239話 おっさん少女対金メッキの王
放たれた無数の毛が30センチ程の大きさのリスターへと変身していく。というか毛皮が黄金なだけのリスである。ヒクヒクと鼻を動かしてリス以外の何者でもない。ただゲスな笑みを浮かべているのがただのリスではないと教えてきた。
「ククク、僕を本気にさせてしまったようだね、褒めてあげるよ。でも最後には数と力がものを言うんだよ」
「余裕が見えた途端に丁寧語にするとは、小物の中の小物の王に相応しいですね、さすが金メッキの王さん」
数百いるだろうチビリスターであるが、レキの余裕さは変わらない。堂々と立って相手を見据えている。そして小物の中の小物の王はおっさんの方が相応しいと思うのだがどうだろう。
その視線が気に入らないのであろう、イライラとした表情でリスターは鼻を鳴らす。
「その余裕さがどこまで通用するか見せて貰おうじゃないか! チビたち! その女を捕まえるやつ、近接戦闘をするやつ、エネルギー波、光爪を使うやつに、拘束術を使うやつに均等にわかれて攻撃だ!」
指示を周りのチビリスターにするところをみると、声での伝達機能しかないのであろうか。それに指示が適当すぎるので、統率能力はないのであろう。
「旦那様、恐らくは自分が戦う時は一人で敵を倒すつもりだったので、統率系を覚えていないのでしょう」
「それなのに分身系は憶えていたってわけね。樹の王のスキルを引き継いでいるから、個人戦闘では中途半端なスキル構成になっているんだろうね」
リスターは手を振りかざして攻撃の合図を出す。
「いけっ! やつを殺し尽くせ!」
「さっきはペットにしてやるとか言っていたような気がするけど、まぁいっか」
ボスにはよくあることだよねと遥は気にしないことにして、レキは泰然としてチビリスターたちが群がって来るのを僅かに目を細めて見つめる。
「風巻く舞を魅せましょう。よく見ていてくださいね、金メッキのリスさん」
ゆらりと身体の力を抜いて、幽玄のような儚さを感じさせるレキへと先頭のチビリスターがしがみついてこようと、足元に加速して近づいてくる。
黄金色の毛皮であるので打撃無効なのが見てわかる。だからこそ全力で近づいてくるのであろうが、レキは掴みかかってくる右足を一歩後ろに下げて躱す。掴みかかろうとして両手を空かされるチビリスターの肩に足をつけて、素早く押し出す。
小さくなり軽いチビリスターは無効化能力は発動させることもできずに後ろへと押し出される。後続のチビリスターが押し出されてきた仲間を素早く回避して肉薄してくる。
「キィ!」
小さいが恐ろしい力を秘めた拳を繰り出してくるチビリスターたち。左右から、後続は上空から襲いかかって来るのを確認して、さらに後ろの後衛を見ると、既にエネルギー波を撃ち出していた。
黒き光がレキを焼き尽くすために飛んできて、さらに光爪の構えをしているチビリスターと一見ピンチに見えるが、レキは仄かに微笑み右手の刀をを突き出す。
すぐさま銀色へと毛皮の色を変えるチビリスターだが、弾かれる寸前で刀を止めて軽やかに鋭い右蹴りを頭に当てる。
打撃無効ができずに首を蹴飛ばされて動きを止めるチビリスター。次のチビリスターは黄金色と毛皮を変えていたので、素早く刀を突き出すために右腕を僅かに引き絞る。それを見てとったチビリスターは銀色へと毛皮を変えたところで、左足からのハイキックを受けて首を蹴飛ばされて動きを止めた相手とぶつかり、一瞬動きが止まる。
そこへ黒きエネルギー波が飛んできて、二匹を大爆発と共に吹き飛ばした。その結果を気にせずに次なる敵へと向かうレキであった。
リスターは目の前の光景を信じられない思いで見ていた。選ばれた超生命体になれたと思い、あとは密かに力をつけて、今まで見下してきた奴らを殺すつもりであった。だが、突如として侵入してきた美少女によりその考えは覆された。
