254話 おっさん少女とドヤ顔の博士な少女
崩壊した世界と似て非なる世界。それがこのエリアを観察した感想である。ちかちかと不気味に光る蛍光灯には虫がまわりを踊っており、コンクリートの床には壊れた床の破片やら、砕けた机などが見える。窓ガラスは薄汚れており、外は汚れの為にぼんやりとしか映らない。そもそもまともな窓ガラスは半分ぐらいだろうか。あとは割れ欠けており、その隙間から夜の世界に存在する日本ではありえない外国風のビル群が見えた。
一軒家は見えずに、アパートメントやマンション、オフィスビルが建ち並んでおり、壁にスプレーでの落書きが書かれているのが見える。なぜか落書きは英語であり、HELPやらスラングが多く書かれており、その壁には血の染みがついているのが何がそこで起こったのかを想像させる。
そう、想像させるだ。実際はそんなことはあるまい。ゾンビに囲まれている中で悠長にスプレーでの落書きをしている者などいるわけがない。いや、もしかしたら謎の逃亡者が雰囲気作りは大切ですねとか言って、キャッキャッと雰囲気づくりに書こうとするかもしれないが、そんなアホなおっさん少女は放置で良いだろう。
それに、今はその余裕もない。力を大幅に抑え込んでいるナイトメアモードなのだから。ゾンビたちと本気と書いてマジと呼ぶ戦いをしないと死んでしまう可能性というか、確実に力を解放して、お疲れさまでした、またどうぞな感じでこのエリアから追い出されるだろうからである。
いつもの如く破壊していければ良いのだが、結界自体が壁ではなくエリアとなるので、やるとしたらエリアの広範囲へ攻撃しないと破壊できない。生存者がいる可能性があるので、その方法が取れない遥は歯がゆい思いでいた。
そして問題の生存者が目の前でドヤ顔でミネラルウォーターのペットボトルを勧めてきた。
「どうぞ、新しいプレイヤーさん。喉が渇いていないかい?」
自販機には普通の飲料水を売っている、いや、ボタンを押せば出てくるので異常な自販機が食べ物の自販機と同じく置いてあり、そこから取り出したのがこのミネラルウォーターである。
どうやら空っぽにするまで取り出したらしく、20本はあるだろうか?だが、貴重なる飲料水ではなかろうかと一瞬考える。以前に同じように勧められた際に断った言葉を言おうか考えるがどうしよう。
「ダイエットしていますので大丈夫です」
1年半前から全く成長していないとわかる言葉を吐く残念極まるおっさん少女であった。まぁ、少し成長しているとわかるのが、ふふっと悪戯そうに可愛らしく微笑みながらの発言なので冗談だとはすぐわかるところだろう。遥もサクヤとのコントにより鍛えられているのだ。どうでもいいところを鍛えているおっさんである。
想像通り、その言葉を聞いた白衣の少女はキョトンと表情を見せた後にクスリと笑った。
「ふふっ。君はまだ余裕があるんだね。どうやらスタートから良い武器を手に入れたようだし羨ましい限りだよ」
腕を組んで、僅かに上から目線とわかるこの世界のことを私は知っているんだぞという表情を見せる白衣の少女。
「自己紹介をしておこうか、私は狭間綾。しがない高校生さ。いや、もう高校生でもなんでもないけどね」
「私は朝倉レキと申します。しがない謎の観光客です。今日は恐山を見に来たんですが、恐山はどこにあるんでしょうか?」
常に謎をつけるおっさん少女は、コテンと首を傾げて不思議そうな表情で綾に尋ねる。その姿は道案内を尋ねる可愛らしい少女にしか見えない。
「あぁ、観光客だったのか。それじゃあ、この世界に迷い込んで驚いたんじゃないかい? 急にゾンビやらなにやらゲームや映画の世界でしかみない化け物を見てさ」
ありゃ、謎の名称は無視されたけど、観光客は素直に受け取られたぞと遥は気づいた。この崩壊した世界での観光客なんているはずがないのに、この少女は素直に受け取ってくれた。その表す意味を推察するが、すぐにこの教えたがりの少女が教えてくれるだろうと考え直す。
