213話 おっさんは渋々仕事をする
ほとんどが更地でありポツポツと建物が設置されている大樹の本部である基地。そういう名称だとかっこいいが、実際はくたびれたおっさんの家である。
あら不思議。くたびれたおっさんの家という名称がつくと途端にしょぼくなる感じがする。実際は凄い未来的というかゲーム的凄さを持つ基地なのだが。すべてはおっさんという名称がいけないのだろう。
そんな基地のど真ん中にある空気を読まない金持ちの一般人が住むだろう豪邸。その豪邸のホームパーティーができそうな広さを持つ上品な家具が置かれているリビングルーム。
そこで空中に浮いているモニターを見ながら難しい顔をしているおっさんがリビングルームの豪奢なソファに座っていた。考えながらポチポチとなにかを操作していたがすぐに飽きたっぽく、隣に座ってコーヒーを淹れている金髪ツインテールな可愛らしいメイドへと話しかける。
「ねぇ。道路はもういらなくないかな? 全部線路で良くないかな?」
シムな第一シリーズだと全部を線路にして道路を無くしたら渋滞もなくなって暮らしやすいと評判だったよと、ゲームと現実を混同する遥。現実でそんなことをしたら大混乱間違いなしである。
若木コミュニティというか、もはや東京湾から北海道の一葉港、そして山間コミュニティから牧場コミュニティと開発範囲は大きく拡大した。そしてそれを放置して遊びまくったツケがそろそろ大きくなってきたので、渋々開発を始めたおっさんである。
それは夏休みが終わる寸前で、宿題ができていなくて苦労する小学生か、卒論を就職の内定が決まっているのに書いていないで、泣きながら書く大学生の苦労する様に似ていた。
童心溢れるおっさんならば、前者かもしれない。予想外に両方かもしれなかった。
「マスター。現在、クリーンな完全バッテリー電気式エンジンの車を売り出す予定なのでは? その場合、全ての主要幹線道路を線路にしてしまうと困ってしまいますよ?」
えいえいと、ちっこい人差し指を遥の頬へとつついてくるナイン。可愛さ抜群であり、デレデレになるおっさん。おっさんのデレデレな姿は絵面的にモザイクが必要だと思うがどうだろう。
「そうなんだよね。安全区域は増えて人口もたくさん増えたから、車を売り出す予定なんだけどね。物資調達もやりやすくなるだろうし」
う〜んと腕を組んで唸りながら考え込む。その様子に気がかりなことがあると気づいたナイン。
小首を傾げて、ふんわりと安心させる微笑みで遥を上目遣いで見つめる。
「なにか気になることでもあるのですか? 車があると不安ななにかが」
「車は規制をかけて、安全な区域のみでしか移動できないように設定はする予定だけど、使うのは人間だしね〜。たぶん防衛隊のいない一応安全な場所まで足を延ばす人がいると思うんだよね」
なるほどと遥の気がかりなことを理解するナイン。
「たしかに手つかずの建物があり、ミュータントは殲滅されている一応安全な区域となれば、遠く離れた場所でも車持ちなら行くでしょう。それが気になるのですね?」
「うん。少しでも勇気がある若者なら、そして金に困った人間なら絶対に行くだろうことは簡単に予想できるからね。でも一応安全な区域というのはあくまでも一応。はぐれゾンビが入ってきていても驚かないよ」
「そのために列車にしたいということですか。それならば自由には移動できませんからね」
相変わらずのお人好しな人ですねと愛しい男性を慈しみを込めた眼差しで見てナインは思う。そんな人間は放置しておけば良いのだが。遥様も自己責任だからと放置すると口にはするが、想定できる被害はいつも抑えようとしている。
ふむんと考え込むが解答はでない遥。利便性を多少失っても列車が良いと考えるが、将来的な発展を考えると完全には線路にはできない。だが、既に4万人を超える若木コミュニティ。そして錆びついた街周辺のほそぼそと赤昆布に支配されながら暮らしていたコミュニティも解放が続いている。5万人を超えてもおかしくない。
