192話 おっさんは他人の力に頼る
森の小道を疾走する自転車があった。結構な勢いで森を移動する。石や小枝、倒れている倒木をノロノロと一旦止まって移動しているので、あんまり疾走しているとはいえないかもしれない。
そんな自転車は二人乗りで移動していた。乗っているのは、くたびれたおっさんと、ハンター美女だ。田舎道をガタゴトと揺られながら走っていた。
ガクガクと頭を揺らされ、身体を震わせながら走行している。
走りながら、小道の前に石があったので、速度を緩めて避けながら移動する。緩めた速度は歩くよりも遅い。たぶん亀といい勝負だろう。
「ちょっと! 急いでいるのに、なんでこんなに遅いのかしら!」
その遅さに耐えられない玲奈が、後ろから叫んでくるのを、嘆息して、疲れた表情で返事をする遥。
「仕方あるまい。このような田舎道ではこれが限界だ。それとも全力で走って転がり落ちるかね?」
さっきから止まるたびに、速度を緩めるたびに叫んでくる玲奈へうんざりしているのだ。こんな田舎道で時速20キロ出したら、確実に事故るよと抗議する。おっさんにドラテクは期待されても困るので。
「……おっしゃるとおりですが、これでは追いつけないのではなくて?」
「それはないな。彼らは食料に水、銃とかなりの重量の荷物を持っている。しかもミュータントに気をつけながらの移動では碌に進めないはずだ。この速度でも余裕で昼までには追いつく」
自信たっぷりに説明する。根拠は先程、四季に教えてもらった。
「う……、ず、随分自分の能力に自信があるのですわね。羨ましいですわっ」
言葉につまりながらも、皮肉気な声音が後ろから聞こえてくるが、自信のなさには自信があるおっさんなので、沈黙で答える。
「それで? 教えてもらえないかね? なぜ、君だけが残されたのかな? 彼らは日位君の取り巻きではなかったのかな?」
パワーアシストつきの自転車を走らせながら尋ねる。なぜ玲奈をおいて取り巻きたちが南部へと逃げたのか? 彼らは彼女のことが好きだったのではないのだろうか?
「………そうね………彼らは私の取り巻きだったわ。過去形ね。私が南部に行くことを反対したから、捨てたのでしょうね」
ん〜と首を傾げる。たしかに昨日は玲奈は反対していた。なぜか南部に行きたくなさそうであった様子だった。
「不思議に思っているようね? 簡単な話よ。取り巻きだったのは、彼らが世界が崩壊していないと未だに信じているから。私から離れると面倒なことになると思っているからよ」
「なるほど。彼らは信じているわけだ。帰ったら権力だか、財産を持っている両親が待っていると」
皮肉げに口元を曲げて嘲笑う。1年も経過して、まだ信じている。山間で過ごしてきた弊害。南部で復興が始まったと聞いて、力を持つものは避難なりしていて、助かっていると考えているのだ。同時に彼女が南部に行くのを反対した理由も推察できた。
「君は信じていない。いや、現実を見るのが恐ろしくて、南部に行きたくないということかな?」
「……そうよ。私たちは山間に籠もっていたから、真に街の様子とかは知らないわ。避難してきた人々の話を聞いて想像するだけなの」
玲奈はギュッと遥の腰を掴む手に力を籠めて
「これでも私は日本でも、結構有名な会社の社長令嬢よ? それなのに行き先も伝えたはずなのに、1年も救助が来ない? そんなことあり得ないわ。でもね……。それを確認するのは怖いの。貴方は生き残ったあとに怖くなかったの?」
「………ふむ」
崩壊時はあっさりとゾンビに食べられましたとは言えない遥。どう答えたら良いのかな?
