221話 老人たちはコマンドー
豪雨は戦場では厄介な環境だ。身体は体温を奪われて敵の姿は確認できない。そんな中を大軍がやってくるんだから嫌になるね。
アタシの名前はとうに忘れた。ババアと言われれば良いだろう。崩壊でなにもかも喪って、血塗られた戦いの技だけが残っちまった無様な生き残りだ。出会ったアホな少女は私のことをコマンドー婆ちゃんと呼んできたので、思わず大笑いをしちまった。
そんなアタシはグイッと小瓶のウイスキーを煽りながら、作戦室に集まったこんな世界に生き残っちまった奴らを眺める。
大樹とかから来たエリートな奴。間抜けにも死んだと思っていた自衛隊隊長の昼行灯。そして傭兵仲間の爺連中に、若木コミュニティの蝶野って骨のありそうな兵士だ。
ダンッとテーブルにウイスキーを置いて、大樹のエリートさんを睨みながら尋ねる。
「で? 他は陽動でここが主力だというのは間違っていないんだね?」
「はい、敵の数は同程度。だいたい1万ずつですが、種類が違います。他がオスクネーとゾンビです。しかしながら、ここに来るのはタイライム、ポチバイクにミノタウロスや野菜たちが7割、残りがゾンビたちという構成ですから」
淡々とした感情を見せない冷徹なエリートさんを見て、アホな少女を思い出す。無邪気な何もかも楽しんで暮らしている少女だと思っていたのに、いざ戦闘となるとまるで機械のような表情を見せた悲しい少女。いつもが無邪気なだけに、やけにアタシの心に哀しさを響かせてきた娘だ。
子供を戦場に送るだけでも、大樹は信用できない。しかもあとから聞いた話ではあの少女は戦闘目的に作られたらしい。その悲惨さは想像もつかないし、吐き気が出そうな内容だった。というかいつか那由多とか云ういけ好かなそうな爺とナナシという嘗めた名前の奴はぶん殴ることに決めている。
「いやいや困りましたね。牧場コミュニティは敵にとって宝の山なのでしょうか? 素材として考えられていそうで嫌ですねぇ」
昼行灯がのらりくらりとした感じを見せて、状況の厳しさを伝えてくるが
「それでもなんとかなるんだろう? 大樹とやらはそれだけの準備をしてきたんだろうからね」
「問題はありません。敵の進行が包囲するように移動していても倒せるでしょう」
やはり淡々とした声音にアタシは苛ついて、トントンと指をテーブルに叩く。
「ただどうしても手薄なところは出ますので、家畜は少しだけ諦めるようにしてください」
「あ〜、そうかい。なら昼行灯、アンタはアタシたちを上手く使ってその手薄な箇所を守れるように指示しな!」
「やる気充分ですね〜。敵に囚われてこのコミュニティを守れなかった僕で良いのですか?」
昼行灯が困った表情で言ってくるが、こいつは最初に上からの命令を破ってここを防衛拠点としたときも、同じ表情をしていたんだ、アタシはそんな表情に騙されはしない。
睨むように見つめると、肩をすくめて飄々とした声音で返答してきた昼行灯。
「わかりました。最善を尽くしましょう。申し訳ありませんが、守りきれないと思われる敵の戦力、進軍速度を教えてもらえますか」
大樹のエリートへ力の籠もった目で尋ねる昼行灯を見て、アタシはまたウイスキーを一口煽るのであった。
作戦内容は単純であった。防御はチェスとやらを利用した機動兵器軍で主力を撃破していく。アタシたちは守りきれないと思われるところに配置しておく。エリートさんは危険だと言って止めてきたが、苦労して守ってきた家畜を捨てるなんてことはできない。
それに戦闘が危険なのは当たり前だ。本部に引き篭もって安全な場所で遠隔操作の兵器で戦うだけのエリートさんらしい意見だと鼻で笑ってやった。
ジャカンと手にした大樹から奪い取ってやった超電動アサルトライフルとやらを眺める。映画で見たようなメカニカルな銃で、薄く光るラインが銃身を走っている弾速も威力も桁違い、銃弾もがめつい女商人から買い込んだ代物だ。
そして自分に万能感を与えるパワードスーツ。お婆ちゃんたちは老い先短いので長生きしてくださいねと、悪戯そうな笑顔でアホな少女が置いていったもんだ。これもまた馬鹿みたいな力を出せて不可視のシールドが守ってくれるという現代兵器を玩具にしてしまう装備だった。