だから移動手段は必須なのである。各地の物資調達から畑へと行く足が必要なのだ。大量に物資や人を移動させる手段を選ばないとなるまい。
カッと目を大きく開いて、決めたことを宣言する。
「決めた! 完全に安全な区域には線路を通す! 物資調達は面倒だけど、大型輸送艇を建造して防衛隊に貸そう。そうすればなんとかできるでしょう!」
とりあえずの暫定的な決定だが仕方ない。誤魔化しながらやっていこうと、またモニターを表示させて、ポチポチとシムなゲームを始める遥であった。
「あんまり根を詰めないでください、マスター」
コトンとホットカフェオレを置いてナインはニッコリと微笑むので、そうだねとソファにもたれてカフェオレを飲む遥であった。
ポチリポチリと押して、アントの工作スケジュールを決めて、う〜んと背伸びをする。これでとりあえずは主要幹線道路の横に線路を敷く計画は完了だと、ぐでっとする。
ナインがぐでっとした遥を膝枕するので甘やかされて、ますますぐでっとなるおっさん。美少女に膝枕はおっさんは禁止だよとクレームの嵐がきそうな光景であったが、すぐに四季がやってきて、
「司令。若木コミュニティと牧場コミュニティの方々が会談を求めています。復興やらこれからの行動やらを決めたいそうです」
「マジか〜。もう疲れたよ。四季やっといてよ。任せたよ」
傍から見たら、シムなゲームをやっていたようにしか見えないおっさんは疲れ切ったよと表情で表していた。ブラック企業になっちゃうよと少し働いただけで愚痴るぐうたらなおっさんであった。
四季はその返答を予想していたがために、困った表情となる。神妙そうに
「司令と是非会いたいと言われています。牧場コミュニティの方々はまだお会いしていないので、取引相手としてもと」
「あ〜。なんだか面倒な予感がするよ? なんか嫌な予感がするんだよね。特に助けた昼行灯な人」
頭を使う交渉になりそうな予感がする。レキなら頭突きで解決できるが、おっさんは無理であるからして。
そして昼行灯は強かな予感がするので、できるだけ会いたくない相手である。今までは脳筋が大体交渉相手であった。まぁ、崩壊時に生き残ってきた人々をまとめるのには力が必要だったから当たり前ではあるのだが。だが、あの昼行灯は力に知を持っていそうな感じがするので、できるだけ会いたくない相手だ。
仕方ないなぁと渋々会談する日を決めるおっさんであった。
ちなみにサクヤは延々と部屋に篭もって、撮影したご主人様特集とかいうのを編集している。相変わらずの変態であった。その調子の良さは飛行も可能なほどだろう。今日も変態飛行な銀髪メイドであった。
若木ビル。崩壊前と同様な稼働をし始めたビルだ。まだまだ人は少ないが、それでも市庁舎として使われ始めたビルで人々は忙しなく働いていた。
その上階の応接室で、つまらなそうな表情でソファに座り対面の人々へと遥は視線を向けた。
「いやいや、どうも〜。僕は牧場コミュニティの代表の飯田と申します。名高い大樹の幹部であるナナシさんとお会いできて光栄です」
ノンビリそうな中年の男性である。ヨク=オトースから助けた昼行灯だ。ノンビリそうに見えるが助けるときの態度から、本気で動くときは凄いんだろうなぁと予想する遥。
昼行灯は握手を求めてくるので仕方なく握手を返す。対面に座っているのは豪族と昼行灯、そしてコマンドー婆ちゃんであった。
こちらは自分と四季である。四季は秘書的存在だが、四季に難しい交渉は放り投げる気満々であるおっさんであった。
眼光が鋭いと良いなぁと思いながら相手を見て問いかける。
「さて、今回の話し合いはなにが主となるのかな? 色々あるものと思うが」
いやぁ〜と頭をかきながら昼行灯がのほほんとした口調でゆっくりとした声音で提案してくる。
