246話 ドールマスターは舞い踊る
英雄創生プロジェクト。それは大樹が崩壊する世界を予想して起ち上げたプロジェクトの一つである。超能力というもの凄い詐欺くさい力を利用するために起ち上げられたそのプロジェクトは物資、特に軍需物資が貴重になった際に、物資が欠乏した中でも戦える英雄を創生しようとしたプロジェクト。
崩壊した世界に相応しい英雄を創生しようとしたプロジェクト。
超能力の要素を持つと計測された人々を集めて、超能力を強化した人間を創生しようとする計画であった。
もちろん、超能力者を作ろうという馬鹿げたプロジェクトだ。そこまで期待されているプロジェクトでもなかった。当然だろう、超能力など存在するなど普通の人ならば信じられないからだ。
しかし那由多代表はそのプロジェクトを推進した。もしも失敗するならば、超能力はないこととなる。超常の力がないとなれば崩壊も起きないと予測されていたからである。
そして崩壊が起きたときに、実験は開始されたのだった。選ばれた子供たちを被験体として。
実験はある程度の成功をおさめた。数百人のゾンビやオスクネーなどと戦える超能力者が、少数だが創れたからだ。
成功はしたのだが、それ以上に新たなる未知の素材から発明された革新的な兵器。優れたアイテムがその成功を上書きした。通常の人間が使用できる強力な兵器が開発されたことにより、戦闘用超能力者などよりも遥かに活躍できる兵器群により、英雄創生プロジェクトはお蔵入りとなる予定であった。
失敗作とされた一人の成長タイプの超能力者がその頭角を表すまでは……。
「な、なんてこった! 私にそんな設定があったなんて知らなかった! 楽しそうな設定だね!」
自宅に帰ったレキは脚本を見ながら、わなわなと身体を震わせて驚いていた。というか、楽しそうな設定に目を輝かせていた。
でも不思議なんだけどと、コテンと可愛らしい小首を傾げて疑問を口にする。
「なんでこんな脚本を考えたの? 私の出番はどこに書き込めば良いのかな?」
パラパラと見た限りでは、おっさん少女の出番はなかったので、書き込まないとねとペンを持って出番を増やす気満々だ。レキの出番だけ書いて、おっさんは退場と書きこめば良いと思うのだが、どうだろうか。
「残念ながら司令の出番はないんです……。申し訳ありません。今回は一般人が頑張ろうキャンペーンなので、司令が出てきてしまったら台無しなんです」
しょんぼり四季がヘアピンの輝きを曇らせながら、上目遣いで謝ってくるので、慌てて謝るレキ。というか遥。この慌てっぷりは遥以外にいないからして。
「大丈夫、謝らないでいいよ? 理由があるのはわかるからね。私へ教えたくない内容以外は教えてくれるかな? あと、そのヘアピンはなんで四季の感情に合わせるように輝きを変えるのかな? ハカリのウサギリボンも凹むとへにょってなるよね?」
四季たちが頑張って自分のために行動しているのはわかっているので。あとヘアピンとかの力も気になりますとドサクサ紛れに聞いたりもする遥であった。
「それはですね、ご主人様が活躍しすぎたのです。ご主人様の力で救援された北海道の生存者が多すぎました」
サクヤがコントローラーを握りながら伝えてくるが、それは当然知っているし、宗教はお祭りサークルに変えたはずだ。なにか他にあったっけ?
