205話 異様なる北部へ潜入するおっさん少女
北海道北部。色々な噂が飛び交い、危険な匂いがぷんぷんする場所である。空を見上げてみれば、晴天であるはずなのに、血のような赤黒い色をしており、空気が澱んでいるのが遠くからも見える。地面へと目を向ければ、ゆらゆらと揺れる一面異形の森林があった。
赤き森林。全て寄生赤昆布でできた森林である。根本には人間が昆布と一体化しているように生えており、久々にSAN値を削ってくる状況。
それを少し離れた丘から眺めている美少女は口元をヒクヒクと引き攣らせていた。
「帰ろっか? もう帰ろうか? ちょっと初期に見たゾンビたちより、全然怖いんですけど? 怖すぎるんですけど」
恐怖で珍しく後退るおっさん少女である。ちょっと不気味なので、帰りますね、ちょっと用事を思い出しましたと言い訳をするのである。これまでで、これほど不気味なのは見たことがないので。
「映画やゲームの中だけで充分でしょ? ああいうのは、お腹いっぱいなので、ステージのチェンジを求めます。ステージセレクトからロードさせてください」
ヘタレっぷりを見せる珍しさ。いつもはおっさんぼでぃの時はヘタレるが、レキの時は滅多にないので。
「ご主人様、深く赤き森林基地を攻略せよ! exp55000、報酬? がミッションとして発生しましたよ?」
ニヤニヤと口元をニヤニヤさせて、お化け屋敷に怖がりながら入る少女を見て愛でるような表情でサクヤが告げてくる。予想はしていたが、凄い嫌なタイミングである。そしてサクヤの株はただいまストップ安だ。
バブバブ、わたちよーじょなレキだから、言っている意味が少しわからないのと、赤ん坊化する遥。おっさんなら、そのプレイに大金が必要であろう。
瞼が閉じて、再び開くとレキが平然とした動揺のない声音で声を発した。
「旦那様。あの森林の根にいる人々は未だに生きています。生命反応は弱いですが」
気配感知で判明している内容を語るレキ。
「うん。気づいていたよ。そして、あれだろ? 道を通ると殺してくれ〜、殺してくれ〜とか言ってきて、主人公は苦渋の決断で森を焼き尽くすとかそんな感じ」
遥だって気づいていた。だって弱々しくも動いているのがわかるのだ。そしてこの森林がある限り、艦砲射撃はできない。森林が人の肉壁になっているというふざけた状況。
ぐぬぬと歯噛みして、おっさん少女は真面目な表情をして真剣な声を出す。仕方ない。腹をくくるのだ、ここでヘタレるのは男がすたる。既に、おっさん少女の時点ですたるどころか、男でもないでしょというツッコミがあるかもしれないが。
「だが、それは映画や漫画のお涙頂戴の展開だよ。現実ではそうはいかないことを敵へと教えてあげないとね」
「そうですね。たとえ人質としてあの森林があるとしても、夫婦の力には敵わない。それを教えてあげないといけませんね」
森林を焼く?そんな選択肢は一周目で充分だ。おっさんは3回も激闘により命を落としている。なので4周目たる遥の選択肢は決まっている。全員救うのである。その力が自分にはあると確信している。
そして、おっさんが死んだのは激闘じゃないでしょうというツッコミはいらないだろう。皆知っているので。
そうしてすっくと姿勢を正して、立ち上がる………というわけではなく、すっくと小柄な身体を床に伏せてダンボール箱を被るのであった。
「とりあえず、洗脳装置な敵を倒さないといけないしね。蛇なレキ出発だ〜」
「了解です、旦那様」
そうしてダンボールスーパーカーは高速で赤き森まで発進したのである。
てってこと、ダンボールにあるまじき恐ろしい速さで。
赤き森林。ゆらゆらと揺れる赤き昆布。根株がポツポツと生えており、人々が閉じ込められていた。その呻き声はゾンビと違って生者の声なので胸にくる。
