193話 おっさん少女の久しぶりのダンジョン探索
山間コミュニティ。森林の中、僅かばかりの道路が通っているが、まず人々は訪れない場所だ。崩壊後はミュータントを避けるために、人々が山を通る中にあるオアシス的場所。
そこで人々は多少なりとも疲れを癒やし、僅かばかりのお礼を置いて、南部や東部、西部など自分がいた場所から離れて、安全な希望を持てる場所へと旅立っていった。
そう。ここは安全であるが、周囲の状況もわからない閉鎖された山間のコミュニティのため、居付く人々は少なかったのだ。この先には、きっと復興を始めている街があると信じて、人々は去っていったのだった。
だがしかし、それは過去のことだ。この間までのことであった。密かに周りに住んでいた人々も集まってきて、寒村に似合わない賑やかな村となっていた。
理由は明らかである。大型の輸送トラックが山間の道を、草を押し倒し、木を砕きながらやってきていた。兵士の姿も見えて、人々はようやく救助隊がやってきたと、喜びながら集まっていたのである。
すでに配給は終わり、次の工程となっている。すなわち、交易と復興作業を行う予定だ。
通貨が使えると聞いて、珍しい毛皮などを買い取ってくれると耳に入れて、腕の中に様々な物をもって、トラック前の買い取り屋の前で人々は列をなしていた。様々な物を売りにきた商人も見えるから。今まで足りなかった物を買うつもりなのだろう。
商人がいることと通貨が使えることが余裕を生んでいる町があるのだと、復興が進んでいる街があるのだと、人々はようやく安心して列に並んで、会話をしながら自分の買い取りの番を待っていた。
買い取りで受け取ったお金で、足りなかった調味料や、石鹸や衣服など諸々を買う中で、人々が首を傾げるものが見えた。
そんな喧騒著しい村のトラックから少し離れた場所に、バーのカウンターが設置され、いくつかテーブルが置いてある。人々はそれを見て、首を傾げて呟く。あれはなんだろうかと。
そこには、美しい艷やかな天使の輪ができているショートヘアをした、眠そうながら可愛さを感じる瞳、スッキリとした鼻に、桜色の唇をもつ、子猫を思わせるような、母性本能を喚起させて、撫でたくなるような可愛らしい小柄な少女がいた。
久しぶりの朝倉レキである。おっさんはいらないから、レキだけで良いという意見が多数あるだろう美少女だ。
そんな美少女はお客を待って、バーのカウンターでガラスのグラスを磨いていた。青空の下で酒場をやっているレキ。
いや、こんなアホなことを思いつくのは憑依しているかもしれない遥である。
ふふふ、早くお客が来ないかなと、愛らしい口元をにまにまさせながらガラスのコップを磨いていた。
おっさん少女がやっている酒場に見えるのに、閑古鳥が鳴いているのには理由があった。この酒場は酒を売っていないのである。では、なにを売っているのかというと………。
1人の少女がリュックを持ちながら歩いてきて、カウンターに置いてある椅子に座る。褐色の少女である。気の強そうな表情で、おもむろに遥を睨みつけるように視線を向けてくる。
そんな褐色少女へと、ゆっくりともったいぶって、楽しそうに声をかける遥。
「レキーダの酒場へようこそ。クエストかしら? それとも仲間を探しに来たのかしら? 仲間ならボーナスポイントが20以上になるまで、作り直したほうが良いわ」
ふふふと可愛く微笑む、妖しいバーのマスターをやりたい少女がそこにいた。愛らしいその姿は、どう考えても小柄な少女のマスター遊びごっこにしか見えない。
そんな遥へと、カウンターをバンと叩いて叶得は叫んだ。
「竜を退治しちゃう3なの? それとも魔術師のダンジョンゲーム? どちらかはっきりしなさいよ! 中途半端でしょ! それに私は30以上のボーナスポイントがでないとキャラは作成しないわ!」
