228話 恩返しをするおっさん少女
初めて見る劇場内は薄暗い中でも美しく高級感を与える内装が見てとれる。新築であり一階席はそんなに高くないが、今案内されている場所は違う。大丈夫かしらと案内の係員にこちらですと、丁寧な仕草で話しかけられて、キョロキョロと周りを見学しながら歩くのは伏美の家族であった。
ちょっと小綺麗な服装をしており、お仕着せだが頑張って用意しましたとわかる感じで、私たちは2階に案内されて良いのかしらと場違いかもと戸惑いも見せていた。
フカフカの毛の長い絨毯を歩きながら、到着したのは金色の煌きが見える重厚な扉であった。
「お連れ様は既に席についてお待ちです」
タキシード姿の案内人が、綺麗な仕草でおじぎをして扉を開ける。そこはちょうど舞台がよく見える舞台横の1番良い眺めのボックス席であった。驚くことにテーブルが置いてあり、綺麗なテーブルクロスが敷かれていて、食事をしながら劇を楽しめるようになっていて、崩壊前でもこんな高級感溢れる場所に来たことはないわと、伏美夫妻は驚く。いくらかかるのかわからないレベルだ、こんなボックス席は重要人物とかが使いそうな感じを見せている。
「あ〜! おねえちゃんだ〜!」
「なんかいつもと違う感じがする〜」
子供たちが、先に座っている少女を見つけて、笑顔でトテトテと走り寄る。
少女は笠地蔵のような笠を被っており、むふふと悪戯そうに笑って、両手をぶんぶん振って、伏美夫妻を歓迎してくるのであった。
そんな少女の姿を確認して、伏美が困ったような苦笑交じりの微笑みで頭を下げて挨拶をしてくる。
「今日はご招待ありがとうございます。こんなに高価なところに招待してくれるなんて、招待してもらってなんだけど、レキちゃんやり過ぎよ?」
忠告もしてくるので、レキに対して気後れはしていない様子。ちらりとテーブルに置かれたジャンクフードの山を見て、微笑ましく表情を変えたので、それがリラックスした感じもする。
常に童心溢れて、子供なおっさん少女の行動も役に立つときがあるのである。というか、中身の遥の行動だ。だって、売り場があって、ポップコーンがバターの匂いを出していたら買っちゃうよの精神なので。この間はステーキセットまで頼んだのであるからして。
「ふふふ、笠地蔵のようなお返しを期待していてくださいと話したでしょう? まだまだ大変な時期におでんをご馳走して貰ったので、私もそれに見合ったお返しをしたのです」
フンスと息を吐いて、胸をはる笠地蔵ごっこをしているおっさん少女である。小柄な体躯で笠を被ってそんなことをいうので、もう劇が始まったのかという愛らしい姿を見せる少女がそこにいた。まぁ、おっさんなら笠を買わない通行人の役どころであるだろうが、美少女なら笠地蔵役でも可愛らしくこなしてしまうのだ。
両手に腰をあてて、伏美は困った表情で、ボックス席を見渡して、恐る恐る値段を考えて尋ねてくる。
「かなり高かったんじゃない? 大丈夫?」
レキは有名人であり、お金もたくさん持っていると噂を知っているだろうに優しい人だなぁと思いながら、悪戯そうに口元を抑えて、こっそりと教えてあげる遥。お金持ちだから奢って貰っても気にしないという人間がたまにいるのであるからして。
「えっとですね、これは年間パスなので、いくら使っても減らないんです。大樹の人が購入したんですが、今日はそれを借りたので………。テヘへ、本当はタダなんです」
伏美が気にかけないように気を使い、敢えて自分は実はお金を使っていないんですアピールをする。そんなペロっと小さく舌をだして笑うおっさん少女の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろして安心する伏美。
