253話 おっさん少女はピンチになる
日本ではあり得ない街並み、その中でバーが爆発してレキは仲間とバラバラになったのであった。極めてゲーム的で、こんなイベント見たことあるよと、その場合は私は主人公だねと気楽に思いながら。
常ならばバーに転がっている死体役が似合うおっさんなのだが、今は世界一可愛らしい美少女なのだから問題はないのだ。
周辺からゾンビが近づいてくるが、雑魚なので気にしない。
………あれ、でも今は雑魚ではないのかもと、力を抑えつけられている状況を思い出す。
だが、問題はないのだ。なぜならばレベル1でも強力な力を発揮できるゲーム仕様なのだからして、のそのそと歩いてくるゾンビなどは相手にならない。
そのはずであった。たしかにレベル1で大丈夫だと思われていたのだ。おっさん+2の魂を持っていなければ。
素早くサブマシンガンを取り出して狙いをつけようとした時点でバングルが視界に入り驚きの声をあげる。
「な、なぬ! なんでもうオレンジ色になってるの!」
素早くサブマシンガンを構えたといっても、意識してレベル1程度にしたはずなのにオレンジ色になっている。森林の中ではオレンジ色にはなっていなかったはずなのに。
「ご主人様。先程は真面目には戦わなかったので、今よりも力が抑えられていたのです。ですが今は真面目にレベル1での戦闘を行おうとしているので、力が増大しました。なぜならば遥様+2みたいな補正が隠しステータスで入っているからです!」
サクヤが焦る遥へと至極真面目に声をかけてくるので、事の重大さに気づく。
「それが本当なら、もっと力を抑えないといけないのか。え、ちょっと待って? このゾンビの群れをレベル1以下で倒せと?」
裏口から出てきたので、細道となっているが、それでもゾンビはかなり多い。詳しく言うと3メートルぐらいの横幅しかない道を塞いで歩いてくるぐらい。
すなわち、バイオ的ゲームと違い数百人のゾンビがおっさん少女へと押し合いへし合いして向かってきているのだ。バイオ的ではなくて、ゾンビとウォーと戰う方に移行しそうな予感。こりゃやばいかもと少しだけビビっちゃう。
なので、久しぶりにゾンビをよく観察する遥。生々しい欠けた肉体。骨が見えており、血が流れている。白目を剥いてボロボロの血に塗れたどす黒い汚れた服を着て、のそのそと生者を呪うような不気味な呻き声をあげて近寄ってくる。
一筋の汗が額から流れて、おっさん少女は戦慄した。
「マジですか、これは改めて見ると怖いよ! リベ2でゾンビは本当はかなり怖かったと思ったときと同じ感じがするよ。ゾンビは怖い!」
ぷるぷる震えてしまいそうなおっさん少女。小柄な身体も相まって震える姿は子猫のように愛らしい。だが、それでも一般人とは違うのである。すぐに気を取り直して戦闘を再開する。
「銃術レベル0.5でいくぞ〜!」
レベルの感覚はなんとなくわかる。なぜならば使いこなせるところまで遥も可能だからである。手加減も使いこなす中に入るのだ。なんとなくだしてはいけない速度や反応がわかるのである。
だから、今はまるでスローの映像を見ている感覚で自分の動きを遅くして制御する。まるで水の中にいるみたいにゆっくりと動き、攻撃を開始するのであった。
目の前の5メートルもない距離で、ぐらりと態勢を崩すように前傾姿勢でこちらへと近づくゾンビ。意外と速い動きであるが遥は見切っていた。軽く数発をヘッドショットにて倒すと、次のゾンビの足を撃ち、僅かに後ろから近づくゾンビたちへと追いやる。
元々がノロノロと歩いていればゾンビたちだ。多少の攻撃で動きは止まり、渋滞となりドミノ倒しのように倒れていく。
ゾンビたちが自ら次のゾンビを防ぐバリケードとなり、後ろのゾンビたちはのそのそとバリケードを登ろうとして、おっさん少女の銃の的になるだけである。