ふぅとため息をつくふりをして、むふふと口元を悪戯そうに笑いに変えてサクヤが答える。
「あの宗教に入らない人はたくさんいたんです。その人たちからの若木シティの人々への武勇伝や、ご主人様が私費を投じて様々な良いことをしているのが、いざというときは、超能力者な英雄レキ様に頼ればいいやという風潮が出始めたのです」
「それは前からでしょう? 今更なの?」
「今までは自分たちも頑張っているという若木シティの人々が多かったのに、ご主人様に救助された北海道の人々が多すぎて、レキ様に頼ろう派が増えてきてしまいました。その風潮を改めるためと、昼行灯みたいな活動を知るために情報管理をそろそろきっちりしましょうと四季たちと話し合って決めたのが今回のキャンペーンですね」
ふむふむと頷きながら、そろそろ長い話なので飽きてきたかもと絨毯に寝そべり、ゴロゴロし始めてしまう子供な美少女である。
サクヤも遥の隣に寝そべり、ゴロゴロとし始めながらコントローラーを器用に操作している。
四季たちも同様に絨毯に寝そべりながら、キャッキャウフフと遊び始めるので、混沌とした美少女たちの集まりとなった。
「その話し合いに私はいなかったような、いたような感じもするけど、参加していたっけ?」
もしかしてもしかしなくても、参加していたけど聞いていなかったかもと恐れる記憶に自信のないおっさん少女。
「いませんでしたよ。難しい話し合いを定期的にしますか?」
サクヤの言葉に、うにゅうにゅと軽く頷きながら
「私はサクヤたちを信じているから大丈夫。信じているから定期的な会議は出なくても良いよね?」
即座に返答をする、駄目な上司の姿を見せつける仕事っぽい内容はNGな遥であった。
「それじゃ、私にもそろそろマイクとコントローラーを貸して? 私もゴールドファイターを操作したいので。それか謎の防衛隊として参加した方が良いかな?」
早くも全てを台無しにしてしまう可能性あるおっさん少女の提案であるが、それに待ったをかけた人物がいた。
「マスター、遥様のぼでぃに戻して貰ってよろしいですか? 今日は耳かきからマッサージ、そしてご飯と約束の件をしましょう」
うるうるおめめで、いつの間にか来ていたナインの可愛らしいお願いである。服の裾をキュッと握ってきて、なんともいじらしい。
もちろん赤ん坊でも誤魔化されないだろう罠である。これはハニートラップ! ハニートラップだよと内心で叫ぶが、美少女なナインのお願いなので、しょうがないなぁと鼻の下をのばして、すすんで騙されてしまう遥はいちゃいちゃと一日をナインに拉致されてしまう。おっさんなので対抗するなど選択肢には現れない。選択肢は常にハイ、YES、了解の三つしかないのであるからして。
まぁ、どうやらサクヤたちは邪魔されたら困るようだし、こちらに言っていない内容もあるみたいだが、別に気にしなくても良いかと、おっさんぼでぃに戻って、ナインからの優しい耳かきを受けるために移動をしながら、遥は思うのであった。
信用も信頼も、なんだかんだとコントをしながらもしているのだから。あと難しい設定を聞かされても忘れる可能性大であるから。
遥がナインに連れられて、居間に向かったことを確認して、サクヤたちはモニターへと視線を戻す。
「さて、ゴップ人形は人間らしい人間という役どころを頑張って貰いましょう」
「そうですね。足掻く人間は美しいと、戦い続ける人間は英雄よりも尊いのだと、超人への依存心をなくすように頑張って貰いましょう。それが傲慢そうな肥えた人間ならばこそ、ギャップがありますからね」
四季もサクヤの言葉に首肯して、他のツヴァイたちも脚本を見直す。
フンフンと鼻息荒く楽しそうな表情でサクヤは掛け声をあげた。
「ではでは、麗しきサクヤの劇団を続けましょう」
「了解です。理知的な頼れるツヴァイ劇団を再開します」
四季が対抗の発言をするので、劇が終わるともう一つのメイド対マシンドロイドの戦いという劇が開幕されるかもしれなかった。
