251話 おっさん少女は上陸できない
世界が闇夜に覆われる時間。頭上には太陽の光はなく既に夜半すぎとなっている。崩壊前ならきらびやかではなくとも、どこかに文明の灯は見えていた。
だが、崩壊後には暗闇のみが夜を支配しており、頼りになるのは星の灯となる世界。
そんな暗闇の世界でも特に闇が濃い森の中で、一筋の光が闇を貫いていた。
懐中電灯の強力な明かりが闇夜を切り裂く中で、その明かりの持ち主が息を切らして走っていた。
それは二人の女性であった。後ろをチラチラと見ながら、邪魔をする草木を手で払い走っている。
「ちょっとこの地域、なんだか空気が薄くない?」
一人の女性が後ろを振り向きながら声をかける。相手は小柄であり、ともすれば子供に見えるかもしれない少女に。
「これはまずいですね。ここまで空気が薄いとは思いませんでした。力が入りにくいですので、何気にピンチですかね?」
少女もまたチラチラと後ろを見ながら、余裕のない表情で返答する。というか、そんな演技を二人でしながら走っている。なぜならば息を切らしているフリはしているが、汗一つかいていない二人だからだ。
「ちびシリーズが足止めしてるけど、どうやらいまいち足止めにはなっていない模様ね」
「まさかこんなエリアが存在するとは驚きです。生存者はいるんでしょうか」
「そうね。こんなに苦労していないとなると」
目の前に繁茂している雑草の後ろにいたのであろう。犬がよだれを垂らして襲いかかってきた。犬といっても白目を剥いており、肉体からは白い骨が見えており、肉が抉れているゾンビ犬であった。
肉体の限界を超えたジャンプ力を見せて襲いかかってくるのを二人は驚愕して叫び声をあげる。
「きゃー」
「きゃー」
二人共物凄い棒読みであった。大根に任せたほうが良い棒読みっぷりであった。
ふんふんと唸りながら、トイプードルのゾンビ犬が襲いかかってくる。かなりの速度であり、一般人なら噛み殺されてしまうかもしれない。
だが一般人どころか人間枠に入らない二人には余裕であった。首輪がついていたので、静香がひょいと首輪を掴んでぶらーんとぶら下げる。
そうしてチラチラと周りを見ると、他にもチワワやらミニチュアダックスフンドが囲むように襲いかかってきた。
はぁ、と嘆息して遥は素早く蹴りを繰り出す。ただ精神はガリガリと削られていた。
健康的なカモシカのような脚によるしなやかな蹴りにより、頭を吹き飛ばされて、吹き飛んでいく犬たち。静香もトイプードルをポイッと遠くに投げ捨てる。
「なんで、こんなに罪悪感が増す子犬ばかりなんですか? もっと土佐犬とかドーベルマンで良いじゃないですか?」
ゾンビ犬でも可愛らしい子犬ですと、ぼやくおっさん少女を苦笑して静香は見ながら、吹き飛ばしたゾンビ犬たちへと視線を移すと、不思議なことが起きた。おっさん少女の力で浄化されたはずのゾンビ犬たちが再生して立ち上がろうとしていたのだ。
「さっきからこればっかり。死なないやつばかりね」
「警察車両を爆破しながら、今の女スパイのセリフをもう一回お願いします」
「あれは一番強いのは、舌を伸ばす敵だと思うわ。次がゾンビ犬ね」
話にのりながら、静香が武器を呼び出そうとしたとき、宙からエネルギー弾が降り注ぎ、復活しそうなゾンビ犬たちを白光とともに焼き尽くした。
砂煙が爆発で舞う中で、荒っぽい声が響く。
「へっ! 流体エネルギー弾だぜ! これは効いただろ!」
ヒュイーンとバーニアを噴かせて、ロングスナイパーライフルを担いだチビカインが得意げな声音で叫び、チビアベルと共に降り立つ。
「申し訳ない、主殿。敵を撃破するのに時間がかかりました」
「敵は倒せたのかしら? もう復活はしない?」
静香が尋ねると、ふるふると首を横に振るチビアベル。
「倒せたモノもいるでしょうが、ほとんどは倒しきれません。あのように」
チビアベルが指差す先はクレーターのできた場所であった。そこには吹き飛ばしたゾンビ犬が灰から復活して肉体を再生させようとしていた。
