223話 おっさん少女は秘密の会合を開く
薄暗い劇場には大勢の人々が楽しそうな表情で指定席に劇場内で買った食べ物を持って座っている。家族で来ている人たちやカップルで訪れた人々、皆が久しぶりの娯楽である劇を楽しみにしている様子だ。
劇場はオーケストラもできるぐらいで、音響設備も精妙に考えられており、ライトなどの機器も球体であるオーブタイプで空中に浮いているのが見えるし、崩壊前は見たことがない機械であり、椅子も肘掛けにボタンが設置されていて押すと目線の部分の空中が拡大されて、まるで目の前で劇をしているように見える未来的システムだった。
その中でもVIP席と呼ばれている二階席の一番舞台に近い端っこにフードを被った小柄な少女が静かに座っていた。フードを深く被っているため、何者かはわからない、わからないったらわからない。よくフードを被ったら、相手からは顔が見れなくなり、誰だあいつは的な正体不明な人間になるのだから。
一生懸命にうんせうんせと、ちっこいおててでフードを深く被って顔が見えないようにしているが
「……なにをやっているの? お嬢様?」
呆れたような声音の疑問顔で隣にやってきた女性に声をかけられて、むぅと唇を尖らせて返答する。
「あのですね、私はフードを深く被って謎の可愛らしい美少女スパイをしたいのです。ほら小説とかだと深くフードを被ると相手からは顔が見えなくなるじゃないですか? でもですね現実ですと」
つらつらと返答をしているおっさん少女に、一階席から観客の声がかけられる。
「あ〜! レキ様だ〜! キャー、レキ様〜」
ぶんぶんと手を振って、一階の客ははしゃいでいる声でこちらへとアイドルを見つけたようなキラキラした視線を向けてくる。
「こんにちわ〜! 今日はオフで劇を楽しみに来ました〜」
手を振ってくる人たちに桜が咲くような満面の笑顔で、小さくテヘへと手を振り返す。そうすると他の人たちもレキ様だ〜と手を振ってくるので、今日はオフなんです〜と自分をアイドルかなにかと勘違いして、せっせとおっさん少女は手を振るのであった。実際に若木コミュニティではアイドルで間違いないが、それはレキであるからして。
そうして少したったあとに、隣の女性へと困ったような声音で、口元はによによと嬉しそうにして話を続ける。
「ね? 現実だとフードを深く被った程度じゃ、誰だか丸わかりなんですよ、というかフードを深く被って相手からは顔が見れないって、もう顔全体をすっぽりとフードで覆わないと駄目ですよね? その場合、前がまったく見れないので、転倒すると思うんです。静香さんはどう思います?」
困っちゃいますよね?私は人気者ですしと、むふふと笑うおっさん少女。
はぁ〜と深く疲れたようなため息をついて、待ち合わせをしていた静香はジト目でおっさん少女をジロジロと見つめて言う。
「滅多に使われないVIP席に少女が座っていれば目立つと思うわよ? それにそのテーブルに置かれているものはなんなのかしら?」
ついっと静香が指差すテーブルには様々な食べ物が置かれていた。VIPルームは貴族席とも呼ばれており、席だけではなくテーブルも設置され、料理を食べながら優雅に劇を見れるのである。お値段はVIP年間パスで1億円であるが、ホイッと金持ちになったのだからと買い込んだ遥なのだ。ちなみに誰でも何人でも使えるので、友人たちをタダで招待もできる優れ物。まぁ、VIP年間パスを買ったのはナナシだということになっているので、それをレキが借りたという形にはしているが。
自分が作った劇場なのに、支払いをしないといけない不思議な現象であるが。
そんなテーブルにはジャンクフードがたくさん置いてあるので、飄々と遥は静香へと答える。