タタタと乾いた音をたててサブマシンガンの銃弾を発射させ、華麗にヘッドショットを決めて倒していく遥だが
「むぅ、力をここまで抑えるとちょっと不安になりますね。ステータスも抑えているからですが、ちょっとでも力を出したらバングルが赤くなりそうですし」
不安は不安でも、縛りプレイできなかったですね、残念でした、退場ですパターンを恐れていた。
だいたいそういうパターンだと涙あり、感動ありの盛り沢山なイベントを主人公気質なナナたちが発生させて、脇役気質なおっさん少女は指を加えて空中戦艦で待つみたいなパターンとなる。
そんなつまらないパターンには絶対に入りたくないので、遥は気合いを入れて決意する。
「レキ、ここは任せるのでお願いします」
レキに任せることを決意する駄目なおっさんであるが今回は仕方ないかも。極限まで力を使いこなさないと、この窮地は乗り越えることができないからだ。
なので、通常モードにてレキに頼ろうとしたおっさんであるが、精神世界のレキの箱庭に呼び出される。
なんだろうと思いながら、お邪魔しま〜すと精神世界の豪邸に移動する。でっかい表札に遥とレキのラヴラヴハウスと書いてあるのを、照れながら中に入ると、リビングルームにレキが待っておりソファに座るように勧められる。勧められるままソファに座る遥。
とうっと遥の膝に頭をのせてゴロゴロし始めたレキがむにゃむにゃと眠そうな目で告げてきた。
「旦那様。私の最低の力でもこの結界に排除されます。私の基本最低能力は最初に旦那様がクリエイトされた当時のものなのです」
膝にのってきたレキの頭を優しく撫でながら動揺するおっさん。こりゃやばいかもと考える。うにゃうにゃと頭を膝に押し付けて寛ぐ子猫のように可愛らしいレキ。
「なるほど……私の最低の力はゼロに近いもんな……。さて、どうしよう……」
どうやら一人で解決しないといけない模様。かつてない危機なので、深く思考する遥。そして自分の力はゼロだと自覚があるおっさんである。
大丈夫、最初は弱くても一人でやってきたんだ。多分レキになって玄関を出てから、倒したゾンビたちまでは一人だった。だから大丈夫だと自己暗示をかけるおっさん。
一人の時は最初のゾンビ戦までだった模様。あとはサクヤたちに頼りながらの他人任せであったので。情けなさ爆発のおっさんであった。
「了解だ、レキ! 旦那様の勇姿を見ていなさい!」
気合いを入れる遥だが、レキの身体で戦うので旦那様の勇姿は見せられないと思うのだが。レキは紅葉のようなちっこいおててで、パチパチと拍手をしながら、遥の膝から起き上がる。
チュッとほっぺにキスをして、はにかむように微笑みを見せるレキ。
「頑張ってください、旦那様。私はいつも見ていますので」
可愛らしいなこの娘はと照れる遥だが、それ以上にこちらからもキスを返したほうが良いのかしらんと悩む。だっておっさんが子供のような美少女にキス?ほっぺなら、外国の挨拶と同じかなと、恐る恐るレキの頬にキスをする。小鳥が啄むようなキスをして、レキのほっぺは柔らかいねと感じながら、多少照れて言葉を発する。
「ねぇ、なにか嫌なフラグをたてた感じがするよ。これはいかなるフラグなんだろうね?」
だいたいこういうフラグは死ぬ可能性の高いフラグなのだ。ちょっぴり不安な遥である。そして空気の読めない発言によりフラグは綺麗に破壊された模様。
「きっと般若となった、ちびメイドがいるかもしれませんね」
クスクスと笑うレキへと、はぁ〜と嘆息して力こぶを見せる。力こぶははっきりとは見えないぐらいに鍛えていないので、いまいち決まらないおっさんであった。
「おし、行ってくる。バイオ的だか、ウォー的だか知らないけど私たちは無敵だからね」