「ぐあー! なんだよ、コイツラはよ! 倒しても倒してもキリがねぇ! こっちの弾が切れちまうぜ!」
苛立ちながら叫ぶチビカインだが、遥もその気持ちがわかるよと頷く。
「ほとんどゾンビと変わらない力なのに、耐久力が圧倒的……。なるほど無効化の次は倒されない耐久力持ちというわけですか。これほどの耐久力なら相手が力尽きる方が早いでしょうね」
ため息を吐きながら遥が言うのを頷いて、静香が復活したゾンビ犬をハンドガンで素早く撃ち貫く。
見事、ヘッドショットにて命中する。キャインと鳴き声をあげて倒れ伏すゾンビ犬だが、数分後にはまた復活するだろう。
「仕方ないわ、お嬢様。一旦退却をしましょうか」
静香が肩をすくめて提案するのを、力なく頷いて遥は撤退することにしたのであった。
空中戦艦スズメダッシュに帰還した二人。現在は青森県に入る海岸沿いにチュンチュンと小鳥のようにスズメダッシュは飛行していた。
まぁ、大きさは巨大なんてレベルの物ではない大きさの戦艦ではあるが。
帰還して、てこてことブリッジに向かいながら、頭の後ろで両手を組んでおっさん少女は唇を尖らせてブーブー言う。
「あれ、おかしくないですか? 全然生存者が見つけられないどころか、建物も見つからないし、ボスも見つからないの見つからないづくしですよ? 青森に入ると同時に日は落ちて、夜の世界になってしまいますし。そして進んでいる気もまったくしません」
「そうね……。夜は青森県のボスの力でしょうが……。なんで前進はできないで、後退するとすぐに海岸に出れるのかしらね? 推測するに、ファンタジーでいう迷いの森というところかしら?」
静香が考え込みながら、意見を言うが多分正解だと思う。その場合は森の結界を解くエルフを探さないといけないのだろうか。小説でそんな物語のシーンがあったのだ。だが、自分には耳が長い知り合いは残念ながらいない。
「結界破りはできないの? 結界といってもどこからどこまでが結界か、わからなかったんだけど」
「う〜ん………そうなんですよね……。殴って壊せる結界なら良かったんですが……それらしい物はありませんでしたよね?」
「そうね、出てくるのはゾンビやらゾンビ犬やらばかり。困ってしまうわ」
やれやれと妖艶な様子で肩をすくめる女武器商人である。凄く似合っているやれやれ感だ。
対抗したいお年頃の子供なおっさん少女も、肩をすくめてやれやれとする。だが、哀しいかな小柄な可愛らしい体でやっても、子猫が怯えているような感じにしか見えなかった。にゃ〜と鳴けば似合うかもしれない。
二人であれやこれやと話しながらブリッジに到着して入ると
「おかえりなさい! レキちゃん、大丈夫だった?」
「その様子じゃ上手くいかなかったみたいだな?」
ナナと豪族、蝶野、仙崎がブリッジで待っていたのであった。
4人を見ながらため息をつく。本当は手を付けていない関東から遠い場所は凄い危険ですよ〜と見せたかったのだ。新型の武装をした静香でも苦戦どころか死ぬ可能性のある恐ろしい場所だと思わせたかったのだが………。
「う〜ん……中に入ることもできませんでした。どうなっているのかもわかりませんでしたね」
しょんぼりするおっさん少女。敵は弱いけど再生するし、迷うしで、強くてかっこいいおっさん少女の姿を見せることができなかったのであるからして。弱くてかっこ悪いおっさんの姿をならいくらでも見せれるのだが。
「姫様の脳筋戦法が通じないのか?」
何気に失礼な豪族の言い分だが、当たっているのでなんとも言えない。むぅ〜と可愛らしく唇を尖らせて不満を表すだけだ。
「解析が終了しました。レキ様と静香様が中に入れないのは当然ですね」
ピカピカとヘアピンを輝かせながら四季が言ってくるので、皆で注視する。四季は皆の視線が集まったことを確認して、モニターに青森県の地図を表示させた。