「ふざけたもんだね」
グローブの感触を確かめるようにグーパーとしながら呟くと、風の爺がその呟きを耳にしてこちらを見てきた。ちなみに爺たちは火水風土とあだ名をつけている。味も素っ気もないが、若いやつらは先に死んじまったので気にすることもない。
「なにがふざけているんだ? この状況がか?」
相変わらずの渋い声音で不思議そうに聞いてくるのを、かぶりをふって、苛ついた声音で答える。
「んにゃ、こんな装備があるのに大人が引き篭もって、子供に戦わせている奴らにたいしてさ」
「ふん、たしかに奴らは気に入らんな。戦いをゲームかなにかだと考えているんじゃないか?」
「まぁまぁ、まずは不満は抑えて草の根運動的に僕たちの存在感を高めようじゃありませんか。この戦いが終われば、次は関東制圧です。大樹の人たちも無視できなくなる存在となれば、状況も変わるでしょうし」
ぱんぱんと手を叩きながら、昼行灯がこの間考えた作戦を再度繰り返す。大樹とやらはたいしたものらしいが、所詮政治家のような爺が支配している場所だ。草の根運動をすれば、その根元を揺らすことができると昼行灯は考えていた。そしてアタシたちはその考えに賛同して手伝うことに決めたんだ。
「そうだな。そうすればお前が気に入っている孫娘のような彼女も戦いから遠ざけることもできるだろうしな」
土のがからかうように余計なことを言ってくるが無視をして、昼行灯を睨む。
「作戦はさっきのでいいんだね?」
「ええ。大樹から貰った戦闘データが正しければ。誤っていたら死ぬかもしれませんよ?」
「俺たちはとうの昔に死んでいて良い存在だ」
「敵の情報が完全なときなんぞ、ほとんどなかったからな。臨機応変に動くぞ」
火と風も呟くように頷くので昼行灯がニヤリと悪戯そうな笑いを見せて宣言する。
「ではでは作戦開始といきましょうか。適当に頑張ってくださいね」
その言葉を合図にアタシたちは配置につくのであった。
ドルルとエンジン音をたてて、ポチバイクたちは森林を高速で移動していた。目の前の雑草を踏み潰しながら移動して敵の後背をついて混乱させる。豪雨がエンジン音を消し去り気づかれずに攻撃できる予定であった。
倒木が行く手を僅かに塞いでいるので、横に逸れて移動する。列をなすように進み倒木の横をすり抜けるときであった。突如として体が浮き、土があると思っていた箇所に身体ごと落ちる。しかし落とし穴程度問題はない。壁をバイクでよじ登れば良いことだと考えていたが、均等に刺さっていた杭の間にバイクが落ちてしまう。
しかもタイヤは地面につかずに、バイクは挟まってタイヤを空回りするのみの絶妙な間隔に刺されている杭はポチバイクが挟まる丁度の間隔。次々と後ろから落ちてくる仲間たち。移動できないためにバイクを捨てるか迷っていたときであった。
「バイクの廃棄は違法だぞ。片付けを手伝おう」
老人が落とし穴の上から冷たい目つきで睨んでおり、ポイポイと手榴弾を放ってきた。ポチの目の前に手榴弾が落ちてきて、すぐさま轟音とともにバイクもろともポチは吹き飛び砕けるのであった。
「強化手榴弾とか言っていたな……値段にふさわしい威力だ。あとで追加購入しておくか」
敵が全員倒れたことを確認して、肩をすくめてその場を去る爺さんであった。
後続をかなり離して、ミノタウロスが早足で接近してきたのを確認して目の前に立ちはだかる風の老人。ミノタウロスは獲物がきたと騒ぎ始めて、もぉもぉと鳴きながらものすごい速さで近づいてくる。
片手にもつ斧を走りながら振り下ろして、目の前の老人を粉々にせんとする。だが、突撃していた時には頭が吹き飛ぶ。他のミノタウロスも頭が吹き飛ばされてただの仕分けされた肉塊となっていく。あとでローストビーフにできるだろう量だ。
「見せかけの囮。気をつけることだな、戦場ではだいたい狙撃兵で死ぬことがある」
