196話 狩人は現実が信じられない
日位玲奈は金持ちである。日位グループは大きな会社で未だに一族経営をしていることで有名であった。最近の不況もなんのその、うまく乗り切って黒字経営をしてきたので、一族経営が崩れることもなかった。
そして玲奈は有名大学の3年生。すでに自分の会社へと就職は決まり、あとは婿を探すだけであった。
自分の美貌には自信がある。手入れをしている黒髪は腰まで伸びており自慢の髪だし、肌も艷やかでまだ10代の水を弾くほどである。化粧品も高級な最高の品を使用している。まさしく金の力をふんだんに使って磨き上げた身体なのだ。
頭も良く、経営学もしっかりと学んでいる。成績は優秀であり隙はない。もはや完璧人間といっても過言ではないと私は思っていた。普段、歩いていると振り向いていく男性もいることから、自信はあった。
そう、私は自分の全てに自信を持っていた。そこに疑問を持たなかった。これから先もバラ色の人生が待っている。これが生まれの差だと、周りを哀れんで優しくもしていた。
そんな私に友人は高笑いと縦ロールをしなよと、たまにからかわれて苦笑いで返したものだ。
ひょんなことから、私は狩猟に魅せられた。いや、銃に魅せられたのかもしれない。海外旅行では銃の体験ツアーに行ったし、狩りを楽しんだこともたびたびある。
だけど日本ではそう簡単にはいかない。全ての銃は許可制だし初心者は10年以上許可を持ってから問題ないと監査がおりないと、ライフルすら買えないのだから。
しかもほとんどは罠猟である。海外みたいに、じゃんじゃん撃てないし、弾丸の保管から銃の更新料など、いくらあってもお金は足りないのかもと思ったものだ。
テレビでは猟師さんが老人ばかりで大変ですねと同情していたが、猟師になる際の大変さは一切映さなかった。たぶんなにかの圧力があるのだろうと予測していた。大金が必要なので、一般人が気まぐれに猟師などには絶対なれないのだから。
それでも私は銃を持ちたかった。金持ちであるので、そこは問題ない。
私が申請が通り、晴れて銃が持てたときに父親に呼ばれた。
なんのようかしらと思いながら行くと、父親は私の取り巻きを用意していた。いや、取り巻きではなくて、結婚相手なのだが。
入り婿になるというので私のことは全て肯定するつまらない人たち。でも仕方ない。そのような立場の者ばかり集められたのだから。相手を責めるつもりもない。玲奈さん、貴女は間違っているとか、ドラマみたいな人はいないのだ。現実では仕事の関係もあり、好き勝手に行動できる人なんていやしない。ドラマのような出会いには憧れるが少女趣味なそこまで妄想癖の高い人間でもない。そんな出会いがあればいいわねと頭の片隅で思っていただけだ。人間だれしもそれぐらいは持っていると思う。
それでも1人でボランティアとして、害獣駆除に行くのは女性1人ということもあり、行きにくいから助かった。
そこそこ仲良くはしてきたので、結婚相手をわざわざ探すこともないかと、取り巻きから探してもいいかしらと考えて、連休初日に行った山間の村。
そこに行ったのが、私の命を救ったのだった。
いや、最初は命が助かったなんて、全然わからなかった。何故ならば孤立していた山間の村落であったから。
初日の害獣退治を終えて、私たちはのんびりと用意されていた民宿ともいえる場所で集まって話していた。畳敷きの古い家であり、いつもボランティアのために用意されている家らしい。こういうのは当たり前の話なので、疲れをとり明日からのスケジュールを確認していたものだ。
そこへ取り巻きの一人が頭をかきながら困ったような表情で声をかけてきた。
「玲奈さん、どうも今日はバスが来なかったらしいですよ」
バスとは4時間に1回くる定期便だ。自分たちもそれを知っている。だが、それがどうしたのだろうか。私たちは車で来ている。レンタカーであるがこの連休中は借り受けているのでバスが来なくても問題はない。
「いえ、どうも気になったもので………。まぁ、俺たちには関係ありませんよね」
そうですねと、周りの取り巻きも同調して、その日はあっさりと終わった。普通に用意されていた牡丹鍋に舌鼓を打って、寝て終わったのだった。
世間では、崩壊の日と呼ばれていた日。私たちは呑気にそんなことを知らずに明日からの狩りがうまくいくといいわね、なんて気楽であった。本当に予兆にも気付かなかった。バスが来ないという理由も考えもしなかった。
