たちは強そうな武器を持っているから、食料を集めてほしいんだって。皆はお腹を空かせているから」
ふ〜んと、すぐにでも食料を集めに行きそうなナナを尻目に他の面々へと視線を向けると、蝶野は頷き、静香は横に首を振った。
なるほどと遥も頷き、亜久那へと可愛らしい微笑みで返答する。
「ナナさんと蝶野さんが食料回収に向かうそうです。私と静香さんは警察署周辺を調べようと思います」
妥当な振り分けだよねと遥は考えると、隣に来ていた綾も声をかけてくる。
「私も行こうじゃないか。きっと楽しい遠足になるよ」
白衣を翻して、綾が言ってくるので、静香へと視線を向けると軽く頷きを返してくる。決まりだねと思いながら遥は綾と一緒に行動するのであった。
警察署の吊り橋ではなく、突き出されるようなっている警察署の時計塔を登る遥たち。
ホイホイとレンガ風な時計塔を登っていく。つるつるとした壁ではなくデコボコな壁なので、苦労することもなく遥と静香はスルスルと登っていくのを、ポカンと口を開いた綾が焦って声をかけてくる。
「待ってくれ給え! 私も登るから……え? これを登るのか? なんで君たちは苦労もせずに登れるんだ?」
こわごわと壁の出っ張りに足をのせて登ってくる。遥たちと比べると亀の歩みであるので、あっさりと先に頂上に登る二人。
宵闇の中でも多少空は明るいので、太陽が実際なら出ているのだろう。太陽が落ちれば真っ暗になるかもしれない。いや、眼下には不自然なネオンの輝きが地上を照らしており、その明るさの元で不気味なるゾンビたちがヨロヨロと徘徊しているのが見えた。
だが地上は無視である。周りを目を細めて他の建物を観察する遥。
「で、なにがわかったのかしら? ボスはどこらへんにいるのかしら」
追いついた静香が尋ねてくる。
「いえ、ここから見る限りはそれらしい物はありませんでした。そしてわかることもあります」
目を鋭くしながら、遥はフフンと息を吐く。
「なにがわかったのかしら、お嬢様」
「えぇ、見える限りには生存者がいそうな場所はあそことそことこことあっちですね」
ちょいちょいとちっこい人差し指で指差す先には消防所や映画館が見える。しかもチラホラとそこにいる生存者が見えるのだ。超人たるレキと静香だからこそ見える距離である。というか、他の敷地も結構大きそうであるが
「結構いるのね。なるほど………あちらにもあるの?」
「はい、遠くまで観察しましたが、無駄に広い建物はそれで全部だと思います」
どや顔を浮かべての発言である。その発言をニヤリと笑うことで返事をする静香。
「物凄く簡単なリドルね。まぁ、とっかかりとしては充分なんじゃない?」
「そうでしょう。そのとおりです。美少女なレキの名前にかけてこの謎は私が解きます!」
名探偵な朝倉レキ誕生ですねと、わくわく顔になるおっさん少女。解かれたらおっさんが捕まるとかボーナスが必要だろう。
「ここが目的地なら問題ないんだけどね」
そう答える静香の言うとおりであった。
なぜならば、他の居住区はこの警察署を目指すように吊り橋が数本下がっており、警察署だけが大量の吊り橋を伸ばしているのだから、なにかがこの警察署にはあるとアホでもわかる仕様である。
「う〜ん……最初に訪れた場所が目的地……。たしかに放送でも警察署に集まれと言っていましたしね。そこのところどうなんでしょうか、綾さん」
よいしょよいしょと苦労をしながら、汗だくでよじ登ってきたなかなかの気合いを持つ綾は、息を切らせながらも遥の問いにぶっきらぼうに答える。
「あぁ、もちろん最初に気づいたよ。建物の配置を見て、この警察署が怪しいと。なにせ街に響く放送でもここに来るようにと言ってたしね」
「それで調べなかったんですか? 博士さん?」
まぁ、進展がないところを見ると調べて、なおかつわからなかったに違いない。
「あぁ、女神像にコインをはめるところがないかとかね。女神像はメインホールにあったろう? でもメダルをはめるところがあってもメダルとかが、調べたけれど何もなかった。そこまでゲーム仕様じゃなかったということさ。残念ながらなにもなかったよ」
予想通りの答えに満足して、そうだろうなと遥は軽く頷いた。元々クリアさせるつもりはないゲームの警察署だ。謎があっても意味がないのであろう。
さて、それでは今度は私たちの出番だねと胸を膨らませて期待して探索を開始するおっさん少女であった。




