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コンクリートジャングルオブハザード  作者: バッド
14章 北海道に行こう

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230話 昼行灯は考察する

 雑然とした賑やかな騒ぎは若木シティ全体に広がっていた。屋台が並び、その屋台は補助金の物資を大樹から貰い、タダ同然な金額でホクホク顔で売っており、子供たちは嬉しそうにお喋りをしながら笑顔を浮かべ、お小遣いを握りしめながら、屋台巡りをして、大人たちは酒を浴びるように飲みながら陽気に騒いでいた。


 全てが大樹の仕掛けた行為であると、昼行灯と呼ばれている飯田はビール缶を持ちながら考えにふけっていた。


「おい、昼行灯。どうやら珍しくあんたの小ずるさが相手に負けたようじゃないか?」


 酔った感じの荒々しい声音には聞き覚えがありすぎるので、肩を落としながら僕は声のしたほうへと顔を向ける。


 予想通りに不愉快な表情を隠さずに、ビール缶を片手に最近ではコマンドー婆ちゃんの名前で知られている戦友が元気そうに立っていた。


「草の根運動作戦は、地道でありますけど、その分対応が難しい作戦でした。弾圧してきたら反抗の狼煙とできますし、無視されればその間に同調者を増やすことができますので」


 そう答えて、陽気に騒ぐ人々を見て深く嘆息する。そうしてビールを一気に煽り、空き缶をごみ箱に入れて話を続ける。


「まさか、5万人を超える人々へとあっさり金をばら撒くとは思いませんでしたよ。しかも、形式上は私が人々へとプレゼントした形にするなんてね」


 予想外過ぎた手法だ。これが1万円でもかなりの効果が見込めただろうに、10万とは開会前に事前に教えられたときは耳を疑ったものだ。


 単純計算でもざっと50億、港や水無月と呼ばれる南部も含めるともっと金額はかかるだろう。それに加えて祭りの援助とわかりやすい飴であるが、金額が金額だ。普通の為政者では、現状が改善するとわかっていてもできまい。


「甘く見ていました。崩壊前の政治家の基準で考えていたんです。財を守り保守的な人間が代表であると考えていましたが、彼らは崩壊を生き残った人たちなのですから、そんな甘い人間たちなわけであるわけがなかったんですよね」


「はん! 敵の頭の良さに完敗したというのかい? アンタは頭の良さだけは見るところがあると思っていたんだけど、アタシの勘違いだったのかい?」


 慰めることもなく、痛烈に言ってくる戦友に対して、その方が小気味よいとニヤリと笑いを見せて答える。


「いえいえ、今回は完敗でしたが、私の命はありますからね。まだまだ戦いは始まったばかりですよ」


「すぐに次の方法を考えているのか?」


 立ち並ぶお爺さんの一人が眼光鋭く尋ねてくるので、肩をすくめて、空を仰ぐ。


「このばら撒きの手法は、以前にハンターギルドを作ろうとした人々を妨害するためにも使われたそうですが、今回はもっと巧妙です。それは抗議活動の主犯である私が大樹の贈答品を使い人々へとお金をプレゼントした形になっていることです。これで私は大樹側になったと思う人々は大勢出るでしょう」


 再び顔を戦友たちへと向けて、残念な表情を作り告げる。


「なのでしばらくは大人しくするしかありません。大樹側の人間であると思われた以上、そのイメージを払拭するのはかなりの苦労が必要でしょうし。いやはや、あのナナシという人は切れ者ですね〜」


 壇上で対面したナナシは、僕に関東制圧隊を任せることにした自分の判断を悔やんでいる様子は見えなかった。その眼光は僕の命も簡単に斬れそうなほどの鋭さであったし、にこやかな笑顔には凄みを感じて、恐怖を感じたのだ。自分がどれだけ相手を甘く見ていたのかを、相手と対面しただけで、深く痛感した。


