191話 おっさんは集落の生活を知る
おっさんの無駄な演技で、最大限の警戒心を持ってしまった山間コミュニティの面々。ジロジロと怪しい謎の人間として、視線を集めていた。
なんということでしょう。レキの時は常に失敗してアホな美少女として扱われていたのに、くたびれたおっさんは、コミュニティに来てすぐに怪しい謎の人間として認識されてしまった模様。
そんな視線を浴びつつ、遥は念願の謎の人物になれたと喜んでいなかった。肩身が狭いよと小心者のおっさんは内心でビクビクしていたのだった。
レキの時は良いのだ。溢れるチートな能力を持っているからして。しかも強靭な精神力が支えてくれることもあり、楽しむのみであった。
しかし、この身はおっさんだ。視線を集められることには慣れていない。ようやく若木コミュニティで偉そうな態度に慣れてきたのである。ビクビクしたらまずいと思って、全てを演技スキルへと集中することにする。
歩きながら、銃を持つ面々を観察する。あちらも遥を警戒心マックスで観察しているので、別に構わないだろう。
銃、銃ね……と、考える。どこも銃を持っている。必ず生存者たちのコミュニティは銃を持っている。日本なのに銃持ちだ。意外と銃はあるんだなぁと思う。
彼らの銃は猟銃だった。さすがにハンドガンやアサルトライフルは無い。たしか彼らの銃はバトミントン、いや、違う名前だったっけ?バト…、バト…、バトミントン、そんな名前だった。バトミントンを担いでいる人が結構いる。そう考えるおっさんである。
しかしバトミントンを担いで、居住地を守る猟師とはどんな集まりなのだろうか。相手は羽根を持ってきて、試合を求めてくるのであろうか。
もちろん、バトミントンではない。内心で思っているだけなので、レミントンですよと、誰もツッコミを入れることはなかった。
揃いのバトミントンを持っている人たちは、なんだかかっこいいねと思いながら歩く間抜けなおっさんに玲奈が不審げに声をかけてきた。
「ねぇ、貴方随分凄い装備を持っているのね。どこで手に入れたわけ? その銃を」
あぁ、アサルトライフルやハンドガンのことねと納得する。たしかにこの銃は猟師では入るまい。日本で手に入れるには密輸か自衛隊でしかない。
「それに見たことの無いメーカーのものよね? 私は銃には結構詳しいのよ」
結構ふくよかな胸をはって、得意気な表情だ。頭が良いことを、知識があることをひけらかすことが好きそうな人種だとわかる。
ふむふむ、どう答えようかと迷う。敵からドロップしましたと言おうかと考えるが、無理があるだろう。おっさん少女なら、明るく楽しくからかうように、空気を吸うように発言するのは間違い無い。
だが、今はおっさんぼでぃだ。意志の強さとアホさ加減は比例していない。すなわち、発言を抑制するぐらいの判別はついた。
なので普通に答えることにする。
「これは最新型のアサルトライフルだ。南部で手に入れた銃だな」
「なんですって! 最新型? いつ? いつ作られた最新型? まさか、崩壊後ではないでしょうね!」
遥の発言を聞いて、警戒心を無くし、一気に興奮気味に迫ってくる玲奈。他の人たちも今の発言に驚いた顔をして注目してきた。玲奈はどうやら銃オタクでもあるのだろうか?
