243話 おっさん少女は夜の海辺を楽しむ
ワイワイキャッキャッと騒がしかった海遊びが終わり、陽が落ちて、海辺が暗くなる中で今日の為に急遽修復したホテルから、てこてことおっさん少女は外出した。ツヴァイたちと乗り込んで掃除を超高速で行ったから綺麗な新築ホテルみたいになったのである。というか、建設スキルを使ったので新しく建て直したようなリフォームした感じである。
そんな綺麗なホテルから、てこてこと短いコンパスで歩く先は海辺であり、バーベキューの用意を皆がしているので、その準備を手伝うためだ。
料理スキルのパワーを見せましょうと、てってこご機嫌な美少女はひよこの模様の浴衣を着て、カランコロンと履いている下駄の音をたてて海辺へ向かった。
潮風の香りと風がそよそよと吹いてきており、気持ちの良い、まさに夏真っ盛り、私はリア充だねとおっさん少女は思っていた。何しろこんなイベントは遥彼方の子供の頃にしか記憶はない。いや、今は美少女だから、こんな体験は初めてだねと記憶を偽造するのであった。
海辺へとカランコロンとリズムよく音をたてながら到着すると、既にバーベキューセットは大量に用意されていたので
「はいは〜い! 私もお手伝いしま〜す! 可愛らしい浴衣の旅行客がお手伝いしますよ」
周囲で働いているのは、ツヴァイたちと給料の金額に旅行より働くことを選んだ人々である。
「四季、ハカリ〜、私も手伝いますよ? 手伝っちゃいますよ〜」
その中でも、何故か四季とハカリもいるのが見えたが、実は何故でも何でもない。
「四季もハカリも休んでいて良いのに。というかツヴァイたちは今日は働かないでください。今日は慰安旅行なんですから」
コソッと小声で伝える理由は、大変な仕事量だと常々思っていたので慰安旅行としたのである。
「司令が働くのに、私たちが働かないではいられません」
ピカピカの金色のヘアピンをつけて四季が告げて、ハカリがコクコクとウサギリボンを揺らして同意する。
むぅ〜と唇を尖らせて不満ですと表情で表すおっさん少女であるが、他のツヴァイたちもそれぞれ働くのを止めないので、さっさと準備をしますかと、それなりに素早い動きでバーベキューの炭を起こして、野菜やら肉やらの大皿を並べる。
子供が頑張って働いていますという感じにしか見えないので、給料を貰っている人々は、こりゃ俺らも負けられないと、ヒートアップして準備をするので、旅行客が来る頃にはすっかりと準備は終わったのである。
「あ〜! もう準備が終わっているっ! 私も手伝う予定だったのに!」
叫び声は聞き覚えが凄いある。というか知り合いの褐色少女が、浴衣を着てカランコロンと下駄を履いて、不満そうな表情でやってきた。
「叶得さん、今ご到着ですか?」
「そうよっ! ちょっと忙しかったからね! もう猛暑で氷系の物が凄い売れ行きだからねっ」
光井インダストリーは、目下大量に氷系のアイテムを作成中であり、装備作成スキルを持っていそうな疑いがある叶得は大忙しらしい。
崩壊後は極めて季節の移り変わりがわかりやすく、猛暑も厳しいので売り切れ続出なそうな。
それでも手伝う予定だと言いはる叶得の意図は何故か?
