232話 おっさん少女は雪を楽しむ
吹雪の中でも、寒さに耐性があるのだろう。雪が身体に積もっても気にせずにスノーモンキーやオスクネータンク、キャノンシロクマは寒さに身体を凍えさせることもなくレキへと猛攻を仕掛けていた。
スノーモンキーのアサルトライフルから銃弾の嵐が生まれれば、オスクネータンクは背中のミサイルパックからミサイルを乱射して吹雪の中に白煙のラインを描く。キャノンシロクマは狙いをさだめて、両肩のシロクマキャノンを轟音と共に撃ち出して排気の熱風が後方の雪を溶かしていく。
ちなみにスライムゾンビは雪の中に潜ったままであるので、出番はなさそうなキャラである。本来の作戦ではレキが近づくと雪の中からガバリと現れて驚かす役であったのだろうが、空中を飛翔しながら戦っているので、お役御免となっている悲しい存在と化していた。まるで美少女ばかり気にされて、影の薄いどこかのおっさんのようである。
ミュータント軍隊の猛攻により、吹雪以上に爆煙が世界を覆い爆炎が雪を溶かしていく地獄のような雪原でレキは的確にひらりひらりと可愛らしい小柄な体躯を蜂のように鋭角な機動で躱しながら蜂のように鋭くフォトンライフルで敵を撃ち貫いていた。
そんなレキは回避しながら、先程の続きを愛する旦那様に聞いていた。
ドーンドーンと爆音がする中で、遥が得意げな声音で調子にのったような話をし始める。
「レキ、さっきから敵の半分以上は銃を使えていないし、ホバー機動も砲撃もできていないだろう?」
眠そうな目を眼下に向けるとたしかに敵の半分以上は動きが鈍く、攻撃も仕掛けてこないでウロウロとしているので、小首を可愛らしく傾げて
「なぜ、ミュータントは持っている武器を使わないのでしょうか? 弾切れには早いと思いますが」
なにしろ倒す端から敵は補充されていき、それにめげることもなく、レキは次々と倒していっているのだから、弾が切れる前に敵はレキに倒されているのだからして。
「本来、ミュータントがもつ武器はメンテナンスフリーだよね? 何しろ自分のメインウェポンは自分の力で生み出しているから。こいつらは違う。武器を供給されて戦っているんだ。装備しているホバーは繊細な機械だから、メンテナンスが凄い大変なんだ。他の銃器もメンテナンスをしていないんだよ。ホバーはメンテナンスが大変だって、なにかのアニメで整備兵が嘆いていたし」
アニメを参考にドヤ顔をするおっさんがここにいた。しかもそれを疑問にさえも思わない模様。いったいこのおっさんは何歳だっけ?
だが、実際に敵はたしかに動きが鈍かった。移動力を抑えるために創られたエリアなのにホバーが使えないので、敵もその術中に嵌まっているのであるから。
「たしかにマスターのおっしゃるとおりですね。レキさん、スノーモンキーの脚部の噴射口を見てみるとわかりますよ? 雪が詰まり凍りついているので、碌に装備の性能を発揮できていないんです。ヨク=オトースがこのダンジョンに整備兵を配備していたのでしょうが、滅びたので眷属も力を失いただのゾンビかなにかに退化したのだと思われます」
クラフトをアイデンティティとしている私としては信じられませんと、頬を可愛らしくプクッと膨らませて怒るナイン。整備しないとは信じられないのだろう。そして可愛らしい。
「哀れな敵だけど、メンテナンスが必要だとは、ここのボスも気づかなかったんだろうね。私がわざと放置していた作戦に気づかなかったんだ。私こと鳳雛遥の作戦勝ちだということだね」
伏竜よりすぐに死んじゃった鳳雛の方が好きなんですと、胸をはりながら、放置していたことを作戦と言い張る遥であった。かなりの図太さである。
「さすがは旦那様です。妻として鼻高々で嬉しいです」