「助けてくれ〜」
「殺してくれ〜」
「ああ〜」
不気味なる協奏曲である。夜中に眠れなくなることは間違いない。もはや、お化け屋敷もびっくりの怖さだ。どうやらここの人々は洗脳化がなされていないか、途中で解けたか、意識を持っているのがたちが悪い。それか人質にするにはその方が良いかである。
その地面をスタタタと移動しているダンボール箱なレキ。高速移動であり、どんな車も敵わない速さで移動中。
「こちら、蛇なるレキ。今のところ接敵は無し。オーバー?」
ダンボール箱からコソコソと声がして、それにサクヤが答える。
「この赤昆布エリアは毒エリア。空気中の胞子が中にいる人間を毒にてダメージを与えますよ」
「あ〜。胞子かぁ。それには寄生能力は無し? 大丈夫? 本当に大丈夫?」
ダンボール箱がぷるぷると震えて、常に自己保身を気にする遥である。だって胞子なのだ。身体から茸が生えて崩壊する世界なゲームをやったことがあるので、凄い怖がるおっさん少女である。
「胞子ではまだ寄生能力はありませんね。どうやら根株に成長したあとに人為的に埋め込まれているのでしょう。まぁ、ミュータントのやることが人為的というのは語弊がありますが」
できるクール系な銀髪メイドは、キリリとして愛らしい姿で教えてくれる、と書いてあるボードを持ちながらダメ銀髪メイドが教えてきた。
「それは良かった。だけど毒エリアだと、ますます防衛隊の面々が救助に来られないなぁ。どうしようか?」
ボードは見なかったことにして、悩むところだ。防毒マスクをつければ大丈夫だろうか?いや、かなり危険な匂いがすると迷う。そしてサクヤへの対応が雑すぎるかもしれない。
「ここの毒エリアは少し特殊な形で形成されています。どうやら自らの力を使わないように巧く作られている模様です。すなわち」
「すなわち、赤昆布の森林を排除すれば、毒エリアもなくなると。そうすると複数のエリアの形成もあり得るんだね?」
サクヤの提言に口を挟み、遥が予想を言う。コクリと頷くサクヤ。なんだかんだいっても、以心伝心な二人である。
だが、気になることがある。
「サクヤは基地と言ったよね? たしかにミッション一覧に森林基地と表記されているんだよなぁ」
基地……。たぶん森林を越えたら、見えてくるのだろう。まぁ、考えても仕方ないかと再度前進を始めるおっさん少女であった。
最初に出会ったのはタイライムであった。二人コンビで巡回しているぽい。しかも今度のやつはロケットランチャーを担ぎながらの巡回である。だが、コートは着込んでおらず、灰色のスライムの姿を見せていた。バイオな3のファンだと敵が判明した瞬間である。
無効化に力を注ぎすぎているのだろう、こちらのダンボール箱に気づく様子すらない。恐らくは現代兵器には強力な兵器であったはずだ。あらゆる通常兵器を無効化するだろうから。あとはタイライムの強力なパンチで敵を殲滅していけば良い。しかもロケットランチャーも装備している。
すっと、ダンボール箱が僅かに浮いて、突き出されたちっこい人差し指がタイライムへと向けられる。
「ファイアブリッツ連弾」
ドドドドと小さくとも強力な火球がタイライムのコアを正確に精妙に貫く。数個存在したコアを全て殆ど同時に貫かれたタイライムはすぐにどろりと溶けていった。攻撃に気づいたもう一人のタイライムが振り向いた時には同じようにコアへと火球が迫ってきた姿であった。
どろりと全てのタイライムが溶けたことを確認して頷くレキ。
「どうやら炎も弱点な敵ですね。というか、これはまさか物理攻撃以外は全て弱点ではないでしょうか?」
「あ〜。いたよ、そんな悪魔。使い勝手が凄い悪いハニワみたいなやつ」
女神な転生のゲームにそんなのいたよと答える遥。相変わらずのゲーム脳で敵の種類を予想した。そろそろゲームと違う性質の敵がでてきたらポカをしそうな感じがする。
