195話 おっさん少女の山間会議
初層が解放されたために、迷宮化は解除された森林。その森林からは空間結界が解放されたために、今までは迷宮のみにしかいなかった様々なミュータントが出歩いていた。
メロリン、ジャガーレム、シルバーウルフに冷気鹿や角ウサギ。そして迷い込んであえなく死んだゾンビたち。広い大森林に比べるとそこまでは広くないが、それでものそのそと外へと歩き出していた。
それをのんびりと見ながら、おっさん少女は思う。この現象は迷宮を囲んでいた初層全てに及んでいる。なので、全滅させることは無理だなと。
しかし、見る限りは極めて悪質なのはシルバーウルフに、ランナーゾンビぐらいだろうか。それならば、今まで生き残ってきた生存者には対処可能だろう。
もしも死んでしまったら、運が悪かったのだ。そこまでは責任がとれない。
魔王を倒してめでたしめでたしとはならないで、倒したら統率されていた魔物が各地に広がったとかそんな感じである。
次層の攻略方法を考えないといけないかもしれない。
幸い敵はリポップしない。いや、ゾンビじゃないから迷宮内にいる限り、植物も動物も繁殖しそうである。考えるより聞いた方が早いといつもの思考をしてサクヤに聞いてみる。
「ねぇ、サクヤ? 解放したあとに繁殖する動物や植物はやっぱりミュータントなの? 増えたりするのかな? 大群スレイヤーに挑戦しないといけないのかな? あれ、凄い面倒なんだけど。やりたくないんだけど」
ゲームでは、ギミックを使わずにゾンビを引き撃ちで削りながら倒したおっさんだ。一番盛り上がる製材所の大群ゾンビを引き撃ちで倒して遠くへ逃げ回り、敵がゲーム仕様で諦めて戻り始めたら、また引き撃ちで倒すという、まったく盛り上がらない戦いをしたおっさんである。あとで様々なギミックを使って倒すシーンを見て、唖然としてしまったものだ。
「大丈夫です、ご主人様。ミュータント変異した動植物はその遺伝子をダークマテリアルで補完されて変異しています。そのダークマテリアルが無くなれば、次の子供たちは自然に普通となります」
キリッとした表情で、サクヤが伝えてくる。最近は真面目な表情が多いので、困難な状況か普通かわかりづらいなと思いながら、なるほどねと頷く。
「なので、私とご主人様の子供はライトマテリアルの補完が無いので普通です」
キリッとしたままの変態的言動を、表情を変えずに言ってくるので、あぁ、いつも通りだねと聞き流したおっさん少女である。
まぁ、増えなければ問題は少ししかあるまい。やっぱり次の層解放からがネックとなるだろう。なにせ1万を超す報酬のボス配下である。雑魚の平均レベルはオスクネーレベルになるかもしれない。
そうなると、一般人では対応はかなり厳しい。次の層がかなり広さが狭まるといっても、やはり考えることになるだろう。
両手を頭の後ろで組んで、おっさん少女は面倒なことになりそうだなぁと呟くのだった。
のんびりと歩いて数時間、ようやく遥たちは山間コミュニティへと帰還した。村へと着くと、皆が酒を飲みながら宴会をしているのが見える。
数時間歩いたにもかかわらず、ケロッとした疲れを見せない叶得が声を発する。
「なによ。いつの間に宴会をしているわけ? 聞いていなかったんだけど」
むっとして、頬を多少膨らませての発言だ。仲間外れにされたのが嫌なのだろう。
まだまだ子供だねと苦笑しながら、遥はフォローする。そんなの社会に出たらいくらでもあったよ。飲み会の会費を払ったのに、残業で参加できないとか、参加しなかったのに会費は返ってこないとか日常茶飯事だよと。
「まぁまぁ、私も知りませんでしたよ。どうやら独自に動いた人々がいたんでしょう」
