206話 おっさん少女は昆布を狩る
血のような赤黒い空。そして周りをゆらゆらと赤昆布が生えている。その根本には人間が栄養源となって捕らえられていた。人々のうめき声が響くその不気味なる森林で妖花とも見られる異形と少女が戦っていた。
そんな戦う少女なレキを覆うように、球形となりニャルラト昆布はゆらゆらと一気に収束してきた。覆われたら最後寄生されてバッドエンドとなる、そんな感じである。
梱包されるように覆われるレキ。ギュッと縮まる無数の昆布。その収束により昆布巻きになるかもしれない。
だがそうはならなかった。ピシリと繭のように縮まった昆布に光る軌道が走る。そしてパラリとほどけるように小さな破片となって散らばって、空中を浮いていく。
眠そうな目をしながら少女はキリッと背筋を綺麗に伸ばして立っていた。その手には今まで持っていなかった刀を手にしている。
大太刀と呼ばれる長さの刀である。龍の意匠が施されており、美しい白刃が煌めいていた。
レキはその切れ味を確認して、手にもつ刀を確認して満足そうに感想を零す。
「なるほど、雑草狩りにはちょうど良い刀ですね」
「日本刀はロマンだよね。かっこいいよね。でも……。なんで雑草薙の剣なのかな? ねぇ、ナインさんや、草薙剣で良いと思うんだけど? 雑が頭にくるだけでパチモンのしょぼい刀に見えるんだけど?」
不満たらたらな遥である。覚えているだろうか? 東京砂漠の大蛇をたおしたときに手に入れた素材、その名も空間の珠玉を。そしてオロチマテリアルを。
この素材を使用した武器は全部刀系だったから、今まで死蔵していたのである。あと、コレクターとしてたった3個しかない素材なので、使いたくなかったおっさんの心情もある。後者の割合が9割かもしれない。
それを使用して作った特別な刀。それが雑草薙の剣である。ちょっと運営とお話が必要なネーミングセンスだよねと遥は憤慨していた。
「マスター。すみません、雑草薙の剣はかなりの強力な武器ですが欠点は名前を変えられないところです」
ちょっとうるうるとした瞳でおっさん少女を見つめるナイン。そんな金髪ツインテールへかける言葉は決まっている遥。
「大丈夫。しょうもない名前だけど、致命的な欠点な感じもするけど、敵は雑草といえば雑草だしね。ナインのせいじゃないと思うよ」
アワアワと慌てる遥。その言葉にニッコリと笑うナイン。手のひらに踊らされている感じもするようなおっさんである。
「旦那様。そこのメイドの相手はもう良いと思います。夫婦の共同作業中ですよ」
むっとした感じでレキが呟くので
「そうだね。まずはこの敵を倒していこうか」
慌てて、そう返してニャルラト昆布へと視線を戻す。
チャキリと刀を持ち上げて、その剣先を昆布へと向けるレキ。眠そうな瞳に力強い光を宿して腰を落として両手を軽く刀の柄にそえて、八双の構えをとり身構える。
囲まれたときに、刀術スキルはレベル6まで上げておいた遥。すでにレキはその使い方を熟知していた。なにしろ無敵なゲーム仕様な美少女なので。これで残りスキルポイント24である。ちなみにスキルコアは使用済みだ。
そしてステータスポイントも10ずつ割り振ったので、残りステータスポイント30。
久しぶりに見るステータスはこんな感じ。
朝倉 レキ(15歳)
LV46
筋力:160
体力:160
器用度:190
超能力:190
精神力:160
スキル:体術LV9、銃術lV8、刀術lv6、気配感知LV5、念動LV8、炎念動lv2、氷念動lv2、雷念動lv5、地図作成lv1、空間把握lv1、物理看破lv8、超術看破lv8、料理LV2、装備作成LV8、調合LV7、状態異常無効、自動蘇生、棒術LV1、短剣術LV1、鍵解除LV1、罠解除LV1、電子操作LV2、治癒術LV6、常在戦場LV3、危機感知LV3、機械操作lv8、人形作成lv8、農業lv2、泳術lv6、投擲lv1、建設lv8、ファストトラベル、交渉lv2、隠蔽lv4、統率lv2、偽装lv2