「お聞きしましたよ。北海道の中心地点の汚染された地域を浄化するとか。その際に強力なミュータントが解放されるので囲むように存在しているコミュニティには常駐兵をしばらくは置きたいと」
なんだ、そのことねと気軽に頷いて
「その通りだ。君たちも理解しているだろうが凶悪なミュータントも解放される。それの退治は君たちでは不可能だと考えている」
コマンドー婆ちゃんが眉をピクリと動かして不満な表情を見せるがなにも言わなかった。彼我の戦力をよくわかっているのだろう。
「そうなるとですね。わたしたちはしばらくは開店休業な形になります。なにしろ私たちはコミュニティの防衛してご飯を貰っていましたので」
こちらへと確認するように言ってくる昼行灯の言葉には納得する。常駐している間、給与でもだせと言うのだろうかと首を傾げる。そんな都合の良いことは受け付けませんと考える遥。
だが、予想外の提案を昼行灯はしてきた。
「で、ですねぇ。私たちはかなりの兵力を持っています。防衛に使うには多すぎる。なので、関東を完全に制圧するのに私たちを雇いませんか?」
ふむんと顎に手をあてて、その予想外の提案を考える。たしかに錆びついた街には自衛隊隊員が多かった。まぁ、洗脳を自衛隊隊員に特化して集めてきたのだろうから、当たり前の話だ。
そして激戦が重なりミュータントが弱体化した関東地域ならば、多少の戦車隊の援護で完全に制圧可能かもしれない。これは検討の価値があるぞと考察する。
ちらりと四季を見ると賛成の様子であった。そしてちらりとウィンドウ越しにサクヤへも視線を向ける。なんだかんだ言って信用しているのである。
「たしかにいけると思います。余った自衛隊隊員を有効活用するチャンスですね。問題はないと思われます。危険な場所はスズメダッシュを向かわせて、チュンチュンと敵を倒せば良いですし」
二人の賛同が得られたので、私は考える必要はないねと安心して、昼行灯へと返答する。常に自分で判断するのを嫌がるおっさんだった。
「良いだろう。その提案を飲もうじゃないか。武器は五野さんに用意させよう。念のために戦車隊員も少数同行させる。関東制圧頑張ってくれ。給与その他の契約内容は四季と話してくれ給え」
「いや〜、助かります。私たちもどうやって暮らしていこうかと考えておりまして、これで一息つけますよ」
アハハと笑う昼行灯。どうやらそれで昼行灯の話は終わりらしい。なんだ就職先が無くて不安だったのねと、たいした内容じゃなくて安心する。コマンドー婆ちゃんがずっと睨んできたのは閉口したけど。
楽観的なおっさんはホッと安心して油断した。まぁ、常に油断しているおっさんなので仕方ない。
「それじゃ、俺の話だな」
ずいっと身を乗り出して豪族が口を開いた。遥はこちらも簡単に終わる話かなと期待して耳を傾ける。
「まず多いのが嗜好品の値段の高さだ。もう少し安くならないかと言われている」
「酒と砂糖の話だろう? 却下だ。今年の収穫で米や麦が取れれば、来年は酒造業ができて少しは安くなるだろう。それまでは我慢するんだな。砂糖も同じ理由で却下だ。甜菜、トウキビからの砂糖化がすすめばこちらも安くなるだろう」
貴重品なんですよ嗜好品はという感じを出して、手をひらひらと顔の前でさせて、にべもなく却下する。昭和だ、昭和初期の時代を楽しもうよと内心で思っているおっさんは飽食の世界にするつもりはない。
はぁ〜と深くため息を吐いて、豪族は肩を落として項垂れる。この答えは予想済みだったからに他ならない。それでも人々は安くできないかと陳情を繰り返すので頭の痛い問題であった。
「物資調達で酒やらお菓子を回収するにも限界はあるからな。特に消費期限の怪しくなってきているお菓子などは」
チッと舌打ちをする遥。豪族のいう話はわかるが妥協するつもりはない。………が、お菓子かぁと考える。たしかに物資調達で拾ってきたお菓子を子供にあげる親はいそうだ。簡単に予想できるが………。酒は知らん。大人なのだから、自業自得だ。