「どうやらここはタイライムと赤昆布のみなようですね。なら問題はありません。一気に中ボスまで行きます」
淡々と冷静に答えるレキ。既に敵の居場所は気配感知で判明している。ならばこそ、敵の場所まで一直線に行くつもりである。ロケットランチャーはしっかりと確保しておく。4発搭載されているタイプだ。
ロケットランチャーだよ。私はもう無敵かなと、むふふと内心で嬉しい遥。まぁ、そこまで強い武器ではないが、なんとなく手に入って嬉しいのであるからして。
「では行きます!」
その言葉と共にシャカシャカシャカシャカとどこかのはぐれなんとかスライムみたいに高速移動を始めるダンボール箱。タイライムは巡回しているが気づいている様子はない。以前の東京砂漠の警視庁ダンジョンと同じ感じである。
赤昆布揺らめく森林を高速で移動して、タイライムの横を素早く切り抜けながら目指すは、遠目に見てもわかるパラボラアンテナのような形でとぐろを巻いている巨大赤昆布。どう考えてもそれが洗脳装置であることはバレバレであった。
スタスタスタと移動したダンボールなレキは敵の根本に到着する。
見上げてみれば巨大な赤昆布でできたパラボラアンテナである。100メートルは高さがあるだろうか。大木であり、時折その花弁らしき中心からプシューと胞子を吐き出している。
「まずいね。あの胞子がこのまま吐き出されていけば、ここらへんは全て昆布界に呑み込まれるね」
そうしたら、焼き払うには炎の巨人が必要かもしれない。腐界ならぬ、昆布界とはまたシリアルである。真剣な表情で言ってもなんとなく危機感がない。
不気味に蠢動するパラボラ赤昆布。レキが近づくと、ゴゴゴと音をたててその姿が崩れる。そして糸くずの塊のような形になって揺らめき蠢く。どうやら気づかれた模様。伊達にレーダー基地みたいにはなっていないみたいである。
「うげぇ! あれだよ、レキは触手攻撃は禁止だからね! 可愛らしいレキにはNGだからね!」
遥がエッチィ展開を恐れて釘を刺す。子供のような少女にはそういう攻撃はNGだよと牽制する。
「ご主人様! あいつの名前はニャルラト昆布と名付けました! 気をつけてくださいね! 捕まったりしたら、撮影時間が足りるか心配なので。あ、それと、魅了をする妖しげな妖花を撃破せよ! exp40000 報酬レインボージュエルのミッションも発生しました、ついでに言っておきますね」
「いや、ついでに言うなよ! そっちがメインでしょ? なんで名付けとか撮影時間がさきなわけ! お前、サポートキャラでしょ?」
頬を膨らませて、ツッコミを入れる遥。ちょっと酷いのではなかろうか。まぁ、サクヤらしいけど。
予想通り、やれやれですといった感じで肩をすくめて答えるサクヤ。
「そんな仕事よりも、趣味のほうが上です。ご主人様ならわかると思いますが!」
フンスとふくよかな胸をはっての迷いが一切ない発言である。むぅ〜と言葉に詰まる遥。たしかにそのとおりである。同意してしまう同じ価値観を持つおっさんであった。
「仕方ない。こいつを倒してから、家に帰ったらお説教だな」
そう呟いて、レキへとお任せしますとお願いする。常に他人に頼るこのおっさんもお説教が必要だと思うのだが、どうだろうか。そしてサクヤは、えぇっ!と驚いた表情であるが、どことなく嬉しそう。
「ではだめな昆布は廃棄しましょう。人に寄生するのは欠点ですので」
レキが宣言して、一歩前に踏み出してアイテムポーチからロケットランチャーを取り出す。
「まずは射撃です」
ニャルラト昆布の中央に狙いを定めて、引き金をひく。
「相手の武器で敵を倒す。これが戦争なのだよ」