その姿に呆れた表情になる遥。どうもセレブたちである以上に残念属性もついていそうな予感。
「崩壊後だな。南部地方港には救助隊が来て、復興を開始している。たしか一葉港と名前が変わったはずだ」
「復興! 救助隊が来てますの! 普通の救助隊ですの?」
少し背伸びをして、おっさんの両肩を掴んで、ガクガクと揺らしながら、今度こそ顔を真っ赤に興奮しながら聞いてくる玲奈。
周りの人たちも、その言葉に今度こそ驚愕して、ざわざわと騒然となる。
そして、玲奈の取り巻きっぽい男が、おっさんを揺らしている玲奈に血相を変えて声をかけてきた。
「玲奈さん! 今の聞きましたか? それが本当なら早急に南部の地方港へと向かいませんと!」
その言葉にハッと気を取り直した玲奈が、こほんと咳をして返事をする。キツめの目をさらに細くして取り巻きを見て、叫ぶように言う。
「な、なに言っているのよ! まだ本当かもわからないし、ここから行くのはかなり危険よ? 少しは考えなさい!」
怒鳴るような命令口調での発言だが、どこか焦っている様子だ。ここを離れることができない理由でもあるのだろうか。
「も、申しわけありません。たしかにおっしゃるとおりです。この男が嘘を言っている可能性を忘れていました」
そう返答しながらも、遥を見て、担いでいる銃や戦闘服へと視線を向けてから、悔しそうに謝罪をする取り巻きの男性。遥の服装とかから、嘘ではないのではと考えているのは一目瞭然だった。他の取り巻きも玲奈に言いたいが、怒鳴られるのが怖そうな感じだ。この少女はいったい何者なのだろうか。
「そりゃ凄いな。本当なら、この1年で最高のニュースだ。連れてきた甲斐があったみたいだな」
髭もじゃが嬉しそうに言う。どうやら髭もじゃは本当だと考えている模様。
「それは良かった。ならばこちらも聞きたいことがあるのだが、あとで教えてもらえると助かる」
そうしてぞろぞろと向かったのは、一応の集会所なのだろう。こじんまりとした家々の中でも、割と大きい二階建てのコンクリートの集会所だった。
集会所は昔から使われている築数十年といった古臭い感じの、畳敷きであった。遥の爆弾発言を聞いて、何人かの猟師は他の人たちへ伝えるべく走り出していた。
リュックを置いて、よいしょとようやく座れると喜ぶおっさん。もうだいぶ疲れている。雲隠れしてもいいかな? やっぱりレキで来るよと後悔して、そのことを公開したいが秘密であるので言えない遥。レキになって来る理由を考えないと、と思考を加速させる。おっさんのアクセルはいくら踏んでも加速しないと思われるが。
そんなアホなことを考えていることを想像できない髭もじゃはあぐらをかいて、話を本格的にしようと身構えてきた。
そんな髭もじゃへと、遥は聞きたいことを尋ねる。
「結構ここは人が住んでいそうだな? そんなに悲壮感もない珍しいコミュニティだ。いったいどうやって暮らしてきた?」
直球で遠慮なく尋ねる遥のどことなく偉そうな態度に苦笑する髭もじゃ。どうやら、この男は只者ではない。そう自分の勘が教えていた。今まで猟師をしてきた勘である。信じるに足る勘だ。
実際は演技スキルと偽装スキルに騙されているので、髭もじゃの勘は空き缶並みのスカスカに変えられているが、人外の力に一般人が耐えろというのも酷な話だ。
なので、ゴクリと息を呑み、素直に教える髭もじゃ。
「まずは俺の名前からか? 俺の名は富良野という。面白い名だろ?」
「あぁ、そうだな。で?」
つまらなそうな顔で答えるおっさん。早く続きを話してよと催促する。だって富良野って、なんかサッカー選手とかにいそうだし。あれは漫画の話だっけといまいちな記憶力を発揮する。
はぁ、と予想していた反応が無かったのでため息をつくが欲しい情報を教える。どうせ隠していても仕方ない内容であるしと話し始めた髭もじゃ。
「ここは畑があるから、自給自足がなんとかできるからな。結構生存者はいるんだ。他からも去年まではチラホラと来ていたしな」
さすがに正確な人数は口にしなかった。まぁ、そうだよねと続きを聞く。
「でだ、最近は変なんだ。なにが変かと聞かれると困るんだが、化物がゾンビ以外にも現れてきたし、野菜の化物も出てきやがった」
「……もしかして、その野菜は食べているのか?」
ダンジョン化しているからねと真相を知っているが伝えないで、気になるところを聞いてみる。大変気になる箇所である。食べているなら大丈夫か確認したい。臨床試験ができて安心できるしねと非道なるおっさんだ。
