194話 おっさん少女のパーティはダンジョン第一層を探索する
鬱蒼と茂る森林の中を4人は進んでいった。巨木が並ぶように生えているので、自然と小道を歩くようになるのだが。
「またいたわね。ゾンビも意外といるのね」
服がボロボロであり、リュックを背負ったゾンビが道の向こうから全力疾走で走ってくるのを見て、叶得がのんびりと言う。うめき声を発しながら、走ってくるゾンビ10体ほど。肉体は欠けており、内臓が見える者、片目が無い者、骨が見えているものと様々だ。恐らくは、避難している間に、このダンジョンで死んだのであろう。
しかし、叶得はまったく動揺しなかった。もう随分前にゾンビの姿には慣れたので。
それに、自分には心強すぎる護衛がついていると、ちらりと隣の子供にしか見えない愛らしい小柄な少女を見る。
その少女も動揺もせずに、のんびりと手をゾンビへと翳して呟いた。
「ファイアブリッツ」
少女の手のひらから、こぶし大の炎が生み出されたかと思うと、銃弾のような速さでゾンビへとまっすぐ飛んでいく。
それをきっちり10回繰り返して、全てのゾンビはあっさりと命中したかと思うと灰になっていく。
まるでゲームの中にいるようねと、叶得は常日頃から、この少女を見ていると思う。だが、残念ながら、ロードは無いし。ゲームを止めても崩壊した世界は何も変わらない。もはや、元の生活に戻れはしない。
口元を僅かに歪めながら苦笑交じりに、ここの物資で凄い開発をしたら、あのおっさんは私を褒めてくれるかしらと、楽しい想像をしながらまた歩き出すのであった。
おっさん少女は目の前であっさりと接敵する前に灰となった敵を見つめた。ふむぅと紅葉のような可愛い手のひらをグーパーして、今の効果を考察する。
「なかなかの威力でしょうか。でも、レベル1でもゾンビ如きなら一発ですからねぇ」
そう、おっさん少女は新たなスキルを取得していた。何のひねりもなく、普通の超能力。ポピュラーである超能力、その名は炎念動である。炎念動lv2まで取得したので、これで残りスキルポイント31となった。
念動、炎、氷、雷とこれで多彩な超能力を使えるようになったが、炎も氷もlv2であり、雷が多少使えるlv5だ。この先で戦うには少し厳しい状況だと推察していた。何しろアップデートにより、敵の弱点をつかないと倒せないだろうボスがいるのは、簡単に予想できるからだ。
「光と闇も取った方が良いのかなぁ。でも器用貧乏になりそうです。せめてレベル5は欲しいところですが、スキルポイントが全然足りないなぁ」
ふぅ~とため息を吐く。常にスキルポイントは足りないのである。やっぱり銀色のスライムを探すべきだろうかと無駄な思考をする、いつもの現実逃避なおっさん少女。
スキルポイントが足りないので、エンチャントが使えるレベル1を取得して、ツヴァイたちにも付与したいよねとレベル2まで上げたのである。エンチャントが使えれば、最悪長時間の戦闘でボスに勝てるのではないだろうかと考えるケチな遥である。
「でも、このダンジョン、少し問題がありますね」
小道に、またもやメロリンの集団が現れたので、アインたちに目配せで命令を出す。
アインたちは、ようやく戦えるとにやりと笑い
「おし、ようやくのあたしたちの出番かよっ。待ちくたびれたぜっ」
「諸行無常。メロリンよ。私の刃の錆となりなさい」
そう答えて、地面を蹴ると新幹線に勝てそうな速度を出して、メロリンへと肉迫する。メロリンが慌てて、こん棒を構えるが無駄な抵抗だ。あっさりと、アインたちの繰り出す風を唸らす拳にて胴体を破壊されていった。
「シノブ………。刀スキルが欲しいのかな?」
シノブももちろん拳撃での攻撃だ。だって刀スキルなんて取る余裕はない。でも、たしかに忍者が素手というのはおかしいよねと、シノブの遠回しのアピールなのかしらんと頭を捻るおっさん少女。今度レベルが上がったら刀スキルを2まで取ってあげようかなぁと、早くも無駄遣いを検討するのであった。でも、シノブは最近連れ歩いて頑張っているしご褒美は必要だと思うし。
あっさりと片付いてから、困ったことを口にする。少し問題があると言ったことだ。それは至極当たり前の内容で。
「はぁ、また罠がありました。参りましたね、これは」
くくり縄という罠だ。さりげなく小枝などで罠のある場所へと動物を誘導して、踏ませると縄に拘束されるというやつである。