「あ〜! この重力緩和装置を私も使いたかったのに!」
バーベキューセットは重い。それを一時的に軽くする装置というか台車を使いたかった模様ないつもの叶得なのであった。
「むぅ、これ私に貰えないかしら? 有効活用するからっ!」
フンフンと鼻息荒く、おっさん少女に迫ってくる褐色少女である。よっぽど欲しいのはわかるが、スッと二人の間に手が差し込まれた。
「光井さん、申し訳ありません。これらは非売品なんです、燃費が悪いので、個人で使うと高くつきますので」
褐色少女に迫られて、オロオロしながらあっさりとあげますと言いそうな遥をフォローする四季である。子供を守る保護者みたいな立ち位置であり、どちらが主かわからない。まぁ、おっさんは美少女には弱いのだ、仕方あるまい。というか普通の人はおっさんに限らず弱いだろう。
むぅと、肩を落としてがっかりする叶得だったが、気を取り直してキョロキョロと周りを見始める。
なんだろう?なにかあるのかな?とおっさん少女もキョロキョロと子供らしい無邪気な表情で周りを見渡す。が、バーベキューの準備が終わったので、人々が集まってきているだけだ。
友だちを探しているんだねと、ナナたちを探そうとした遥に対して、指を絡めながらもじもじとした様子で叶得は尋ねてきた。
「ねぇねぇ、おっさんはいないのかしら? せっかくだから、浴衣を見せてあげようと思ったんだけど? まぁ、せっかく着たからねっ」
ツンデレデレデレ少女がそこにいた。頰を赤らめてもじもじしているので、なんとも可愛らしい。
同じような状況で、キャラを変えれる主人公とかなら、小説や漫画なら、ちょっと探してきますねと伝えて、おっさんに戻って来るという、探しに行った主人公はどこに行ったのか誰も気にしないのかとツッコミが発生する状況であるが、残念ながらそんな器用なことはできない。
やろうと思えばできるかもとか思わない。冷凍ビームを放ちそうな少女がウィンドウ越しに見ているからやらないとか、そんなヘタレな理由では決してないのだ。
なので、残念ですねと困った表情で答える遥。
「今日は慰安旅行なので、上司は来ないらしいですよ? なんでも上司がいたら寛げないからという理由らしいです」
飲み会や旅行先で無礼講と言う上司は絶対に信じられない。それを信じて仕事の愚痴を言ったりしたら最後、仕事に出勤したら上司からその発言をネタにグチグチと嫌味を言われること確実であるからだ。
この場合は上司は出席しないというのが、完全完璧な対応である。まぁ、実際に会社絡みのイベントだと、なかなかそうはいかないが。
大樹の今の社長は私なので、好き勝手やりますと課長代理ぐらいがちょうど身分相応なおっさんはフンスと決めていた。
決してツヴァイたちが、またもや喧嘩を始めるかなとか恐れておっさんぼでぃにしなかったわけではない。そんなことをおっさん+2になった遥が恐れるわけはないのだ。
「え〜? おっさんは来ないわけ? 今日は来るかもと気合を入れて新しい浴衣にしたのに……」
しょんぼり叶得。先程のたまたま着たから見せてあげる発言を早くも忘れた模様。
「まぁまぁ、それなら写真を四季さんに撮って貰い、あとでプレゼントすれば良いのではないでしょうか? まぁ、写真をプレゼントなんて、少し重いかも」
遥は最後まで言い切れなかった。その発言を聞いて目を輝かせた叶得が顔を凄い近づけてきたからだ。近すぎてキスができそうな距離である。照れてしまうから離れてほしい。
「しょうがないわねっ! 忙しいおっさんの清涼剤になってあげても良いわっ! 色っぽく撮ってね! 肩をはだけた方がいいかしらっ? それとも……胸チラ?」
男性に自分の浴衣姿の写真を贈るだけでも重い女性だと思われるのに、それに加えて色気を出そうとしている褐色少女。
これはなんと答えたら正解なのかしらん?叶得も最近アピールし過ぎではなかろうか?なんとなく玲奈のせいな予感もする。