尊敬の念が入る声音のレキに、ツッコミは?ツッコミが必要ですよと罪悪感が天元突破するおっさんであるが、サクヤは素知らぬフリをしてツッコミを入れるつもりはないらしい。
罪悪感に包まれるご主人様の表情もレアで良いですねと呟いているので確信犯確定。おのれサクヤ。
「では、まだ装備を使えている敵を中心に撃破していきますね、旦那様」
空中を裂くように、光の粒子をあとに残して、吹雪の中に穴を空けて飛翔しながら、レキはフォトンライフルの引き金をひく。
白き光の矢が次々と撃ち出されて、スノーモンキーは頭を撃ち抜かれ、オスクネータンクはミサイルの乱舞の隙間から接近されて、ミサイルポットに数発の攻撃を受けて、誘爆して死んでいく。キャノンシロクマは四肢を踏ん張り、両肩のキャノンの撃ち込もうとしたところに、砲口にフォトンの光の矢が入り大爆発をしてバラバラに肉片へと変わっていくのであった。
激流に笹舟が流されて、フラフラと予想できない動きをするように、レキもフラフラと高速で移動していくので、移動パターンが予想できずに、ダンジョン軍は無意味に弾を消費して倒されていくが、少しして動きが変わる。
「旦那様、敵が撤退を始めました。平原から山裾、森林に撤退していきますね」
レキの言うとおり、このままでは無意味に戦力を減らすだけと理解したのだろう敵軍は、いつの間にかその数を減らし、残る敵も撤退を始めていた。
その動きを見て、遥は迷う。う〜んと構えを解いて、腕を組んでどうしようかなと迷うのである。
「追撃しても良いんだけど………。敵のボスはどこかなぁ? 森にも山にもいそうだなぁ」
どちらにもいそうと思えばいそうであるが、なぜかここのボスの存在を感知できないのだ。看破系にかかることが無いということは単純明快なことであると遥はあっさりと見抜いた。
「たぶん、空間結界を張っているんだよ。部下に任せて引き篭もって隠れているんだろうね。チラホラと敵が感知できたり、消えたりしている時があるから、そこが居場所なんだろうけど、何箇所かあるんだよね」
空間結界は全ての感知系を遮断する。だが、ダンジョンの真ん中で使えば不自然な隙間が発生してしまうので、端っこに作るかダミーを何箇所か作成するかだ。
おっさんもそういう裏技的な敵に気づかれないようにする技はすぐに思いつくので、簡単に予想がついたのである。今日は冴え渡っているかもしれない。
キリッと顔を真面目にして、さらに重要な事柄を呟く。
「宝箱、宝箱はどこかな? これだけの強さの敵とエリア概念からすると宝箱にも期待できるよね?」
わくわくとした表情に変えて、子供らしいドキドキと期待している声音で質問する愛らしいおっさん少女。宝箱は絶対に今度こそ取りたいと考えてもいるし、どんどんと時間をかければ、相手の装備もどんどん使えなくなるからちょうど良いよねと、自分へ自己弁護をしていた。
「……ご主人様……。ここまで高濃度のダンジョンなら宝箱も良いのがあると思いますが、残念です……」
ウィンドウ越しにサクヤが悲痛な表情で眼下へと視線を移す。その先には雪しかないのに。
「……え、まさか? 嘘でしょ? あそこはただの平原だよ? 積雪以外に何もないよ?」
「見渡す限り積雪の銀世界ですよ、ご主人様? なので宝箱があるのは当然積雪の下です。雪で遊ぶしかないですよ? ププッ」
クスクスと笑い始めるサクヤである。美女は他人をからかっても絵になるねと思いながらも、餅のように頬をプクーッと膨らませて不満顔になるおっさん少女。
「外は夏になるかもしれないのに、雪遊びかぁ……。どうしようかな? とりあえずはサクヤのおやつはオカラかな」
「どんなとりあえずですか、ご主人様! 酷すぎますよ!」
「からかうことを目的にしてるからでしょうが! そろそろ戦闘用サポートをしないと、ストップ安は止まらないよ」