「結界の破壊を期待しています、旦那様」
レキが微笑みながら告げてくるので、可愛らしいなぁと思いながら精神世界を脱するのであった。
精神世界にいたのは僅か数秒の出来事だったので、状況は変化していなく、ゾンビたちはバリケードをよじ登りながら近づいていた。
レキの身体へ舞い戻った、舞い戻らなくても良い中身のおっさんは不敵に美少女と化した自分の笑みを敵に見せる。
「では、ハッピートリガーにて無限弾の舞! 引き金をひいていきますよ〜」
あっという間に元のおっさん少女へと戻って、遥はサブマシンガンの引き金をひき、よじ登ってきたゾンビを撃ち倒す。
タンっと地面を軽やかに蹴りながら、自らもゾンビバリケードへと足をかけて、カモシカが崖を登るように、ホイホイと駆け登っていく。
頂上付近にて、強くジャンプをして、迫るゾンビの頭に手を乗せて、ほいさと倒立しながら、ゾンビの頭を捻り倒して、次に迫るゾンビへと足を振り下ろして頭を叩き潰す。
そのままスタントマンのように、くるくると回転しながらゾンビたちを踏み台にして、ピョンピョンと細道の奥に向かうのであった。
久しぶりに戦っているような覚えがしている遥だが、0.5レベルでも問題はないと感じた。遥+2のマスキング補正ステータスが入れば、ゾンビたちを倒せなくても、いなしながら前に進めると予測したのだ。
無限弾だけど、撃たないでケチっちゃうよと、微かに野花のような微笑みを浮かべ、タンタンとゾンビたちを蹴りながら、前方のビルへと目を向ける。
非常ハシゴが降りていない非常階段を見つけたのだ。よくゲームで見る一階だけは非常ハシゴを降ろさないと降りられないというタイプだ。
日本では見たことがないので、本当に外国風なんだねと思いながら、次のゾンビを強く蹴り、非常階段目掛けてジャンプをして飛び移ろうとする。
「ファイトだ、いっぱーつ!」
叫びながら、ちっこい身体を精一杯に伸ばしておっさん少女はなんとか非常階段へと手をかけた。新体操の鉄棒よろしく身体を持ち上げて逆上がりの要領で登り、身体を鉄の床に落とすようにするのであった。
ガシャンと鉄柵の音がして、いたたと背中のリュックから床に落ちた遥は痛みをこらえて立ち上がる。リュックが緩衝材になりなんとかダメージは負わなかったと、身体を確認しながら一息つく。
ふへぇ〜と、座り込みながら地上のゾンビたちを見るが、他のゾンビを踏み台にしてどんどん登ってくる様子はない。どうやら昔ながらのゾンビなのだろうと安心して息を整えるおっさん少女に上から声がかけられた。
「いやはや、やるもんだね。子供なのに凄い体力と体術だ。君は崩壊前は運動をしていたのかい?」
悪戯そうな若い少女の声である。頭上を見てみると、薄汚れた白衣の少女が、三階のドアから身体を乗り出して笑っていた。
どうやら第一生存者を発見した模様だと、おっさん少女はクスリと微笑むのであった。
てこてことと三階に上がって、おっさん少女は白衣の少女に挨拶をするべく頭を軽く下げる。子猫のような愛らしさで小柄な身体の可愛らしい笑顔での挨拶は魅了されるので、思わず相手は頭をなでちゃうかもしれない。
現に白衣の少女はピクリと手を動かして頭を撫でようとしていたことを遥は見抜いた。実にどうでも良いことを見抜くおっさん少女である。恐らくは自分も撫でるかもと考えていたからに間違いない。
まぁ、さすがに状況をわかっており、頭を撫でようとはしなかったが。そんな謎の相手は泥だらけの白衣を制服だろう服の上から羽織っている、150程度の背丈の娘だ。眼鏡をかければ完璧だが、裸眼で好奇心に溢れていそうな瞳。尋ねたら止まらないだろうヒクヒクと口元を我慢して結んでいるたぶん15だかそれぐらいの歳の娘だ。ロングヘアーをおさげに纏めているのが真面目な博士の雰囲気を見せる。