そんな頑張り過ぎな叶得へと優しく四季がにこやかな笑顔で声をかけてフォローしてくれる。
「光井さん、大丈夫です。きっと浴衣を着せた洗濯板を撮影してもナナシ様は叶得さんの浴衣姿は似合うねと言ってくれるはずなので」
フォローはフォローでも、してはいけなかったフォローである。なぜ四季はにこやかな笑顔でそんなことを言えるのか。
アタチ、子供なびしょーじょだから、なに言ってるかわかんにゃい。と指をくわえて純真な子供を演じるおっさん少女がそこにいた。
だが、そんな演技は無駄であり、もちろん叶得は怒りの表情となった。元々沸点の低い少女だから、煽ると簡単に怒るのである。
「なにか変な戯言が聞こえたわっ! 洗濯板がどうしたとか!」
「光井さんは浴衣が似合う体型ですねと、お褒めしたのです。私などではとてもそこまで似合いませんので。胸が大きすぎるのでしょうか? どう思いますか?」
「良いわっ! どうやらここにも敵がいたみたいねっ! どちらが魅力的か写真をおっさんに贈りつけて、どちらの写真を気に入るか勝負よっ! 下着も新品を着てきたんだからっ!」
キシャーと威嚇する猛獣へと変身した叶得である。なぜ新品の下着が関係するのか?いったいどんな理由があるのかは謎である。謎は謎のままにしておいて、頼りにならないどころか、ガソリンを火に注いでいる四季は諦めてハカリに視線を向けて助けを求めるおっさん少女。
ヘルプミー、ハカリおねーちゃんという視線を向けると、ハカリが頼もしい笑顔で頷く。
「大丈夫です、レキ様。人数分の浴衣は用意してあります。誰が一番かはすぐにわかるでしょう」
ふふふと不敵な微笑みを浮かべて、ハカリが手を向けると浴衣がいつの間にか用意されていたテーブルの上に大量に置いてあった。どうやらどこにも助けはいない模様だと遥は確信する。
「ちょっと、レキ! 私の写真を最初に撮ってね! この女より先に! やっぱり裾をたくしあげて、口で加えた方がインパクトがあるかしら?」
なにやら積極的と痴女的な意味を取り違えている少女がここにいた。どこの裾をたくしあげる気なのか、確かめる気にもならない。新しい下着とやらと関係するのだろうか?
すわ、バーベキュー前に混沌とした世界になりそうなので、遥は大声をあげて、両手を可愛らしくブンブンと振り始めた。
「は〜い! 皆さん、揃いましたか〜? これからバーベキューを開始しますよ〜!」
秘技、場面転換の術、と内心で叫び、無邪気な子供が楽しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて、バーベキュー楽しみですと、周りでカオスな集団を眺めていた他の旅行客へとアピールするおっさん少女であった。
なんとかアホな喧騒から逃れて、叶得たちからも離れて、チビアベルとチビカインにリィズとみーちゃんが乗りながら、バーベキューの肉や野菜を無邪気な子供たちトリオとして楽しむおっさん少女。
キャッキャッワイワイと楽しむ姿は子供にしか見えないから、きっと炭火でおっさんの魂は焼かれて浄化されたのだろう。
「おい、ガキ! 降りろってんだ!」
「ん、リィズ専用機体としてこれから活躍するべき」
「お肉おいしーね!」
「うむ、少女は育ちざかりだからな、存分に食べるが良い」
チビカインとチビアベルにて随分対応が違うが、チビカインもリィズを振り落とすつもりはないらしい。
私もなにかに乗りたいなぁと、キョロキョロするが、残念ながらそんな都合の良い乗り物はないのでがっかりするおっさん少女。
こうなったら、両手に串を持って楽しもうと、いらない決意をする遥に静香がのんびりと肉を食べながら声をかけてくる。
「ねぇ、ナナシさんは来ないのね? 慰安旅行じゃないのかしら?」
「あぁ、上司がいたら寛げないからと来ないらしいです」
決めてある設定を答える遥へと、少しだけ目を細めて尋ねてくる静香。
「ナナシさんとは頻繁に会うの? お嬢様は」