他の子供たちもそれぞれに自己紹介をしてくるが、モブっぽいので適当にハイハイと受け流す非情なるおっさん少女である。名前を覚えるのは苦手なので、何回か交流を重ねたら覚えましょう。とりあえず重要そうなこの少女だけ名前を覚えておこうというスタイルの記憶容量が数メガしかない遥である。
「え~とっ………。ゾンビやらなにやらがのんびりと歩いてくるのは驚きました。あれほどのんびりと歩いてきても、やられそうになる可能性があるので、そこも驚きました。詰将棋の如く詰めてくるんですからね」
まぁ、数がいるから仕方ないともいえるが、将棋盤でいったら、相手の番は歩で埋まっている感じだろう。2歩ですよと注意することもゾンビ相手ではツッコむこともできない。
ちょっと予想外の答えを遥が返したからだろう。意外そうな表情になり綾は言葉を連ねる。
「のんびりと歩いているか。現代ゾンビ映画に毒されているとも言うが、君は随分余裕そうだね。夢の世界にいるとでも思っているのかな?」
くっくっくっと忍び笑いを見せて、まだ余裕を崩さない綾。漫画とかでもいるよね、こういうキャラと遥は内心で思う。きっとこれからこの世界のルールを教えようとかドヤ顔で言うのだ。そして、新たに現れた化け物がこの部屋に突如として入ってきて殺されるまでがテンプレである。まぁ、防ぐつもりだが。
だいたいこのエリアでなにが起きているかを想像できたので、あとは話を聞いてみようと佇まいを変えて真面目な表情で、なにもしらない美少女を演じようとする遥。演じようと考えた時点で大失敗確実だが、自覚がないので仕方ない。
「夢の世界ではないと言うのですか? それじゃ、この世界は一体全体なんなのですか? 日本らしい雰囲気の建物が見えないのですが。青森に来たのに青森県特産のお土産屋も見えないのですが」
早くも余計な一言を入れるおっさん少女であるが、どうやら自分の世界に入っている教えたがりな綾はその発言をスルーした。
「ここは夢の世界じゃないさ。ここはゲームの世界? パラレルワールド? 神が作った箱庭? 何にせよ命をかけて生き残るしかないサバイバルホラーのデスゲームの世界なのさ」
「どういう意味なのでしょうか? ここはいったいなんなのですか? 恐山に観光に行きたいのですが」
マイペース極まるおっさん少女に鼻白み、さすがに呆れた表情となる綾。だが、まだ現実が受け入れられていないと考えたのだろう。
「私たちは1年半前に気づいたら、ここにいたんだ。青森県に住んでいる住人でもかなりの人数が転移してきたんだろうね。君はニュースで青森県に住んでいる住人が突如大勢行方不明になったという内容を聞いたことはないかい? たぶん、そちらでは大きなニュースとなっていると思うんだけど」
「いえ、1年半前からニュースなんて見たことはないですね。ここのことをニュースで聞いたことはありません」
微妙なる言い回しで返事をして、推測が当たっているか再度の確認をする。推測が当たっているとしたらここはかなり面倒な場所だ。
「あの、ゾンビを見るのはこの世界にきて初めてですか? 映画とかで見た以外に」
「あぁ、もちろんだよ。あんな化け物が現実世界を歩いていたら大騒ぎになるだろう? まぁ、その場合は自衛隊が簡単に倒してくれて、ゲーム終了となるだろうがね」
またもや、ふふっと忍び笑いを漏らして君は面白い事を言うなと、遥の微妙なる言い回しに全く気付かないで答える綾を見て、推測が当たっていることを知った。
なので、ウィンドウ越しにサクヤへと視線を向ける。サクヤはツヴァイたちとなぜかトランプをしていた。翼や羽深たちが怒りの表情で相手をしているので、先程のヘリのぐるぐる巻き事件にかなり怒っているのだろう。だが、テーブルに置いてあるチップがどこかでみたようなおっさんの顔が彫られているのは何故だろうか? 何とはなしに嫌な予感がするおっさん少女である。