車があるのだから、この山間に閉じ込められたわけでもないので、ふ~ん、そうなのといった感情しか持たなかった。バスを使っている人は大変ですわねとしか思わなかった。
次の日。狩りにでて、やはり普通に暮らした。そしてさらに次の日、ご老人の猟師たちと一緒に狩りを終えて夕方に戻ってきたところ、村の人々が集まってなにやら騒がしかった。
私は首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべて、取り巻きに声をかけた。
「なにかしら、あれ?」
すぐに取り巻きの一人が嬉しそうに素早く頷き、
「見てきますね、玲奈さん」
私への点数稼ぎに走っていったのだ。そして村の人に話しかけて、その騒ぎの内容を聞いたのであろう。困惑した表情でこちらへと歩いてくる。そして困惑した表情のまま、私たちを見る。
「なにか、今日もバスが来なかったらしいですよ。1便も来なかったらしいです」
「は? 1便も? 一昨日から昨日に続いて?」
きょとんとした表情を浮かべて、予想外のことを聞かされた私も困惑する。3日続けてバスが来ないなんておかしい。
いや、田舎だとこれが普通なのかしら? でも騒ぎを見るに普通ではないのだろうと思う。
「そうなんですよ、それで車で様子を見に行こうとした人がいたらしいですが………。車のエンジンがかからないらしいです。それで慌てて他の人が自分の車を動かそうとしたらしいですが、動かないらしいです」
「それは大変ね。で?」
もちろん、その続きは簡単に予想できる。山間の村だから、ちゃんと車を整備していなかったのかしら? でも、全員? 少しおかしくないかしら。
私はどことなく嫌な予感がして、腕を組んで話を聞いてきた取り巻きを見ながら話を促す。
「えぇ、私たちの車を使わせてもらえないかと。そう言っています」
「そうよね、それじゃ私たちの車を使って麓まで行くとしましょう」
素直に頷いて了承する。麓まで2時間はかかるが仕方ない。曲がりくねった危ない道なのだから。だけどそういう理由なら仕方ないだろう。
そうして、私たちの車を動かそうとしたとき、人々が不安そうにぞろぞろとついてきて、動くか様子を見ている中で
「う、動かない! どうしてだ?」
「こちらも動かない! なんでだ。どうしてだ!」
取り巻きたちがパニックになって、なんどもキーを回す姿を見て………
私はようやく何か異常が発生していると気づいたのだった。
孤立した山間の寒村に取り残された私たち。車は何故か動かない。そして、夕方に電気も止まり水も流れなくなった。もちろん携帯も使用不可能となっている。
深刻なことが、なにかとんでもないことが発生していると、ようやく人々が認識して集会所に集合して話し合うこととなった。
猟師の中でも中心的ないつも髭をもじゃもじゃと生やしている男性が腕を組んで、困惑した表情で、みんなに聞こえるように話しかけてくる。
「この状況を見て、どんな状況が発生しているか、推測でも良い。考えられるやつはいるか?」
皆は腕を組んで、やはり困惑した表情で隣とコソコソ顔を突き合わせて話しているが、これはという意見は無いようだった。
そこで取り巻きの一人が手を挙げて発言をしようとする。皆はその挙手を見て注目した。
「あ~………笑わないでくださいよ? こんな状況を映画で、いや漫画だったかな? 見たことがあります。核ミサイルが大気圏層か何かで爆発すると強力な電子波だったかな? なにかが吐き出されて地上の電気製品は全て使えなくなるんです。浄水場も発電施設も全て停止してしまうという話でした」
「なんじゃ、そりゃ? 核ミサイル? だけど、火柱も煙もみえねぇぞ?」
村の老人の一人がその言葉に、困惑した表情で尋ねる。
その言葉に取り巻きはかぶりをふって答えた。上空を指さしながら説明を始めた。といっても自信なさげではあるけど。ソースが映画か漫画なら仕方ない。
「えっとですね。核ミサイルはずっと上空。私たちがみれないほどの上空というか宇宙空間だったかなぁ。それぐらい上空で爆発するんです。そうしたら、爆発も見えないし、もちろん煙も見えない。ただ電子波? あ~、すみません、名前はよくわかりませんが、そんなものが地上に降り注いで、対抗処理をしている電子製品以外は全部使えなくなるらしいですよ」