自分は囮になり、土の超遠距離にて倒す。正確にして精妙な狙撃をしてもらったのであった。豪雨の中であり得ない遠距離での狙撃はされど、着込んだパワードスーツが補正しており、豆粒程の大きさにしか見えないミノタウロスを正確に撃ち貫いていた。豪雨にて気配感知を持たない視覚のみで行動をしているミノタウロスは次々と超高速弾にて反応もできずに頭を砕かれて地面へとその死骸を晒すのであった。
「ふむ………。草食性だから食べれるという話だったが………。遠慮をしておくか」
ふっと笑い老人たちは死屍累々となった戦場を見やるのであった。
最後に残る軍隊行動が可能な敵は野菜軍団であった。メイジモロコシを守るために男爵ジャガーレムが護衛をして横にプリンスメロリンが並んで歩いている。大多数を野菜軍団で組まれており進軍をしていた。
蔓を脚としてひょこひょこと杖を持ちながら歩いていたメイジモロコシは水たまりに体が半分潜り込んだ。どちゃりと水浸しになり、周りの野菜軍団の動きが止まる。這い出てくるのを待とうと見ていたところ、なぜかつるつると滑り始めて這い出る事ができない。見ると周りにいる野菜軍団もメイジモロコシを中心に水たまりに入り込んでいた。
異常が発生していると感じる知恵もなく、のんびりと這い出てくるを待つ野菜軍団。そこへひゅーんと空を切る音がして、なにかが着弾して爆発を起こす。爆炎が巻き起こり水たまりと思われたものも炎により激しく燃え上がる。メイジモロコシはその高熱によりポップコーンと化して爆発をポンポンとしていき、ポップコーンを周辺にまき散らす。無論ミュータントの自爆型ポップコーンであり、その粒は鋼鉄すらも打ち貫く威力であった。周辺に待機していた他の野菜軍団はそのポップコーンに巻き込まれて、穴だらけになり滅んでいくのみであった。
それを二人の人間が少し離れた場所にて眺めていた。水の爺さんと昼行灯である。呆れた表情で爺さんが口を開く。
「まさか、本当にあれだけの炎で爆発するとはな………。弱点と思われるとは聞いていたが兵器として成してはいないのではないか?」
「そうですねぇ。彼らは量産性を主として作られており、格上の武器を装備してその能力を大幅に上げているという情報でしたが、反対に言うと量産性を重視しすぎて、性能が低すぎると思うんです。なにせ、銃を持っているのはポチバイクのみ。特化しすぎた兵器を性能を下げて量産させたためにあのようなことになっているんでしょう。それに指揮官がいないロボットのような動きですから、危機への対応も明白に敵が攻撃してきたときとロジックを組まれているのでしょう」
ふむと水の爺さんはごま塩ひげをさすりながら、その特殊性に目を向ける。
「ダンジョンという接近戦のみを念頭に置いて作られたのだろうから、遠距離戦を考えていなかったのか? あそこはかなり道が入り組んでいると聞いている」
「そうですねぇ。それもあるのでしょう。急ごしらえの軍隊を組織してなんとか現状を打破しようとしたのではないでしょうか? 恐らくは敵の司令官は上手くいくと信じていたでしょう。無理な作戦でも上手くいくと信じていた第二次世界大戦の日本軍将校のように」
はぁと昼行灯も溜息を吐いて、言葉を続ける。
「その点、ヨク=オトースはシンプルかつ強力な敵でした。高火力に重装甲なあいつは策を弄しても倒せないでしょうし、以前の私たちならばタイライムに蹂躙されるだけでしたし。なにしろ物理攻撃が効かない化け物でしたからねぇ」
「では、今の儂たちがどの程度の力をもつか、婆のリベンジ戦でわかるだろうよ」
ふんっと鼻で笑い、水の爺さんは変わった戦場だと内心で笑った。何しろポップコーンが森林を破壊していて、メロンやらジャガイモがそのポップコーンに砕かれている。牛が斧を持って戦いを挑み、犬がバイクに乗って襲い掛かってくるのだから。
「タイライムは量産できなかったようですね。どうやら素材を供給していたヨク=オトースが死んだからでしょう」
昼行灯は目をスッと細めて真剣な表情で戦場を見ると、ポップコーンの嵐もびくともせずに落とし穴すら落ちてもすぐに飛び出てくる怪物が3体見えていた。言わずとも自分の部隊を崩壊させたミュータントであり、いくら撃っても倒せなかった恐ろしい敵であるタイライムである。