「この青森県はまるで台風が居座ったかのように雲に覆われています。しかも特殊なる雲でして、恐らくは夜の世界へと変えるものでしょう」
ちらりと全員を見渡しながら、四季は話を続ける。
「もう一つ効果があります。単純にして強力な一定の力をもつ者を弾き出す結界です。これによりレキ様は中に入れないのでしょう」
「それなら結界破りをすれば良いのよね? どこを破壊すれば良いのかしら?」
静香が腕組みをしながら、目を少し細めて凄腕に見える雰囲気で尋ねる。横で、うにゅ〜と目を細めるおっさん少女がいたが、ナナが眠いのかな?疲れたのかな?と尋ねてくるので、泣く泣くやめる。凄腕に見せることができないアホな美少女である。
「この強力かつ力を弾く結界の中心は恐山となっています。そこ周辺を艦砲射撃して跡形もなく破壊すれば、結界は破壊できるでしょう」
四季は淡々と解決方法を提案してくるが、それはまずいですねと遥はすぐに問題点に気づく。
豪族たちも問題点にすぐに気づき、疑問の声を発する。
「その場合、もしもその周辺に生存者がいたらどうなるんだ? ……いや、聞くまでもねえな、跡形もなく吹き飛ばしたら、生き残ることは不可能だろうからな」
「他に結界破りの方法はないんですか? 生存者がいたら危険ですよ!」
ナナも声を荒げて尋ねるが、その問いかけがくるのは四季は当然予測していた。
「その場合、中に入って、ピンポイントで破壊するしかありません。しかしですね、実はこの結界の凄い強力な点は一定の力をもつ者を無差別に弾くのです。なのでシンプルかつ強力なのです。それは敵も味方もということでして……」
言い淀む四季の言葉を理解して豪族がニヤリと凄みを見せる笑みで確認してくる。
「なるほど、中の敵は耐久力が高くとも弱い。それには結界が関係しているからなんだな。一定の力しか持たなければ、最後は持久力がある方が勝つものな」
「そうすると、一定の力をもたない人間はどうなるのかな? あれ? 静香さんも入れなかったよね?」
ナナが当然の疑問を口に出すが、飄々とした声音で静香は答える。
「私もお嬢様には劣るけど、改造を受けているわ。だから、強いわけ」
その言葉にピクリと豪族とナナは反応を見せる。
「チッ! 改造を受けた奴らを外で一人で活動させるのが、大樹はよほど好きみたいだな」
「まぁ、私は宝樹での改造だったけれどね」
まったく改造を受けていることを気にしない静香の態度に4人は安心しつつ、遥はよくそんな設定をポンポンと作って話せるねと感心しつつ話は続く。
私も新たなる設定を作ろうかなと考えるが、記憶力という名前を忘れた遥には難しいだろう。きっと数カ月もすれば設定を忘れること請け合いである。
「で? 話の続きはどうなるんですか?」
仙崎が尋ねてくるので、四季は解決策を提示した。
「敵のボスまで力を隠してレキ様と静香さんが潜入するのを提案します。恐らくはもっとも結界破りができる可能性があるでしょう」
「待て待て、俺らが潜入した方が良いだろ? というか、姫様たちは入れないから戻ってきたんだろうが」
その提案を首を振って却下する四季。
「防衛隊が大勢行っても無駄だと思われます。恐らくはワッペンレベルでも結界に引っかかるでしょうから」
「なら、ますますレキちゃんたちは入れないんじゃない?」
「いえ、力を抑えれば入れるかと。ただし少しでも力を発動させたが最後結界から弾き出されるでしょう」
ん〜?と首を捻る面々。力を出せない二人なら防衛隊が進軍した方が良いと考えるからだ。
「ここのボスは弱くないと推察します。多分力を抑えているだけでしょう。爆弾などで破壊できれば防衛隊の皆さんでも問題ありませんが、レキ様が一瞬の破壊力で結界の発動体を見つけたら弾き出される前に破壊する、それが、一番確実だと思われます。破壊後は力を解放したボスとの戦闘になると思われますし。静香さんは失敗したときの控えですね」
「ふむ……。だが敵の結界まで辿り着くには力を抑えた女子供では厳しいのではないか?」