そんな彼女はおもむろに早口で伝えてくる。
「とりあえず安全の高い場所まで移動しよう。新たなるプレイヤーにこの世界のことを教えないと行けないしね」
そう言って後ろを振り向く白衣の少女から、同年代だろう子供たちも3人現れる。しかも腰に銃やナイフを持った状態で。
その姿を見ていよいよ疑問が顔にでる。だって、この世界で武器を日本で持つことは不可能だといういつもの理由であるからして。
しかも意味深なことを言っていたが、なんだろう?新たなるプレイヤーにこの世界?なんだかひどいことになりそうな予感がすると遥は第六感というか、嫌な予感しかしない。
特にドヤ顔で語り始めそうな、私は頭が良いんだよと白衣を着てから話し方までの全てでアピールしているこの少女に対して嫌な予感がした。
三階から、てこてこと歩いている中で、地上からは大勢のゾンビの呻き声が耳に届く。
なぜかこの街は電気が通っており、蛍光灯が壊れて暗いところはあるが、だいたいが明るく歩ける。
このビル内も同様で、血だらけの通路や、壊れたドア、割れた窓ガラスと崩壊時の世界を表しているが、煌々と通路は明るかった。
地上の呻き声と、遠くから聞こえる外の爆発音とは違い、通路は対象的に静かであった。
子供たちが散らばるゴミを踏みしめて歩く音が通路に僅かに響くのみであり、皆はこちらをチラチラと見てくるが声はかけてこない。
たぶん安全地帯までは沈黙を保つのだろうと、遥も沈黙を保ち子供たちの装備を観察する。
白衣の少女と女の子、それと男の子二人である。全員ハンドガンをもち、リュックを背負っている。腰にはコンバットナイフをもち、服装はそこまで汚くはないが、多少臭い。一人だけガタイの良い男の子がショットガンを構えている。
手作りだろうガンベルトにマガジンを挿しているが二個ほどなので、そこまでは余裕はないと思われる。
でも、なんで全員にいきわたるほどのハンドガンを持っているのだろうと首を捻って不思議に思う。
だが、その疑問はすぐに解消された。
「綾、そろそろ食料ポップポイントだぞ。見ていくか?」
ショットガンの男の子がちらりとこちらを見てから、白衣の少女、推定する名前は綾に尋ねる。
「食料品を手に入れるのが今回の目的だしね。この娘にどんな世界に迷い込んだか教えるためにも、見ていこう。湧いていれば良いんだけどね」
ん?なにかゲームみたいな話し合いだ。レアモンスターが湧いているか見に行こうとか、そんな会話である。遥的にはポップ待ちをするとだいたい失敗しているが。
通路を逸れて、途中にある休憩所みたいな場所に入っていくので素直についていく。
そこにはテーブルセットが数脚置いてあって、奥には今時珍しいサンドイッチなどが買える自動販売機が置いてあるのが見えた。
「ラッキーだ! 自動販売機が補充されているぞ!」
「敵が来る前に補充しようぜ」
「やった! ご飯が食べれるね!」
ワッと自動販売機に群がり、商品のボタンを連打する子供たち。どうやらお金は必要ないらしい。
ガシャコンとサンドイッチやらお菓子やらが出てきて、それを急いでリュックに入れていく子供たち。
なにこれ?と疑問の視線を白衣の少女に向けると、その視線に気づいた相手はニヤリと悪戯そうな笑みを浮かべる。
「ようこそ、ゾンビ溢れるデスゲームの世界へ。新たなるプレイヤーさん」
ふふっとドヤ顔で語り始めそうな少女を見て、おっさん少女は思った。
あぁ、この白衣の少女は勘違いをしているなと。可哀想だけど、違うんだけどと。どうやらこの少女は物凄い勘違いをしているなと。
おっさん少女はこの予想外の展開にどうしようか迷うのであった。だって凄い輝くほどの表情のドヤ顔を白衣の少女はしているのだもの。




