197話 おっさん少女はまずは北西へと行く
森林の中を3人組が高速で移動していた。枝から枝へと移りながら移動する。不思議なことに小枝ともいえる細い枝に乗っているにもかかわらず、枝は折れることはもちろんなく、揺れることすらなかった。
人外の力を持つレキとアイン、シノブであった。華麗なる動きで、鋭敏なる感覚を持つうさぎが、なにかが通り過ぎたと感じたときにはすでに遠き場所まで移動していた。
アインが移動しながら、レキに不思議そうに疑問を持った表情で尋ねる。
「なぁ、ボス? あれだけ情報のあった北ではなくて、また一葉港に戻ってから北西に行くのはなんでなんだい?」
「あぁ、それは簡単です。強制労働所は奥多摩の間宮グループがそんな噂でしたが違いました。軍人のグループは小笠原諸島で見たので、もう知っています」
ひょいとアインへと顔を向けて、楽しそうに答える。
「だから、見たことがない本格的な強制労働所を見てみたかったんです。楽しそうでしょう?」
アホな発言でレキではないと判明した。残念発言で中身がすぐにわかる哀しい仕様であった。まぁ、おっさんだから仕方ない。
「ふむ。お館様、それがしたちは、偽装をして入りこむのでござるか?」
シノブが今回の設定を聞いてくる。というか、ついにシノブは遥をお館様と呼び始めた模様。それがしとか、ござるとか使い始めたし。
誰だよ、シノブをからかっているのはと、残念くノ一となったシノブを見て、がっくりと肩を落として思う。犯人を探さないとね、たぶん銀髪メイドとか、変態メイドとか、盗撮メイドに違いない。
すでに犯人扱いされているサクヤであった。そしてそれは当たっていた。たぶん帰ったらお仕置きコース確定である。
「う〜ん、ドリフターで行こうよ。交易しながら放浪するドリフターで」
おっさんぼでぃの時は自転車だったので、いまいち決まらなかったと考える遥である。だって自転車だよ、自転車。
ドリフターとは、崩壊した世界を放浪するバイク乗りである。放浪すると言いながら、近場のキャンプに居着いてクエストをクリアしていたが、そこはゲームなので仕方ない。
現実ではどうなのだろうとワクワクするおっさん少女。バイクも一見ボロいバイクを用意済みだ。もちろん見かけだけで、中身はレベル8のバイクである。おっさんぼでぃのときみたいに、うわぁとか叫んで壁へは激突しないのだからして。
そして、子供にも見えるおっさん少女がバイクに乗って移動するのを見て不審に思わない人間はいないと思われる。もちろん、それを念頭に計画する遥ではない。常に行き当たりばったりが基本なので。
これは楽しそうですよと、ふふふとほくそ笑む姿も愛らしいおっさん少女は、高速移動にて森林を移動していた。一葉港で情報を集めたところ、恐らくは森林を突っ切った先にあると思われる。
普通の人間が一ヶ月はかかる道程を僅かに数時間で移動した3人は、前方の森林がなくなったことを確認した。
スッと片手を上げて、遥は2人へ停止の合図を送る。すぐさま細い小枝の上で立ち止まるアインとシノブ。
遥も停止するが、3人とも人が見たら目を疑う光景だ。なにせ、細い小鳥もとまれないだろう小枝の先に停止して、小枝は折れるどころか、揺れることすらもない。
この光景だけで人外だとわかるが、気配感知を使えるおっさん少女は他人に見られるという愚は起こさなかった。まぁ、他では愚ではなくアホな姿を見せているのだが。もしかして、同じ意味かもしれない。
「あれを見てください。アイン、シノブ」
そっと森林の先を見ると、銃を持った人間が監視所を作って森林を見張っていた。木で建てられた監視所であり、数メートルはあるので、ランナーゾンビも防げるだろう建物である。櫓といった方が早いかもしれないが。
それがポツンポツンと等間隔に建設されて、全てに銃を持った見張りが一人いるのが見える。
ふむ、と顎に紅葉のような可愛らしいちっこいおててをあてて考える遥。
ウィンドウへと真面目な表情で視線を向けて尋ねる。
「あれはどう思う? コミュニティに余裕がある証拠かな?」
考えるフリだけして、判断を周りに聞くいつものおっさん少女であった。
「そうですね、ご主人様。あれだけの監視所を一人とはいえ銃持ちを置いておけるということは、今度のコミュニティはかなりの規模なのかもしれません」
「食料、弾薬に困っていないコミュニティなのかな? それだと交易をするドリフターの演技は難しいかもなぁ」
サクヤの返事を聞いて、難しい顔で悩むおっさん少女。
大丈夫です。おっさん少女には最初から演技はできませんよ、アホな美少女役で充分ですと教えてくれる親切な仲間はいない模様。
う〜んう〜ん。どうしようどうしようと考える遥。なんだか今回は難しい演技が必要になるかもと考える。常に演技成功率0%のおっさん少女は以前の失敗談は記憶からデリート済みだ。都合の悪いことはすぐにデリートされる仕様なおっさん脳である。知力の項目はないので仕方ない。