豪族はトラックに乗り、群馬へと向かう道すがら、装甲車に乗っているだろう男のことを考えていた。
「どうやら大樹も一枚岩ではないみたいだ。まぁ、集団なら当たり前だな」
「ですな。今まで表面化しなかったのは、我々が単純に彼らに会わなかったからでしょう」
蝶野がのんびりとトラックの外を眺めながら、豪族の呟きを拾う。
肩をすくめながら、豪族がその言葉に同意する。
「エリートどもの集まりだ。上昇志向も凄いのだろうよ。権力争いもな。………だが、あの男は傲慢だが言っていることは同意できる。守らないといけない子供を戦場に出そうなど耐えられないのだろう」
傲慢な男に見えるのに、宴会でお膳を丸ごとお姫様に渡したときの優しいまなざしをしていたことに、豪族は内心で驚いていたのだ。
「まぁ、単純明快な軍人というわけなんでしょう。自分たちで祖国は守るという誇りと、権力をもっているという傲慢さを併せ持つね」
その返事に苦笑交じりに豪族は頷く。傲慢さは我慢できないが、あの男の軍人魂は本物なのかもしれない。宴会での言い回しを気にして、面倒なこともしないように監視も密かにつけていたが、大樹の支部から装甲車を密かに持ち出すとは思わなかった。
「死ぬ気で自分の戦いを見せるか………。見る人がいなければ犬死だろうが」
吐き捨てるように、その考えを斬って捨てる。そして軍人魂に凝り固まった男の性格に嘆息する。どうも面倒そうなやつだ、付き合い方には気を付けないとならないだろう。
「そうですよね。結果から推測して欲しいという無言のアピールでしょう」
蝶野も苦笑をして、あの男の考えを推測してかぶりを振る。
「だが、戦場では頼りになりそうですよ、百地隊長。最後まで付き合ってくれそうですからね」
仙崎の言葉に豪族が愉快そうに豪快に笑う。
「はっ! たしかにその通りだな。まずは群馬での戦いを見せてもらおうじゃないか」
ガハハと笑い、そのまま車両は群馬に前進していくのであった。
その会話をサクヤは全て漏らさず聞いていた。ドローンを使うまでもない、気配感知から五感の超常的な感度により、簡単に聞き取れる事ができるのだ。
ふふっと、遥には見せない酷薄な表情で笑い、豪族たちの話を聞き取り、その内容に満足する。
「どうやら私たちの計画通りになっているようですね。これなら問題はないでしょう」
コントローラーはテーブルに置き、滑らかに宙に浮くモニターを操作して、想定通りの流れに豪族たちが誘導されていることに満足した。
ご主人様も知っているが、私とナインは常にご主人様の行動を把握している。その行動の中で、ご主人様とレキが父娘の関係だと思われていることも知っている。知っているというか推測した。
私たちのサポートは新たな次元に入った。ご主人様の力を9割使うことが戦車などの小型機動兵器でも可能になり、外でのサポートもそれに準じている。まだ、大樹の成長はそこまでではないので、関東圏内のみでしかないが充分だ。
遥様のぼでぃの時には、その五感は超常の力を常に持っている。すでに人を超越しているのだが、まったく使いこなしていない。人が超常の力を突如持っても、しかも気づきにくい力であるから、使いこなすどころか、多少五感の感度が向上したかなと思っているだけであろう。
だが、サポートキャラである私たちは違う。その力を十全に使いこなせるのだ。そして、ご主人様の望みも知っている。
「面白おかしく、鬱な展開は許さない幸福主義者ですから、それに合わせて行動しませんとね」
ふふっと、アホ可愛いご主人様を想い、再び今度は暖かな笑いを見せる。
「堕落したコミュニティなどいりません。ご主人様に頼っていこうなどという風潮が広がってもらっては困るのです。今はまだ大丈夫ですが、早めに手をうちませんとね」
「堕落した都市でも司令は放置できませんからね。でも超能力排斥派が生まれないようにも気を付けないといけないと思います。サクヤ様」
四季が同じように人形を操りながら、注意してくるがそれは念頭に置いている。