家族たちと豪華な椅子に座って悪戯そうに笑う。
「なんだ。それなら気兼ねなく使えるわね。安心したわ、レキちゃんみたいな小さい少女に高価なご馳走をされちゃうと困っちゃうもの」
ふふっと笑ってテーブルに置かれている様々なジャンクフードを見て楽しげに笑う。
「それじゃ、こちらがレキちゃんのご馳走で良いのかしら?」
「ええ、売店を走り回り、劇場の前の屋台を周り巡って買い集めたのですよ。凄いでしょ」
フンスと息を吐いて、得意げに答える子供な少女を見て、伏美たちは笑顔で会話を楽しみ、劇が始まるのを食べ物をつまみながら待っていると、
「あ〜! まだリィズが来てないのに食べてる! リィズも食べる! ずるい!」
てこてこと小さいコンパスで慌てた様子でおっさん少女の隣にぽすんと座って、テーブルに買ってきた屋台の食べ物を置く、超能力を持つ少女であった。というかリィズだった。
「こら、リィズ! 挨拶が先でしょ?」
もう一人扉から入って来たのはナナであった。先に来たのはもちろんリィズであり、ナナに怒られて、ウッと顔を引き攣らせて俯く。
「むぅ、リィズは荒須リィズ。レキの姉であり、ナナの子供でもある天才超能力少女、よろしく、実はそろそろ戦艦の艦長にもなる予定」
ぽそぽそと小さな声で挨拶をして、人見知りっぽく振る舞っているが、そぉ〜っと手を置いてあるポテトに伸ばしているので、反省ゼロな演技だとわかる超能力少女だ。そしてどさくさにまぎれて戦艦の艦長を所望する策士なリィズである。
「もぉ、リィズ! しょうがないなぁ、こんにちわ、荒須ナナです、今日はレキちゃんの招待できました」
見ているだけで元気がでそうな笑顔を見せてナナが頭を下げて、慌てて伏美たちは立ち上がり、挨拶を返す。荒須ナナの名前は有名でお金持ちで英雄だと来て間もない自分たちも知っていたからだ。自分たちだけが招待されたと勘違いをしたのだと恥ずかしく思っていたら、遥が口を挟む。
「ナナさんの総合エネルギー会社は若木シティの人口が増えすぎて、人材不足でてんてこ舞いだそうなんです。働く人を探しているらしいのですが、房絵さんはいかがでしょうか?」
ニコニコと微笑みながら、伏美たちを見てくる少女がなぜ今日という日に伏美たちを招待したのか、真の狙いに気づき嬉しさで驚きの表情となってしまう房絵夫妻。
「おでんをご馳走しただけなのに、良いのかしら?」
人が良すぎる少女を優しい目で見つめる伏美だが、いえいえと首を横に振り遥もゆっくりとした口調で答える。
「まだ若木シティに到着して間もなく、海のものとも山のものともわからない暮らしを前に私にご馳走してくれたのです。それはどんなに高価なご馳走を前にしても負けないご馳走でしたので、謎の笠地蔵が恩返しをしたのです」
ニコニコと楽しそうに微笑みながら語る遥の艷やかな頭を撫でながら、ナナもニコリと微笑む。
「レキちゃんは優しすぎるかもしれませんが、そんなレキちゃんへとご馳走をした貴方たちも充分優しいと思いますよ? それに人手不足なのは本当ですし」
優しい目で少女を撫でるナナを見て、貴女も優しいですよと思いながら、新たな就職先を房絵の夫は見つけたのであった。
ワイワイとその後はほのぼのとした幸せいっぱいな空気を振りまいて、劇が始まったのを見始めた面々。その中で、隣にリィズ、反対側の隣にナナと両手に花な状態のおっさん少女はこっそりとナナに尋ねる。
「あれから昼行灯さんはどうなりました? 灯りが消える程に怒られましたか? もう消火されちゃいましたか?」
その呟きにナナはソファにもたれながら苦笑して答える。
「そうだね。もう百地隊長は顔を真っ赤にしながら怒っていたよ。周りで聞いていた私たちも怖かったぐらいに」
はぁ〜とため息をついて、真面目な表情になり
