250話 おっさんは注文書の多さにびっくりする
若木シティにある財団大樹からの出向者がいる支部の執務室に置いてある高価そうな横長のソファの真ん中に遥は座って、目の前に置かれた紙束を唸りながら見ていた。
両隣には四季とハカリが座っており、さり気なく体をくっつけてこようとして、実際は全然さり気なくはなく、押し付けるようにぎゅぅぎゅぅと押し付けてきていた。ちょっと、そういうコントはいらないよと思う。
このアホな行動は生みの親たる私のせいかなと思いながらも、手で軽く押して離れるように言う。触れる身体からの体温や柔らかい感触を感じて、本物の人間と同じだなぁと思いながら。
本日の遥はおっさんぼでぃ。誰もがいらないと思っている需要のないおっさんモードである。
紙束をばさりとテーブルに放り投げて、つまらなそうな表情で言う。
「話にならんな。なんだ、この注文書は? 注文というより要望書だぞ? あいつらは現実というものを知っているのか?」
テーブルに置かれていたコーヒーを優雅に持ち上げて飲みながら、対面に座る静香が面白そうな表情で答えてくる。
「ふふふ、彼らは半分本気ではあるのでしょう。そちらの教官が随分指導をしたみたいだしね」
面白がる静香の表情を見ながら、チッと舌打ちする。舌打ちも様になってきている演技スキルを使いこなし始めたおっさんである。
「馬鹿げている。戦車とヘリを購入したいと言ってきているんだぞ? それとパワードアーマーもだな。見積もりをしなくてもわかる。若木シティが支払える金額ではないとな」
はぁ~、ゴップ人形はどうも防衛隊に闘う炎をつけたらしい、つけたというかガソリンで炎上させているような感じだ。
遥の脳内で悪戯そうに笑いながら、ガソリンを焚火にぶちまける銀髪メイドの姿が幻視できた。
「もちろん、彼らも支払えない事は先刻承知よ。なので、これからは大樹管理の防衛隊として扱ってほしいとのことでしょう。大樹管理となれば、武装はタダになるものね、見かけはですけど」
「ああ、そうだろうな。で、次は国を作れと言ってくるのは目に見えている。国に関しては今のところ、検討中であるが武器は無理だな。最新型は操作も難しいし、数も少ない………。ゴップも面倒なことをしてくれたな」
苛立ちを見せる遥へと静香も考えながら語ってくる。
「彼らも、そろそろ言われたとおりに動く人形ではなく、自分で動く人間として行動したいのでしょう。だからこそ、今までは遠慮していた機動兵器群を堂々と注文してくることにしたんだわ。これは彼らのアピールを含む宣言書の代わりでもあるわね」
ふぅと軽く嘆息する。人形からの脱出を求めて、人形に操られるとは皮肉なことだ。だが、ナナの共存発言からなにかが変わった感じもする。人形から逃れた感じもするので、さすがは主人公なナナだと思う。
それにあんまり見ていないが、ゴップは何度かあれから若木シティへと行っている。無論、レキの護衛なしでだ。色々と戦闘方法や大樹の設定を吹き込んでいるらしいが………。
変態銀髪メイドだしなぁと不安になり、ウィンドウを見ると話し合いに飽きたのであろう。漫画を眺めているサクヤが見えるので、こりゃ期待はできんなと確信してしまう。
「ダメだ、ダメだ。武器の配備は一番那由多代表が嫌がることだ。五野君の武器弾薬でとりあえずは誤魔化しておこう。随分新型を作成しているらしいじゃないか?」
「そうね、今までとは違いミュータントへのダメージを増やす弾薬が色々作れるようになったわ。他にも色々と面白い弾薬や武器もね。幅が広くなったみたい」
肩をすくめて、楽しそうに静香が言う。たぶん、そのおかげでかなりの売り上げも叩きだしているからしてご機嫌なのは当たり前だろう。そして地味にライトマテリアルの力を使って、ダークマテリアルの敵を倒せる特攻付与の武器を作っている模様。この間、ゴップたちが使っていたライトワイヤーも静香作らしい。