すごい小さい罠で、よくこんなのに動物はきっちりとひっかかるなと感心しながら避けて移動する。
もちろん、こんな罠に引っかかることは無い。というか引っかかっても人間は足が大きいので罠自体が意味が無い。くくり縄の大きさでは足が入らないのであるからして。
ならば、なにが問題かというと簡単だ。この罠は猟師が仕掛けたと言っていた。取り放題と言ってたのだ。その罠を自分たちが破壊していくのは、なんとも気まずい。
なので、注意しながら先程から歩いている一行である。
「まさか、ダンジョンで罠猟に気を付けないといけないとはね~。現実は世知辛いわね」
両手を頭の後ろに組みながら、苦笑して叶得が声をかけてくる。
「まぁ、ここは猟師さんの狩場らしいので、仕方ないですね。解放してしまうので、これまでのようには入れ食いとならないかもしれませんが」
「ふ~ん、たしかボスを倒すとその地の力が無くなるってやつ? すぐにこいつらは消えちゃうわけ?」
疑問に思ったのだろう。叶得がこちらへと顔を向けて問いかけてくるが
「いえ、ここまで強大な力ですと、解放しても数年はこのままでしょう。後はゆっくりと退化というか、元に戻ります」
「それじゃ、しばらくはここの素材は取り放題というわけね」
「解放されると、ダンジョン概念が無くなるので、他にここのミュータントが散ってしまう可能性があるんですが………。まぁ、1層から順々に解放して強いミュータントは撃破していくしかないでしょう」
かぶりをふりながら、このダンジョンを解放する影響を推察する。ちょっと洒落にならない大きさであるからして。
でも、解放されて他のコミュニティが潰れるといったことも防ぎたい。とりあえず少しずつ解放していくしかあるまい。まずは、ここの層を解放すると遥は決意していた。そしてさり気なくここの宝箱は探すのを諦めた。広すぎるし、中身がしょぼいとかさすがに取るのは無理である。
解放しても大丈夫なほど、ここの敵は弱い。ここの敵でやられるようなら、ごめんなさいだ。でも、ここのボスのエゴはなんだろうね?
もしかしてダンジョン好きな人だったのかしらんと思いながらも歩みを進めるのであった。
とぅっと、可愛く掛け声を上げて、巨木へとパンチを可愛く入れるおっさん少女。巨木はそのパンチを受けて、可愛くない威力により、パンチを受けた場所が爆散して無くなった。そして巨木はその大きさに関わらず、小石のように吹き飛び他の巨木へと当たり、メリメリとドミノ倒しのように倒れていった。少女のパンチの威力が人外どころか山を崩せそうな威力だとわかる影響だ。
そしてぽっかりと空いた穴から、反対側の小道が見えるので、テクテクと少女たちは中に入っていく。
「ちょっと、ちょっと。ダンジョンの壁を破壊しながら行くのは、なんとかの塔以外ではずるくない?」
叶得がそれを見て、額に一筋の冷や汗をかきながら、抗議するように話しかけてきた。
眠そうな目で叶得を見やって、ふふんとドヤ顔で胸をはり、おっさん少女は答える。
「このダンジョンは1層だけでも凄く広いんです。普通に移動するだけで数ヶ月。戦いながら移動すれば1年もかかるかもですよ? そんな時間はありませんし、面倒です。それならば壁を破壊してボスまで突き進むのがジャスティスですよ」
「はぁ、なんだか酷いやり方だけど、あんたが正しいんでしょうね。ちゃんと守ってよね」
肩を竦めながら、苦笑交じりに納得する叶得。たしかに、そんなに長い間を調査するのはごめんである。冒険者とかがいればいいけど、生存者は少なすぎる。バンバン死ぬような職業につけるような真似はできないと理解している。
「大丈夫です。ちゃんと守りますよ。なので、じゃんじゃん進みましょう。ほいっと」
草むらからいきなり飛び出してきたシルバーウルフをあっさりと短剣で斬り裂いて、遥は笑顔で返す。ちゃんと守るのはアインたちにお任せだけどと、副音声が内心で流れるが。
Sランクの爺さんじゃないから、楽勝だねとシルバーウルフがどんどん草むらからやってくるが、素早く短剣を振り回す。首を狙って飛びかかってくれば、すいっと首を傾けて回避して、脚へと噛みつこうとすれば、ひょいっと足を上げて、その下をシルバーウルフは通り過ぎていく。
そうして、飛びかかるシルバーウルフを回避しながらの攻撃は、回避した瞬間に敵の首を斬り裂き、機動力を失わせるために、体を屈めて足を断ち切る。