両手を掲げて抗議をするおっさん少女へ、はぁ〜とわざとらしくサクヤはため息をついて
「わかりました。では私の有能さを教えましょう。きっとご主人様はむせび泣くかもしれませんけど」
「笑いながら聞くとは思うけど、言ってみてよ」
極めて疑惑を覚えるサクヤの発言を聴く態勢になる遥。
そんな遥へと、チッチッチッと指を揺らして、得意げに答えを言う。
「ヒントは雪は動かせるほど脆い。そして」
「なるほどサイキックを使えば良いのね。おし、任せて!」
「なんで最後まで聞いてくれないんですか! ナイスアイデアと思ったのに!」
すぐに答えを予測して口を発する遥なので、プンスカ怒るサクヤを放置して、超能力を発動させる遥。
ふぉぉと力を籠めて、両手を引き絞り、カッと目を見開く。
厨二病確定の黒歴史だが、仕方ないよね、なにしろ最強を臨むのだからと自己弁護をして、呟く。
「我が力を……我が力だから……えっと、どんな詠唱がかっこいいかは帰ってから決めようサイキック!」
即興で考える詠唱であり、イメージが貧困なおっさんには不可能なイベントであった模様。まぁ、詠唱なんて必要ないのだが。そして寸前で黒歴史日記は更新されなかったので、残念顔のサクヤ。
不可視の波が世界へとレキを中心に生み出される。波紋のように広がる超常の力により、すべての空間を遥は認識したと同時に世界を俯瞰しているような不思議な気分となっていた。
今はすべての物事が操れるような感覚を感じながら、波間にゆらゆらと揺られて浮いているような感覚があった。
この間と違う感覚であり、また一歩サイキックを使ったことにより、なにかが少しずつ変わる感覚を覚えながら、俯瞰した世界に手を振り上げる。
周辺の雪はサイキックの支配下になる。それは僅かしか超能力を感じない雪では防ぐことはできなかった。
「サイキック積雪持ち上げ!」
アホなネーミングセンスを見せて、
「といや〜っ!」
ゴゴゴと轟音が巻き起こり、積雪の中に溜め込んでいた敵のボスの微小な超能力は抹消されて、一気に積雪は持ちあがり、その中に潜って、かくれんぼごっこを楽しむスライムゾンビも現れて、なにが起こったんでしょうかと周りを確認している。
遥はサイキックにて、平原全ての積雪を持ち上げた。周辺の積雪は無くなり、スライムゾンビと土の地肌が見えており、雲のように積雪がゴゴゴと空中に持ち上がっている。
「念動破壊!」
すぐさま、持ち上げていた雪へと即死攻撃をする裏技的な方法を考えつく運営泣かせのプレイヤーみたいなことをする遥。
その超常の力により、サイキックにより把握されていた積雪からできている雲海は全て空間が捻じれて消えていくのであった。
念動破壊の対象に曇天も含めて。
パチパチと紅葉のようなちっこいおててで拍手をして、レキが感嘆の声を上げる。
「凄いです、旦那様。こんなことをするなんて、さすがです」
超能力は遥の方が上手に使えるとレキは理解した。私ではここまでの広範囲をサイキックで持ち上げることも破壊することもできないだろう。本人はまったく気づいていないだろうが、恐らくはこの間の進化とやらで超能力が大幅に威力を上げているのだ。息を吸うように当たり前に使える旦那様は全く気付いている様子はないが。
いずれ気づくだろうとレキは黙っておくことにして、この進化の先には何があるのだろうかと、空を見渡して思う。
空は青く澄み切っており、先程まであった曇天も吹雪も消えていた。気持ちの良いそよ風が髪をなびかせて、頬に当たる。いずれ時間経過で再び曇天となるだろうが、復元までにボスの力を大きく削ぐだろう。
「ふむむ。そう? そうかな? レキには敵わないけど、私が超能力担当だからね、頑張ったんだよ」
照れ照れとしている声音で遥が答えるが、宝箱の為に頑張ったのはわかりきっている。
