225話 おっさん少女はコミュニティで密かに暮らす
ぱちりと電灯を点けると裸電球がジジジと瞬いて点灯してくるのを少女は昭和の味がでてるね〜と、ふふふと小さく微笑む。部屋を見渡すとカーテンが無い10畳の部屋で1LDKトイレあり、風呂なしである避難民用の住居である。
エアコンもなく、小さい電熱コンロが置いてあり、これまた小さい単身赴任用みたいな冷蔵庫が設置されていて、押し入れにはペラペラの布団が二組入っていた。
まぁ、10畳あるのが救いだろうから、家族でもなんとか暮らせるレベルだ。これは避難民が頑張って普通の住居に暮らせることを目指すようにわざと広々とした住居は建てなかったのだ。
それでも見かけだけで内部は超科学の建材で作られており、猛暑でも極寒でも、普通より少しだけ暑さと寒さを感じるように熱を調節してくれるのだった。
完全に温暖な気候にもできたが、それだと季節の移り変わりを味わえないよねというおっさんのいらない世話焼き根性からこうなったのである。
そんなおっさんのいらない世話焼き根性など、少女は知りませんしと記憶からデリートして、荷物をおいて、小柄な身体でう〜んと伸びをして強張った身体をほぐす。
なにしろ北海道から避難してきて緊張状態が続いた少女だ、身体が強張るのも無理はない。決して暇だったから眠いとか言いたいことが言えないで面倒くさいとかで身体が強張っていたわけではない。
「なんだかんだで、まともにこのコミュニティで暮らすのは初めてですね。いったいどんな暮らしをしているのかを謎の避難民の目線で見ていきましょうか」
ふふっと可愛らしいお口を微笑みに変えて呟く謎の避難民の少女。
「そうですね、今回ばかりはいつもと違って慎重にしないといけないので、あんまり話さないほうが良いですよ、ご主人様。無口系クールな私を真似すればバッチリのはずです」
フンスと得意げにこの世界線には存在しないメイドのことを自慢する銀髪メイド。
「えっ! 新しいサクヤが実装されたの? 会いたいからすぐに紹介して! その無口系クールな美女メイドに」
もちろんそんなボケを受けたら返さないとねと、少女がツッコミを入れるとムキャーと用意しておいたハンカチを口に加えて悔しがるサクヤであり、いつもの漫才コンビであった。
「マスター、今回は本当にバレやすいですし気をつけてくださいね? 遥様のぼでぃでノンビリと静香の調査結果を待ちながら家で私の膝枕の上でゴロゴロしていても良いんですよ?」
極めて魅力的なナインの提案にウニュニュと悩む。その提案は世界を半分やろうと言われるよりも魅力的であったが、断腸の念で首を横に振る。
「駄目だよ、今回はレキの解放も抗議内容に入っているし、解放される人物と解放する人物が同一人物というわけのわからない状態だしね。北海道大ダンジョン解放よりも面白そうだから、こっちに調査しに来たわけだし」
堂々たる態度で、楽しそうな方を選びましたと胸をはる少女。ゲーム感覚なので、行き当たりばったり病がまた発症した模様。
「それに大ダンジョンはこの間の決戦でもう閉じこもるしか手はなくなっているでしょ。あとはゆっくりと撃破するのみだしね」
愚かにも決戦を挑んだ大ダンジョン軍はもういない。最深層の未知の敵も見なかったし、弱兵のみで戦闘をするという最悪の戦術を選択した敵ボスはもはや守りを固めて閉じこもるしかない。
そう考えて、お膝元の若木シティの様子を探りに来たのだ。しかも自分が単純に訪問しただけではわからない目線。すなわち避難民としてであるからして。
「わかりました、マスター。充分にご注意を」
「大丈夫だよ、これに備えてルパンの孫のアニメをたくさん見てきたから、バレるようなミスはしないよ」
アニメを参考にしましたと子供のような全然大丈夫ではなさそうな返答をして、ポンと胸を叩いて自信満々の様子で、てこてこと部屋を出ていくので、恐らく失敗するだろうとメイドたちは思うのだった。
まったく心配性なんだから、こんなに完璧な偽装をしてるのだからバレるわけ無いでしょう、なにしろ北海道からわざわざ来た避難民だよと自信満々に団地を出ると誰かを探しているような様子の英子が立っていて、こちらへと近寄ってくる。