サクヤはカードを見ながらも、こちらへと視線を向けて答えてくる。
「恐山の力はそれほどの概念を持っていたのでしょう。生と死の狭間。死者が生者の世界に舞い降りる限定された概念。ダークマテリアルが拡散されたときに、その概念が表面化して、その近くにいたオリジナルが表面化した概念と融合して、崩壊した世界になる前にこのエリア概念へと変わったのでしょう」
ぺいっとカードを1枚捨ててストレートを狙う博打師サクヤは、そのまま告げる。
「と、するとこの人たちは世界が崩壊したことを知らない哀れな生存者ですね。恐らくはゲームか何かの世界に入り込んでしまって、脱出すれば外の世界はいつも通りの世界でハッピーエンドなエンディングだと信じているはずです。たぶん森林地帯からは一般人は反対に脱出できないのでしょう。なにせ素早く動くゾンビ犬が多数配置されていましたからね。この街のエリアと違い」
「と、すると何故いたぶるように殺さないで生存者を街に押しとどめているかというと………。まぁ、牧場なんだろうな。赤昆布養殖森林よりは吸収率は全然悪そうだけど、崩壊時からスタートしているとなると、かなりの強さになっているか………。この結界もあるしね」
チッと可愛く舌打ちをして、状況は悪いと考えるが、それでも赤昆布養殖森林のように切羽詰まっている状況ではなさそうである。それにゲームの世界かもと言っていたということは、結構生き残っているのだろう。話を聞くしかない。そして乗るしかない。このデスゲームに舞い降りた謎の救世主主人公な枠に入るために。
ふんふんと鼻息荒く遥は決心しなくても良いことを決心した。ぎゃー、ブタですーとサクヤが叫んで、司令とのお風呂券を頂きました~!と翼が喜んでいる姿は目に入れないことにして。
「大丈夫かい? なにかぶつぶつと言っているようだけど?」
綾が心配そうに尋ねてくるので、さりげない表情で答える。
「えぇ、ばっちゃんの名に懸けてこの謎を解いてやると思っていただけです。お気になさらずに」
常におちゃらけるおっさん少女を少し呆れて、どうやら自分のペースになれないことを少しだけ不満そうにする綾であるが、まだまだ教えることはあると考え直し、人差し指をピッとたてて、再びドヤ顔で伝えてくる。
「この世界はね、ゲームのような世界。でも死んだらそこで終わりの自分の命を賭け金にしている世界なんだ。今のところは脱出する謎は解けていない。なので、君にもこの世界のルールを教えてあげよう」
そうして、指を自販機に向ける綾。
「まず食料だ。ああいった自販機がビルにはそこかしこにあるんだが、ほとんどは売り切れ状態だ。だが、たまに補充されていることがある。恐らくはこの世界の管理者であろうがね。まぁ、売っているものは決まっていて、サンドイッチ3種、お菓子3種、飲み物はミネラルウォーターだけだが」
それはゲーム的だねと、ふむふむと頷く遥。料理スキルをここのボスは持っているのだろうと推測する。食して副作用がないか不安になるが、ウィンドウ越しにナインが可愛いおててで丸を作っているので、とりあえずは大丈夫なのだろう。言葉に出さないで身振りで答えてくれる気の利いた可愛い金髪ツインテールのメイドである。トランプで負けがこみそうなどこかの銀髪メイドとはひと味違う。
「それに銃弾だ。これは厄介でね、地上にあるガンショップからしか取得できない。銃も銃弾もごくまれにポップするんだが………地上というのが厄介だ。この世界のルールではね、地上はゾンビで溢れかえっているんだよ。だから、注意してポップしたときは降りていき回収する」
「ビルの2階以上には現れないんですか?」