「なら、その新型だけで我慢してもらおう。支援としては………ハカリ、支援部隊を編成できるか? 防衛隊が独自に動かれるのは困る。まだまだ化け物じみた力を持つミュータントは大勢いるんだ。つけ焼き刃での教育で調子にのった馬鹿がでないように気を付けるんだ」
隣を向き、ハカリへと声をかけると微笑んで頷くハカリ。
「お任せください。小規模の部隊を少数大樹に配備しましょう。強力な機動兵器群を配備しておけば、独自に防衛隊が動こうとしたときに、一緒についていけるように」
「司令。指揮官の選別をおこなっておきますので、ご安心してください。無駄に命を散らすような戦いはしないように慎重なものを選びますので」
反対側に座る四季が部隊編成の内容について告げてくる。
それを見て、相変わらずお人好しねと静香が微笑んでいることには気付かなかった。
ふむと頷き、静香へと視線を戻して尋ねてみる。
「その小さい機動兵器は量産不可能なのかね?」
静香の隣に座っているチビシリーズを見ながらの問いかけに、静香は残念そうに告げてくる。
「残念ながら、私の能力では分体を作った当時の2体しか作れないわ。AIって意外と難しいのね。あのゴップとかいう豚さんもしつこく量産できないか聞いてきたわ」
「そうか………ならば仕方あるまい。量産できればだいぶ助かったのだが、できないのであれば仕方ない。見張りをお願いしたかったのだがな」
ツヴァイたちでもいいけど、見張りだけにツヴァイを使うのはなぁと、もったいない精神の遥である。人手不足は慢性的なのだ。
「では、適当に弾薬を提供しておくと良いだろう。関東制圧が終了したので、次は周辺に手を伸ばすしな。まずは東日本を制圧だ」
「了解したわ。では楽しそうな武器も提供しておくとするわ。見栄えの良い武器をね」
静香が面白そうに頷き、楽しそうな武器ってなんだろうとおっさんも見たかったが、あとで見れるだろうと我慢する。
「次の議題は医者の慢性的な不足。そして中学校までの教師の準備が可能になったとのことなので、中学校の開始をしたいとの申し出が百地代表から提案されております。それと先程の話題にありました国についてです。税金が無いので福利厚生も発生しないという状況に、人々は新たに不安を申し出てきており………」
四季がつらつらとモニターと紙束を見せながら、つらつらと語ってくるので、遥はうつらうつらと寝たいなぁと思いながら、嫌々仕事を片付けるのであった。
支部を出るとすっかりと夕暮れになっており、夏真っ盛りのこの時期でも多少の涼しさを感じる。
あ~、疲れたと肩をぐるぐるとまわしながら、おかしいな、私は仕事をしたくないんだけどと疑問を思い浮かべる遥であるが、シムなゲームを楽しむには仕方ないのだろう。陰で四季たちはこの数倍以上の仕事を抱え込んでいるはずだ。
なので、護衛にと申し出た四季たちには、疲れをとってねと断りを入れたのであるからして。
残念そうな表情になる四季たちは可哀そうだったが仕方あるまい。
さて、屋台でも冷やかしながら帰ろうかなぁと、のんびりと歩くおっさんは他の人々に存在感なく紛れ込む。さすがは偽装の力だと感心するが、偽装を使わなくても、くたびれたおっさんとして紛れ込む可能性は高かったかもしれない。
のそのそと歩きながら、色々な店を見ていくが本屋はない。小説とか本の出版ができないのは寂しいねと思う。今度は図書館などを保護して知識の保護をしていくことも含めないとと、ゾンビから身を守るために島を要塞化した大佐みたいな考えをしながら、屋台で数本の焼き鳥を買って袋に入れてもらい、ぼんやりとベンチに座りながら考える。
人々の営みを見ながら、随分と自分も変わってしまったものだと思いながら。
「昔は皮が一番好きだったのに、今はねぎまが一番好きだからなぁ」