見ると放置した遥のレキーダの酒場のギミックというか、カウンターやテーブルも使われて人々が楽しそうにお酒を飲んで、料理を食べていた。
「私たちはここの人から見たら部外者だし、それもそうね。せっかく救援隊がきたのだもの。祝いたい理由もわかるし」
「むむ、意外と大人な思考をしますね、叶得さん。驚きです」
怒鳴るかなと思っていたので、びっくりすると叶得も苦笑しながら遥へと視線を向けた。
「私も助けられた立場だったからね。そんなのは当たり前よ」
ほぉ〜と、感心して頷く。叶得も少し丸くなったのかなと思う。
「だから、私はおっさんへ見せる発明品を作るわ。ちょっとキャンピングカーを出しなさい! 持っているんでしょ?」
「いや、さすがに持っていませんよ。私は未来から来たロボットではないんですよ」
苦笑しながらも返答すると、叶得は周りを見渡して、ダッシュした。なんだろうと見ていると近場の人から空き家で厨房が使えるか確認している。薪を使わないといけないと聞かされると、またダッシュで戻ってきた。
「ガスもないみたい。ちょっとコンロを出しなさい!」
怒鳴りながらお願いをしてくる器用な叶得を見て、キャンピングカーよりはマシかなと、相変わらずの叶得の態度に少し微笑みながら用意するのであった。コンロなんか装備作成スキルで、ちょちょいのちょいなので。
一覧から作れば簡単にコンロを作れるが、一応見られるとまずいかもしれないので、ササッとトラックを探してきますといって、トラックの陰で作成して叶得へと手渡した。
数個ほど作ったし、火力も高いレベル1のガスコンロである。これぐらいならばスキルを持たない人間でも簡単に扱える品だ。
簡単な持ち運び用コンロなのに、チャーハンがパラっとした感じで作れる火力を出すコンロへと、叶得は鍋をかけてジャガーレムを入れる。
こちらへと視線を向けて尋ねてくる。
「ポテトサラダを作るわ。多分大丈夫なのよね?」
多分再度の確認をしたかったのだろう。遥もちらりと左ウィンドウを見ると、遥以外には聞こえないのに、ナインが内緒ですよという感じで、片手を口にあてて、秘密の話をするように口パクで
「マスター、大丈夫ですよ。問題なく食べられます」
と伝えてきたのだった。ぐはぁ、なにこの可愛らしい生き物はと、金髪ツインテールのメイドに戦慄する遥。可愛いすぎるからして。
それでも、多少動揺しただけで叶得へと返事をする。
「食べられますよ。問題はありませんね」
どんな味なのかなぁと、その味にわくわくする遥。椅子に座って、カモシカのような健康美溢れる脚をぶらぶらさせながら待つのであった。
待つこと数十分。周りの喧騒に巻き込まれて、料理を嬢ちゃん食べなさいと色々な人に勧められて、はぁい、いただきま〜す。と子供の真似をしていた中身年齢不詳なおっさん少女の前にドンとポテトサラダが置かれる。
見ると、まだホカホカのポテトサラダで、ベーコンとコーンが入っている定番の料理であった。
叶得はようやくできたわねと、得意げな表情でおっさん少女に食べるように料理を勧める。
「できたわよっ。ちょっとどんな感じか感想を聞かせてね」
「ほいほい。わかりました。ではではいただきま〜す」
意外や漫画のようにへんてこな不味さは無く、美味しい。なので、小さなお口でモキュモキュと食べたあとに感想を伝える。
「マヨネーズの味がホカホカのポテトにマッチして、美味しいです。ベーコンの塩っ気がしつこくなりそうなマヨネーズの味を緩和しており、コーンの甘みと食感が色を添えています。そして防御力が消化されるまでプラス1ですね」
どこかのグルメ評論家のようなことを言う遥である。しかし、叶得はその中で不穏な発言があることをスルーしなかった。
バンとカウンターを叩いて、身を乗り出して、遥へと顔を近づけて問い詰めてくる。
