236話 おっさん少女は森林浴をする
無数に蠢く森林。レキが高速にてトントンと木々を蹴り通過していくと、その後にようやく反応をして、ワシャワシャと木が不気味に蠢く。
しかし当然ながらその時はレキは遠く離れた場所に走り去っていた。積雪が邪魔をするなら木々を地面の代わりにしようと、忍者の如く、巨木の幹は当たり前として、小枝すらも踏み台として移動していた。
「ニンニンでござる」
移動しながら楽しげに余計な一言を呟くおっさんの年齢がバレるかもしれない。
ひょいひょいと移動して、尊き若さを持つレキが僅かに目を細めて、前方を見やる。
「旦那様、空間結界を発見しました。これが恐らくは敵のボスのいる場所でしょう」
レキの前方には空間が僅かに歪み積雪が発生していないエリアが薄っすらと見えた。
「良し。それでは、見せてもらおうか、森林の支配者の姿というものを!」
でーでんでーと下手なリズムで歌い始めた遥の騒音に負けずに、レキは空間結界を超えて突入するのであった。
「これはどういうことなのでしょうか?」
中に入ったレキは目の前に広がる景色に戸惑いを隠せずに呟く。
吹雪を超えた先。敵のボスがいると思わしき場所はひどく長閑な景色であった。
雑草は柔らかな草の絨毯となり、踏み心地も気持ち良い感触を返してきて、小さな池のほとりにはウサギのような小動物から、鹿のような草食動物がのんびりと水を飲んでいる。
木々は陽射しを程よく防いで、涼やかな木陰を作っており 小枝には小鳥がピヨピヨと可愛らしい囀りを奏でている。この場所は気持ちの良い森林浴ができそうな場所であった。
この場所を目に入れて、沈痛そうな顔をして遥は頷いて叫ぶ。
「罠でしょ! 罠以外の何物でもないでしょ? え、私たち馬鹿にされているの? こんなに罠ですとアピールしてくる罠は初めて見たよ?」
「そうですね、ご主人様。今どきこんな罠に引っかかるのは昔のゲームの主人公ぐらいですよね」
森林で戦っているはずのサクヤが、プププと笑い口元を抑えてウィンドウ越しに同意してくる。
まぁ、その通りであるからして、反論はしない。ボスのエリアでこんな長閑な景色は罠以外の何物でもないのだ。そんなパターンは山程見てきた遥である。もちろんゲーム内で。
「……ところでサクヤさん? 聞きたいことがあるんだけど? 物凄く気になっていることがあるんだけど」
その遥の問いに首を僅かに傾げて
「なんですか、ご主人様? なにか変なことでもありましたか?」
サクヤが飄々とした顔で返事をするが、僅かに動揺しているのを仲が良すぎる遥は見逃さなかった。
「本当は一緒にここまで来れたよね? ゲームのイベントの如く、わざと私たちから距離をとってから私たちを一人にして戦わせようとしてきたよね?」
「ギクッ! わざとギクッと言いました! なんかこう言うの良いですね、なんか楽しいです。ギクッ」
おちゃらけるサクヤの姿を見て、はぁと嘆息をつく。こうなったら真面目には答えてくれないだろうからだ。
「マスター、ここは森林が多く戦車だと多様な動きをできないから、仕方ないですよ?」
コテンと首を傾げて、こちらをうるうるおめめで見てくるナイン。それを見て、はぁ〜と大きく息を吐く遥である。物凄く嘘くさく何かしらの理由があるんだろうなぁと、予測は簡単につく。
まるで女の子が食事が終わるとさり気なく伝票をこちらに渡してくるみたいな感じだが、この二人が私の不利になることはしないだろうと諦めることにした。おっさんの場合はそのような女の子とお付き合いはしたことがないのだが。
「仕方ない、レキ、どうやら私たちだけでボスと戦えということらしいよ?」
「問題ありません、旦那様。私たち夫婦のイチャイチャぶりが目に毒だったのでしょうから」
ポジティブシンキングなレキは眠そうな目を周辺に向けて答える。