「レトロなゲームのネタに食いつきますね、叶得さん。正直、竜退治はわかるだろうけど、ボーナスポイントはわからないと思っていました。すみません」
ペコリと頭を下げる。この娘はレトロゲームも網羅しているオタクだと判明した瞬間であった。しかも30までボーナスポイントがでないとキャラを作らない生粋のゲーマーだと驚く。
おっさん少女が話に食いついてきて、嬉しそうに頭を下げたのを見て、ウグッと声が詰まる褐色少女。頬を薄っすらと赤くしながらボソボソと俯きながら、恥ずかしそうに小声で言う。
「仕方ないでしょう。私は友達いなかったんだから、昔の安いゲームとか、やってたんだから……」
相変わらずのツンデレで、なかなか恥ずかしそうに話す叶得は可愛らしいねぇと思っていたら
「ピピーッ! 話を進めましょう! そんな感情はいりません。ご主人様!」
変態銀髪メイドが嫉妬して笛を鳴らしながら、警告、警告とイエローカードを振り回していた。常に危険な空気には警告をいれる審判がいたのであった。
そんなサクヤの姿に苦笑しながら、話を戻して叶得に小さな小首を可愛らしく傾げて尋ねるおっさん少女。
「で、なんのご用でしょうか?」
その言葉にハッとした表情になり、叶得は尋ね返してくる。
「そうよ、おっさんはどこなわけ? 私はおっさんに頼まれて、ここに来たのよ? 未知の素材がたくさんあるからって」
叶得がここにいる理由。若木コミュニティから遠く離れた場所まで来た理由。それはナナシが素材が大量にある、この山間のコミュニティを見てきてほしいと頼んだからである。
なにしろ、今までは元東京砂漠のほとんど駆逐したミュータントの動物からの素材だけであったのだ。それが、大ダンジョンが発見されたために、今までとは種類と量も桁違いの素材が手に入り始めた。なので、叶得が開発するための素材の見極めをしてもらうべく、山間コミュニティに来てもらった。
この叶得は非凡なる開発能力を持っているからである。砂漠での暮らしで、僅かながら超常の力をもっているのではと、遥は疑っていた。装備作成レベル0とかありそうだと推測している。何しろこの褐色少女は、普通ではない発想と開発力を持っているからして。
その際のお願いは遥が挨拶がてら、おっさんぼでぃで行ったところ
「仕方ないわねっ! おっさんと私の仲だもの、行ってあげるわっ」
と、顔を背けながらも、頬を染めて怒鳴るように簡単に了承する叶得だった。
そしてどうやらウキウキと、それはそれは楽しそうに来たらしい。珍しくスカートなんて履いている褐色少女。髪も整えて少しおしゃれもしている風。ちょっと意味がわからないねと鈍感主人公を装いつつ、無言の微笑みを見せるナインが怖い、トンカンと頭を殴られそうな脇役であるはずの中身年齢不詳のおっさん。
「ナナシさんは仕事が忙しいので、私がエスコートをしますよ。これでもエスコートは得意なんです。10ターン以内で倒せば良いんですよね?」
「それはいつも寝ている役立たずの魔王でしょ! あんたが私のエスコート役なわけ?」
呑気そうな笑顔で言う遥のネタへついてくる叶得。どこまでついてくるのだろうかと、楽しくなってきたが真面目な表情を少しさせて返事をした遥。
「そうです。そうなんですよ。もう叶得さんは安心安全ですね。核ミサイルが飛んできても、傷ひとつ負わないことを約束しますよ」
「はぁ〜。あんたが言うと洒落にならないのよ。本当に防ぎそうだからね」
ガクリと疲れたようにして、カウンターに肘をつけて叶得が持っていたリュックから水筒を取り出した。
「あぁ、それとこれね。氷とグラスある?」