その言い回しに気になり、疑問を問いかける遥。綾は首を横に振り否定しながらも答えてくれる。
「いや、2階以上にも現れるんだ。空中に灰が舞っていたら要注意だ。その灰が集まりゾンビたちになる。あぁ、もちろんゾンビ以外にも敵はいるよ。ゾンビでも勢いよく走ってくる者。毒を吐く者、仲間を呼ぶ者に、タフネスな者、そして時折現れる下半身が蜘蛛になっている化け物だ………。あいつが出てきたらおしまいだ。だいたい死者がでる」
沈痛そうな表情になる綾を尻目に、今の内容を咀嚼する。どうやらここのミュータントの再生能力がボスによるものだと予測できるからだ。ソースは灰になったゾンビが復活するくだり。恐らくは灰化したゾンビを再び復活させる際にビル内に送り込んでいるのだろう。送り込んでから再生すれば、あら不思議、敵がポップするように見えるのだから。
そしてオスクネーが最強扱いならば、ナナたちなら問題あるまい。室内ということも含めて今の装備でもナナたちならば、負ける要素はあんまりない。気を付けるのは再生能力ぐらいだろうか。まぁ、糸も室内戦だとかなりの危険なものになるのだが、ナナたちは平気な顔で躱していく姿しか想像できなかった。なにしろ主人公なナナなので。
「そこまではわかりました。で、安全地帯というのは?」
「あぁ、敵がなぜか入り込んでこない場所さ。さぁ、そこに案内するからそろそろ移動しようか」
休憩は終わりということらしい。子供たちが立ち上がり移動を開始する。遥もついていこうとしたときに、綾が怪訝な表情で尋ねてくる。
「なぁ、君? 君の腕についているオレンジのランプが光っているバングルはなんなんだい?」
おっさん少女の腕にオレンジ色で光っているバングルが気になったのであろう。疑問を問いかけてくるが、飄々と遥は返事をする。
「このバングルは今流行なんですよ、かっこいいでしょう?」
誤魔化し方が雑なおっさん少女である。ごついメカニカルなバングルが流行る要素は皆無と思われるが、綾はその言葉に軽く頷いた。
「ふ~ん………。そうなのかい。外では珍しい物が流行っているんだね。早く外にでたいものだよ」
「脱出しようとした人はいないんですか?」
おっさん少女の当然だろう問いかけに、苦々しい表情になりかぶりを振る綾。
「無理だね、街をでた森には死なないゾンビ犬が大量にいるんだ。とてもじゃないが超える事は出来ない。恐らくは謎を解かないと脱出できないパターンだと思うのだが、わかりやすい目標である恐山がないんだ」
「恐山がない? え? 山がないんですか?」
「その通り、ビルは結構高くてね、恐山も目に入るはずなのに平坦な地面にビルが大量に建てられているだけなんだ。私たちも探しているんだけど、見つからないんだ」
悔しそうに答える綾。そしてビル内をてってこと歩いていく。たしかにゾンビが数匹現れたが子供たちは慣れている様子で、銃を数発撃ち込み倒していく。倒した敵は灰となり消えていくので、遥はここのからくりが簡単に推察できてしまった。たしかに消えるように灰となるならば、ゲーム的だと勘違いもするだろう。なぜ灰になるのかとか考えないと駄目だろうが、それを生存者たちに言うのは間違っている。様々な背景がわかる遥たちだからこそ、裏舞台がわかるのだから。
そうして、数時間歩いたところで、急に目の前が開けた。
広大な敷地。鉄柵で囲まれている中に立派な洋館のような建物が表れたのだ。洋館ぽい建物とビルにはなぜかつり橋がいくつもかけられている。そこから出入りしているのだろう。
「ようこそ、安全地帯である私たちの住処。警察署に」
楽し気にこちらへと教える綾。それを見て、遥は苦笑交じりに思う。洋館と警察署を合わせるとはなぁと不気味極まりない建物を見て、鉄柵にしがみついている大量のゾンビを見て。
たしかにゲーム的かもねと、納得するおっさん少女であった。