新たなる戦闘方法を手に入れたレキ。これで殴打、斬、突射は全て網羅したことになる。突がないが、それは射撃でカバーすればいいので、問題はない。
「では習得しました刀スキルの力を見せましょう」
レキは静かなる声音で、敵の根株を斬ろうと摺り足にて近づく。その動きに反応してニャルラト昆布は斬られた昆布は放置して、他の昆布が剣の形となり、またもや囲むように今度は一気に覆うのではなく、ぐるりと周りを回転しながらジワジワと狭めてくる。
今度は削るように攻撃してくるのだろう。わかりやすい攻撃である。回避されないようにしたと考えれば納得の攻撃方法であるが。
ゆらりと剣先を動かして腕を振るうレキ。瞬時の振りは滑らかであり、斬った残心はピシリと腕を伸ばして美しい。
あっさりと再び昆布の剣はパラパラと、またもや破片となっていく。それは振られた剣の間合いにないはずの昆布たちである。
「空間断裂。珠玉の刀にて無限の間合いを魅せましょう」
レキがキリッとした声音で告げる。
雑草薙の剣。その特殊能力は空間における距離をゼロにする。と、いいたいところだがかなりの遠距離を無効化する能力である。そして空間断裂により敵の通常の防御力をもゼロにする強力な武器である。ちなみに超常の防御力には効果はない。
しかして、これなら不死ツボすらもサクサクと斬れる武器である。単純に硬い敵ならば相手ではない。きっと銀色のスライムも倒せるはずだと遥は密かにほくそ笑んでいた。未だに銀色のスライムがいると信じているしょうもないおっさんである。
レキが素早く地面を蹴って、刀を振るいながらニャルラト昆布へと駆け寄っていく。それを妨害するために硬化させ剣と化した昆布を無数に撃ち振るい攻撃してくるニャルラト昆布。しかし、白刃の煌めきをまるで自身の舞のライトアップのように輝かせて、無数に振るい斬撃の軌道を生み出していくレキ。
硬化させていても、その力は自身の肉体である。超常の防御技ではない。あっさりと昆布の千切りにされてお鍋に入れられる如く、どんどんみじん切りにされていく。
そうして敵へと肉迫しようとするレキは僅かに細い綺麗な眉をピクリと動かして、後方へと刀を無造作に振るう。
レキの後方でドーンと空中で爆発が起こる。ちらりと見るとタイライムが大勢集まってきておりロケットランチャーを撃ってきていた。
再度、刀を振るうレキ。一瞬の袈裟斬りにより、白刃がタイライムへと走るがよろめくことも、当然斬れることもない。
「ちっ。この刀でもこんにゃくは斬れないのね」
舌打ちをうつ遥。どこかの斬鉄剣と同じだねと漫画と混同するおっさんである。
周りに集まったタイライムがロケットランチャーを撃ちまくる。多数のロケット弾が吐き出されてこちらへと飛んでくるが、レキは摺り足になり無数の残像を生み出して無限の剣撃を振るう。
ドカンドカンと全てのロケット弾が空中で斬られて爆発するが、タイライムは怯まずに撃ち続ける。
そして前方からも後方からも囲むように剣と化した昆布が迫ってくる。数で押しつぶすつもりなのだろう。しかも一部の昆布がぐにょぐにょと集まって人型になり手に剣と化した昆布を持って地面に降り立つ。
他の昆布も狼や獅子の形へと集まり変化して、こちらへと身構えている。
そしてニャルラト昆布本体はその力を収束させたのか、西洋の有名な竜へとその体を変化させた。2枚の雄大な蝙蝠のような翼を生やして、トカゲのような長い首の先にある恐ろし気な竜の頭。昆布が無数に集まってよじれた形に収束している巨木のような尻尾。そして巨大な体躯。
そこには有名な竜がいた。中身が昆布なのは御愛嬌である。
「こんぶ~」
巨大な竜と化したニャルラト昆布が、咆哮する。空気が震え、物理的な衝撃波となって、その咆哮は周囲へと響きわたった。
「いや、昆布の鳴き声ってそれ? ちょっと考えようよ。もう少し考えようよ? 初めて竜に出会ったのに、それですか」