ほいほいと2つグラスをカウンターに置いて、氷をジャラジャラと入れるおっさん少女。なんだろう? 差し入れかなと見当をつけながら、叶得の持ってきた水筒へと視線を向ける。
叶得はキュキュッと、水筒を開けて中身をトポトポとグラスに入れる。オレンジ色のドロリとしたジュースだ。よくコンビニとかで見そう。というか、これはまさかの……。
おっさん少女にしては珍しく口元を引き攣らせて、若干緊張して中身を尋ねてみる。予想とは違ってくれと祈りながら。
「ええと、これは飲み物ですか?」
「そうよ。なんかね、飲むとしばらくは疲れにくくなるのよ。あぁ、大樹で解析して問題ないと言われたから大丈夫よ」
こちらへと平然とした表情で、答えを返す叶得。何か問題あるかしらという感じだ。
「……こ、これはまさか?」
「メロリンとかいう、メロンが変異したものみたいね。甘くて美味しいわよ?」
ヒョイとコップを持って、そのまま口へと運び、ためらうことなくゴクゴクと飲む強靭なる神経の褐色少女がそこにいた。飲むことに忌避はなさそうで恐ろしい。
考えてみれば、彼女たちは砂漠で雑草が変異したサボテンも食べていたのだ。いまさらためらうこともないのだろう。しかも既に大樹で安全宣言が出ているのだから、なおさらだ。
ふぅ〜と、息を吐いておっさん少女も覚悟を決める。まさかの一般人がダンジョン産の食べ物を平気な顔で食べているのだ。負けるわけにはいかないと、謎の対抗心を持って、もう1つのグラスを持つ。
ドキドキしながら、グラスを見つめる遥。可愛らしい瞳がゆらゆらと揺れる。だって、種があるんですよ。ミキサーでかけたみたいだけど、化け物果物ですよ。それはそれは、凄い嫌なのであるからして。
そんなおっさん少女をわくわくしながら、ウィンドウ越しに見るサクヤ。不安げな表情はレアです。ちょっと泣いてくださいと言う幻聴が遥に聞こえ始める。
くそぅ、負けるかとグラスを持って、ぐいぐいと中身を飲み込むおっさん少女。口元に流れていくメロンジュースが艶めかしい。
そして、カッと眼を見開く。ゴクリと飲み込んで感想を口にする。
「これ、美味しいですね! むむ、予想外に美味しいです。まさかのメロンを磨り潰したような本当のメロンジュースという感じです。しかも飲みやすいようにレモンを少し混ぜましたね!」
どこかの料理評論家になったのであろうか。おっさん少女は予想外の美味しさでびっくりした。
感情が飲みたくないと考えていたのだが、飲んでみると意外や意外。凄い美味しい。
チラリとウィンドウ越しにナインを見ると、悪戯そうに微笑んで種明かしを語ってくれた。常に遥に優しいナイン。
「この素材はレベルでいうと、1となります。通常より美味しいのは当たり前ですよ、マスター」
おぉッと、驚愕する。そういえば、このメロンはダンジョン産なのであった。それならばレアな素材が手に入るのは当たり前のゲーム仕様だと気付く。そうか、ダンジョンの食べ物はレベルがつくのねと、ようやく気付く。たぶん、このメロンジュースは疲労回復+1とかありそう。MPは回復しなさそう。昔やったゲームではMP回復アイテムだったんだけどと、早くもゲーム脳になるおっさん少女。
目まぐるしく、頭を回転させて今までのダンジョン産の食べ物を考える。もちろん、人間が変化したものではなくて、動植物が変異したものである。さすがに人間はアウトでしょう。まぁ、これまでの経験から人間が変異したら、絶対に食べれないとわかるのであるが。
「なるほど。ということは、他の食べ物も美味しいのですね。たしか鹿や兎もいたはず。猪や熊もいるのでしょうか」
グラスを傾けて、コクコクと小さなお口で飲みながら考える。牡丹鍋や牡丹肉の焼き肉。鹿肉もローストとかにしたら美味しそう。