「あ〜、あんたかな? ねぇねぇ、あんたは北海道から来た孤児の避難民?」
凄い直球の言動で声をかけてくるので、デリカシーがなさすぎでしょと思いながらもポソリと返答をする。
「はい……私は北海道から来ましたけど?」
「あ〜、親いない系? ならうちにきなよ。絶対に悪いようにはしないからさ」
もはや言動が怪しまれる以外に無い英子である。これでついていく人間はいないと思われるが、行き先の無い子供にとっては、それでも救いと見えるのだろうか。
ぶんぶんとかぶりを振って拒否をする少女。
「いいえ、私は一人で暮らしていけるので大丈夫です。お気遣いありがとうございました」
べコリと頭を下げて、英子の横を通り過ぎようとするが、グイッと腕を掴まれて
「んと……私は格好が怪しいかもしれないけど、孤児院は良い子ばかりだから。大通りに面しているし、ちょっとだけ見ていかない? この街は復興しているから、子供だけだと暮らすのは荒れている街よりも暮らしにくいんだよ」
優しい微笑みで柔らかい声音の英子は、少女をなんとかして助けようとする感じを与えてきた。
英子さんはどうやら上手く孤児院でやっているみたいで良かったと、クスリと笑って答える。
「大丈夫です。私はこれまで生き残ってきた謎の避難民なのですから苺愚連隊のお世話にはなりませんよ、英子さん」
迂闊な発言には定評のある少女であったので
「ん〜? 私が苺愚連隊だって言ったっけ? ていうか、私は名前を名乗ったっけ?」
首を捻り、不審そうに少女を見てくるので、あわわと慌てて話を繋げる。
「言ってましたよ? 私は苺愚連隊隊長の斉所英子である、控えおろう〜って」
クリティカルなトドメを追加するアホな少女であった。なぜ常にアホな発言をしてしまうのであろうか。
「んん〜? そのアホっぽい話し方はもしかしてレッキー?」
「し〜っ! し、知りませんし、なんのことやらわかりませんので、黙っていてくれたら、あとで孤児院に大量の空気が贈られるかもしれませんね」
英子の口を紅葉のようなちっこいおててで、慌てて塞ぎ説得する先程絶対にバレないと言っていた自信満々の少女の姿がここにあった。そして、さり気なく買収もしているのであった。
キョロキョロと周りを見るが、誰も気にしていないので、胸を撫で下ろして安心する。
そんな少女を見て、なんかまたやってるなと気づいた英子は軽くため息を吐くと、手を振りながら帰ることにした。
「しょうがないなぁ、それじゃ少女はしばらく世間の風を味わってきなさい。んじゃ、またね〜、空気は100個必要だからね」
だいぶ水増しした要求をされたけど仕方ないかと、少女もおててをめいいっぱい振って、英子を見送るのであった。少女的にはセーフ、これはセーフ。たぶんバレていないからセーフ。
そうして、てこてこと再び歩き出すのであった。
街並みは普通よりも騒がしい感じだろうか。若木中央ビルが少し離れた場所に見えており、眼前には商店街の若木ロードがアーケード付きで存在する。そろそろお昼なのか、ワイワイと人が食べ物屋に入っていくのが見えるが、ほとんどの人は物資調達か畑で農家さんなので、彼らは運良く街で仕事を見つけられたのだろう。
そんなに数は多くなくこじんまりとしたお店も多い。食べ物屋は屋台の方が多いのかもしれない。少ないお金でできるからだろう。
「へい、らっしゃい! 焼きたての焼き鳥はいかが?」
「鹿肉の串焼きは美味しいよ〜、ガブリといってみてくれ!」
「果物ジュースはいかが? 冷たくて美味しいよ〜」
なんとなく屋台が連なっていると、雑然として、それでいて胸が踊るような楽しい感じがするねと、周りをキョロキョロとしながら移動する。
目的地の若木中央ビル前に到着すると、数台の輸送バスが駐車しており、午後からの物資調達及び清掃作業と看板が置いてある。
情報集めにはちょうどいいねと、そのバスに乗るべくビルの受付に声をかける。