最初はちょっと強い人間が侵入してきたと感じただけで、初層は弱い奴らしか配置していないから仕方ないと諦めていた。次に攻めて来たときは対抗策を考えれば良いと思っていたのに、事態は短い間に激変したのだ。友だちであるよっちゃんは死に、二人で考えた人間牧場はあっさりと解放されて消え去った。
恐らくは赤昆布に寄生されていた人間もろとも焼き尽くしたのだろうと予想している。同胞を殺すなんて、人間共は薄汚い卑怯な奴らだと、自分は思った。もはや人間ではなくなった喜びと忠実なる兵士がいることに安心した。
だが自分の守りは鉄壁だと考えていたのだ。あっさりと中層が破壊されるまでは。
まさか、あんなにあっさりと倒されるとは思っていなかったので、焦って邪魔になってきた兵士たちで攻めさせたのだが、それもうまくいかなかった。人間などでは対抗できない力を持っている兵士たちなのに、敵は強力な兵器を開発したらしい。
だが、深層は大幅に変えたダンジョンであるから、もはや突破されまいとも考えていたのだ。あとはゆっくりと力をためていけば良いと思っていたのに、なんとメンテナンスをしないために次々と武器が使えなくなるなんて考えもしなかった。
そうしていつの間にか味方はやられて、自分自身が戦うことになったのだ。だが、それでも焦らなかった。なぜならばミュータントは己のスキルで繁殖できる野菜を使ってきており使用する力を節約して、あとは自分の強化に回していたからだ。
そんな自分は最強であり、目の前の顔だけは可愛らしい美少女など、あっさりと捻り潰せるはずであった。
しかも大幅に力を使う毛分身を使ったのだ。ほとんど同等の力を持つ分身たちを見て勝利を確信していたはずだったのに、発する声が震える。
「ば、化け物めぇ〜! な、なんだよ、それ」
目の前の戦乙女の格好をした少女は自分から見ても常軌を逸していた。
刀と拳を巧みに使いチビリスターを次々と捌く少女。打撃がくると思い黄金の毛皮に変異させれば、刀で斬り裂かれて、刀で斬り裂かれると思い銀色の毛皮へと変われば打撃で倒される。
しかもただ倒される訳ではなく、エネルギー波が飛んでくる場所に上手く置いていくのだ。
チビリスターのしがみつきが成功して、足にしがみついた時は終わりだと、勝利を確信して喝采をあげようとしたら、しがみついたまま少女が身体をずらすと、ちょうど後衛が使用した光爪の軌跡がしがみついていたやつへと走り、斬り裂いてしまった。
巧みなる多彩なフェイントを折り込んだ攻撃と、舞うように躱しながら敵を倒し続ける少女を見て、恐怖と共に美しいと感じてしまう。
それと共に少女を倒すのは自分の力を使い果たさなければならないとリスターは最後の秘奥を使うことを決心したのであった。
次々とレキはチビリスターを倒していく。風の妖精が舞うように敵を捌きながら、エネルギー波が飛来してくれば、その直線状に殴りかかってくる敵を上手く誘導して、光爪が使われれば、わざとしがみつかれて、その身体を盾にする。
動揺する前衛のチビリスターを超加速にておいていき、後衛へと近づくと左手を掲げる。
素早く虹色の毛皮に変異するチビリスターだが
「恐れから、毛皮の変異が早すぎますね、落第です」
遥が音ゲーの如くポンポンと超能力を発動させる。
「雷動波」
雷の球体に覆われてダメージを受けるチビリスターは慌てて焦げながらも鉛色へと毛皮を変えていく。
そんなチビリスターを見て、右足を踏み込み高速での斬撃をくりかえし放つ。
斬り裂かれてバラバラとなっていくチビリスターを無視して、次なる獲物へと向かい倒していくレキである。
「この調子なら倒しきれるかな?」
「そうですね、この分身はかなりの力を無駄に使っているはずです。リスらしい知恵のなさですね」