その問いは、苦笑と共に否定された。
「さすがに野菜はな……。少し怖い。だが、獣は食べているぞ。主に罠猟だがな」
そう言って、先程背負っていたリュックを開く髭もじゃ。中にはウサギが入っていた。
「あんたと合流する前に、罠猟で獲ったやつだ」
ウサギに変なところは頭以外無い。頭には角が生えている以外は。
これは凄い。モンスターだ。モンスターだよと心の内で狂喜するおっさん。薄々気づいていたが、どうやら大ダンジョンは剣と魔法の世界のようなモンスターがいるようだ。ゾンビも徘徊していたが、モンスターもいるのだ。
「見せてもらっていいかな?」
髭もじゃが肯定の頷きを返すので、手に取りじっくりと見てみる。ちょっと死後硬直で固くて冷たくて、気持ち悪い。毛皮は意外とゴワゴワしていないが、それでも死体を触るのは気持ち悪い。
ウィンドウにちらりと視線を向けると、ナインが説明してくれる。
「マスター、それはウサギです。死んでいますし普通に食べても人体に害はありませんね。角が武器の素材になります。角ウサギのナイフになりますよ」
愛らしく微笑みながら、ナインが楽しそうに語る。相変わらずクラフト系の話になるとご機嫌になる娘だ。クラフトサポートキャラのアイデンティティなのだろう。
「このダンジョンは多くの生き物が影響を受けている模様です。素材がたくさん手に入りますね。面白いアイテムが作れますよ。帰ったら一緒に作りましょうね、マスター」
るんるんといった、かなりご機嫌が良いナイン。今までと違うアイテムかぁ、ちょっと面倒だなぁと考えるが、ナインと一緒にクラフトをするのも楽しそうである。
髭もじゃたちがいるので、声に出すわけにはいかず、軽く頷きで返す。
そして髭もじゃへと、角ウサギを返す。サクヤが口パクで角ウサギと名付けましたと言っているので、名前はそれに決めた。いつの間にか、口パクすらわかるようになっている2人であった。
「面白いな。こんなのは初めて見る。ゲームの中から持ってきたのか? 食べても害は無かったのか?」
「たしかにゲームのモンスターだな。害はたぶん無い。数週間は犬の餌にしていたが、特に問題は無かった」
ゲームの中からというからかうような発言を受けて、苦笑交じりに髭もじゃが答える。あぁ、臨床試験は終えているのね。いきなり食べることはさすがにしなかったかと納得する。
「大体は罠猟で倒している。あの妙な森にいくつか仕掛けているんだが、面白いようにひっかかる。野菜なども食べようか迷ったんだが……体から蔓が生えてくるのはゴメンだ」
やっぱり誰しも同じ感情を持つらしい。種がある敵は怖いよねと、遥はふむふむと頷きながら尋ねる。
「ゾンビは来ないのか? ここは安全なのか?」
「この1年で100体ぐらい来たか、それぐらいだ。ここは山間も山間、人も外部から来るのなんて、害獣退治のボランティアぐらいだからな。崩壊後の生存者なら数十人来たぞ。ほとんどがさらに南部に歩いていったが」
そう言って、髭もじゃはちらりと玲奈たちへ視線を向けたので、彼女たちがここにいた理由がわかった。
ボランティアというより、猟を楽しむスタイルだが別にそれは良いだろう。猟師は年々減少して鹿などによる農作物の被害もでかいとテレビでちょくちょくやってたし。
「そうか。それならば後日、私の仲間がここに来るかもしれないな。珍しい素材を求めてな」
というか、素材集めは確定である。なんだかダンジョンを探索する冒険者ぽいねと、この先の予定を考えて楽しくなるおっさんだ。その時におっさんで来る予定は未定である。未定であるので、たぶんない。
「ほぉ~。それならば交換できる物を持ってくるというのか?」
「そうだな、こういうものを持ってくるだろう」
遥はリュックの中身を取り出す。ゴロゴロとレーションが出てくるが、ちょっとここでは役に立たなさそうだ。ダンジョンの変異動物と段々畑により食料には困っていそうに見えない。川が側にあるのか、湧き水があるのかは知らないが水にも困っていなさそうだ。普通なら食料に困るだろうに困っていない予想外の場所。
もしも大樹がなかったら、楽園扱いされていてもおかしくない場所である。たぶん、主人公たちが到達するゴール。集落について、ヒロインがようやくたどり着いたのねと、これまでの犠牲や苦労を考えて涙して、主人公がヒロインの肩をそっと抱いて、FINと大きく画面に表示されて終わる、ハッピーエンド型の映画のエンディングである。そして人気が出てきて続編が作られたりなんかすると、その集落が崩壊しているシーンから始まるとかそんな感じ。
