186話 北海道を一周するおっさん少女
崩壊前には多数の船舶が行き来していた重要港。今や錆びついた漁船が港いっぱいに停泊している。埠頭にある様々な倉庫のシャッターは壊れており、めくれ上がっている。ビルは窓が割れていて、傍にある市場も乱雑に魚を入れる発泡スチロールの箱も転がっていた。過去に賑わっていた港はすでに生者の影はなく、死者が徘徊するのみである。
目的もないまま、死者たるゾンビは崩壊した港を徘徊する。汚れた姿に白目を剥いて、うろうろと生者をさがしているのだろうか? 埋め尽くさんばかりのゾンビが徘徊している。
そんな崩壊した港へと、きらりと光が見えたと思うと白い光が空より落ちてきた。天からの浄化の炎にも見えるその光は港を、街を、全て包み込んでいき、徘徊するゾンビたちもビルも家々も全て焼き尽くしていくのだった。
空中戦艦スズメダッシュ。スズメがチュンチュン鳴いているように、艦砲射撃を重要港へと撃ち続けていた。チュンチュンと極大の白光が超大型量子砲から発射され、港は次々と焼かれていき消えていく。
そんな光景をモニタ越しに見ている少女たち。
「う~ん………。やはりある程度の大きさの港はダメみたいですね。生存者が全然いないです」
司令席にお誕生日席のように、小柄な愛らしい体躯をした少女がぶらぶらと脚を振りながら、疲れた表情でうんざりしたように呟いた。中身詐欺なおっさん少女である。
すでに旅行兼救援隊は、その道程を3日過ぎていた。
「そうですね。やはり地方港狙いというのは間違っていなかったのでしょう」
四季がモニタを見ながら返事をする。ビシッと背筋を伸ばして立っており、艦長という名がふさわしい。おっさん少女は単に艦長ごっこをしている娘にしか見えないのだから仕方ない。
「でも、もう200人近くは救助できたんだから、まだいい方じゃないかな?」
司令席の側に用意されている椅子に座っているナナが、気遣わしげにおっさん少女を慰めるように声をかけてくる。
軽く腕を組んで、遥は軽く唸りながら
「200人………。もう3日も北海道海岸線を見て回っているのですが、これだけですよ? 少しばかり生存者が少ないと思うんですが」
「たしかに少ないと思います。ですが、それでも私たちは200人を救ったと思えますよ。レキさん」
穂香が淡い笑顔を遥に向ける。なんだか穂香も遥を慰めてくれるらしい。遥的にも残念ではある。東京湾に移住させるにあたり、救助した生存者を頼ろうと思っていたからだ。
「英子さんたちの港は生存者が多数いたので、それを期待しすぎましたか………。そうですね、200人も救えたと思いましょう」
そう言って、ぴょこんと椅子を飛び降りて、意識を切り替える。艦砲射撃は少しでもミュータントを減らすためと、マテリアルの回収のためである。あれから、何故かミッションは発生しない。
遥は人々が強い助けを求めている際か、知能をもつミュータントがいる場合にしかミッションは発生しないのではないかと、ようやく思いついた。たぶんこの考えは当たっているのではないだろうか? 即ち、こうやって艦砲射撃をランダムに行ってミュータントを倒しても経験値は入らないしょっぱい仕様だ。もう雑魚敵からの入手経験値は驚きのゼロだし。
ちなみに、不死ツボは経験値40でした。凄い多いよねと今さらのことだから驚かなかったのだが。
「さて、ここもすぐに掃除が終わるでしょう。後は四季さんたちにお任せして私たちはご飯にしましょう」
思考を停止して、ご飯を食べることに決めた遥は、少女たちへと殊更明るい声音で告げるのであった。
ワイワイと少女たちは厨房でご飯を作っていた。今日のご飯は旅行定番のカレーである。
ほいほいとジャガイモの皮を削りながら、叶得がのんびりとした口調で言い出す。
「しっかし、この戦艦は凄いわね。研究室に植物生育室、バーにプールに娯楽室って、この艦だけで一つの街じゃない」
「この大きさの艦ならばこそですね。これだけの巨大な艦だからこそ、様々な種類の部屋があるのでしょうか」
穂香も包丁でトントンとリズムよくニンジンを切りながら答える。