「じゃあ、あのアホな少女はこのまま戦わせるっていうのかい? 血塗られた戦場をあの子供は戦い続けるのかい? しばらくはいつになるんだい?」


 天使ちゃんを孫娘のように大切に思っているんだろうお婆さんは苦痛に耐えるような表情であり、僕もその言葉に俯く。


「おっしゃるとおり、いつになるかはわかりません………。ですが必ず天使ちゃんを救おうと思います。このシティには大勢の人々が天使ちゃんに救われているんです。きっと同調者は大勢見出すことができるでしょう」


 ヨク=オトースから救われたときに、彼女が全員を救うのだと理解したときに、自分なら無理であろうと考えもしなかった選択肢をとり人々を救ったときに、彼女の手助けをしようと心に誓ったのだ。そして、そんな気持ちを持つものは大勢いるはずだ。必ず光明は見えるはずだ、これまで以上に頑張らなければならないと僕は強く心に思う。


「アタシはアンタに賭けたんだ。頭を使う戦いじゃあアタシが出る幕はないからね。精々頑張んな!」


 バシンと僕の背中を強く叩いてから、屋台を楽しもうとお婆さんたちは離れていった。


 僕もびっちり締めたネクタイを緩めて、だらしない格好となり、楽になったと息を吐きながら屋台へと向かう。


 ビールと焼き鳥5本のセット販売でたったの100円だ、正直安すぎるが今日以降も使える大量の物資を約束された屋台の主人は安さに疑問を持たないで、次々と客をさばいている。


 汗だくになりながら焼き鳥を焼いている主人に声をかけてセットを購入して100円を払う。


「へい、毎度! 大樹からたくさんの物資がきたからね。今日はたくさん食べてくれよ!」


「ありがとう、親父さん。手慣れているけど、そんなにここは祭りが多いのかい?」


「まぁ、日本人って感じなんだろうな! なにかお祝い事があると祭りをしているよ!」


 そのことに疑問を覚えずに笑顔で次の客の注文を聞く屋台の主人から、そっと離れて少し歩くとベンチが大量に置かれている公園が見えたので、のんびりと歩いていく。


 公園もやはり人々で賑わっており、宴会を楽しんでいる様子だ。そんな人々を横目にしながら、端にあるベンチへと座り、ビール缶をプシュッと開けて、一口飲む。


「悔しいなぁ。まさか僕が悔しいなんて思うなんて、つくづく崩壊後は僕も変わったもんだよな」


 多少俯きながら、崩壊前を思い出す。以前はやろうと思えばなんでもできた、学問も運動も自画自賛になるが、贔屓目なしに優れていたと思う。挫折という挫折は感じることはなく、なんとなく流されるように自衛隊に入ったのだ。しかもキャリアコースなのでのんべんだらりと暮らしていけると考えていた。


 本気で悔しいと思った出来事は、正直思い出せない。小説などの昼行灯を真似するつもりもなかったが、自然といつの間にか周りにそう言われるようになったのだ。


 崩壊時は初めて自分の意志で行動したのだ。上司からの命令を断り、避難民を守るために地形を考慮して牧場コミュニティと呼ばれている場所で陣を張り、ゾンビたちを迎え撃った。


 化物を撃退して、安全が確保できたと良い気になっていた僕を地獄に落としたのは、ヨク=オトース。そしてタイライムであり、洗脳攻撃であった。


 崩壊時に異常な力を感じたのに、それを頭から無くした。意識することをやめて、通常のセオリー通りの戦闘を仕掛けて、あっさりとその力に負けたのだ。


 あとから、炎などに極めて弱いと知った時には、部下をむざむざと殺された自分の馬鹿さ加減を悔やんだものだ。しっかりと情報を集めて確実に勝利するのが自分のスタイルであったのに、相手の力を見極めることをしなかったのだ。


 そして次に悔やんだのが、今回の出来事であった。もしかしたら、自分は殺されるかもしれないと考えてもいて、その時には大規模な抗議活動をするように密かに部下に指示を出していたのだが………。