「では、間抜けな罠にはさようならですね」
「ここまであからさまなのはドラゴンを倒しちゃうツーなゲームのファンかな? それともその世界を元にしたクラフトゲームのファンかな」
どちらにしてもやることは決まっている。フッと小さく可憐なる微笑みを口元に浮かべて、超常の力を発動させるべく叫ぶ遥。
「サイキックレーザー」
空間が弛み、進化した遥の発動させるサイキックレーザーは既に以前の数倍の大きさとなって発動した。
地面を削り、空間を歪め、狙いは平和そうに見えるいかにも怪しい池へと念動力のレーザーは突き進んでいき池を丸ごと吹き飛ばしていった。
衝撃で水粒が雨の如くパラパラと降ってくる中で世界が歪み、サイキックレーザーに耐えられなかったのだろう、幻惑の世界が消えていく。
そうして現れた現実の景色。その景色を見て息を呑むおっさん少女。
「おぉ………。不気味な世界が表れると思っていたのに………」
「これが敵の真の姿ですか………」
なんだかゲームキャラのイベントシーンみたいなことをするレキと遥。それほど凄い光景であったのだ。
何故ならば、周辺一帯は黄金に包まれていた。目の前には全身が確認できない巨木があった。気配感知では横幅だけで1キロはあるだろうか、木の全長は数キロはあり大気圏から宇宙へと飛び出してしまうかもしれない。
そして全てが黄金でできていた。幹や枝、木の葉全てが黄金色をして輝かせているので、落ちてくる陽射しを木の葉が反射してきらきらと美しい黄金の世界へと変貌していたのだ。
「静香さんがこの景色を見たら、狂喜するだろうなぁ………」
ほぉ~っと感心しきりで、この美しい景色を見渡す遥。写真に撮っておけば神秘的なものが撮れるだろうとカメラドローンをちらりと見るが、おっさん少女の周りをぐるぐると回るだけで、この景色全体を撮影する素振りは見えない。おっさん少女しか写さないという揺るがない変態メイドサクヤであった。
これがボスなわけ?と遥が疑問に思い、黄金の世界を確かめるべく一歩踏み出したときに、厳かな神秘的な声が聞こえてきた。
それは木の葉の葉擦れであり、幹から流れる風の鳴き声のような神秘的な声であった。
「我は樹の王リスターなり………。我が姿を見た者は悲痛に苦しみ、悲しみに嵌り、死んでいくであろう………。脆弱なる人の娘よ………。ここまで来たことは褒めても良いが、少しばかり見てはいけないものまで見ることになったようだな………」
厳かに語る樹の王リスター。黄金の巨木から語られる声に対して遥は、息を呑みこんで震える声音で声を発した。
「あの………、樹じゃないんです。黄色の黄、イエローの黄です。それとリスターだとカリカリ木をかじるリスみたいな名前ですよ? ハスターです、ハスターなんですよ、本来の名前は………」
今までとは違う神秘的なボスだが、これだけは言っておかないとねと勘違いしているかもしれないから、教えてあげる小さな親切大きなお世話な遥である。
「………」
「………………」
「………………………」
「え? まじで? 樹の王じゃないの? リスターだって、俺はよっちゃんから聞いていたんだけど? まじで?」
神秘的な雰囲気はシリアルが覆い、軽そうな声がミルクをかけていた。
「まじです。え? まじで? このボスは勘違いから生まれたボス?」
え~、と呆れる表情になり嘆息する遥。ちょっと凄そうな敵なのに早くもダメダメな様子を見せてくれたのでがっかりである。
「ご主人様! あのミュータントの名前は樹の王リスター! 災厄生み出す樹の王リスターを撃破せよ! exp70000 報酬?がミッションとして発生しました!」
「なぬ? エリアクリアの他に単体撃破のミッションも発生って、こいつやばくない? やばそうな強さを感じるんだけど? ちょっと除草剤を持ってきて良いかな? 一度帰っていいかな?」