「………仕方ない。お菓子は一月に一回割引セールでもやるか……。それが妥協できる限界だな。酒は知らん」
おぉと、顔を綻ばせる豪族。それだけでもだいぶ変わるだろう。お菓子は今でも売っている店は少ない。闇市のように売っているところはあるが、基本的に砂糖が高いので店もやりくりに苦労しているからだ。息抜きにもなってちょうど良いかもしれないと安堵する。
「子供には優しいのだな。相変わらず」
ニヤリとこちらをからかうように言うので
「子供がお腹を壊す理由が消費期限が切れたお菓子を食べたからなどとくだらない訳が出てくるのは困るからな」
まぁ、病院ですぐに治るが、それでも予防は必要だろう。
「あとは消費期限が切れている物は捨てるようにと周知をしておくのだな。崩壊前なら当たり前の話だったが……」
今はハングリー精神溢れる人々だ。どこまで話を聞いてくれるか不安でもある。
「次は雇用問題だ。一気に人が増えただろう? 畑をやるにも辛い人間もいる。なんとかできんか?」
う〜んと迷う。これまた面倒くさい話である。シムなゲームなら産業地区を作るだけで、どんどん仕事ができたのにと内心で愚痴る。適当に仕事を探してよとも思うゲーム脳なおっさんだ。
「では、服の供給を抑えて布地の供給を増やしましょう。他にも加工品ではなく、原材料を供給する形にすれば少しは楽になるでしょうから」
隣の四季が口を挟み提言してくるので、ナイス四季!と喜ぶおっさん。
「それに合わせてお店の融資を少し増やします。少しでも増えれば、活性化していき雇用も増えるはずです」
うむうむと偉そうに頷き、豪族へと視線を戻す。なにも考えなくて良いなぁと偉そうにだけする遥であった。遥の代わりにぬいぐるみを置いておいても話はすすむだろうことが予想できる。
「まだまだ大規模な工場などを作るほど人はいないからな。しばらくは手工業でほそぼそとやっていってもらおう」
豪族もその内容を考えて頷く。
「細かい問題はあとから調整することにして、それで良いだろう。あとは線路の問題だ。通すところを一直線にしただろう? 港や水無月コミュニティと、そして放射状に少しばかりの線路を敷いたことなんだが」
「その件について、苦情その他は受け付けないぞ? 崩壊前ならいざしらず、便宜を図るために線路を無駄に拡げるつもりもない」
先手をうって、言葉に被せるように言う。利便性とかなんとか言ってきても変えるつもりはない。シムなゲームは四角い直線的街ばかり作っていたおっさんなのだ。センスの良い町並みにしてくれと言われても困るのだ。なので強い口調で返答した。
「それに始点は若木ビルの側で市場も商店街も近いんだ。物資調達にも役に立つように沿線も伸ばしている。変更はない」
きっぱりと言う。思うにそこも人々の陳情があったのだろう。線路が敷かれれば便利さも跳ね上がる。地価もなにもかもだ。しかも超電導電車の予定なのでうるさくもない、たとえ線路の側の家でも電車が通る振動で揺れもしないのであるからして。
その説明は終わっているから、うちの方にも線路を敷いてくれと言う人間がいるのは予想できた。
「う〜ん………。お前らはもう少し話し合いで決めるとかしてくれないか? 線路は普通に考えて大規模な工事だぞ?」
困り顔の豪族が悩みながら言ってくる。
ハンと鼻で笑って、豪族を睨むように伝える遥。
「今は大樹管理下にいるのだとわかって良かったじゃないか。政府ではなく利益を考える財団管理下だとな」
苦笑いをして諦めた風にする豪族。このような物言いをナナシがするとわかっているからだろう。
「話は終わりのようだな。それでは解散といこうか」
即断即決、面倒くさいことは速攻決めたおっさんは帰りに叶得のところに寄って、新しい発明品でも見に行こうかなと考えるのであった。