「まぁ、気持ちはわかるがな。だからといってずっと山間に籠もっていても仕方あるまい?」
真面目な声音で、誤魔化す。だって起きたら24日経過してたし。悲しむ暇もなく、怒涛の展開だったのだ。
「仲間と思っていたのに、あいつらは勝手に私をおいていくなんて……」
口惜しそうだが、当然ではなかろうか? 勇気を出して行った彼らは凄いと思う。だって、南部一葉港まで人の足で行くとなると何日かかるのかわからない。おっさんならばタクシーを呼びたいところだ。北海道広すぎるでしょと感じていた。
「仲間ね……。まぁ、たしかに助けに行こうと思うほどには考えているのだな」
嘆息して、自転車を停止させる。相手はそう考えていなかったかもしれないが。
「だからこそ、他人を巻き込むというわけかな?」
「な、なんですの? 助けに行くのですから、当たり前ではなくて?」
自転車を降りながら、睨むようにする遥の問いに狼狽える玲奈。当然だと思っている態度だ。
その態度を冷笑をもって返す。
「私を守り切る自信があるのかな? もちろんあるのだろうから頼ってきたのだろう?」
「ここまで来て、いまさらそんなことを言いますの! 仲間が危ないのですから当然でしょう!」
軽く拍手をしながらも、冷笑を見せて真剣な表情で遥は言う。
「私は素人が救助に行く話は映画の中だけでいいと考える。なぜか? それは救助に行く人々を死なせながら助けるからだ。助けに行くからには、救助隊は誰も死んではならないと考える」
玲奈は気丈に睨み返しながら、警戒している態度で疑問の表情で問い返す。
「ならばなぜ、一緒に来ましたの?」
肩をすくめて、ゆっくりとした口調で教えてあげる。
「なぜならば、私が行かないと他の面々も歩いて追いかけただろう? 危険な場所だとわかっている場所に。せっかくのコミュニティが崩壊してもらっても困る」
振り返り前方を見ながら皮肉げに笑う。
「そろそろ到着したようだ。なにが起こったか見てみるとしよう」
そう言って、目を細めて前方を見やる。そこには目の前には捨てられた猟銃のバトミントンが多数あった。どうやら何者かに襲われたようだが、血の跡がない。連れ去られたようで、草むらがなにかを引きずられたように凹んでいた。
「さて、なにがいるのか確認させてもらおう」
ゆっくりと歩いて草むらへと入っていく遥を
「待ちなさい! 私も行きますわよ!」
慌てた様子で玲奈はついてくるのであった。
そして主人公っぽい遥の演技であるが、落ちている猟銃はバトミントンではない。誰かバトミントンではないですよとかっこつけているおっさんに教えてあげてほしい。
鬱蒼と草木が生い茂る森の中に遥と玲奈は歩いていた。引きずられた跡が見えるので、追跡は余裕である。
怖々と銃を握って玲奈はキョロキョロと周りを見ながらゆっくりと遥の後をついている。遥は散歩でもするかのように銃も構えずに歩いている。
「ちょっと、貴方は怖くはないのかしら? 猟銃を持った何人もの人間が無抵抗にやられているかもしれないのよ?」
遥は余裕げにちらりと玲奈を見て、手のひらをひらひらとさせた。
「もちろん怖いさ。この森の中になにかがいるようだからな」
「………全然そうは見えませんわ。余裕そうにしか見えないですけど」
疑うような玲奈である。まぁ、見るからにおっさんは余裕そうにしか見えない。
だが違う。おっさんは怖がっていた。演技スキルの力でそうは見えないだけだ。それに銃を構えても無駄なだけだとわかってもいる。なにせ20000の報酬だ。おっさんでは絶対に勝てない。ぺちっと蚊でも潰されるようにやられるのは間違いない。
ならばなぜここに来たのか? その理由は簡単である。おっさんが弱くても、頼りになる仲間がいるからだ。
なので余裕綽々での移動であった。周りからはかなり図太い凄腕の男だと見られるだろう。
実は小石や根っこにひっかかって転ばないように、地面を凄く注意しながら歩くおっさん。その姿も周りのおかしなところを見逃さないようにしているように見える。お得感満載のスキルであった。
そんな節穴レベルのおっさんの観察眼でもわかる光景が、目の前に広がっていた。
森には蛹のように白い糸でぐるぐる巻きになっている物体が様々な木にぶら下がっていた。
はっきり言って不気味である。もうどこかのエイリアンの巣だろうかと思われるレベルだ。そろそろおっさん的に気絶してもおかしくない。
「な、なんですのこれは!」
白い繭の中でも数個ほどが揺れるように動く。シンと静かな森の中で、それは酷く目立った。
すぐに玲奈がその繭へと走って近づく。ちょっと待ってください、玲奈さん、貴方は映画を見たことないんですかと、焦って止めようとするおっさん。確実に罠だよねと。