大樹があるので、その前提は崩れてしまう。もっと安全で快適なコミュニティがあるので。
だからこそ、困った。リュックには食料系がほとんどなのだ。それが通貨代わりになると信じていた。その前提が覆されたのだから。
だが、髭もじゃたちは、おぉっと軽く歓声を上げて、レーション類を持ち上げてしげしげと見ていた。
ほぉ~と息を吐いて、こちらへと興味深げに視線を向ける。
「もう塩も残り少ないし、調味料なんてないからな。調味料が入った物など久しぶりだ」
あぁ、そういうことねと頷いて、とりあえずの交換ができそうだと安堵して、にやりと微笑みを返す。
「ならば、これらとどうだろうか? 奇妙な動物の毛皮、骨、牙などと交換といこうじゃないか」
どっしりと構えて、髭もじゃたちへと視線を見渡して提案をするおっさんであった。
物々交換は終わり、少し離れた空き家へと案内された遥。少し埃が積もっており、薄汚れているが、この崩壊した世界ではいい方だ。
ドサドサと交換したウサギの角やら毛皮、鹿の毛皮に角などを畳みに放り出す。アイテムポーチにいれるわけにはいかないので担いできたのだ。ちなみに、鹿の毛皮は青色であり、角は仄かに冷気を発する超常の素材である。よいしょと、畳に座ってゴロンと寝っ転がった。あぁ~と疲れた声をあげて、唸るおっさん。
「疲れた~。もう疲れたよ。こんなに疲れたのに、体力が上がる様子が無いよ?」
たった1日歩いただけで、ステータスの体力が上がることを期待しているベリーイージーなおっさんである。ゴロゴロと埃に汚れることも気にしないで、畳を転がる年齢不詳。
「ご主人様、そんな姿はレキぼでぃでないと可愛くないですよ? 早くレキぼでぃに戻りましょうよ」
頬を膨らませて、抗議を始めるサクヤである。戻るという表現はおかしい。おっさんが本体であるはずなのに。
「それに、私のレキぼでぃ成分が尽きかけています。早くお帰りをお願い致します。ハリーハリー」
我儘極まりない抗議を続けて、ブーブーと文句を言う戦闘用サポートキャラであり、忠実なはずのメイドがそこにいた。
私も羽毛のように軽いレキの身体になりたい。やっぱり家でゴロゴロするときだけで、おっさんぼでぃは良いかなと、いつもの怠惰な考えをもつ遥も同意したかった。
「でもねぇ、どうやって帰るのよ? ちょっとここから帰るのに苦労しそうじゃない?」
「隕石が降ってきて、命中したご主人様は行方不明。そういうことにしましょう」
極めて真面目な表情でたわけた提案をするサクヤである。なんじゃそりゃと呆れる遥。いくらなんでもふざけすぎている提案だ。この銀髪メイドはポンコツだなぁと、最近上がっていた評価を下げる。
「ごく自然に、しかもかっこよく、できればスキルも取得できて、姿を消す状況は作れないかな?」
おっさんも銀髪メイドに負けず劣らず、たわけたことを尋ねるのであった。真面目な表情で尋ねているのがタチが悪い。
う~ん、う~ん、どうしましょうかと、ポンコツ2人で時間の無駄な考えをお互いにして時間は過ぎていくのであった。
翌朝、ぼろい布団は使わずに密かに取り出したベッドでぐっすりと寝ていると、ガンガンとドアを叩く音がしてきた。
なんだろうね、まだ朝じゃん、昼まで寝かしてよと常日頃の暮らしがわかる反応をしながら、ふわぁとあくびをしてベットを仕舞った後に、玄関に行きドアを開けた。
そこには髭もじゃや玲奈が険しく厳しい表情で立っていた。どうやらなにかあったらしいと見当を付けると
「私の仲間が、昨日の夜に集落を出ていきましたの! どうやら南部へ行くために出ていったらしいですわ」
「いいんじゃないか? かなり歩くことになるだろうが、銃も持っているんだろう?」
寝ぐせのついた頭をかきながら、あくびをして答える。自己責任でしょと思う。
その返答にいきりたち、身を乗り出すように、こちらへと接近してきて玲奈は怒鳴った。
「ダメよ! 彼らは大切な仲間なのよ。南部に行くのは自殺行為よ。南部に行くのは大変なのよ!」
ん? 南部が危険? ここに来るまでにそんなことは無かったと思ったとき
「ご主人様、ミッションが発生しました。暗がりに潜む暗殺集団を退治せよ。exp20000 報酬スキルコアですね」
むふふと笑うサクヤが、最近は活躍の場が多いので嬉しそうに告げてくる。
さすが新ステージ。ジャンジャンミッションが発生するねと、遥も嬉しく思いながらも、これを利用すればおっさんは退場できるなと作戦を練るのであった。