その言葉をきいて、集まった人々は半信半疑ながらも頷く。
「はぁ、なるほどなぁ」
「お前さん、わかった?」
「とにかくなんもかんも使えなくなるんだろ?」
「困ったのう。ガスが使えるだけなのか」
そうガスはプロパンガスのボンベを使っているので、使えるのだ。しかし、他は全て使えなくなっている。
取り巻きも自信なさそうな表情だが、それでも言葉を続ける。なんだかんだいって彼らもスペックは高い。私の取り巻きになんかならなくても普通に出世コースを歩むことができる人たちだ。ただ、私と結婚すれば、もっと簡単に富も人脈も手に入るから。それを選択しただけ。
「なので、自衛隊とかの救援が始まって復興作業が進むまでは、ここは放置されるかもしれませんね」
「それはどれぐらいなんだ? あんまり長くはないだろうな?」
「それを私に聞かれても困ります。戦争が始まったような感じもありませんし、たぶん核ミサイルの実験とかなんじゃないでしょうか? 1か月はかかるかもしれませんね」
はぁ~、そうなのかと、人々は困り顔になるが青年を責めても意味が無いとわかっているから、これから暮らしをどうするか話し合っていた。
「麓まで歩いていくか?」
「いや、1日がかりになるぞ?」
「それに、この村がこんな状況じゃ麓の街も危ないと思うぞ?」
麓までおりる話もでているが、皆は嫌がった。それはそうだ。歩きでいくとしたら1日がかりだ。いや、下手をしたら2日はかかるかもしれない。
それにこんな寒村でも混乱が生じているのだから、街の方は大混乱だろう。暴動も起きているかもしれない。そしてもしかしたら、麓まで歩いている間に救援隊が早々に来るかもしれない。
簡単にそんな予想ができるため、しばらくは様子を見ようという話となった。
髭もじゃの男性が頭をガリガリかきながら、困惑した表情ながらも話を締める。
「まぁ、どの村も2カ月ぐらいは持つ調味料とかあるだろ? それに畑もある。暫くは困らないだろう」
私たちは見当はずれの検討をして、わかった風な顔で頷いて解散した。仕方ない。私たちは来訪者だ。手伝いなどをして、使える人だとアピールをしていかなければならない。そうしてご飯などを分けてもらおう。救援隊がきたら、謝礼もすると約束して。
今思い出したら、かなりの間抜けな話し合いであった。他の地がそれどころではない状況であったのに、この村落は平和そのものだったのだから。
真実が分かったのは、なんと20日後であった。薄汚れた人間が数人リュックを背負ってやってきたのだ。
その人々は言っていることは滑稽だったが、それでも必死な様子は伝わった。顔を真っ赤にして詰め寄るようにいつもの日課である畑を見に行っていた村人に教えてきたのだ。
「ゾンビ? ゾンビが街ではうろついていると言いますの?」
半笑いで私たちは、街から脱出してきたという人たちのその話を聞かされた村人から聞いた。
村人も困った様子であった。こんなおかしい話をしても良いのだろうかという感じだ。だが、その脱出してきたという人は空き家で一休みさせているらしい。休息が終わったら南部港へ向かうという。どうもここの無防備さが怖くなったみたいだと、村人は言っていた。
「馬鹿らしいと言ってもいいのか? これは困った話を聞いてしまったな………」
扱いに困ると髭もじゃの男性が呟くように言う。気持ちはわかる。ゾンビ?映画ではないのだから。
だが、その困った内容が真実だとすぐに判明した。
恐らくは脱出してきた人たちをつけてきていたのだ。ゾンビが薄汚れた格好で追いかけてきていたのだ。
白目を剥き、首元は肉が剥がれて骨が見える。うぅ~と呻き声を上げながら小走りで村まで来た。よろよろとした歩きであり、2体しかいなかったが。
狂乱となった。混乱した。恐怖に駆られた。テレビか何かの質の悪い演出かとも考えた。しかし違った。
それからも少しずつ街を脱出してきた人々が現れて、それに合わせるようにゾンビたちもやってきた。
世界が崩壊したと私たちが理解したのはそれから2カ月は経過していた。我ながら間抜けなことだ。他の人々がなんとか助かろうと右往左往している中で、私たちが現実を受け入れたのに2カ月かかったのだから。