「防がれるとは思っていなかった。まさかこんな単純な方法で防いでくるとはね」


 自分の頭の良さに自信を持ちすぎていたのだ。我ながら間抜けであった。自信があったのに、極めてスマートに作戦をあっさりと打ち破られたのだ。


 かぶりを振りながら、人々へと視線を向けて大樹とはなんなのだろうかと考察する。若木シティの面々も最初は何者なのだろうかと考えたらしいが、今はそんな風潮にはない。それだけ大樹に頼り切っているのでタブーとなっているのだろう。


 見てみぬふりをしていても問題はまったくない。なにしろそこまで大樹は強圧的な行為はしない。いや、しないどころか極めて善政をしているので、不思議な組織だとは感じながらも日々の暮らしが大事な人々は気にしないのだ。


 僕もこの人々の中にいたかもしれない。日々の暮らしを大切にして、のんべんだらりと昼行灯と呼ばれながら生活していたかもしれなかったが、その選択肢はすでに捨てたのだ。


 ならば少しでも大樹の秘密を知りたいところだが、超技術を持つ謎の組織だとわかるだけであり、それは大樹出向者からも聞くことはできなかった。普通なら酒の席でもあれば、組織内のことを口にする人もいそうなのに、同僚の話とか今やっている仕事の話だけで本部の話を具体的に口にする人間は一切いなかった。


 物資がどこからくるのかがわかれば少しは秘密もわかるかもしれないが……。まさか無から生み出しているわけではあるまいし、5万人へと供給する量は膨大な物だ。


 ん?とそこで自らの考えに疑問を持つ。それは考え方を変えると……。そんな思考の渦に入り込む僕の隣にドカリと音をたてて誰かが座ったことに気づく。


「辛気臭い顔をしながら、ベンチに座っているんじゃねぇぞ、飯田」


 座ったのは赤ら顔で、吐く息が酒臭い百地代表であった。ドカンと抱えていたビール缶やツマミをベンチに置いてこちらを見る。


「祭りなんだから、その立役者は嘘でも良いから、いつもみたいにヘラヘラとしていろ。周りが心配するだろうが」


「すいません。ちょっと考えごとをしていたものでして。あ、このビールは頂いても?」


 うむと頷く百地代表は、僕を見ながら笑う。


「どうせ、大樹にしてやられたことを気にしているんだろうが、俺たちもいつもやられているからな、気にしていたらきりがないぞ?」


「たはは、悪巧みは上手くはいきませんでした。さすがは大樹というところですか」


 僕もビールを新たに開けて、ゴクリと飲むと、のどごしよく苦いアルコールが旨く感じる。


「でも百地代表。不思議に思いませんか? なぜ大樹がこんなにも物資をポンと出せるほどに余裕があるのか」


「それは初期の取引をしていた頃から、俺たちが疑問に思っていることだ。本部なんぞ影も形も近くにはないのに、どこからかやってきやがる」


 今更の質問なのだろう。それはそうだ。どう考えても、一地域が持てる物資の量を超えているのだから、疑問に思わないわけがない。


「ですが、先程、僕は反対のことを考えました。反対に世界的視野で見ると、5万人なんか塵芥だろうと」


「世界的視野ぁ? 随分大きな視野だな、おい」


 予想外の考え方だったのだろう。面食らいながら百地代表がこちらを見てくるので、先程思いついた推測を語る。


「彼らは本当は世界規模で動いているのではないでしょうか? 世界各地の農園や工場を確保しているのであれば問題はない。そして、それを可能にする乗り物も彼らは持っている」


「空中戦艦だな? あれが何隻もあるというのか?」


「はい。どう考えてもあれほど強力な戦艦を一隻しか建造しないというのは考えにくい。恐らくは数隻はあり世界各地を周っているのでしょう。そしてその中に本部となっている空中戦艦もあるのではないかと思います」


 ほぅと顎に手をあてながら百地代表は考え込むが、僕の推測が可能性があると思っているのだろう。なにしろこの一年半影も形も見たことのない本部。それが自由自在に移動しているとなれば話はわかるからだ。