「大丈夫? 生きてる?」
玲奈が繭をバリバリと破っていくと、昨日見たことのある取り巻き連中が入っている。喋れないのか、う〜う〜と唸るだけだ。眼だけが助けてくれと言っていた。
「今助けるわ! 少し待ってね」
せっせっと繭を破っていく玲奈。その無防備っぷりに感心する。まるで映画のヤラレ役だねと、現実では警戒しながら助けようよと嘆息する。この展開だと間違いなく……。
「キャッ! 何これ?」
はぁ〜とため息をついていると、玲奈が叫ぶ。
やっぱりなにかあったのねと、玲奈を見るとべっとりと顔に緑の液体がついていた。慌てた様子で、緑の液体を拭おうとする玲奈だが
「か、からだがしびれ」
ばたりと倒れてしまう。玲奈は、こはぁこはぁと息を吐いているところを見ると即死系の毒ではないらしい。
敵の気配はどこですか? そろそろ気配感知が手に入りませんかね? と遥が考えていたら、顔にべチャリと液体が木の陰から飛んできた。その際にカサカサと動く蜘蛛を見つけた。50センチぐらいの蜘蛛だ。
わさわさと動く姿は気持ち悪い。この間のカニに続けての多足系だ。
蜘蛛は気持ち悪いなぁと、袖でぐいぐいと顔を拭う。毒は効かない身体なので、この攻撃は意味がない。
「ご主人様! あの蜘蛛はフォレストスパイダーと名付けました!」
サクヤ、満面の笑みでの名付けである。ありがちなモンスターの名前であるが、いつもの名付けよりマシだ。
「さて、どうやら囲まれたようだな」
蜘蛛を見つけた途端に隠蔽が解けたのであろうか? 周りの蜘蛛に気づいた。1000匹はいるだろうか? ちょっとどころではない不気味さである。
そうして、木の上から5メートルはあるだろう蜘蛛が降りてくる。黒い色の繊毛がびっしり生えた蜘蛛。威嚇してくるのか、脚を持ち上げてきたところで、人間の顔が胴体に見えた。目も鼻も口もあり、その口は裂けるような大きさでガチガチと開く。
蜘蛛本来の牙がある虫の口と胴体についている人間の口。ホラー映画にでてくるか、モンスター映画にでてくるかというところだ。
これは怖いよ。夢に出てきそう。今日は添い寝をしてもらおうと決意する軟弱なるおっさん。
そんなおっさんの怯えを感知したのか、蜘蛛たちが包囲を狭めてジリジリと近づいてくる。
「あぁ…」
絶望の表情で玲奈は迫りくる蜘蛛を見ている。このまま餌にされると理解したのだ。
だが、遥は余裕だった。毒を中心に攻撃してくる敵。そこまで攻撃力も、厄介な超能力もなさそうだ。不死ツボと同じく特化型だ。
そして毒使いは、遥たちに極めて相性が良い。稼ぎどころのボーナスモンスターという感じ。
遥は内心で狂喜した。ついに、ついにあの言葉を言えると。アニメが好きなら言ってみたいベストテンに入るだろうセリフを。
肩をすくめて、遥は疲れたような、呆れたような表情で声を発した。
「やれやれだな」
そう言って、支援要請をする。空中に指を伸ばして、タッチパネルをポチポチとする。今まで外に出て戦うことはしなかったが、もちろんおっさんぼでぃも支援要請ができるのだ。なにしろ支援要請はスキルに依存しないので。
タクトを振るうように、ポチポチと支援要請を押す遥。なにかをしたことに気づいたのか、数匹の蜘蛛がジャンプして噛み付いてこようとする。
そんな蜘蛛は空中で爆砕した。空間から滲み出るように、バイザーを装備して、近未来風のピッタリと身体にくっついて体型がはっきりとわかる、ちょっとえっちなレオタード風の戦闘服を着たアインが現れた。
反対側から飛びついてきた蜘蛛も同じように爆砕した。シノブが同様に現れたのだ。
2人とも拳を突き出したポーズでキメ顔をして得意げだ。ノリノリである護衛である。
「日位君。紹介しよう。この娘たちが私の大事な部下であり、家族の者たちだ」
そして、動きが止まった蜘蛛たちへと視線を向けて余裕そうに手をふった。
その瞬間に蜘蛛たちは一斉にバラバラとなる。銃弾がどこからともなく飛んできて、蜘蛛たちを吹き飛ばしていったのだ。
「そして蜘蛛たちよ、さようなら。どうやら害虫駆除に他の部下も来たみたいなのでね」
次々と空中からツヴァイたちが現れ始めるのを見ながら、口元を曲げて、蜘蛛たちへと死の宣告をする。
「蹂躙せよ」
鋭い眼光でオーケストラの指揮者の如く、手を振り翳して大事な家族たちへと命令を下した。
そのタクトの先には嵐の如く、縦横無尽に戦うツヴァイたちの姿が見られたのみであった。
森は死屍累々の蜘蛛たちの死骸で埋まっており、繭から南部に行こうとしていた取り巻きたちがツヴァイたちに助けられている。