それからは、細道にバリケードを設置して、見張りをつけることとした。髪も邪魔にしかならないから、ばっさりと切った。幸い、食料や水もある。火も薪を最悪使用すればよい。そう考えて畑で野菜を、猟で肉を確保していて、あっという間に1年がたったのであった………。
春を迎えて、救援がこなく、ただ脱出してきた人の不穏な噂を聞いてきた私たち。それも最近は脱出してきた人も見なくなって久しくなった。不安が募り限界となりそうな、そんな日々。
そんな時であった。山間のコミュニティへと奇妙な人間が現れたのだ。見たこともない黒い戦闘服に身を包んだ、銃に詳しい私でも見たことがないアサルトライフルを担いだ男性。
中肉中背で、やけに眼光が鋭い、冷たさを感じる一目で忘れないような怖さを感じさせる男性。そんな男性が集落に現れたのだ。
どう見ても怪しい。こんな世界で旅をしているのだという。パワーアシスト付きとはいえ、自転車で移動してるらしい、ストレンジャー。
怪しいこと、この上ない男性に私は問いかけた。安全なのかと。
そんな気を悪くするような問いかけに、平然と男性は答えた。冷笑をもって。
「安全? 銃を持った人間が安全かどうかは、私も聞きたいところだな? 私も尋ねようか、君は安全なのかな?」
私が予想だにしなかった返しに言葉を詰まらすと、男性は嘲笑うように話を続けた。
「失礼。私から答えようか。私は危険な男だよ。なにしろ崩壊した世界を生き抜いているのでね」
強烈な印象を与えてくる男。
取り巻きの一人が未だに自分たちの両親が、財力も権力もあると信じて、私への点数稼ぎに走って男を非難したら、あっさりと体が震えるほどの威圧的な視線のみで黙らした男。
こちらが名乗るとふざけた挨拶で返した男。
「私の名前はナナシ。あぁ、名前は覚えなくていい。どうせ短い付き合いだろうからな」
そう言って、自信に満ちた態度で私たちを見下ろすように嗤った男との出会いであった。
それから驚きの連続であった。南部は既に復興作業が始まっているという。その中で、この男はわざわざ危険な北東部に来たのだろうか。
取り巻きたちが、その情報に狂喜して南部に行こうと私に提案してきた。だが、私はきっぱりとその提案を却下した。
「だめよ! ここから南部地方港までどれぐらいあると思っているの? きっと死んでしまうわ。救援隊がいずれここにも来るから、それまで待ちましょう」
一見すると普通の内容だ。だが、それは私の感情がたぶんに籠められていた。この1年で救助が来なかった。それだけで私の両親も何もかも無くなってしまったと、それを確認するのが怖かったのだと、心の内でわかっていた。
翌朝、起きると他の部屋で寝起きしている取り巻きたちは全員いなかった。私を置いて南部に行ったとすぐにわかった。荷物がないからだ。銃も無い。
私は八つ当たり気味に、ナナシと名乗る男のところに行った。男に責任はないことはわかっている。だが男の復興作業が始まっているという内容が取り巻きたちを動かしたのだから。
取り巻きたちが南部に行った話をしたら、あっさりとつまらなそうな平然とした表情で冷たい眼光でこちらを見て、ナナシは言った。
「よろしい。私が助けてくればいいのだろう? なに、自転車を使えばすぐだろう」
予想外の言葉であった。きっと来ないか、来ても物資か何かをお礼としてもらおうと交渉してくると考えていたから。
一人で行くと言うので、私は無理やりついていくと言った。この男は信用できない。だからついていくのだと言い張った。
そして、森を走る中で、なぜこの男は平然としていられるのか不思議に思った。腰にしがみつきながら顔を後ろから窺うがわからない。まるで、少し散歩をしていくような表情をしている。
そして、到着した取り巻きたちが襲われたと思われる場所で、ナナシは言い放つ。
「私は素人が救助に行く話は映画の中だけでいいと考える。なぜか? それは救助に行く人々を死なせながら助けるからだ。助けに行くからには、救助隊は誰も死んではならないと考える」
耳に痛い内容だった。もしもナナシがついてこなければ、自転車で行こうとしなければ、他の人たちが一緒に来てくれたからだ。それぐらい山間の村人たちは良い人だと今はわかっている。
そして、怖いことなど無いように、ナナシは冷笑とともに森の中に入っていくのを私は慌てて追いかけた。いつの間にか、頼もしいと思う背中を追いかけていた。