「あら? まだ小さい子供ね、大丈夫、ちょっと力仕事なのよ?」
コクリと頷き大丈夫アピールをするべく力こぶをウニュ〜と腕を曲げて見せようとするが、脆弱そうな細腕でちっとも力こぶはできなかったので、受付の人の不安を煽るだけであった。
「う〜ん、無理だと思ったらすぐにリタイアするのよ? それじゃ銀行カードを提出してね」
受付のおばさんはニッコリと微笑むが、少女は内心で慌てる。そういえば自分は銀行カードを持っていないことに気づいたのだ。だって銀行は私の物だし、お金はプールの水代わりにして泳げることができるからだ。というか持っていても出せない、なにしろ自分名義になるので、本名モロバレであるからして。
あわわと慌てる様子の少女に、ははぁんと推測して聞いてくる。
「銀行カードを持っていないんでしょ? 来たばかりの娘ね? よくもったいないから作らないという人がいたのよ」
その話にのったぁ!と勢いよくぶんぶん縦に振りすぎる少女。この話に乗らなければ暗礁に乗り上がるかもと頑張ったのだ。
よく見ると小柄で愛らしい子供ねと受付の人は笑いながら、紙を出してくる。
「そういう人たちのためにも紙での記入用紙は用意してあるの。でも、銀行カードがないと支払いも現金だし、おかしな人に狙われたりするかもしれないから、カードを作りなさい? 身分証明書にもなるから物凄い便利よ」
「わかりました、次は用意しておきます」
そう答えて、名前を書く。イチイマツマヤ……なんて漢字で書くのかわからない……ホテルで苗字はみた覚えがあるようなないような……マヤは完全に駄目だ、絶対にわからないと断言する。名前を書けないことを断言しても仕方ないと思われるが。
仕方なくスッと記入用紙にカタカナで書く少女。歳は10歳で良いやと適当の権化である。
「10歳? 家族は無し……。なら孤児院に入って小学校に行きましょうか? 孤児院に案内するから……」
「わ〜! 間違えました! 15歳です! ゼロはマルの意味なのかなぁ、ついいつもの癖でマスキングをしてしまいました!」
早くも適当さのツケが返ってくる、考えなしの返答であったりした、何時もの癖がマスキングとは意味がわからない。
少女をジロジロと怪しむように受付は見てくるが、はぁ〜と嘆息して記入用紙にぺたんとハンコを押した。
「怪しいけど……受付は平等にするように言われているし仕方ない……。良いわ、午後は5時までで1000円よ。頑張ってね」
その金額の安さに思わず目を開くが、一日だと3000円なので、午後のみだと安くなるのだろうシステムだ。
「近場で安全でとなるとこの金額になるから、普通は朝から参加するものなのよ。次来るときは考えてね」
なかなか親切に教えてくれる受付に、ありがとうございましたと返答をしてペコリと頭を下げてバス乗り場までてってこ歩いていくのであった。
バス前に集まっている人たちは、ざっと見て年齢層が低い崩壊前は高校生ぐらいの人たちだ。崩壊後の世界では、子供ではないという扱いで、されど実際は元高校生という子供のような精神だ。どこかのおっさんは年齢不詳なれど子供のような精神だ。
皆はそれほど疲れた様子もなく、ワイワイとお喋りをしているから慣れているのだろう。それに朝からのメンバーみたいで昼ごはんを食べに街に出ていたのだとわかる。
「500円であのカツ丼は安いよなぁ」
「あれは直接猟師から仕入れているらしいぜ? ここらへんは鹿や猪や兎が大繁殖しているからな」
「直接仕入れているならもっと安くしてくれないかなぁ」
全然若者らしくない会話に苦笑をするが仕方ない。あと、猪のカツ丼を食べてみたいので、あとで場所を聞いておこう。
バスに乗ってくれと運転手が叫び始めて、皆が乗り始めるので少女もソッと後ろに並び入るのであった。
ブオォンとバスが動いて、道路を走っていく。周りが段々と人が見えなくなり寂しくなってきたところで、キキィとブレーキ音とともに停止するので目的地に到着したとわかった。