麻痺毒を治された玲奈がその様子を見ながら、倒木に座っていたつまらなそうな表情をする遥へと近寄ってくる。
鋭い目つきで、玲奈は猜疑心マックスな表情で問う。
「貴方……何者ですの? 放浪者なんて嘘ですのね? この兵士たちはいったい?」
そんな玲奈へと肩をすくめて答える遥。
「どうやら休暇は終わりらしい。次にそちらのコミュニティに行くのはうちのエージェントとなるだろう」
ゆっくりと立ち上がり、頭上に現れた迎えのヘリを見る。ヘリからはしごが降ろされるのを掴み、別れの挨拶をする。
「なかなか楽しかった休暇だった。収穫もあったので、実りある内容だったと考える。では、さようならだ」
ヘリはそのまま飛翔を始め、おっさんはそのままはしごを掴んだまま、飛んでいく。
玲奈たちは、それを呆然とした表情で見送るしかできないのであった。
翌日、おっさんは我が家にいた。ナインに膝枕をされて、リビングルームでゴロゴロと寝そべっている。そんなウドの大木か、粗大ゴミかと思われる遥を、ナインは優しく頭を撫でながら、楽しそうに微笑んで、もう片方の手でツインテールの毛先をもって、遥の頬をこしょこしょとくすぐっていた。
誰か通報、通報が必要です。ここにくたびれたおっさんの犯罪者がいますと、第三者が見たら怒鳴り散らす光景である。
遥はナインはいつも可愛いなぁと、頬のくすぐったさを心地よく思いながら呟く。
「もうヘリには乗らない。怖いし、危険だし、死んじゃうし」
遥は我が家に帰宅したわけではない。
「はしごって、凄い筋肉が必要なんだね」
嘆息して疲れた遥は、ますますナインの膝に頭を押し付ける。
「大丈夫です、ご主人様。ご主人様がはしごを持つ手を離して、墜落していくシーンはしっかりと撮影しておきました!」
ふんすと得意げなる銀髪メイド。いつもはおっさんなど撮影しないくせに、こういうお笑いシーンを撮り逃すことがない。
あぁ〜、と疲れた声で遥は寝そべりながら答える。
「仕方ないだろ。まさかはしごを片手で持つのが、あんなに疲れるとは思わなかったんだ」
筋力の無いおっさん。帰り際にかっこつけて、明智くんさらばだみたいに、はしごに片手をかけて、玲奈たちから飛び去って別れた。
問題はその後であった。疲れて、腕はぷるぷるとなり、はしごを登れなかったのだ。そのため、手が滑ってそのまま墜落死したおっさん。サクヤは、うわぁと叫んで落ちるおっさんのシーンをテレビに映して大笑いをしている。
はぁ〜とため息をつく遥。一度死んで復活したのだが、なんか疲れが取れていない感じがするのだ。
「お疲れ様でした、マスター。私はマスターのかっこいいところをたくさん撮影しましたよ。ゆっくりとご飯を食べて疲れをとってください。 今日は特上ハラミと特上ロースを多く用意した焼き肉にしました。日本酒も美味しいのを用意しております」
「ナインは可愛いなぁ。健気だなぁ。あ、そうだ、そこの銀髪メイドは今日のご飯は水ね」
さり気なくナインの柔らかい膝を触りながら、サクヤへと意地悪する大人げないおっさん。
「えぇっ! なにか私が悪いことをしましたか? レキぼでぃに変わらないので、嫌がらせをしただけじゃないですか!」
「自覚あるなら、やめろよな! お前、俺のサポートキャラじゃなかったの?」
ガバリと頭を上げて、やはり嫌がらせだと自覚をもっていたサクヤへとおっさんは叫ぶ。
そうして、2人はいつものじゃれ合いを始めるのであった。
ぎゃあぎゃあと2人で言い合っている、いつものじゃれ合いを見ながら、ナインはそっと微笑んだ。
「本当にカッコ良かったですよ、マスター。新たなスキルを取得しましたし」
コソッと呟いて、自分のマスターである遥のステータスを表示させる。
そこには統率lv7と新たなスキルが追加されていた。しかも7と高レベルでの取得だ。そう、遥は統率のスキルを手に入れていた。マシンドロイドとの心の繋がりが統率スキルの取得につながったのだ。そうでなければ、傷ひとつ負わずに、報酬20000の敵をツヴァイたちが、あっさりと倒せる理由はないのだった。
「えぇっ! 経験値って、私が倒したときは意味ないの!」
サクヤから今回の報酬内容を聞いたのであろうマスターが、驚愕している。
「そうですよ? だって経験値が入ってもレベル上がらないじゃないですか? クリアしたのはおっさんぼでぃなので、レキぼでぃには経験値入りませんよ」
「損したっ! 損したぁ〜。もう二度とおっさんぼでぃでミッションはクリアしないぞ〜!」
がっくりと膝をついて落ち込むマスターが、この新スキルの取得に、いつ気づくのだろうと愛しげに眺めるナインであった。