エリアクリアのボスであるだけでも強いのに、単体撃破も発生するなんて、ドラドラ役満な感じであり、ビビる遥である。
軽そうな声をあげた残念勘違いミュータントなリスターが声をあげる。
「俺はオリジナルなの。よっちゃんみたいなオリジナル溢れる奴なんだよ!」
「ヨク=オトースのことを言っているなら、あいつはパクりまくりのモビルなアーマー乗りで、オリジナルの欠片もなかったけどね」
眠そうな目をジト目に変えて、リスターをアホを見る目で見つめる遥である。アホなおっさん少女にアホだとみられるリスターは荘厳な現れ方をしたのに、残念極まりない木っ端となった模様。
「あ~、せっかく敵が来たっていうんだ! 俺はDPを貯めて強いダンジョンマスターとなったんだぜ? 通常はモンスターを作るにはDPを使わないといけないんだが、俺はダンジョンマスターの小説を大量に読んできたんだ! それを見て以前から思っていたね、自身が創造できるモノとなればいいと!」
語り始めるリスターに、へいへいたしかに私もダンジョンマスターモノは大好きですよと内心で呆れながら聞く。
「なので、自身を樹の王リスターへと変化させたんだ! これでDPは節約できて俺はより強くなれるってもんだ! どうだ? 凄いだろう?」
フハハと調子にのって得意げな声音のリスターに、遥は疑問を返す。
「自分を樹に変えるのに躊躇はなかったんですか? 樹ですよ? 人間を止めてしまうんですよ?」
「なにいってんだこいつ? 別に強くなれるなら、樹でも………カマワナイジャナイカ」
ゲラゲラと笑うエゴの塊は既に正気を失くして久しいと感じた。まぁ、こんなところに一人で暮らすミュータントに理性を求めたのは無駄だったかもしれない。
なので、最後の質問をすることとしたので、先程と違い冷たい声で尋ねる。
「ではDPとは何でしょうか? この世界にDPなんて無いと思いますが?」
たぶんダンジョンポイントとかいうやつだろう。私もよくダンジョンマスター系の小説はよく読んだから知っているよと思いながら。
「それはあれだよ、人間から負の感情をドンドン回収していけば良いんだ。赤昆布養殖森林はかなり良い出来だと思ったんだが、なんかいつの間にかよっちゃんはやられちまうし、赤昆布養殖森林からも力が流れ込んでこなくなったんで、新しい養殖方法を考えないといけないけどな。俺はそういう裏技的な方法を考えるのが得意なんだぜ」
「………それは奇遇ですね。私も裏技的な方法は得意なんです。………でも、あれは少しやりすぎな感じでしたので」
ちょっと怒った声音で返事をして、スッと目を瞑り、再び開くと深い光を湛える瞳のレキとなる。
「どうやら毒草の類の様子。除草は確定ですね、薪として10円で売りましょう。きっと金色だから売れると思いますよ」
半身になり、相手を睨み堂々と告げるのであった。
「ハッハー、やってみろよ? 我こそは樹の王リスター。あらゆる生命を生み、見る者を災厄へと導くモノなり」
「今さら、神秘的な様子を見せようとしても無駄です。どうやらベニヤ板にも劣る張りぼてだとわかったので」
レキと樹の王リスターが対峙して、戦闘が開始するのであった。
最初に動いたのは樹の王リスターであった。黄金の木の葉からニュッと花が咲き、すぐに実をつける。それがいくつも周り一面に現れる。もちろん、木の実の大きさは3メートルはある球体だ、ドクンドクンと木の実ではなく、なにか肉塊のような脈を表皮に打ってバカリと実が落ちてくる。
そうして実から這い出てきたのは
「黄金の野菜軍か………。怒りに包まれた野菜たちという感じかな?」
遥が現れた敵へと感想をいうとおり、黄金色のメロリン、ジャガーレム、メイジモロコシであった。他はいないので、どうやら野菜たちだけしか作れない模様。
「ご主人様! あれはキングメロリン、キングジャガーレム、キングモロコシと名付けました! 同胞が倒されまくり怒りに目覚めた野菜たちですね!」