レキが楽しそうに舞いながら、敵を倒しつつ答える。もはやチビリスターは倒されるだけの存在となっており、レキの相手にはなっていなかった。
「これだけ小さいとリーチの差もかなりあるはずなのに、それを考えないで突撃してくるので、殴り放題、蹴り飛ばし放題、投げ放題ですね」
「確かに現実だと、この小さい体躯だと、敵より素早くないと当たらないのに、レキの速度の方が速いしね」
既に敵は残り三割を切っている。なので遠慮なく余裕な会話をして、フラグをたてる二人。
もちろんフラグは直に回収されるのであった。
「ちっきしょー! 仕方ないっ! 僕の最強技を受けろっ!」
ブチ切れた様子で、轟くように叫ぶリスターが両手を掲げて超常の力を使う。
「秘王技、リスター無敵モード!」
その言葉と共に毛皮が様々な色へと輝きながら移り変わる。
血走った目でレキを睨み、ドンッと脚を地面へと強く踏み抜いて一気に加速してくるリスター。
今までとまったく違う超高速での接近をしてくる。
「なぬ! 配管工でもないのに無敵モードですか、リスターだけにスターモードですか、オヤジギャグですか」
七色に光り輝きながら突進してくるリスターを見て違う方向に慄く遥。
突進してくる直線状にいたチビリスターはリスターに吹き飛ばされると同時に爆炎に包まれる。
「ご主人様! 敵のモードは強力です。触れただけで燃やされますよ!」
ウィンドウ越しにサクヤが真面目な表情で警告してくるが
「うん、見ればわかるよ。あんまり長い時間をあのモードではいられないことも」
テンテンテンテッテケテーな感じのリスターが突撃してきて、チビリスターはいよいよ崩壊していった。今のリスターには関係ないのだろう。気にせずに単なる障害としか見ていない様子だ。
光りながらの突撃であり、拳を繰り出すわけでもなく、ただ肩からのショルダーアタックをしてくる旧雑魚な機動兵器を思い出させるリスター。
だが、その攻撃は悪魔の如し力だ。己とほとんど同じ力を持っていると言っていた分身を吹き飛ばしだけで倒してしまうのだから。なのでそのステータスは数倍になっていると思われる。
「こちらも倒されるわけにはいかないしね」
「スターモードが本当に無敵なのかを確かめてみましょう、旦那様」
フンフンと鼻息荒く強敵が現れたことに喜びを見せるレキであるので、遥も止める気はない。レキの気のすむまま、思うがままに行動させる。なので支援の超能力を発動させる。
「念動体」
その発動と共に細胞の一つ一つに新たな念動力の力が補佐として加わり
「ヴァルキュリアモード発動」
レキが制限時間10分のステータスアップ技を発動させる。
蒼き光の粒子が神秘的な装甲から放出される中で、リスターに対して身構える。
「お互いに最後の技というわけかっ! でも勝つのは僕だっ!」
「回避しつづけることは可能だと思いますが、そのモードの貴方を打ち砕きましょうか」
鋭角に高速で突き進むリスターがレキの姿を見て叫べば、レキも不敵にリスターに応じる。そして遥は指をくわえて、その映画のラストシーンを眺める観客化していた。おっさんに相応しい立ち位置だといえよう。
通常モードならばレキでも視認が難しい速さで突進してくるリスターを、ついっと一歩下がり回避をする。
回避をしたにもかかわらず、光る毛皮の近くにいただけで、強力なエネルギーを感じて装甲がダメージを受け溶け始める。
通り過ぎるリスターの胴体へと刀での高速突きを入れるが弾かれてしまう。七色に光る毛皮の中で斬撃無効が入っているからだろうことは間違いない。
たった一発の攻撃のみで、既にその速さでリスターは離れた場所へと移動していた。
「ちっ! どんどん行くぞっ! 超高速での戦闘を見せてやる!」
小刻みに鋭角に移動をして、今度はレキに回避されて通り過ぎても素早くステップをして突進を繰り返すリスター。