「正直、たしかに危ないと思ったよ? だって北海道の避難民のみにお金を稼がせていたからね。頑張っているのは北海道出身の兵隊さんたちだけど、それでも最初から頑張って若木シティに住んでいる人たちはそれを知ったら怒っていたと思う」
「ですよね。個人が儲け話にのるのは、多少のえこひいきは仕方ないだろうと思いますが、軍隊という大きな組織ぐるみで、ひいきをするのは話が違いますからね」
アメリカンドッグの串の部分にこびりついた衣のカリカリ部分はなんだか美味しいねと、ちっこいお口でリスみたいにカリカリしながら、返事をするので緊張感ゼロであるおっさん少女。
そうして、豪族が怒ったのはそれだけで、大樹への抗議活動にはたいして怒らなかったのだと気づく。
まぁ、それはそうだろう。色々と助けてもらっており、コミュニティの命の恩人ではあるわけだが、とにかく大樹は怪しい。
本部もわからなければ、どこから物資を持ってくるのか?いつ本部を公開して共に歩もうと考えるのか?くたびれたおっさんが正体だとわかったらどうするのかと怪しさ爆発だ。くたびれたおっさんは関係ないかもしれない。
そんな内心なので、豪族が強くは怒らないことは簡単に想像できる。遥も強く目くじらをたてるつもりもない。だって、くたびれたおっさんという秘密が一番問題なのだから。
それに草の根運動で頑張っている昼行灯が可哀想すぎる。映画なら主人公役だけど、遥とかかわるとピエロにしかならないからだ。でも秘密なので内緒で絶対に言えないので、内心で頑張っているのにごめんねと謝るおっさん少女であった。
「だから、今後は防衛隊が見張りの意味も兼ねて分散して入ることになったんだ。飯田さんに全てを任せたのは北海道の人たちを救済する意味もあったんだけど、あんまり良い方向には向かわなかったから。今度は以前から住んでいる人たちも物資調達班に入れていくからね」
「そうですね、もう少しやり方を考えれば良かったんです。大樹に抗議するなんて間違っています。私を解放しろなんて間違っています」
謎の避難民を演じるのは本当に大変だったのだと、頬を膨らませて文句をブーブー言うおっさん少女だが、苦労していたのはサクヤとナインであろう。
そして文句を言うおっさん少女を静かに見つめるナナ。
その視線に気づいて、不思議そうにコテンと首を傾げるおっさん少女。なにか悪いことを言ったかしらんと不安になる小心者であるからして、そわそわし始める。
「大樹のやり方はある程度は正しいかもしれないけれど、間違っていることもあるよ? レキちゃんを解放しろと言う人たちの気持ちは私はわかるから」
真面目な真剣な表情で語ってくるナナにいつになく本気なようだと感じとり、困惑してしまう。
「むぅ、大樹がいなければ復興は無理でした。それに解放されて私はどうすれば良いんですか? 私は戦うことしかできませんよ?」
戦闘民族なので仕方ないのであるからして。常に強敵と戦わないと、怠惰なおっさんしか残らないかもしれないのだ。どこかの野菜人と一緒であるからして。
「……レキちゃんは、戦うことしかできないとは思わないって前も話したと思うけど、まだ自分のやりたいことは見つからない?」
この答えはなにか分岐点になるかもと、小説や漫画を参考書にしている遥はピキーンと第六感を働かせた。さすがおっさん+1である。無駄な時にしか覚醒しない役に立たない力であった。
なので、久しぶりに真面目な表情で真剣にナナの問いかけに答える。
「前も話をしたと思いますが、私は戦い続けますし、人々を救い続けます。その答えは変わりません」
ゆっくりと目を瞑り、ナナは嘆息して俯くが、レキちゃんは頑固なんだからと、すぐに気を取り直して顔を持ち上げて言う。