思ったのは、焼き鳥の好みが変わっただけの模様。相変わらずの適当さであるので難しい事は考えないのだ。若い時とは違い、脂の味ではなく赤身の肉の味が好きなのだ。
そんな遥の座っている隣に誰かがトスンと座ってきた。おっさんの隣ではなくても他にベンチはあいてますよと思いながら視線を向けると
「なんで、おっさんがこんなところで焼き鳥を食べているわけ? 一つくれない?」
ぶっきらぼうに言う叶得であった。驚いたことに、偽装を看破して遥を見つけることができたらしい。
この娘は絶対に直感スキル持ちだよねと、会ったころから思っていた遥はやはりなにかしかの直感スキルをもっていたかと確信した。
人々の中には見えなくとも、超能力というのは自然にあるのだろう。それを駆使して活躍できるのが、天才と呼ばれる者たちなのだろうとも考える。
「よく気づけたな………ほら、どうぞ」
ほいっと残りの焼き鳥を渡すと嬉しそうに頬張るので、一応尋ねてみる。
「どうして、私がベンチに座っていることに気づいた? 他の人物とは思わなかったのか?」
焼き鳥を食べながら、叶得は不思議そうにこちらを見る。
「なにいってるの? おっさんがわからないはずないじゃない。へんなおっさんね」
その言葉に少し嬉しく思う。美少女にそんなことを言われる日がくるとはねと思いながら、よしっと立ちあがる。
「叶得君。それだけでは足りないだろう? これから夕食と行こうじゃないか。一緒に食べてくれないかな?」
その言葉を聞いて、きょとんとした表情になる叶得。思いがけない内容であったが、じわじわと理解して顔を赤くする。
「おや、用事があったかな? それなら仕方ないが諦めるとしよう」
口元をニヒルに曲げて笑うと、ぴょこんとウサギが跳ねるようにベンチから飛び跳ねる叶得。
「な、なにいってるの? 行くに決まっているじゃない! あ、でも私、普段着だった! ちょっと着替えてきていい? すぐ着替えるから!」
「もちろんだ。それとお勧めの店を教えてくれると助かるね」
肩をすくめて了承をすると、遥の手を掴んで自分の家まで機嫌良く帰り始める。
おっさん的にこの絵面はまずいのではないだろうかと、ちょっとノスタルジーに入っていた遥は思うが、叶得が楽しそうにしているので、苦笑をして引っ張られていくのであった。
なんだか凄い寒くなってきたなぁと、ウィンドウに見ているナインの視線を受けながら。ちょっと気まぐれすぎたかもしれない。あとでナインに何をおねだりされるのだろうかとも思うのであった。
言った通りに、凄い速さで叶得は着替えてきた。夏にふさわしいシンプルな青いワンピースである。花形のバレッタをつけて、涼しそうで良い。麦わら帽子があれば完璧であったねと思う遥。頭を撫でてナデポをするのが主人公であるが、残念ながらくたびれたおっさんであるので、それはしなかった。ヘタレではなく、良識あるおっさんなのでと弁解を内心でしているかもしれない。
「ど、どうかしらっ? て、適当に目についた服を着てきたんだけど?」
短い自分の髪を弄りながら、もじもじと顔を赤くして、上目遣いで聞いてくるツンデレデレ褐色少女である。
さっき、着替えてくると言ったから家に戻ったんじゃないか、それなのに適当にとか言ってくるとは呆れてしまう。でも、この少女の性格はそれなりにわかってきたので呆れないで答える。
「可愛いと思うぞ。夏らしく似合っている。叶得君はシンプルな服装が似合っていて、可愛らしい」
「そ、そうっ? か、かわいいなんて、おっさんはわかっているわねっ! 仕方ないから、今日はサービスしてあげるわっ!」
そう答えると、素早く遥の腕を掴んで、ぎゅぅぎゅぅと体を押し付けて恋人のように隣にくるのであった。
おおぅ、気まぐれで誘ったのは失敗だったかもしれないと、気まぐれでしか動いていないようなおっさんは少し驚いた。あと、胸がなくても女性の身体は柔らかいし、いい匂いがするので嬉しい。