そんな旦那様の期待に応えるべく地肌がでている平原を見ると、スライムゾンビ以外にもそこかしこに水晶が地面から突き出ているのが見えた。
「旦那様。宝箱の回収を始めますね」
「うん、よろしくね。一つも残さないように頑張ろう!」
コクリと素直に頷いたレキは、光り輝く羽を大きく広げて加速を始めて水晶まで一気に移動する。
移動しながらも、あぁぁとうめき声をあげて、よろよろと歩くスライムを毛皮のように纏っているゾンビをフォトンライフルで撃ち倒していく。
隠れる事も出来ずに、無意味に倒されていくスライムゾンビが次々と白光の爆発の中に消えていく中で水晶にちっこいおててを翳すと、光の粒子へと変換されてレキに吸収される。
すぐに回収したアイテムを見るが
「なんでしょう、これ?」
「ピュアウォータークリスタル(R)、セイントマテリアル(大)」
ん~?とコテンと小首を傾げて不思議に思う。なにせ初めてでてきたアイテムであるからして。
「ピュアウォーターって、なんじゃらほい? 水のクリスタルならアクアとかあったよね?」
珍しくしっかりと以前に手に入れたアイテム名を覚えていた遥が疑問に思う。これはアクアとかぶっていないのかしらんと。
「マスター、これは特殊なマテリアルですね。大量に集めると福引券のように良いことがありますよ」
ウィンドウ越しにナインがニコリと微笑んでくるので、ほむほむと頷き嬉しく思い始める。福引券とは良い響きだね。全財産を使って薬草を買い込んで、その際に福引券を大量にゲームでは手に入れていた遥は思った。福引券とはなんと興味のそそられる名称である。無論、ゲームではその後の福引で大爆死したおっさんでもあるが。
「おし! なら、そこら中にある宝箱は全部回収~。福引券を集めるぞ~」
お~、と腕を掲げて気合を入れるおっさん少女。子供が背伸びをしているようで可愛らしい。
バビュンと空中を切り裂くように移動をしていきながら、次々と回収していくおっさん少女であった。
数十分後、その宝箱の中身に絶望をあげるのであるが。
「なんじゃこりゃ~。全部ピュアウォータークリスタルとセイントマテリアルじゃん! なにこれ? コピー品? もう少し伝説系の素材とかないわけ? いや福引券が手に入ったのは嬉しいけどさ。おかしくない? ちょっとおかしくない?」
ムキーと地団駄を踏む駄々っ子なおっさん少女。ダンジョン深層である分、期待をしていたのだからして。竜の鱗とか竜の核とかがあって、てれって~と凄い武器とかを作れるんじゃないかと期待していたのである。
「マスター、仕方ありません。ここは元は野菜でひしめく平原だったのでしょう」
ナインが困ったような表情で平原を見るように言ってくるので、見渡すと確かに畝が一面にあり元は大規模な畑であることがわかった。
「あぁ~。ここで野菜軍団を量産していたのね………。でもエリアの概念を大幅に変更したから潰したのか」
「その通りです。その際に生まれた力が水のクリスタルであったのでしょう。ここの平原は全て同じ中身になったのかと思いますよ」
僅かに首を横に傾げて、小さく微笑むナインを癒されるなぁと見ながら、がっくりと肩を落とす。
「なら、森か山の宝箱かぁ。敵が撤退したということは、森にも山にもまた違う敵がいそうだよね」
「大丈夫です、旦那様。夫婦の愛の前にはどんな敵も相手ではありません」
フンスと息を吐き自信満々のレキの言葉に、まぁ仕方ないかと覚悟を決めて
「とりあえず一旦帰ろう。少し寒いし疲れたしお腹もすいたし」
弱音を吐いて帰る覚悟を決めたらしいおっさん少女であった。
「はい。ご馳走を作ってお待ちしていますね」
野花の咲くようななんとなく安心する微笑みのナインを見て、おっさん少女は帰還をするのであった。