がっくりと項垂れて、げんなりとしてテンションダウンするおっさんがそこにいた。まぁ、竜なのでそのがっかり感は同情できるかもしれない。
「ご主人様! 中身はあれですが、その身体能力は形態と同様の力をもっているようです! 気を付けてください!」
サクヤが真面目な表情で真剣な声音で忠告してくる。
「なるほど、ニャルラトの名前がつくのは伊達ではないということですね。たしか無貌の顔をもつものでしたか」
見ると、他にも様々な形態へと変化している昆布が見えた。昆布なだけに集まれば、どんな形態にもなるようだ。
形態変化したニャルラト昆布が一斉に襲い掛かってくる。剣士型、獣型、異形型、そして後ろからはロケットランチャーが撃ちだされている。
すぅっと、息を軽く吸ってレキは眠そうな目をニャルラト昆布へ向けて淡々と告げた。
「無駄です。いくら形態を変えても、その能力を得ていても、その力は借り物です。貴方では私に勝てない」
剣撃を打ち込む剣士の剣先にちょんと刀を合わせて軌道をずらし、横をすり抜けざま刀を横薙ぎして切り裂く。獅子や狼が牙にて噛み砕かんと襲い掛かれば、地面を蹴り、ふわっと体を浮かしてその頭を踏み台に通り抜けざま、刀を滑らかに空で振るう。
ぴしりと白刃の煌めきが獣型の身体を走り、縦に一刀両断される。
決して凄い速度での回避ではないのに、敵はレキを捉えられずに次々と斬り裂かれていく。哀れ、技術の無い敵では、身体能力だけを模倣した敵では技の天才たるレキには敵わない。
飛んでくるロケット弾を軽く空を振るい、その斬撃を遠隔にもかかわらず正確に命中させて無意味に爆散させていく。
かすり傷一つ与えることができないとわかり、業を煮やして竜形態が口をバカリと大きく開けて胞子をその口内に集中させていく。
「竜もどきでも、ブレスを吐こうとするのですね。その威力はどのようなものでしょうか」
レキはその姿をみて
「星金の手甲展開」
カシャカシャと右腕へと星の煌めきを備える黄金の手甲を展開させる。
「こんぶ~」
気の抜けるような咆哮とは別に、恐ろしく圧力のある胞子がブレスとなって吐き出された。
空気を侵食するような禍々しい吐息がレキの小柄な体躯などすっぽりと入れてしまうほどの巨大さで迫ってくる。
星金の粒子を右手に集めていたレキもその攻撃へと対抗するために、鞘へと一旦刀を納めて抜刀の構えをとっていた。
摺り足になっている左足を強く踏み込んで、神速にて抜刀をする。
「超技空間抜刀」
抜刀された剣は空間を斬り裂いていく。一本の光の刃が吐息へと飛んでいき、空間を破断して、胞子のブレスも斬り裂いて、ニャルラト昆布竜の頭へと到達してあっさりと抵抗感なく通り過ぎていった。
通り過ぎていったあとに、ずるりと竜の頭が綺麗な断面を見せて斬り裂かれて落ちていく。
どしゃりと頭が地面に落ちて、竜形態の昆布がバラバラとなっていく。そして崩れていく胴体の中に根株がドクンドクンとまるで心臓のように脈打っているのが見える。
慌てているのだろう。その心臓を覆うように昆布がわさわさと集まっていくのが見える。
「無駄です。すでに勝負は決しました」
レキはそのまま飛翔して、一瞬動きが止まった他の敵を一気にすり抜けてニャルラト昆布の本体へと接近した。
蠢く昆布が硬化をして盾へと変化していく。少しでも距離をとろうと新しい形態になるために四つ足を形成し始めるのが見える。
瞳の奥に強き光を見せて、レキは空中にて刀を振り上げる。
「超技星金兜割」
高速にて振り下ろしは再び黄金の煌めきに星の光が散っていき、ニャルラト昆布の根株へと、盾と化した昆布ごと斬り裂いて到達した。
スタッと地面に軽やかに降り立つレキ。チャキンと鞘へと刀を納める。
「出汁にもできない昆布は残念ながら廃棄ですね」
バシャンと音がして、レキの目の前で巨大な昆布群が両断されて二つに分かれて地面へと落ちていく。