小説とかだと、胸のない少女に体を押し付けられても嬉しくないとか思う主人公がいるが、あれは嘘だね、本当は絶対に嬉しく思うに決まっていると世界の真理を見てしまう遥であった。
あと、叶得の家から顔をだしている親御さんの存在も怖い。母親はあらあらと相手がおっさんなのに反対する素振りはなさそうだ。父親はこちらへと凄い睨みつけてきて、従業員はニヤニヤと眺めてきている。
「では光井夫妻。お嬢さんは少しの間、お借りします」
社会人経験があるおっさんだ。一応の挨拶を入れると父親はグルルルルと獰猛な獣みたいな唸り声で返すのみであったが、母親は
「はい。お泊りでもまったく問題ありませんよ。ただできたときには責任はしっかりととってくださいね」
まじかよ、この母親はと戦慄する。この母親がいたから叶得とはこんな肉食系のぐいぐいくる性格となったのだと嘆息する。
「母さんも馬鹿なことを言わないでっ! それじゃいってきま~す!」
腕にしがみつくコアラと化した叶得が照れながら言って、遥たちは叶得のお勧めの店に行くことにした。
したのだが………。
思わず目の前の店を二度見して尋ねてしまう遥。
「ここか? まだ数は少ないがそれでも、もう少し良い店が………」
目の前にはレキと水無月のおでん屋があった。夏なのにオデン? 熱々コント希望?
「あぁ、この店を知っているのね。そうよっ、夏はオデン屋を止めて小料理屋になっているけど」
「そうなのか、それは知らなかったな。まぁ、夏にオデン屋は厳しいしな」
なるほどねと頷くが、まだ懸念点はある。というか、なぜにここを選んだのか? なぜ選んだのか、その理由に見当がつき、叶得は恐ろしい娘だと冷や汗をかいてしまう。
「ほらほら、早く入りましょう?」
ガラガラと扉を開けて、中に入るといつものメンバーがいた。
「いらっしゃいませ~って、えぇっ!」
「いらっしゃいませ」
「おぉ~、カップル!」
三人娘がこちらを見て驚いて言う。もちろん偽装は解除してあるので、ナナシだとはわかっている。
というかだ………。店にいるメンツがおかしいと遥は店内を見渡して思う。
「おいおい、噂は本当だったんだな」
「親子に見えるぞ………」
「くっ、俺が警官ならば職質をかけるのに」
なんと豪族やナナなどの防衛隊の面々も来ており、料理に舌鼓をうっていた。というか椎菜たちの姿もある。あと、最後の呟きを聞いて、崩壊後の世界であって良かったと心底から思った遥である。
いくらなんでも知り合いが多すぎる。ちらりと叶得へと疑いをこめた視線を向けると、叶得はへたくそな口笛を吹き始めた。
「な、なにかしら? なにか変なことがあった? 私たちの噂が真実として広まっても問題はないわよね?」
とぼけまくる叶得である。どうやら嵌められた模様、あの短時間でここまでの計画を考えるとは策士叶得恐るべし。
「あん? お前さん独身だったのか?」
豪族が疑問顔で聞いてきて、叶得がそうよね、独身よねという表情で見てくるので、仕方なく頷く。
「あぁ、私は独身だよ。だから問題はない」
問題ありまくりのような気もするが、問題は無いと言い切る。言い切ったもの勝ちなのだ。たぶん………。
豪族は呆れた表情になりため息を吐く。
「年齢が近い少女が母親か………。まぁ、楽しくなるだけだろうから問題はないか」
「むむむ………。条例はもうありませんが、条例違反にならないお付き合いをお願いしますね、ナナシさん」
元女警官が言ってくるので、あぁ、私の社会的地位がストップ安だと嘆息する。最初から社会的地位などなかったかもしれないおっさんであるが。
「ほらほら、座って食べましょう。何がいいかしら? ねぇねぇ、ナナシはどれがいい?」
噂を広める策士叶得であるが、頬を紅潮させてナナシ呼びで聞いてくるので、この少女は可愛らしいなぁと苦笑交じりにメニューへと視線を向けて考えるおっさんであった。