タイライムはポチバイクを抜かせば、他の野菜軍団など話にならない強力さを持っていると思われるが、数が少なすぎる。恐らくはすでに創造できないのであろうと昼行灯は予想した。素材は考えたくもないし、その素材である牧場コミュニティを狙っているのだろうことも明白であった。
「さて、天使ちゃんを救うのにもここで止まることはできませんよ。お婆さん」
頼りになるお婆さんがタイライムの侵攻上で待ち構えているのを見て、勝利の一報がくると信じている昼行灯であった。
コマンドー婆ちゃんは以前は視認も難しかったタイライムが高速にて走っているのを見て、獣のように獰猛に笑う。
「はっ! この間のリベンジ戦をやろうじゃないか。人間様の頭の良さを見せてやるよ!」
タイライムがこちらの姿を確認したのだろう。グンと走る速度を上げて突撃して枝をへし折り、雑草を踏みつぶして近づいてくる。
しかし、先頭のタイライムがスパンと頭が斬られて、よろよろと立ち止まる。木と木の間に高熱のワイヤーが繋がれており、そこを高速移動で通過したタイライムがあっさりと物理攻撃以外には柔らかな弱点を晒して斬られたのである。
コマンドー婆ちゃんは狙いたがわず、頭を失くして動きを止めたタイライムのコアへと向けて、超電導アサルトライフルを撃ち込む。ドドドと赤く光る銃弾が撃ちだされて、コアを正確に撃ち抜きどろりと、ただの水たまりとなる。
後続のタイライムはその様子を見て、すぐさま強力な蹴りで地面から高く飛翔してワイヤーを飛び越えてくる。仲間がやられたことにも動じず、黙々と進軍する様はまさに機械のようだった。
一気に肉迫してくるタイライムを見て、すぐにマガジンを入れ替え再び射撃を開始する。2体のうちの1体を狙った射撃を、片方のタイライムは腕を交差して防ごうとするが受け止めた銃弾は腕をドロドロと溶かしていく。
「はっ! 流体高熱弾というやつさ! 高かったんだから、たっぷり味わいな!」
火炎属性がありますよと怪しい武器商人から買い込んだ銃弾だが、その威力は折り紙付きだったようだ。あっさりと片方のタイライムはその銃弾によりコアまで撃たれてドロドロと溶けていく。
だが、その間にも残る1体が着地をして、恐ろしい威圧感を振りまきながら肉迫してくる。
すぐにアサルトライフルを投げ捨てて、腰のホルスターからナイフを取り出す。アホな少女から貰った改造タイプのナイフだ。
轟音と共に振りかぶった拳を撃ちだしてくるタイライムを冷静に見る。視認できるぎりぎりの速さでありパワードスーツを着こんでいなければあっさりとその拳に砕かれていただろうが
「そうはいかないんだよ。こんにゃく野郎!」
ビシリと額あてに拳が当たり不可視のシールドすらあっさりと砕かれていくのを動揺もせずに観察して、右足を敵へ近づくために大きく踏み出す。
抱き合えるほどの接近距離にてコアへ向けてナイフを突き出すと、あっさりと銃弾も砲弾も防ぐ硬いはずの身体はなんの抵抗もみせずにするりとナイフを食い込ませた。
コアはあっさりと斬り裂かれて、その衝撃によりタイライムは動きを止めてしまう。
「ゲームなら無敵時間とかあるんだろうけどねっ! 残念ながらここは現実さっ!」
凄まじい勢いで、ナイフを右へ左へと無尽に振るいタイライムを斬り刻む。斬り裂かれていったところから凍り付き氷のオブジェへと変貌していくタイライムはすでに反撃もできずに案山子のように立っているだけであった。
ふぅとアタシは汗を拭い、つっと額から血が流れていることに気づいた。掠ったようにも見えなかったがやはり喰らったら死んでいただろう威力である。グイッと血も指で拭う。
「まぁまぁの威力じゃないか。このナイフは」
フリーズブランドとか言って、むふふと無邪気そうに笑っていた少女を思い出す。奪い取られないように気を付けてくださいねとか言っていた。
目の前のタイライムが自身の重量に負けて、凍り付かせた体をバラバラと砕け落ちるのを見てアタシは呟く。
「老い先短い婆の力というやつを見せてやろうじゃないかね。あの少女にさ」
そう言って、孫娘のような感じがした少女を思いだして優しく微笑むコマンドー婆ちゃんであった。