バラバラとニャルラト昆布が死んだのであろう。崩れていく他の形態をとっていた無数の昆布群。
「ご主人様! クリアおめでとうございます!見事に毒エリアが解除されました。そして魅了をする妖しげな妖花を撃破せよ! exp40000 報酬レインボージュエルが手に入りましたね!」
サクヤがニコニコ笑顔でクリア報告をしてくる。それを聞きレベルも47になっているを確認して、ふぅと息を吐くレキ。
ほいほいっと残りのタイライムを撃破するレキ。それは数分の出来事であった。
「これで、ここの森林地帯は出歩いても大丈夫かな?」
気配感知では森林地区のタイライムも集まってきたので、ほとんど撃破したことがわかる。だが、森林の先は感知できない。恐らくは空間結界をはっているのだ。段々複雑化してきたなぁと遥は思う。もう少し簡単で良くないかなと、頼りになるレキやサクヤ、ナインがいるのに、これ以上のイージーさを求めるおっさんである。
「ですが、旦那様。残念ながら赤昆布は解除されない模様です」
「………うん、残念ながらボスを倒して消えていくというタイプじゃないんだろう。ただ、これ以上は増えないということは朗報だよ」
もはや赤昆布に寄生されることはない。あとはゆっくりと助けていけば良いだろう。
血のように赤黒い空が消えていき、胞子が全て雪のように溶けるように消えていく。おっさん少女のライトマテリアルが周りを浄化し始めたのである。
しかし、まだ樹林と化した人々は救うことはできない。うめき声も消えることは無いのだった。
「仕方ない。ここはとりあえず放置しておこう。まだ助けるのには早いしね。それよりも………」
赤黒い空が消えて、青い清々しい空へと変化していく。そしてニャルラト昆布により胞子だらけとなっている空中が普通の空間になり、この先の状況が見えてくる。
それを見て、遥は驚きの声を上げた。
「なんじゃ、ありゃ? え? まじですか………」
「続いてのステージも厄介そうですね。旦那様」
まったく驚かないレキの言葉に苦笑いをしながら、通常の視界となったので前方を見ると衝撃の光景となっていた。
そこには巨大な鉄の塊のような錆びた町が見えた。赤昆布ではない、錆びた色のまるで蟻塚みたいな鉄でできた建物群。そして、そこで働く人々が見えたのである。
「あれはなんの仕事をしているんだろうね?」
腕を組んで、悩む遥。人々は瘦せ衰えていながら、よろよろと何かツボのような物をもって歩いている。
「どうやら水を汲んでいるようですが………。よくわかりませんね?」
レキも疑問に思ったのだろう。鉄の蟻塚から流れる錆びた水を汲んでいる人々。そして少し離れた場所にはこれまた異形な野菜を育てていた。見たことがある野菜である。なにせ歩行している。
「メロリン? ジャガーレム? でも、少し形が違う感じがするね」
メロリンは少し暗い色をしていた。ジャガーレムも鉄色をしている。柵に入れられており、タイライムを指示して上手く育てているみたいだ。だが、やっぱり不気味である。
その中でも、ペイントがない人々が空を指さして騒ぎ始めている。それを抑えようとしているペイントつきの指揮官らしき人々。
「マスター、ここは今までと少し違うところのようです。恐らくは組織的にクラフト系スキルも利用して暮らしているダークミュータントなのでしょう」
ナインがサクヤと同じく真面目な表情で告げてくる。二人ともおちゃらけないので、かなりやばいところなのだろうと想像がつく。
はぁ~とため息をついて、遥は考える。これでいったん帰ってセーブは無理だろうかと。
ちらりと森林を見ると、生きている人のうめき声が聞こえてくる。その時間は残念ながらなさそうだねと嘆息する遥。
「仕方ない。セーブができないのは残念だけど、このまま次のステージへといくよ」
そうして、身を翻して異形なる錆びた街へと走り出すおっさん少女であった。