左足をずらすように支点として踏み込んで、身体をブレるよう移動をさせて突進を闘牛士のように回避する。
それでも超高速での突進と攻撃する際の攻撃でリスターに肉薄するため、装甲が溶けていく。
「むぅ、あんまり攻撃が入らないか」
どうやらレキは色が変わる中でも、打撃や斬撃の毛皮の色を躱すように攻撃しているが
「旦那様、残念ながら速度が足りません。もう少し速くなければ色が変わる中で敵を倒すことができないです」
むぅ〜と珍しく口を尖らせるレキ。色が変わる速度の方が速いためだ。
「奥さんの期待には答えないといけないね。これでラストといこう!」
遥はすぐさま対応を考えた。もはや強化念動術はこれ以上存在しないが、もう一つ自由なる力があるからである。
その自由なる力を発動させる遥。
「サイキック応援パワー!」
ちょっと可愛らしいネーミングであるが、本日三回目のサイキックである。俯瞰した世界にてレキの身体を把握して、念動体を解除して、強固なる新たなサイキックの細胞ともいえるものを注入する。
爪先から頭の天辺まで、細胞の一つ一つを入れ替えるが如く。
超越した身体へとレキを変貌させる。
歪む空間は自由に指先から生まれいでて、動く体はこの空間に存在しないように、見えない力を持ったレキは今までとは違う強さを感じた。
「レキ、このモードは疲れるから30秒ね。それ以上だと意識が飛んじゃうと思うから」
ニュニュニュと精神世界で歯を食いしばり、力の維持をしている遥。
「充分です。ありがとうございます、旦那様」
すべからく、レキは視力までもが、この世界の見方を変えているのに気づいていた。リスターがどう突進してくるのかが、先程よりも容易に予想がつく。まるで未来を見ているが如く、リスターの吐く息から、籠められた筋肉の動き、その体に圧縮されたエネルギーの流れまでをも見切っており、全ての行動が予想できた。
ジグザグにリスターは超高速にて接近してくるが、もはやレキにとっては脅威にもならなかった。
刀を仕舞い、スッと右腕を引き絞りリスターが肉迫してくるのを見てとって
「超技サイキックストレート」
拳を繰り出したとリスターが思った時には既に振り切ったあとであった。
自分の視認できない速度。光速での攻撃としか思えない攻撃にて、気づいたら頭を吹き飛ばされていた。圧縮されたエネルギー体であるリスターをあっさりと少女の強大な力で、そして高速にて変幻する無効化の毛皮から黄金にならないタイミングを見抜かれて。
リスターは吹き飛ばされていく中で、少女の姿を見て呟く。
「なんだよ……神様かよ……」
リスターの目には神々しく光り輝く少女の姿が見えていた。自らがその攻撃にて力を失い浄化されていくのを感じながら。
リスターはその力の余波を体全体に伝播して爆発していくのであった。
轟音と共に空間が歪む。レキの目の前でリスターは爆発して天まで届く空間が破砕する柱を見る。爆風が吹き荒れ竜巻が発生したが如く周辺一帯を吹き飛ばしていく。
「伝播しすぎて、周り一帯が吹き飛んじゃいました、旦那様」
そう呟くレキの目の前で超越した破壊の柱は消え去り、底が見えない湖にでも軽くできる大きさの大穴があいていた。
「あ〜……頭痛い……。この力は余程の事がなければ封印かもしれないね。それか使いこなすしかないけど超能力がかかわっているから、レキだけじゃ……」
そこで力尽きたのだろう、遥の思念が眠りに入ったことにレキは気づく。
なので優しい微笑みを浮かべて、レキは呟く。
「ありがとうございます、旦那様。やっぱり旦那様は最高ですね」
大ダンジョンが崩壊して、全ての森林が浄化され空気が清らかになっていく中で、レキはボロボロになったヴァルキュリアアーマーに陽射しを受け輝かせて、飛翔をして帰還するのであった。