「なるほどなぁ、たしかにあのバカでかい戦艦なら居住用の戦艦があっても問題なく暮らせるだろうよ。それで各地の物資を集めながら移動をしている、か……」


 可能性としてはアリだなと呟きながら


「それで? それが判明したらどうするつもりだ?」


「なんとかして空中戦艦に入り込み那由多代表と個人的に話し合いたいと思います。空を見張る人々を配置しても損はないでしょう」


「で? 何を話し合うんだ? 政治体系を変えろとでも直談判する気か? それとも切れ味の悪い包丁でも研いでくれとでもお願いする気か?」


 そんな話を聞くわけがないだろうと、鋭い目つきで百地代表が睨んでくるが、かぶりを振る。そんな話は聞いてくれるわけはない。


「いえ、子供を使うことへの、世界的に歴史へと残る大樹のイメージが悪くなるだろうことを説明します」


「……っ! そうか……。やつらのプライドを刺激するわけか……。う〜む……少しは可能性があるか……」


 腕を組みながら、唸る百地代表。那由多代表のイメージを考えているのだろう。それがただの一つの陳情として意見箱にでも入っているのなら無視するだろうが、もし本部に乗り込み、その話を直談判されたら聞かないフリをするのは不可能だ。プライドと周りの支持を気にするだろうタイプなら必ず一考するはず。


「それならば大樹内部に協力者が必要だが、本部へと連れていける権限をもつ奴なんざ一人しか浮かばないな……」


「権限を持つというのはナナシさんですね? ナナシさんは、天使ちゃんを全然気にしていない風にでしたが、少し様子もおかしかった感じもしました。なぜスタイルだけでも、考えている様子を見せないのでしょうか?」


 不可解なことの一つ。あれだけ切れ者なら天使ちゃんのことを気にかける様子を演技でも良いから見せるだろうに、なぜか少し表情に陰りを見せただけで、まったく気にするような発言はしなかったのだ。


 ガリガリと頭をかきながら、困ったような表情になり、百地代表は黙りこくる。なにか気になることがあり、それは言えない様子なのだと、すぐに理解した。彼はナナシの秘密を知っているのだ。そしてそれを口にする気はないのだろう。


「まぁ………あいつはあいつで大変なんだろう。あいつの企みをこちらの動きでオジャンにするのは少しな……。他に頼りになりそうな奴を探すか、それともナナシの野郎を上手く説得するか……。まぁ、しばらくは様子見だろう。お前の言っている内容が正しいのだと判明するのが先だ」


「そうですね、まずは物資供給時の港や若木シティの上空や車両の出入りを確認していこうと思います」


「あまり目立つことはやめろよ? まぁ、期待しないで、待っていてやる」


 話はこれまでだと、残ったビールを一気に煽り、立ち上がる百地代表。


「とりあえずは今日は祭りを楽しんでおけ。しかめっ面ばかりじゃ疲れちまうしな。今のお前は昼行灯には見えないぞ?」


 その言葉に思わず苦笑してしまう。たしかにのんべんだらりとやっていくのが僕のスタイルだ。性急にことを運ぼうとすれば、失敗するのは目に見えている。なにしろ今日、まさに痛い目にあったばかりなのだから。


 言われて周りを再度見渡すと、人々は笑顔、笑顔、笑顔だ。自分ぐらいしか、しかめっ面の人間はいないのかもしれない。


「そうですね。僕らしくなく、どうやら焦りすぎたようです。今日の出来事がよほど効いたのかもしれません」


 肩をまわして、凝りを解すようにして立ち上がる。焦る必要はないし、ことは慎重に運ぶ必要があるのだ。今日はのんびりと祭りを楽しもうと人々の笑顔の中に混ざる昼行灯であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう完結してるからどうしようもないけれど、遥が出てる時の方が周りの勘違いが加速するのでめちゃくちゃ楽しい! 追いかけてるときならおっさんに出番を!ときっと叫んでいました。
2021/09/02 10:02 退会済み
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