ジュルリとよだれが垂れないように気をつけて、決意する。
「良いですね。これは素晴らしいです。美味しい食べ物を集めましょう」
えいえいおーと、小さな腕を掲げて、カウンターの上に立って宣言するおっさん少女であった。
「ふふん、きっとアンタならそう言うと信じてたわ。それじゃダンジョン探索ねっ!」
叶得も得意そうに腕を組んで薄い胸をはり、ドヤ顔で同意した。それに首を傾げて遥は可愛らしく尋ねる。
「あれ? 叶得さんも来ますか? ちょっと危険かもしれませんよ」
「行くに決ってるでしょ。現地でどのような形で生きているか見てみたいわ。こんな変なところ、二度と無いかもしれないし、守ってくれるんでしょ?」
ふむぅと、顎に紅葉のようなちっこいおててをあてて、叶得の提案を考える。まぁ、すぐに解答は出たが。
「問題はありませんね。浅い層ならば大丈夫でしょう。護衛も他につけますし」
最近のお供であるアインとシノブに頼る気満々である。だっておっさんの護衛ミッションは昔からHP1か、護衛をされている人が1人でも残れば良いでしょうなスタイルなので。
現実でそれをやると叶得は死んでしまうかもしれないし、この話を聞いたら逃げることは確実だ。
「では、まずは一層を攻略しましょう〜!」
ウキウキとした表情で、呑気な遥は眠そうな目で宣言するのであった。
浅い層。広大なる森林と山脈で形成されている大ダンジョンの最初の層である。
そこで、てくてくと4人の少女が歩いている。レキ、アイン、シノブ、叶得である。
レキは、ふんふんと作り上げた角のナイフを眺めながら歩いている。それは冷気を放つ、このダンジョンの冷気を放つ冷気鹿の角から作った短剣。フリーズナイフである。サクヤのネーミングセンスが変わっていないことが判明した敵である。
一応、短剣レベル1なので、ここの鹿から取った角から作成されている。ごついショートソードのような50センチぐらいのナイフだ。
「短剣を使うのは初めてでしょうか。スキルは持っていたんですけどねぇ」
短剣術はレベル1である。今までは死にスキルであったが、今後は武器も必要になるかもしれないと考えているからだ。
手の中で、軽くナイフをもて遊ぶ。上手く使えるのはわかっている。だが、どれくらいのパワーダウンになるのだろうか?
「ちょっと、メロリン2匹とジャガーレムが来たわよ!」
叶得が焦ったように、前方から現れた敵へと指さして忠告する。
ノシノシと歩くメロリンとジャガーレム。それをとっくに気配感知で気づいていたおっさん少女。
とんっと軽やかに地面を蹴ったと思ったら、まだ20メートルは離れているだろう相手の後ろに現れる。
すわ、テレポートかと思われるほどの視認が不可能な速度だった。そして、身体を上手く使い、舞うように敵へとナイフを素早くふるう。右へ、左へと、振り返りざまに連続で斬っていく。
だが、どことなく短剣を振るうスピードは遅く、視認できるレベルであった。いつものおっさん少女にはあり得ない攻撃速度。レベルに合わせた攻撃となっているゲームキャラの弱点。
それでも、メロリンたちにはオーバーキルである。あっという間にただのまな板に置かれるメロンのように切り裂かれてバラバラになったのであった。
バラバラに散らばった敵は薄っすらと霜がかかっており、追加効果に凍りつかせるフリーズナイフの力がわかる。
うまい具合に頭だけ残したメロンや、じゃが芋の素材を回収しつつ、てってこと歩いていく遥たち。
「浅い層って、強敵はいるのかしら?」
「そうですね。油断はしないように進みましょう」
遥は叶得の話にもっともだねと頷いて、そうして、奥に進んでいくのであった。