むぃ?と肉を頬張りながら、静香を見て不思議な表情を浮かべて答える。
「ナナシさんとは全然会わないですね。そういえば」
小首を傾げて、ナナシさんなんて存在しないし、くたびれたおっさんは私だしねと、内心で答える。
はぁ〜とため息をなぜかついて、静香は呆れた表情で
「……そう。まぁ、そうなんでしょうね、不器用そうな男だから」
なにやら意味深な言い方をしてくる。なんだろう?まさかおっさんが憑依しているとバレた?いや、そんな訳はないねと考え直す自縛霊遥。
「忙しい方らしいですから仕方ないですよね。会う必要がある時は会いますよ」
「まぁ、命を救われたし、これもなんとかできないか私なりに考えてあげるわ」
肩をすくめて、静香が飄々とした声音で言ってくる。
じっとこちらを見てきての、静香の発言なのでちょっと気になる。正直、なにもしなくて良いよとも思う。意味がわからないけど、厄介なことになりそうだし。
そんなことを話していると、ヒューンと音がして、夜空に大輪が音と共に咲く。
パパーンパパーンと花火が次々と打ち上げられているのだ。
旅行客もご飯を食べながら、おぉ〜と感心しながら花火を見上げる。
「やっぱり夏に花火はつきものですよね。たまやー!」
わ〜いと両手をあげて叫ぶ遥。
「たまやー!」
「かぎやー!」
「花火をバックも良いわねっ!」
「その場合は貴女の存在が花火のように消えてしまいますよ?」
「キシャー!」
なんだか幻聴が聞こえてきたが無視をする。きっと花火を見てハイテンションになった酔っ払いだろう。
ドーンドーンと夜空に咲く大輪は美しい。崩壊前と違い、今はホテル周辺か海辺にしか電灯はついていない。発する灯りは花火の方が全然強く、その分美しく見える。
「なるほどね、花火をあげても、その音で寄ってくるミュータントはもうここらへんにはいないということね」
花火をあげれた理由を早くも看破する聡い静香である。貴金属が絡まなければ、かなりの頭の良さを誇るなぁと感心する。知力の項目がない誰かさんとは大違いである。
ムフフと舌をチロッと出して、微笑みで返答する。
「正解です。花火は地域が平和でなければ打ち上げることはできませんからね。打ち上げている最中に近寄ってきたミュータントを撃退するなんて無粋ですし」
「私も花火を楽しめることに感謝をするべきなのね。本来ならいない人間だったし」
なんとなく湿っぽい言い回しなので、遥はその言葉を否定する。
「いえいえ、感謝なんて必要ないですよ。静香さんはこの若木シティでの貢献度は凄いでしょう? 胸を張って私のおかげねと言う方が静香さんらしいですよ」
その言葉に一瞬キョトンとした静香だが、すぐにお腹を抱えて笑い始めた。
「アハハハッ! 確かにそうね。今のは私らしくなかったわ。私は私らしくこれからも生きていきましょう」
「そうです。そのとおりです。でも少しだけ加減してくださいね。厄介ごとはほどほどにお願いします」
一応釘を刺しておこうと遥は告げたが、ニヤリと悪戯そうに静香は笑った。
「あら? 私らしく生きるには厄介ごとはつきものなのよ」
むぅと眉を僅かに顰めるおっさん少女へと
「だって、私は謎の武器商人。いかなるところもお金の匂いがすれば行くのですもの」
「そのとおり! 姐御はこれからも厄介ごとを起こしながら生きていくぜ! その方が楽しいからな」
「うむ。そして、それを我らがフォローするのだ」
チビシリーズたちもいつの間にか戻ってきて、楽しげに語るので、おっさん少女もニヤリと悪戯そうに笑いを返す。
「まぁ、そうでなくては静香さんではないですものね。これからもよろしくお願いします」
「フフ、期待していてね。新しい力を使いこなしたら、すぐに面白い話を持っていくから」
その言葉にお互い笑いながら、変わらぬ静香にホッとしつつ、これからも厄介ごとがあるんだろうなぁと思いながら、打ち上げられる花火を見るおっさん少女であった。