「もちろんです。そういった人たちにはレキぼでぃ時のご主人様の可愛らしさと、その子を守る遥様のぼでぃ時の冷酷な姿の両面を見てもらいましょう。そのためにもゴーストは必要です」
「そのために英雄創生などとわかりにくいプロジェクト名にしましたしね。ゴップ人形には精々生粋の軍人だと周囲の人間に思わせましょう。きっと見えない情報を拾ってくれる操り人形になります」
コクリと頷き、アホ可愛いご主人様を想う。余計な雑事はメイドが行えばいいのだ。ご主人様はそのままで暮らしていけば良いのである。常に楽しんで人々を救いながら、世界を浄化していけばよい。それがご主人様の望む姿であろうから。
冷たい視線をモニターに向ける。カメラドローンも多数が動いており、周囲を監視している。無数の情報が目と耳に入ってくるのを全て記憶に入れていく。豪族たちのゴップへの評価、ナナのご主人様に対する態度が酷いとゴップを怒っている愚痴。昼行灯たちがゴップを利用して考えている新たなる計画。
「全て、全て、私の手の平です。踊りなさい、私の人形たち。これからは私が監視をしますので、これまでのように後手にはなりませんよ」
ピアノの鍵盤を弾くように、舞うように手を繊細に精妙に舞のように動かしながら、サクヤは呟く。
これからがサポートキャラの本来の仕事である。これまでできなかった戦闘用サポートキャラの力を見せようではないか。
ご主人様は勘違いをしているが、戦闘用とは即ち、戦術から戦略、情報の収集から作戦の立案までの全てをサポートするのだ。偵察から始まりスパイ活動までが戦闘用サポートキャラの行う仕事なのである。
今までは、本来の力の極一部を使用していたにすぎない。これからは四季たちを指示して、十全足る活動を行える。その権能も既に解放されているのだから。
だが、この姿をご主人様に見せるつもりはない。ご主人様とはこれからも同様にアホなコントをして楽しんで暮らしたいから。
そこは無口でクールなメイドが存在した。踊るように舞うように、己の手のうちに人々を取り込んで人形として舞い踊ってもらおうではないか。
そこで、干渉しない事柄も呟く。
「ですが、ご主人様の恋愛事情はそのままにしておきましょう。あの娘たちがうまくご主人様の寵愛を得られれば、そのまま眷属にしても良いですし………。どうなんでしょうか、遥様の時と、レキぼでぃの時とバラバラの存在であると思わせるように、深い関係になってもバレないようにはできるんでしょうか」
う~ん、と頬に人差し指をつけて考え込む。今の事情を考えるとそれは可能だが、未来的にはどうなるんだろうか。
「まぁ、可能ではあると考えます。ご主人様のことですから、絶対にばれないように行動するでしょうから」
そうして、ちらりと居間へと視線を向けて、少しだけため息をつく。
「ナインはいつになったら、積極的に動くのでしょうか。耳かきや膝枕は積極的なアタックとは言えません。妹もご主人様と同じくヘタレですよね………。その自覚をナインが持っていないことが、まったく進まない関係にしているのですが………。あの褐色少女を見習ってほしいです。あの娘はきっといつか応接室でご主人様に襲い掛かりますよ。あれは肉食系の娘なので」
先を越されないように気をつけてくださいねと思いながら、気を取り直し視線をモニターへと向けて集中する。
「いかにも泥臭く、そして有能であると、この豚さんはただの豚ではなく、舞い踊ることができると、まずは見せる事にしましょう。この群馬での戦闘で」
ウィンドウにミッションが発生したことを伝える表記がされるが、その経験値の少なさにソッとウィンドウを閉じる。ご主人様には内緒ですので、ミッション発生を教える必要もないだろう。
「さぁさぁ、今日の演目は舞えない豚はただの豚です。ドールマスターたる、このサクヤの演目を楽しんでくださいね、防衛隊の人間さんたち」
酷薄な視線をモニターに向けて、群馬に到着してバラバラと展開を始める部隊を見ながら、薄く笑いサクヤは人形劇を始めるのであった。