外で激戦をしているはずのサクヤが、うきうきとした表情で名付けをしてくるので、恐らくは外の戦闘は終了している可能性大、それでも支援にはこないつもりらしいと感じる遥。
「金色だと強いというのは、希少価値があった時の話、量産されたら相対的に弱くなっているんだよね」
黄金の野菜戦士たちが金のレイピアや金の斧、金の杖を持ちながら囲みを狭めてくるので、静香なら確実に自分から当たりにいっていただろう。
キングメロリンが、ドンッと足を大きく地面に踏み込み、土が抉れて舞う中で突風を生み出しながら突撃してくる。
「ゴールデンレイピア!」
金のレイピアから光の粒子が撒き散らされて、神速の突きが生み出されてるのを冷静に平然とした様子で半身に身構えていたレキは右手をスッと突きの前に掲げる。
宝石すらも貫くだろう鋭い突きの一撃はレキへと肉迫するが、そっと二本の指でレイピアの先端に掴み、クイッと押し込む。
しなるレイピアが掴まれて、大きく弛み、曲がり始め、遂には折れてしまったのを確認したレキはそのまま左足を回転させるように地面を踏み込み、右足からの蹴りを繰り出す。
風を巻き起こすことも、風をきる音もしないのに、一瞬のうちに繰り出した高速の蹴りはレイピアに勝るとも劣らない鋭い突きとなり、キングメロリンの胴体を貫くのであった。
大きく穴が開いて倒れ伏すキングメロリンだったが、他のキングメロリンも既に周りから突撃をしており、無数のレイピアが突き出されてくる。
「レイピアは突きである分、受け流しがしやすいですね。銃弾の嵐と同じです」
余裕の表情のレキは動揺もなく、少しだけ腰を屈めて、左足をずらすように地面に踏み込みを行い無数に分身でもするかのように残像を残しレイピアの嵐を両手で受け流していく。
最初の突きを右手をそえて僅かに軌道をずらして、左手を回転させるように次の突きを弾く。そして次の突きは僅かに体をずらし、眼前を通り過ぎるのを見て流す。
高速での戦闘だが、合間合間に蹴りを繰り出してキングメロリンを倒していくレキ。高速戦闘でもついていけないキングメロリン。
黄金の杖を掲げて、キングモロコシが叫ぶ。
「ビックコーンバーン」
そう叫んだ途端に、超常の力により辺り一面が大爆発に包まれる。大きく地面を抉りクレーターを作り、ポンポンと赤ん坊の頭ほどもある大きさの岩をも砕くポップコーンがはじけ飛ぶが
「念動障壁」
空間から蒼い水晶のような念動障壁が生み出されて、その攻撃を防いでいく。
ノッシノッシとキングジャガーレムが接近してくるのをみて、レキは人差し指を掲げる。
「ヴァルキュリアアーマー展開」
カッと閃光が走り、あっという間に戦乙女へ変身するレキは、素早く上空へと飛翔を開始した。
「ふへへ、それはすでに見せてもらったぜ。樹の王が技、黄金木の葉の舞!」
ゲスイ性根を隠そうともせずにリスターが得意げに超常の力を発動させると、木から黄金の木の葉が舞い散り始めて空間を覆う。
レキはその木の葉を一瞥すると、すぐにその効果に気づいた。
「旦那様、これは鋭い刃が空中を舞っている感じですね。高速で空中を移動すると切り刻まれると思います」
「ウィンドモードだ、逆巻く風で防御をしよう」
こくりとレキは頷き、腕についている風妖精の力を発動させる。シルフに似た美少女が顕現をしてレキと融合を果たすと、体から突風が発生した。
ふいっと腕を振るうと、突風が起こり木の葉が吹き飛ばされていくが
「むぅ、木の葉が多すぎて駄目か………」
「たしかに防ぎきれないかもしれません。なかなか樹の癖に考えていますね」
空中をホバリングして、地上には黄金の野菜戦士たち、空中には金色の刃の鋭さをもつ木の葉が舞うなかで、ちょっとピンチかもしれないとおっさん少女は思うのであった。