ぽんと手をうって、遥は良いこと考えついたよと笑顔で宣言した。
「とりあえずドリフターとして、行ってみよう。あとは野となれ花となれ作戦で」
人はそれを作戦とは言わない。遥の頭に作戦という意味を聞いてみたい内容である。常に適当すぎるおっさん少女であった。
森林を少し戻って、ドルルルルとエンジン音をたてながら、バイクに乗っての移動をする3人。バイクの音に釣られた敵はいない。というか、ここらへんの敵は片付けておいた。なので、ミュータントをトレインしてからのコミュニティ壊滅はない。
映画ではよくある内容ではあるが。蟲の子供を連れて親に追いかけさせて敵軍を撃破するのだ。あれは捕まえたやり方を凄い知りたいと子供心に思ったものだ。だって蟲に囲まれているから子供をあんなゆっくりした乗り物で攫うなんて絶対に無理だからして。
そうして3人で、一見古ぼけた、されど中身は超科学でできているバイクで移動である。後部座席にはでかいリュックを置いてあり、中には酒、薬、調味料が入っている。
たぶん、このラインナップなら絶対になにがしかと交換できると信じている。頼みますよ、神様と祈りながらの移動であるが、神様はすでにおっさん少女の祈りを着拒しているどころか、スパム扱いしているので、届くことは絶対にない。
でも、無理なら力押しだねと脳筋な考えをしながら森林を出る。
すでにバイクの音を聞いていたのだろう。監視所の人間が慌てた様子で、必死な感じで声をかけてきた。
「まて! お前らどこから来たんだ! そこで待っていろ。すぐに行くから!」
監視所から無防備にはしごを転がり落ちるように降りてくる見張り。
それをバイクを停止してのんびり待つ3人。フッとニヒルな笑みを浮かべるおっさん少女。ニヒルではなく、単に愛らしい笑みとなっているが、本人はニヒルだと固く信じていた。
待っていると、アサルトライフルをこちらへと構えながら、見張りが近寄ってくる。
ちょっとちょっと、銃をこちらに向けながら来るのかと呆れながらも待っていると、こちらをジロジロと見てきた。
「………お前ら………いったいどこから来たんだ?」
「おいおい、銃を構えながら尋ねてくるってことは、あたしらも銃を構えて良いということだよな?」
挑発的にからかう口調でアインが返事をする。まぁ、アサルトライフルなんて効かないんだけどねと思いながら、見張りを観察する遥。
見張りはアインの言葉を聞いて、慌てて銃を下げていた。素直すぎる人間だ。遥たちが悪人ならどうしていたのだろう?
どうも自衛隊には見えない相手だ。チンピラにも見えないが、どこにでもいる体育会系の筋肉質な見た目強そうで真面目な男性に見える。大学生だったのだろうか? 上下関係を簡単に受け入れそうな男性だ。
それならば、この強制労働所に相応しいと、内心で推察する。こういう相手は一度上下関係ができて、重要そうな仕事が与えられれば、簡単に言うことを疑問に思わず、それどころか誇りをもってやりそうだ。
これが善人の集まりの若木コミュニティとかなら別に良い。だが、悪質なコミュニティならどうなるか? その結果が目の前の状況かもしれない。
でもまぁ、今は単なる推察にすぎないよねと、遥は思ってニコリとたんぽぽの花のような優しい微笑みを見張りに浮かべる。
「私たちは謎のドリフターです。ブルルンとバイクで各地を旅してきました」
手でこうやって来ましたと、バイクに乗っている様子を見せる可愛らしいおっさん少女。そして早くもアホな発言をして、設定を台無しにしそうであったというか、謎のという頭文字をつけるのをやめれば良いと思うのだが。
ドルルルルとバイクで移動は、見張りがついてこられないので、うんしょうんしょと可愛くバイクを押しながら中に入る。
子供用にハンドルもペダルも何もかもミニチュアサイズになっているバイクは怪しさ爆発である。なので、チラチラとおっさん少女とバイクを見張りたちは見比べながら戸惑った表情だ。
もはやエンジン付きの車両は動かない世界なのに、3人の古ぼけたバイクが動いているのが不思議で仕方ないのだろう。
充分不思議がってねと、口元をにまにまさせながら、おっさん少女たちは中の状況を観察する。
ちょうど盆地とかなんだろうか? 畑や牧場が一面に広がっており、人々が働いている。こちらに気づいて驚いた表情で周りへと声をかけている人もいる。
畑は色々な作物を作っているのだろうが、まだ春なので育っている作物はそんなにない。牛や羊がけっこうたくさん養われているので、食料に余裕はありそうだ。
だが、共通点がある。人々は疲れた顔をしていた。作業での疲れもあるだろうが、精神的に疲れているのだろう。なにせ等間隔で、銃を持った人間がいるのだから。