言いたいセリフがあったので迷わずに発言する遥。常に余計な一言を言うおっさんである。本当に余計なのでそろそろ封印が必要かもしれない。
シュゴーと、ロケットランチャーから砲弾が飛び出して煙を吐きながらニャルラト昆布まで向かう。これでダメージが通ったら、森林内のギミックで倒せという、ゲームにありがちないかにもな内容である。その場合はタイライムを狩りに戻る予定。
ドゴーンと爆発したが、もうもうと煙が発生した中でニャルラト昆布はまるで昆布を減らしていなかった。蠢く昆布が震えたと思うと、先端を剣の形に変えて、無数の昆布が突撃してきた。
レキは素早く身構えて、躰がぶれたと思うと、その攻撃を手をそえて受け流す。
「なぬ!」
遥が受け流した結果に驚く。
硬化していた剣昆布は、受け流されるとその硬度を無くして、今度はそえた手へと巻き付くように縄のように迫ってきたのだ。
すぐに地面を蹴り、後方へ下がりカモシカのような足から蹴りを繰り出すレキ。その攻撃も硬度を無くした昆布はゆらゆらと揺らめくだけで効いた様子がない。
「ファイアブリッツ」
「サンダーブリッツ」
「アイスブリッツ」
「サイキックブリッツ」
攻撃を続けるニャルラト昆布から後方へどんどん下がるレキを援護して、なおかつ弱点属性を探すために遥が持ち札の超能力を発動させる。
多彩な超能力が発動する。炎が雷が氷が、そして不可視の空気を震わす念動が敵を襲う。
しかし昆布の表面にあるヌルヌルしたヌメリが炎を消火し、雷を受け流し、凍ることを許さずに、最後のサイキックブリッツもゆらりと体を震わすのみであった。
「マジですか。あいつ弱点属性はなんなんだよ!」
結果を見て焦る遥。攻撃が全て効かないとは考えていなかったからだ。
すちゃりとアイテムポーチからフリーズナイフを取り出すレキ。素早く敵の剣撃のような昆布を避けながら、スッと斬りかかる。
今度は僅かに昆布は斬れた。霜が覆うと思われたが、それはぬめりに無効化されてしまう。
「ご主人様、あの敵は殴打、突射、炎雷氷無効らしいですね」
サクヤが真面目な表情で教えてくれるが、既にわかっている内容だ。
「でも、その代わりに斬が特効みたいだね。フリーズナイフで傷つくみたいだし」
今の結果を観て判断する。しょぼいフリーズナイフ如きでダメージが入るぐらいだ。というか、弱点が本当に弱点すぎる。特効ダメージ何倍率なのだろうか。
そしてやはり無効化にリソースを注ぎすぎているのだろう。洗脳能力もつけたら、他の攻撃方法は碌にないに違いない。
「旦那様。フリーズナイフで倒しますか?」
レキがナイフでも敵が死ぬまで斬りかかりますよと脳筋な発言をするが
「いや、仕方ない。もう斬系スキルも取得する時期ということだよ」
かぶりを振って否定する。実はもう斬系なら取得するスキルは決めていた。わくわくしながら嬉しそうな声音で叫ぶ遥。
「こんなこともあろうかと、武器も作っておいたんだよ!」
そう。実は倉庫に眠っていた貴重な素材で武器は作っておいた遥。この先で絶対に必要になる時がくると考えていた。ただ、スキルを取得するのは必要になってからと考えていたのだ。
そして、言いたいセリフがまた一つ言えて嬉しいおっさんでもある。というか、レキは新しい武器がなにかを知っている。だって同じ体なので隠しことはできない。浮気もできない完全監視体制なのだから。旦那様が喜んで発言したので沈黙を保つ良い子であった。
「なので、新しいスキルを取得するよ。それは」
ドヤ顔で遥が取得スキルを叫ぼうとした時、地面から昆布が一気に生えてきた。後方からも生えてきてレキを攻撃するのではなく、覆うように動く。
どうやら、速すぎるレキを倒すために囲んでの飽和攻撃を選択したようだと、昆布のくせに罠を用意していたとは生意気だと、冷や汗をかくおっさん少女であった。