「売店に売っていたんですよ、アメリカンドッグにホットドッグ、ポップコーンにフライドポテト、唐揚げもありますよ? 変わり種だとピザとかも。好きなのを食べてくださいね」
「目立たないスパイにしては買い込みすぎよ。まったく相変わらずの非常識なお嬢様なんだから」
ヒョイとフライドポテトを摘みながら、静香が言ってくるので
「だって、こういうふうにジャンクフードが売られているのを見ると買いたくなっちゃうんですよ。あと宅配料理もあるみたいなんです、ステーキセットを頼んでも良いですか?」
「お金はそちら持ちだし、別に構わないわよ。ただ、スパイにしては目立つと思うけど」
わ〜いと無邪気そうな可愛らしく微笑み、肘掛けの呼び出しボタンを押すと、店員さんが来たのでステーキセットを頼む遥。
「メニューにステーキって書いてあると、ついつい頼んじゃうんですよね、なぜでしょうか? あ、あと食後にチョコレートパフェも一つお願いします」
「まぁ、豪華そうだし、食べてみたくなる気分はわかるけどね。私もステーキセットと食後はイチゴパフェでよろしくね、あと食前に赤ワインで」
承りましたと頭を下げて店員さんが出ていくのを見ながら、遥は静香に視線を戻して、気になることを聞く。
「静香さんも人のことは言えないと思いますよ? なんで、そんなに成金みたいな格好で来ているんですか?」
「綺麗な貴金属でしょう? 人が集まって、かなりの貴金属が手元に集まったから、自分を飾り立てることにしたのよ」
「誰かに飾り過ぎていて、クリスマスツリーみたいですよとツッコミを受けませんでした?」
遂に眠そうな目をジト目に変えて、静香の身なりについてツッコミを入れてしまう。ツッコミを受けるとおりに、静香は全ての指に大粒の宝石がついた指輪、腕にはバングル、ネックレスはジャラジャラと頭につけているヘアピンも宝石つきの豪華なやつで、ギラギラしすぎており、クリスマスツリーのようであった。
肩をすくめて、静香は悪びれる様子もなく、ふふっと笑った。
「もちろん言われたわ、支部の人とか色々な人にね。でも綺麗なんですもの、別に良いんじゃないかしら」
「……はぁ、まぁ、静香さんが良いと言うなら私は別に構いませんが、スパイには見えませんよね、というか妖しいスパイではなく、ちんどん屋にしか見えませんが。化粧をほとんどしていないところが救いといったところでしょうか」
「…………少し外すわ。ちょっと待ってね。本当にちんどん屋に見える?」
さすがに少し顔を赤らめて、装飾品を外しながら聞いてくるので、コクリと頷く遥であった。
ステーキセットも運ばれてきて、劇が始まり周りが静寂に包まれる。お互いの席以外は防音シールドが張られており、数席先までしか、たとえ大声をあげても聞こえない仕様なので、役者の声が劇場に響き渡るのみとなった。なので、安心してフォークとナイフをカチャカチャ音をたてても大丈夫なのだ。
ようやくコントなやり取りを終えた二人は劇に目を向けながら、真面目な声音で話し始める。
「このステーキの肉、なかなか良い肉ですね。柔らかい赤身が多いのが高得点です」
「そうね、サシがあんまり入らないほうが美味しいものね、以前はサシがたくさん入った肉が良い肉だと思ってたけど、それだとあんまり肉の旨味が感じられないものね」
まずは肉の味の評価から始める二人は本当に真面目に話をするつもりがあるのだろうかと首を傾げてしまう様子だ。
役者の声が響く中で、半分ほど食べ終えた静香は赤ワインが入ったグラスをくゆらせて、指をパチリと鳴らした。
その音とともに空間が歪み、二機の西洋騎士風のロボットが現れてきて、それを見た遥は見たことがあるねと静香へと視線を向ける。
「このロボットはなんでしょうか? ちっこいロボットですが? 私へのプレゼントですか?」