「なによっ! なんかへんてこな発言が最後にあったわよね? 防御力プラス1って、なんのこと? ゲーム? ゲームなの?」
戸惑うような感じで、怒鳴る叶得。ツッコミ上手だなぁと感心しながらも、平然とした表情で眠そうな目を向けるおっさん少女。
「だって、そのような効果があると感じたのです。良かったですね。これからは防衛隊の主食になるかもですよ? 叶得のポテトサラダという名前で売り出しましょう」
「なんとなく嫌なんだけど、それ。なんだか私が魔女みたいに聞こえるんだけど?」
「まぁまぁ、早速成果が出たんですから喜ぶべきでは?」
遥の嬉しげな表情からの言葉に、叶得もふむぅと顎に手をあてて頷く。そして、こちらをちらりと見ながらお願いしてきた。
「……それじゃ、おっさんへの差し入れにしてくれるかしら? 美味しいわよね、これ。おっさんは褒めてくれるかしら」
照れながらの発言であるが、既におっさんはたった今食べましたよと内心で答える遥。美味しかったよと言っていましたと言いたいが、今作ったばかりなので、さすがに言えない。まぁ、あとで感想を言えば良いか、褒める言葉の内容はあとで美味しい料理が出てくる漫画からパクろうと考えていたときだった。
ガタンとカウンターの椅子に女性が座ってきた。誰だろうと見ると玲奈であった。バイザーをつけている格好だが、服は綺麗であり、髪も艷やかな色となっている。薄っすらと口紅をつけており、完全体のセレブ美女に戻ったという感じだ。
救援隊も商人も今日来たのである。それなのにもう綺麗にするなんて、動きが早いなと遥は思う。
完全体になった玲奈は肘をつけながら尋ねるように、こちらの話に加わってきた。
「今のおっさんって、ナナシさんのことかしら?」
いきなり会話に加わってきたのでびっくりしたが頷く。
「そう。聞いた話だと、彼は財団大樹の幹部、しかも外部の全責任を持つ重役らしいわね?」
こちらへと確認するように尋ねてくるので
「合ってますよ。ナナシさんは大樹の幹部さんですね」
よくこの短時間で情報集めたなと感心しながらも返答する。
その返答に満足げに頷いて、さらなる爆弾発言をしてきた玲奈。
「大樹は人手不足。そう聞いているわ。それならば私を雇いなさい。ナナシさんの秘書をして公私共にサポートするから。誰か責任者を紹介してくれないかしら、お子様たち」
おぉぅ、今までで最高の爆弾発言だとびっくりする。自信満々で己の力を信じているのだ。あれだけ酷い目に遭ったのに凄いなと感心する。まぁ、事務能力は別枠ではあるだろうが。
普通は死にそうな目に遭ったら、アニメとかなら高飛車女とか自信満々な女性はしおらしくなってしまうので、久しぶりに会うキャラとかが、誰ですかこの人と確かめるレベルで変化するのに、この人はまったく変わっていない。尊敬するレベルだと思う。
遥はのほほんと凄い人だなと感心していた。
だが、その提案を聞いて過剰反応した娘がいた。バンとカウンターを叩いて、目を細めて威嚇するように玲奈へと叶得が怒鳴った。
「なに、あんた? おっさんの秘書になりたい? 公私共にサポート? 救助された人間がそんなことを普通提案する? 常識を知らないんじゃないの? 履歴書を書いて就活から始めることね。どうせお断りの返事がくるだけだろうと思うけどっ!」
流れるような怒涛の発言である。これまた凄いな、よくそんなにぽんぽんと言えるなと叶得へも尊敬の念を送る遥。おっさんならカンペを見ないと駄目である。そして、いざ本番の時にはきつく握りしめたせいで汗で汚れて読めなくなったカンペを見て、どうしようと混乱するまでが流れである。