あれでは常に見張られていて囚人みたいなものだと呆れる遥。おっさんなら速攻逃げるだろう。逃げて、ようやく逃げ切れたかとストーリーが始まる際に、うわぁと最初にやられる役である。すなわちいつもどおりの役どころだ。
「どうして、人々を見張る人がいるんですか? あの見張りは暇そうにあくびをしていますが」
ちっこいおててで、見張りの一人を指差す。ちょうどあくびをしていた見張りに皮肉げに無邪気そうに指を指すおっさん少女。
その子供のような美少女に尋ねられた見張りは、気まずげに困った表情で答えてくる。
「あれはな、どこから化け物が来るかわからないから護衛なんだよ。仕方のないことなんだ」
「ほぉほぉ、人を見張っているわけではなかったのですね。勘違いをしちゃいました」
明らかな嘘ではあるが、テヘッと小さく舌を出して返答する愛らしさの塊なおっさん少女。
「ふふん。どう見ても見張りにしか見えないけどな!」
アインがニヤニヤしながら、見張りへと馬鹿にしたような声音で話しかける。
「これなら人の確保が簡単にできそうですね」
シノブも頷きながら追随する。ござるはやめた模様。それか人前ではやらないのか。そしてシノブの発言は二重の意味があると気づいているおっさん少女。そうですねと、内心でふふふとほくそ笑む。
「どれぐらいここには住んで………。おっと、責任者が来たようですね」
話していた3人と見張りの前にぞろぞろと、老人たちがやってきた。なんというか歴戦の勇士みたいな人たちだ。
真ん中の随分大柄な婆さんが一歩前に出てきて、こちらへと視線を向けてくる。
無遠慮にジロジロと見つめてきて、口を開いた。
「ふん、随分良いものを持ってきてくれたじゃないかね。良いよ、うちのコミュニティに住まわせてやろう」
はぁ? と遥は呆気にとられた。いきなりの住んで良いよ発言にさすがのおっさん少女も小さいお口を開けてびっくりした。
そんな遥を見て、フンッと鼻を鳴らして婆さんは言う。
「ここには食い物も安全もある。もうどこかに行くこともないだろ? ほら、お前ら保護してやるんだ。そのバイクとリュックをよこしな」
ふぉぉぉと、リィズの真似をして興奮するおっさん少女。凄いよ。悪人ぽいよ。映画の中のボスっぽいよとワクワクして眠そうな目を輝かせる。
婆さんは驚くことに背丈は180はあり、顔も傷だらけ、背筋はピンと伸ばしている元気そうな婆さんだ。アサルトライフルを背負い、腰にはホルスターにハンドガン、ナイフに手榴弾もつけている。完全装備過ぎてどん引きだ。他の老人も似たりよったりである。
コマンドー婆ちゃんだ、コマンドー婆ちゃんだねとあだなを密かに決めた失礼極まりないおっさん少女である。
コマンドー婆ちゃんの合図で見張りたちがこちらへと近寄ってくる。これも驚いたが、見張りは嫌らしそうな笑みとかを浮かべておらず、苦々しいひどく真面目な表情だった。自分たちの行動が酷いとわかってはいるが、解決策がないから従っているのだろう。
これは楽しくなってきたね、この間の港は期待はずれだったからねと、遥は近づいてくる見張りへと右手を掲げて声をかける。
「見張りのおじさん。そして、おばーちゃん。本当に私たちを守れる力があるの? もう私たちは放浪しなくてい~の?」
舌ったらずな口調をして、笑顔で尋ねる遥。本当はこわごわとした表情で聞きたかったが、仕方ない。だって楽しそうなのだから、笑顔を隠すのは不可能である。
そんな遥の問いに、またもや鼻を鳴らしてコマンドー婆ちゃんは答えた。
「ここは一騎当千の人間が守っているんだ。自衛隊も役に立たなかった場所を私たちが守っているんだよ。当たり前じゃないかね」
そういえば自衛隊はどうしたのだろう?武器を放棄していなくなるとは思えないけどと疑問に思うが、とりあえずあとで聞けばいいやと、気を取り直して話を続ける。
「それじゃぁ、放浪してきた私たちよりも強いということだよね? じゃあ力試しだね!」
ウキウキとして、このコミュニティの人たちに戦うか持ちかける超人遥。
もちろん、見かけは弱そうな3人組だ。コマンドー婆ちゃんは頷いてニヤリと笑った。
「いいよ。やってみな! 悪いけどコイツラは鍛えに鍛えた奴らだからね。あんたらが泣いても知らないよ!」
凄いよ、ついに私は現実で映画のボスに出会えたんだと、感動する遥。
「わかりました。それならば私たちも文句はありません。私たちが負けたら、ここは安全とわかるので、保護してもらいますね」
小首を可愛く傾げて、ちっこい人差し指を突き出して話を続ける。
「ただし! 私たちが勝ったら、このコミュニティを自由に行動して、自由に交易させてもらいます。いいですよね?」
「自信がある小娘たちみたいだね! いいだろう。その話に乗ったよ!」
やった〜!と内心で小躍りして、戦う準備をするおっさん少女であった。