あくまでも、今回は短剣で戦うことに専念しているおっさん少女である。アインやシノブも戦い、あっさりと戦闘は終了した。正直オーバーキルである。
戦闘が終了して、叶得が呆れた声音を混ぜて、声をかけてくる。
「オーバーキルすぎるわね。武闘家、武闘家、盗賊って、ところかしら? パーティとしては偏りすぎね」
「いえいえ、この武闘家たちは転職済みなので、色々とスキルを持っているのですよ」
アインたちも、もちろん自分も超能力を使えるのであるからして、そこまで偏ってはいないのだと、悪戯そうに微笑む。
「ふ~ん………。まぁ、何にしろ、随分と素材は集まったわ。これで何かできそうね」
「叶得さんはNPCの鍛冶屋さんみたいなことを言いますね。レアなアイテムをお願いしますよ」
口元にちっこいおててをあてて、クスクスと笑う愛らしいおっさん少女。なにか面白いアイテムを作ってくれると信じているよと。
頬を膨らませて、叶得がその言葉に自信たっぷりに微笑みを返す。
「それじゃ、凄いアイテムを作らないとね。まずはジャガイモの効果からね」
「凄いアイテムと言いつつ、地味に聞こえるんですが? また料理を作ると聞こえたんですが?」
「それは仕方ないわね。開発とは地道な検証から始まるものなのよ。帰ったらジャガイモのスープを作るから試食よろしくね」
えぇ~と抗議の声を遥は上げるが、無視をして叶得はスタスタと先に進む。
それを見て、仕方ないなぁ、美味しいのをお願いしますよと答えて、おっさん少女も追いかけるのであった。
しばらく行くと、気配感知が示す通りにボス部屋へとたどり着いた。扉は3メートルぐらいの大きさの木の板であり、正直ぼろい。蔦が目一杯に絡んでおり、いかにもな感じを見せていた。
それを眺めながら、遥はアインたちに顔を向けて、愛らしいひまわりのような笑顔で指示を出す。
「どうやらボス戦の模様です。叶得さんをしっかりと守っていてくださいね」
「あぁっ、任せておきな!」
「問題ありません。お任せくだされ」
段々、シノブの口調が時代劇の忍者みたいになってくるが、キャラ付けなのだろうかと疑問に思いつつも扉へと手をかけて
「おじゃましまーす」
ぎぃと音がして扉が吹っ飛ぶ。ちょっとボス戦と思って気合を入れすぎちゃったと、てへへと舌をちろっと出して、反省するおっさん少女。極めて演技っぽいので、叶得が疑わしい表情をして見てくるが華麗にスルー。
中には大きな熊がいた。毛皮が青色の半透明であり、綺麗な熊である。ただ5メートルぐらいあり、目が赤くライトのように光っているのでなければだが。
体を半身に構えて、短剣を腰の鞘に入れて拳を掲げて構える。一応ボス戦なので、注意している遥。初見は嫌なのだ。攻略サイト、攻略サイトは無いですかと内心で、弱そうなボスであるにもかかわらず、考えるおっさん少女である。
「ご主人様、迷宮第20層のボスを倒し初層を解放せよ! exp10000、報酬スキルコアがミッションとして発生されました」
サクヤがウィンドウ越しに、ミッション発生を告げてくる。迷宮第20層らしい。どうやらショートカットをしすぎたみたいだが、敵の気配を考えるに、こいつを倒せば初層は解放されると考えていたから仕方ない。
それに経験値も大したことはなさそうだと、熊を観察する。
「ぐぉぉぉ」
とよだれを垂らしながら、空気を震わすほどの咆哮をする熊。熊の着ぐるみではなさそうである。咆哮はスタンの効果があるのか、叶得が動きを止めて体を震わしているのが、ちらりと見えた。
ちょっとボス戦に連れてきたのは失敗だったと、水たまりよりは深い反省をしながら、トンッと地面を蹴り、おっさん少女の姿はその場からかき消える。そして瞬間移動の如く、熊の前に肉迫した。
ほいっとクマが視認できない高速での拳撃を入れ込み、これで終わりかなと思ったおっさん少女。通常ならば、このレベルの敵ならば爆散して終わりであった。
熊は自分の目の前に敵が来たことに気づく前に、おっさん少女の山をも切り崩す拳を胴体に受けたのである。
だが、その感触がおかしかった。ぐにゃりとなり攻撃が効いている様子も、その威力で後退りも、体を傾けることも熊はしなかった。半透明の毛皮が水たまりの波紋のように揺らぐのみであったのだ。
眉をぴくりと動かして、少しだけ驚く遥へと熊がようやく右腕を振るい、頭を切り裂こうとする。