そのわかりやすいほど、わかりやすい叶得の反応を見て、玲奈はジロジロと叶得を見る。上から下まで観察すると、ニヤリと笑って、胸を見せつけるように腕を組む。組まれた腕のために胸が持ち上げられてボリュームがあることがわかった。
「あら、もしかしてお子様は叶わぬ夢を見ているのかしら? ごめんなさいね、私はナナシさんに劇的に命を救われた、映画で言うならばメインヒロインといったところね。まぁ、スタイルでわかるかしら」
ふふんと挑発する玲奈に、遥は恐る恐る叶得を見ると、般若がそこには存在した。怒りで真っ赤になっている叶得。確かに胸は平坦なので仕方ないと思うが、そこを言われると怒るのである。当たり前かもしれない。
なので、当然叶得は怒鳴って、胸に手をあてて、ふふんとドヤ顔でとんでもない内容での牽制をした。
「私はおっさんの恋人よ。もう若木コミュニティだと噂をされて仕方ないんだから! おっさんは私みたいな娘が大好きなの!」
遥の株を暴落させる発言をいきなりし始める叶得に口をぽかんとあけて呆然としてしまう遥。否定しながらも、真っ赤になって答えるので勘違いされていると思っていたが、まさかの叶得自身の恋人肯定宣言である。
ちょっとちょっと、叶得さんや、嘘はいけませんよ、嘘は。と否定しようとしたときである。キッと目からレーザーでも発射されそうな目で叶得から睨みつけられたので、すごすごと首を引っ込める。おっさんの精神は少女の眼光には勝てないからして。
だか、その余計なことを言うなという眼光で、おっさん少女を睨んだ叶得の態度で察したのだろう。玲奈は余裕そうに口元を曲げて微笑みながら、さらに煽る。
「あらあら、妄想も大概にしておいたほうが良いわよ、お子ちゃまなんだから。ナナシさんが、その発言を聞いたら困るでしょう?」
「困らないわよっ! 次も2人きりで会うんだからっ! もういつも呼び出されて、大変なんだからっ! 年増のオバサンにはわからないと思うけど、私は若くて体力がありあまっているしねっ!」
体力がありあまっていると、なんなんだろうと口元を引き攣らせる遥。そろそろこの会話は終わりにしてほしい。本当にお願い申し上げます。
「オバサンなんて、わかりやすい煽り文句ね、お子ちゃまは。漫画かなにかを参考にしたことが丸わかりよ。現実ではそんなことで、怒り狂う女性はいないから。それに、私は22だしね」
玲奈も対抗して、静かに怒りをこめながら反論する。漫画のように、オバサンですって!と怒らないようだ。そして冷静なる反論はやっぱり現実では陰湿になりそうだと辟易した。
「おっさんはいつも忙しい中で、私だけに会いにわざわざ来るんだからっ!」
「あら、貴方はなにをしている人なのかしら? 利益がでそうな仕事をしているのではなくて?」
「うぐぐっ! 違うわよ! 失敗作でも、なんだかんだ見に来るしね!」
凄いよ、修羅場だよと遥はその光景を見て呆然としていた。口を挟むつもりはまったくない。アニメのハーレム主人公のように、まぁまぁと言って口を挟んで酷い目に遭うつもりなんかまったくない。と、いうかナナシさんってモテるんですね。玲奈はチョロインですねと考えていた。
ナナシさんって、凄いなぁと完全に自分ではない違う人だと思いながら、ぴょこんと椅子を降りて、隠蔽を使い、ごちそうさまでしたとお礼を言って素早く離れるのであった。その姿ははぐれた銀色スライムを思わせる動きであった。
おっさん少女は逃げ出した! カサカサカサカサ。
テロリン、経験値0を取得したという感じ。
危険地帯から離れて、ようやく一息つく。そして空を見上げて決意した。
「ちょっと他の場所を探索しないとね。次の層を解放するためにも必要だよね」
この場から完全に離れることを決意して、次なるコミュニティへと向かうおっさん少女であった。