一メートルぐらいの背丈のちっこいロボットであり、デフォルメされているライフルを持った軽装騎士とバズーカとでかいタワーシールドを担いだ重装騎士だ。かなり可愛らしい玩具に見えるのでくれるのかしらんと目を輝かせるおっさん少女。こういったロボットはなんだか欲しいよねと童心あふれる遥である。
それを聞いたちっこい軽装騎士が荒い口調で口を開いてきた。
「ギャハハハハ! なわけねえだろうが! なんで俺らをぶち殺したガキに貰われなけりゃならないんだよ!」
「主殿、部屋を盗み聞きしようとしていた人間たちは丁重にお帰り願いました」
軽装騎士とは違い、重装騎士はペコリと頭を静香に下げて、紳士的な丁重な言葉遣いをしてきた。
静香は妖しい笑みを浮かべて、遥の質問に手を騎士たちに振って答える。
「ふふふ、この子たちは以前貴女が倒したロボットの後継機ね。まぁ、力は以前よりは劣化しているけど、チビな分、細かい様々なギミックが搭載されていて、ボディーガードとしては使えるわ。チビアベルとチビカインよ」
「うむ。以前は戦う相手だったが、今は戦友だ。よろしくお願い申し上げる。アベルだ。」
「はん! ガキィ、よろしくな! この間は負けたが、いつか元に戻れたらリベンジしてやるぜ!」
むぅと唸りながら、ヒョイとチビカインを膝の上にのせてぬいぐるみ扱いするおっさん少女は本当にくれないのかなと期待の視線を向けるが、首を横に振られてがっかりするのであった。
「てめぇ! 離しやがれ! うぉ! なんつー馬鹿力だ、全然解けねえ!」
シダバタするチビカインは放置して、静香へと一応確認しておく。
「大丈夫ですよね? 路地裏に死体なんか転がっていませんよね? 信じていますからね?」
「大丈夫だ、少女よ。我らの銃弾は切り替え可能、パラライズバズーカにより全員痺れているだろうが、命に別状はない」
その言葉にホッと胸を撫で下ろし、安心した表情になる遥に静香が悪戯そうに笑う。
「善良な市民ですもの、有名人の会話を聞きたかっただけなんでしょう。それぐらいなら路地裏に放置しておけば良いわ。お仲間さんが助けるだろうしね」
そうして今度こそ真面目な表情で会話を始める二人。遥が難しそうな表情で眠そうな目を静香に向けて口を開く。
「最近、大樹に対する抗議活動をちらほらと見るんですが、なんでしょうか? 急に増えましたよね?」
「う〜ん………たしかにそうね……。北海道の避難民を受け入れた頃からね。でも遅かれ早かれこうなることは予想できたんじゃない?」
かっこよく赤ワインをグラスの中でくゆらせながら返答する静香を見て、自分もかっこよくグラスの中でなにかをくゆらせないとと、なにかないかなと思い、セットでついてきたスープのカップをくゆらせるお子ちゃまなおっさん少女であった。中身はいったい何歳だっけというツッコミどころはなしでお願いします。
「たしかに抗議活動が起こるのは予想していましたよ? だって教育を受けている日本人ですしね。人が増えたことで中学までを義務教育にしようと早くも豪族さんたちが言ってきていますし」
予想よりも早くに多数の人数を若木コミュニティに入れた豪族たちは強気になり中学までは義務教育といってきたのであるが、根回しとかをして教師などの都合がついたら提案してくれとどこかのおっさんが却下したのだ。なので東奔西走して教師などを集めている最中らしいが上手くいくかは豪族たちの腕次第である。
「でも以前なら問題はなかったわよね。なぜならば初期から若木コミュニティにいる人たちは大樹に頼りきっていると理解しているから」
ワイングラス越しにこちらへと視線を向ける静香の目はゆらゆらと液体越しなので揺れていて不思議な感じだ。おっさん少女は、スープのカップなのでガラスコップではなく、そんなことはできないので、うにゅにゅと悔しがるアホさを見せる。小柄なレキが悔しがる姿も可愛らしいのでカメラドローンの動きが慌ただしい。