てこてこと外に出ると絶景とも言える状況であった。ビルや家は既に朽ち果てており、窓ガラスも割れており、その中に植物が繁茂していて、アスファルトも見る影もなく雑草だらけとなっている。その中でのんびりと兎が雑草をハムハムと食べている可愛らしい姿が見える。遠くには鹿がうろついているのが見えて、水場らしき元はなんなのかわからない場所にゴクゴクと小動物やらが水を飲んでいた。
なんだか久しぶりに圧倒される景色だと、感嘆をする少女。
紛れようもなく崩壊した世界で、なんだか久しぶりに観察した感じとなった。
「人類の文明が滅んだあとだと、この景色を見ると否が応でも理解してしまいますね」
ポツリと呟く少女。それだけ圧倒される景色であり、大森林とか赤昆布の森などよりも遥かに感銘を受けた。遥だけに。
「さぶいです! ただいまこの空間の温度は零下100℃を超えてしまいます!」
サクヤがなにか言ってきたが、ぐぬぬと思いながらも我慢をする。確かに意図的な冗談であったが。
これは幻聴だね、なにしろ私はマヤなのでと思い込む少女に対して声がかけられる。
「ほら、掃除を始めんぞ〜。物資調達もしなくちゃならないし」
元学生さんが声をかけてくるので、慌てて合流して蔦で絡まり上階がわからないビルに入り込む。
蔦をかいくぐりながら入るので疑問に思うことを口に出す。
「どうして掃除なんかするんでしょうか? だってこのビルはもう崩すだけですよね? 物資調達だけで良いじゃないですか?」
「あぁ、そうだよな……俺も前はそう思ったんだけどさ、やっぱりああいうのを見つけるとなぁ」
ちらりと部屋の片隅に視線を向ける元学生の表情が悲しげになるので、少女も見るとそこには倒れている骨があった。
「まぁ、化けないで昇天してくださいという感じだな」
なるほどねぇと感心する少女。豪族も律儀なもんだねと、軽くため息を吐く。ただ物資調達ならドンドンと先に進めるのにと苦笑するが、そのやり方を否定するつもりはない。綺麗に死体を片付けた方が良いだろう。私はすべて消し去っていったけど。
死体を用意した袋に入れてまた軽く掃除をするが、死体は先程のしかなかった。そのあとは物資調達であり、これはある程度は歩合制なので気合を入れて皆は探しまくるが、まぁ既に探索済みの場所であるので、たいしたものはない。
目ぼしいものは見つからなくても、予想どおりなのでがっかりすることもなく鉄くず集めを行っていく。
「あ〜。俺にも若木章があればなぁ、ドンドン敵を倒して金持ちになるのに」
元学生が、両手を後ろに組みながら言う言葉に、近くの元女学生が笑いながら言う。
「無理に決まっているでしょう? 防衛隊は狭き門よ」
「だよね〜。それにすごい装備を着込んでいる精鋭中の精鋭は車も持ち上げることができるらしいよ?」
「知ってるよ、この間空中で訓練をしている空騎兵隊を見たもの。かっこいいよなぁ、あれならどんな敵も簡単に倒せるだろうな」
「底辺で仕事をしている俺たちには縁遠い話だよなぁ」
もうそろそろ物資調達も終わる時間なので気が抜けているのだろう、お喋りが増えてくるが監督官はなにも言わないのでロスタイムとして見逃されているとわかる。
一人の学生がこちらへと顔を向けて可哀想な仲間が増えて嬉しそうな表情で言ってくる。
「ここから這い上がるのはかなり大変だぞ? 覚悟しないといけないぞ?」
「大樹がもう少し雇用を増やしてくれないかな? 私も銀行で勤めたりした〜い」
「それにはレキちゃんに取り入れる運と才覚がないとな〜。あの二人は本当に上手くやったよな」
「でも最近は救済してくれる団体ができたらしいよ? 畑の購入資金ぐらい集まるらしいって噂!」
「それ、本当か? その噂詳しく!」
ワイワイと騒がしくなりすぎたので、さすがに監督官も注意をしてきて、皆は仕事に戻るのだった。
黙々と仕事をしながら、噂の団体とはなんだろうと考えるが、団体名すら元学生たちはわからないみたいだ。自分で調べるしかないだろう。
……そして彼らがもう少し給料の良い仕事になるように考えないとと少し反省をする謎の避難民な少女であった。
だが、その後、それは勘違いであったとも、すぐに気づく少女であった。