森林はエイリアンでもいそうなほどに不気味なところであった。白い繭に包まれた取り巻きたちを見たとき、すぐに助けなければと駆け寄った。
バリバリと繭を破ると、取り巻きが見えて、まだ生きているとわかる。早く助けないとと焦る私は無防備だった。
罠だとわかりきっていた。ここは何かの巣であると。映画などでは、私の行動は馬鹿だとしか思えない。まずは周りの状況を確認してから助けないといけない愚かな女性を演じてしまった。
べちゃりと緑の液体が顔にかかり、私はあっさりと倒れ伏した。体が動かない。その液体で、恐らくは毒に取り巻きたちがやられたとわかったときには遅かった。
痺れて体は動かない。その後の結果はどうなるか、簡単に想像できる。見るとこの世の者とも思えない50センチぐらいの大きさの蜘蛛が草の陰に見えた。
ナナシは大丈夫かと、ほとんど動かない体を向けて見ると、やはり顔にかけられていた。
あぁ、おしまいだ。ナナシが言っていた素人の救助は危険だという話。犠牲を伴うという話を思い出す。周囲には蠢く蜘蛛がぞろぞろと現れて、木の上からは数メートルはある腹に人の顔が浮かんでいる蜘蛛が降りてきた。腹の人の口も、蜘蛛の口もガチガチと動かしている。
自分も繭に包まれて喰われるのだろう。ナナシも喰われるのだろう。絶望が心に浮かび、恐怖で体が支配される。
だけど、ナナシは違った。つまらなそうに顔の液体を拭いて平然と立っていた。毒がまったく効かない様子に驚愕する。
宙に指を指し示し、まるでタクトのように振り始めて、冷静な淡々とした声音で告げた。
なにかをしようとしたと判断したのだろう。蜘蛛が数匹飛びかかるが、空中から滲み出すように現れまるでSF映画のような服装をした二人が蜘蛛をあっさりと拳で叩き潰した。
そしてナナシは言った。
「日位君。紹介しよう。この娘たちが私の大事な部下であり、家族の者たちだ」
その瞬間に蜘蛛たちは一斉にバラバラとなる。銃弾がどこからともなく飛んできて、蜘蛛たちを吹き飛ばしていったのだ。どこからその攻撃がきたのか、私には理解不能だった。人はいなかったはずだ。それなのにいつの間にか大勢の兵士たちが現れていた。
「そして蜘蛛たちよ、さようなら。どうやら害虫駆除に他の部下も来たみたいなのでね」
ナナシは口元を曲げて、その冷酷なる視線でもって蜘蛛たちへと死の宣告をする。
「蹂躙せよ」
鋭い眼光でオーケストラの指揮者の如く、手を振り翳していた。それに合わせるように視認も難しい速度で兵士たちがあっさりとあれほど恐怖を覚えた蜘蛛たちを片付けていったのを、私は呆然として見ていたのだった。
私は思い出すのを中止して、カウンター越しにいる目の前の褐色少女を見る。自分に自信を持っているとわかる少女だ。どうやら彼女はナナシさんの恋人と言いふらしているらしい。一緒にいた子供のような少女が、何か言いたげだったので、恐らくは違うのだろうとは思う。
だが、それをナナシさんが許容しているかもしれないと思うと、胸がざわつく。どうやら二人きりでちょくちょく会っているのは本当のようだ。
情報だ、情報が足りない。彼が大樹と呼ばれる財団の幹部ということは分かった。だが、全然情報が足りない。なぜこの少女がここにいるのか。どうやらナナシさんに頼まれて来たらしい。それぐらい信頼を得ているのだろう。
私は知り合ったばかりだ。全く信頼はないし、それどころか迷惑を受けた女としか覚えていないかもしれない。
命を助けられた私にとっては恩人だ。王子というには若くはないし、もっている雰囲気も威圧を周りに与える冷酷なエリートという感じだ。でも、それでも構わないのだ。
私は恋をした。あの冷酷非情そうなエリートに。こんな色気のなさそうな少女には負けないと決意する。
そして、自分は若木コミュニティにいかなければならないと考えた。何をするにしても、そこが大樹本部を抜かせばナナシさんとの接点が一番多い場所だろう。
ふふっと笑った。自分のちょろさに。まさか化けものから命を助けられて惚れるなんて映画の中だけだと考えていた。いや、きっと自分はあの強烈な印象に惚れたのであろう。これまで誰ももっていなかったあの強烈な印象に。
そう考えて、日位玲奈はこれからの行動の予定をたてるのであった。まずは髪を伸ばすことから始めようかと、でも目の前の少女はショートヘアだから、どちらがナナシさんの好みなのかと思いながら。