「今は違うというんですか? 大樹の力に頼りきりなのは変わらないと思いますが」
首を傾げて不思議がる遥に対して、静香は告げてきた。
「えぇ。新しく若木コミュニティに来た人たちは、最初からこの恵まれた街を見ているの。復興途中からの参加だから大樹の力よりも防衛隊の力を見ているのよ」
「だから大樹を甘く見てしまうんですか? 大樹はメープルシロップみたいに舐めても甘くないですよ? たぶん苦味がほとんどでしょう」
「最近は大樹からの出向者も多いから、神秘的な組織よりも、手が届きそうなありふれた組織というイメージもあるんでしょうね。だから抗議活動なんかできるんだわ」
静香の言葉を耳に入れて、腕を組んで深く椅子によりかかり考えこむ。
「にしても、急ですよね? まだまだ北海道避難民たちは借金で汲々しているはずなのに」
「……ふむ、たしかにお嬢様のいうとおり、ちょっとおかしいわね。わかったわ、お金の流れなどは私が調べるわ。でも那由多代表はこの程度のことを気にしているの? まだまだほんの先駆けみたいな抗議活動なのに」
「だいたい抗議活動というのは最初は小さいものですが、火がつくとあっという間に広がりますからね。……あと気になることが一つ。彼らは多少なりとも訓練されている感じがするんですよね」
真面目な二人の会話は、なんだかスパイの会話みたいでかっこいいと、アメリカンドッグをちっこいお口でリスのようにカリカリと齧りながら思うおっさん少女だが、それならば片手にチビカインをもう片手にはアメリカンドッグというスタイルはやめたほうが良いだろう。
「ふむ………訓練されているね………。外部から入り込めないのがこの街の良いところよね。内部しか調べなくて良いから」
顎に手を当てて静香はうつむき加減になり考える。そうして、考えたあとにちらりとこちらへと視線を向けてくる。
「リーダーを見つけたら、不慮の事故にあって貰ったほうがいいのかしら?」
「駄目ですよ。懇切丁寧にお話し合いです、特に私を解放しろなんて困っちゃいますよね」
プンスコと子供のように怒る遥を見て、合点がいったとニヤリと悪戯そうに笑ってきた。
「なるほど、どうしてナナシさんではなく、貴女が交渉にきたのか不思議だったのよね。こんな交渉をするのは貴女には似合わないもの。自分を解放しろという話が困るから独自に動いているんでしょ?」
独自ににもなにも、私しか財団には動く人間はいませんと教えたいが、グッと我慢して沈黙を貫く。その態度を見て静香はしっかりと自分の考えが当たっていると勘違いをした。
「まったく……。不慮の事故が起きないように、財団に内緒で先回りしているというわけね? まぁ、お嬢様には色々借りがあるからやっといてあげるわ」
「手加減してくださいよ? これをあげますから。成功報酬も同じ分あげますよ」
用意しておいた金のインゴットをアイテムポーチから出して渡すと静香は目を輝かせてそれをポケットに入れる。重いインゴットだから、ビヨーンとポケットが伸びるのに、まったく気にしていない模様。
「ふふふ、任せて頂戴! 群がる妨害は排除して必ず悪の尻尾を掴むわ」
「悪じゃないですし、本当に文字通りに排除はしないでくださいよ?」
張り切りすぎる静香へと一応忠告しておく遥。貴金属を前にした静香はかなりのへっぽこさを見せるので安心できないのだ。
ぽよんと弾むふくよかな胸を叩いて、静香は妖しく微笑んでいるので、ますます不安だ。
今の若木コミュニティの裏というか、暗部はどんな顔をしているのかを潜入して調べなくてはならないだろう。
内心でそう決めたおっさん少女は劇へと目を向けるが、いつの間にかカーテンコールとなっていたので、再度見に来ようと考えるのであった。