ぶぉんと音がして振られる剛腕。だが、遥はすでに地面を蹴り、数メートル離れた場所に離れていた。
「ほむほむ。やっぱりこういう敵がでてきたのね。サクヤさんや」
想定内の結果をみて、ウィンドウ越しに、サクヤへと眠そうな目を向けると、サクヤが真面目な顔で頷いて
「そうですね。あの熊はスライムベアーと名付けました! 効果は殴打属性の吸収と思われます」
だよねと、項垂れるおっさん少女である。これを恐れていたのだ。耐性が吸収や無効化を持つ敵がいるのではと、物理攻撃でも様々に分化すれば弱い敵でも、何かしらの特化した力があるのではと。
「万能属性が必要だねぇ、反射とかあるのかな? それだとかなり怖いんだけど、私の攻撃力が反射されると死んじゃうんですけど?」
反射を恐れるおっさん少女である。反射持ちがいるときに、オートバトルでレベル上げをしながら漫画を見ていたらいつの間にかパーティは全滅していたとかいうパターンが結構あったのだ。ずぼらなおっさんのゲームスタイルがわかろうものである。
「反射はかなりの高レベルの敵でないといないでしょう。反射だけでも物凄い力を使うはずです。通常特性に振れば、それだけで力を使い切ってしまうでしょうから」
使い切れば、反射を使える敵がいるのねと警戒する。でも、反射ってどんな感じなんだろうと疑問に思う。ゲームなら反射されたからダメージを受けたと出るが。
「大丈夫です、旦那様。反射には溜めが絶対に必要になります。そのようなテレフォンパンチは避けるのは容易いですので」
レキが話に加わってきて、その内容に安心する。なるほど、たしかに現実での反射は溜めがあるかもしれない。ならば、高速移動している自分には効かないだろう。
「でも、それでもこれからは気を付けよう。なにか気を付ける方法ある? サクヤ」
ぐぉぉぉとスライムベアーが腕をブオンブオンと振ってくる、大きな口を開けて嚙みついてくる。
しかし、遅すぎる。その攻撃はレキがでるまでもない。遥はひょいひょいと楽々に回避しながらサクヤに聞いてみた。
「大丈夫です。その場合は絶対に危機感知スキルが発動しますので」
クールなる無口系できるメイドなサクヤ。とボードにそんなことを書いて、こちらに見せつけながらアピールする。変態なるおしゃべりなダメメイドなサクヤが微笑んで教えてくれる。
「あぁ、そんなスキルあったねぇ。たしかに命の危険が迫るときはわかる感じか………」
レベル3のために、そこまでの精度ではないが反射があるぐらいは感知できると、脳内の知識が教えてくれた。優しいイージモードに胸を撫でおろす。どこまでもおっさん少女に優しい仕様であったからして。
「では、物理属性で有名なのは何なのかな?」
「大きく分かれると、殴打、斬撃、突射ですね。エネルギー変化弾は射撃でもまた別枠ですので効果はあります。その場合、エネルギー無効化タイプとかですね」
有名すぎる耐性だとうんざりしながら、腰からフリーズナイフを取り出した。このために、ナイフを持ってきたのだからして。アップデートで、絶対にこの耐性類があると考えていたおっさん少女。
スライムベアーが、おっさん少女へ攻撃が当たらないとわかり四つ足で突撃をしてくる。それをススッと体をずらして、回避しながらナイフで斬りこむ。
今度は攻撃は無効化されることなく、薄らと霜ができて傷を与えられたのが確認できた。
傷がつけられたことに、熊が気づいたのだろう。
「ぐぉぉぉぉぉぉ」
怒りの咆哮とともに、ターンしておっさん少女へとまたも突撃しようとしてくるが
「ていていてい」
すでに、スライムベアーの目の前に遥はいた。素早く地面を蹴り、またもや肉薄して可愛い掛け声でフリーズナイフを振るう。刃が短いために首を狙い、連続の攻撃だ。
その攻撃はまったく同じ場所へと斬りこみがなされて、スライムベアーは腕を振るいおっさん少女を遠ざけようとするが、ぎりぎりの間合いで躱されて、カウンターで攻撃される。
噛みつきも爪での攻撃も効かずに、やがてスライムベアーは首から血を大量に流して倒れ伏すのであった。
ズズンと大きな音をたてて、地面に伏したスライムベアーを見て、これからの戦いが大変になりそうだと苦々しく思う遥。
倒したことにより、レベルが45になっておりスキルポイントも増えていた。だが、これからの戦闘を考えるとスキルポイントは考えて使わないとなぁと、フリーズナイフを仕舞いながら考え込むおっさん少女であった。