蝶野の言葉に考え込む四季。ちらりとおっさん少女を見て答える。超能力が使えなければ、おっさん少女はひ弱なる少女となるのだから。
「たしかにそうかもしれません……。ですが、隠れながら行くしかないと思われます」
「おいおい、待て待て。そこはお前らが同行すればいいんじゃないか?」
「残念ながら、私たちは結界に引っかかる可能性が高いです。私たちも特殊な改造を多少受けているので。しかも力を抑えるほどには器用でもないのです」
ドロイドの機械的弱点であるからして、一定の力を生み出しているのを抑えることはできないのである。
話している最中に、オラの気を隠すぜみたいなノリで体の力を抑えてみたら意外と簡単にできて、遥はビックリする。さすがはスキルや身体を使いこなせるようになれるゲーム仕様。手加減や力を抑えることもチョチョイのチョイらしい。多分静香もそうなんだろう。
悔しそうに答える四季に対して、やっぱりこの連中も多少なりとも改造を受けていたかと納得する豪族たち。パワードアーマーの使用時の動きなどが人を超えていたような感じがしたのだから。だが、レキのような圧倒的な力はなさそうだし、情緒もレキよりしっかりしているので、本当に多少なのだろう。
その中には固定能力を持たされた戦闘用超能力者もいるだろうが、誰がそうなのかはさすがに聞けなかった。
何気におっさん少女は情緒のしっかりしてないアホな少女扱いである。まぁ、これまでの行動を振り返れば仕方ないだろう。
「なら、オレ達の出番というわけだ。しっかりと結界中心まで護衛していこうじゃないか」
「ワッペンが使えないんですよ? 回復薬も微妙な効果のものしか持っていけないと思いますが。死ぬかもしれませんよ?」
ハカリが口を挟み懸念を表すが、豪族たちは鼻で笑って告げる。
「俺たちは軍人だ。まさか指を咥えて姫様たちを向かわせるわけにも行くまい?」
「まぁ、百地代表は留守番ですがね」
蝶野のツッコミにギクリとする豪族。行く気まんまんであったので、出鼻を挫かれたようだ。
「当然でしょう? 若木シティの頂点の人を連れて行くわけにはいきません」
「大丈夫です。私たちでレキちゃんを守りながら進むので!」
「そうそう立場を考えてください、代表」
それぞれが豪族を説得するので、慌てて遥は口を挟む。自分たちならば死ぬ前に力を解放して、結界から弾き出されるだけだから問題ないが、一般人はそのまま死ぬに決まっている。
だが、口を開こうとしたときに、そっとナナの指で抑えられて、優しい口調で告げられる。
「生存者もいることを考えると、これが一番だと思うの。だから私たちが守るから安心して。たまには守られるのもいいものだよ?」
ふふっと優しい微笑みを浮かべるナナを見て、これは決定事項なのだろうと確信した。
ちらりと静香を見ると、仕方ないでしょという諦めた苦笑いを返すので、遥も腹を括ることにする。
「わかりました! それでは準備万端で行きましょう! 四季、力はどうやって抑えるんですか? いえ、抑える方法はわかります。一定の力を超えないようにするにはどうしたら良いのですか?」
「一定の力を超えそうになると色が変わるバングルを用意致しましょう。これはあくまでも封印ではなくて、力が超えそうなときにわかるだけなのでご注意ください。五野さんと念のためにナナさんの分も合わせて用意します」
「縛りプレイ上等です! 私はナイフだけでもクリアできる人物だと敵には教えてあげましょう」
ふんふんと興奮しながら、遥は潜入を決意し
「私も威力は弱いけど、弾数が多い武器を持ってくるわね」
静香も準備をするために、用意された自室へと向かう。
「槍は持っていってはだめ? それじゃあ、近接武器はナイフかなぁ」
ナナたちが何を持っていくか話し合う。
一時間後、準備の終えたおっさん少女たちはヘリに乗って、青森へと飛び立つのであった。
ヘリに乗って。