「レキちゃんなら、そう言うと思ったよ。でもいつでも戦うのをやめても良いからね? 無責任かもしれないけど、助かる人はこれから減るかもしれないけど、わたし達がその分頑張るから! 大樹にはガツンと言うのが一番だと思うし。大人が頑張りなさいってね」
むんと力こぶを作るように、腕を折り曲げて強い力を感じる微笑みをナナは浮かべる。
「まぁ、もし、そんな時がきたら考えますよ。でもしばらくはこないでしょうが」
しょうがない熱血主人公だなぁと、苦笑いを浮かべながらも、ナナのそういうところこそが気に入っている遥。
その言葉を聞いて、瞳を輝かすナナは顔をグイッと近づけて
「約束だからねっ! その時は教えてねっ」
「わかりました。そんな時はこないと思いますが」
おっさん少女は遊び続けるので、疲れた時だけ戦うのをやめようと思う。戦うよりもゴロゴロしている方が多いかもしれない遥はそう思った。
そして、難しい話をしたので、しばらくはゴロゴロとしていよう、ナインの膝枕でゴロゴロしようと決意する、すぐに戦いをやめるときがきたおっさん少女である。
「ふふふ、レキちゃんの考え方が一歩進んだね。私と暮らす日も近いね」
1歩進んで3歩下がるおっさん少女へと、5歩ぐらい近づいて迫る元女警官。道徳観念はどこへいったのだろう?見た目は子供、頭も子供な手を出してはいけないおっさん少女である。
「むぅ。またナナが劇をそっちのけで妹を口説いている」
話をナナの都合の悪いところだけを聞きつけて、ジト目で口を挟むリィズ。手に持つポップコーンの袋が空になっていたので、なぜ話しかけてきたのかがわかる。
「違うから! いや、違うかもしれないから。まずはもっと親密度をあげないといけないでしょ?」
ん?この間より前向きなナナだねと冷や汗をかく。なんだかナナは100歩ぐらい考え方が変わったかもしれない。
よおし、鈍感系主人公の出番だねと笠を再び被り、カチンコチンと口ずさみ、笠地蔵の真似をするおっさん少女。
そのアホな姿に疑問を持って、リィズが問いかけてくる。
「妹よ、それはなに?」
「石地蔵の真似ですので、鈍感なんです」
それは鈍感ではなく、石でしょと、なにも感じないにも程があるアホな少女である。
「むふーむふー、私も地蔵の真似をする! 笠を貸して、笠」
「はい。お姉ちゃん、笠はまだまだありますよ、布巾も持ってきました」
ふふふと微笑み、ひょいとアイテムポーチから笠を取り出してリィズへと受け渡す。それを見た伏美の子供たちもおっさん少女に近寄って
「僕も! 僕も笠は地蔵やる!」
「あたしもやる〜」
みーちゃんもいれば、もっと楽しかったなぁと思いながら、笠をどうぞどうぞと渡すおっさん少女は劇をまったく見ていない。どうやら今日の劇は子供たちには難しい内容であったようで、飽きた模様。
子供たちで、椅子に座り笠地蔵を皆でやるという劇場で、劇を見ながら木の役をやるような訳のわからない集団と化してしまう。
楽しそうに固まった地蔵のフリをしながらも、ひょいひょいとお菓子を摘みながら、立ちすくむ子供たちであった。なんというか子供にしかわからない楽しさなのだろう。おっさん少女も童心溢れる子供の心を持っているので、子供の心がわかるのだ。実にしょうもない。
むふふ、これで鈍感系主人公だねと、遥はちっこいおててを口元にあてながら、可愛らしくほくそ笑み、その姿を見てなんで鈍感系を演じているのか理解するナナである。
「まぁ、今はこの関係が好きだからね。ゆっくりとお互いわかり合おうね」
「私も今の関係が好きですよ。だって楽しいですからね。何ごとも楽しまないと損ですから」
崩壊後は楽しむことを最優先にしているおっさん少女はニコリと微笑み、ナナも嬉しそうに頷くのであった。