「どこの宇宙戦艦だって、話だよね。僕、このままここに住める自信があるよ」
ふんふんふ~んと鼻歌交じりにサラダを作っている晶。
「ふぉぉ、ふぉぉ」
空中に投影されているモニターをポチポチと触り続けている、まったく手伝う気がない怪人ふぉぉ。モニターの感触と未来的なそのモニターにすっかり魅了されたらしい。
「この艦が墜落したら、未来でここを拠点とするコミュニティができそうですね」
不吉なことを言うおっさん少女は現在スパイスを調合中である。皆に美味しい料理を食べてもらい、驚いてもらおうと、こっそり料理スキルをレベル2にした計画性の皆無なおっさん少女である。これで残りスキルポイント34だ。でも、これでツヴァイに料理スキルを付与可能となった。ますますさぼることができると喜ぶ遥であった。
ていていと、数百種類の香辛料を混ぜていく。黄金のスパイスだ。黄金のスパイスを作成して皆を驚かせようと、戦闘でも見せたことがないほど真剣な表情で、ちっこいおててで混ぜていった。
「………レキちゃん、その香辛料はカレー粉だよね。ちゃんと食べられるのかな?」
不安げにナナが問いかけてくる。なぜそんなことを聞いてくるのか意味がわかりませんねと、遥は眠そうな目をナナに向けて、明るく答える。
「もちろんです。ナナさんも私が食べられるものしか混ぜていないのは見えていると思いますが?」
「うん………それはわかるんだけどね、なんかね………。なんで輝いているのかな?」
遥が香辛料を混ぜるたびに、香辛料は光り輝いていく。最終的には黄金の光となる予定だ。だからこそ自信満々の遥。
「黄金です。カレーの最終的、究極的なスパイスは黄金のスパイスなんです。だからこそ、スパイスは最終的に黄金の輝きとなるのです」
むふぅと鼻息荒く答えてあげる。あと少しで完成するのだ。これでゆーざんもびっくりする味となるだろう。レベルが1違うだけでも大幅に効果が変わるゲーム仕様。レベル2ならば、ちょっと美味しいレベルではないはずだと信じている。
「黄金のスパイスって、そんなんじゃないと思うんだけどなぁ」
苦笑交じりにナナが、どんどん輝いていく香辛料を見ているが、気にしないで調合をすすめていくのであった。
食堂に、カレーやサラダ類が並び、少女たちが椅子に座る。乗員たちもワイワイと周りのテーブルでご飯を食べていた。
でも、不自然だ。とっても不自然だ。遥はこっそりとウィンドウ越しにサクヤへと小声で問いかける。
ウィンドウには、ぶすっと頬を膨らませて、私は今とっても不機嫌ですと表情にだしているサクヤが映っていた。メイドが戦艦にいるのは不自然でしょと、少女たちと会わないように注意した結果、遊びに混ざれなくてご不満な銀髪メイドである。
ナインもにこやかに微笑んで了承はしたが、ちょっと怖かったので、あとでフォローが必要だと感じた。その時に思ったのは、やっぱりハーレムなんて現実では絶対に無理だよねということだ。どう考えてもご機嫌とりで主人公の話が終わってしまうと思う。最後は気疲れした主人公が燃え尽きたぜ、おやっさんと倒れこんで完となりそうだ。
そんな不機嫌なサクヤへと声をかけて聞いてみる。
「ねぇねぇ、サクヤ? この食堂おかしくない? 何がおかしいかというと、みんなツヴァイたちだよ? 本物だよ? なんでこの人たち、ここに集まっているの?」
む~と口を尖らせてサクヤが答える。美少女が口を尖らせても可愛いなぁと思う。
「たぶん、ご主人様が作成したカレー目的ですね。耳を澄ましてみればわかるはずですよ」
当然でしょ、そんなことという感じで返事をしてくれるサクヤのアドバイスに従い、耳を澄まして会話を聞いてみる。
「司令の作ったカレーはまだ寸胴鍋に残っています」
「大量に作っていたので、余るはずです」
「バトルです。勝ち抜きバトルで勝者が食べられるのです」
「私は司令の使ったスプーンで食べたいです」
最後の変態的発言者を探したいが、ツヴァイが多すぎてわからないので、諦める。そして理由がわかったので、疲れた感じで嘆息する。まぁ、いつものツヴァイたちだよねと諦めた。最近諦めの早い遥である。というか悟ったのかもしれない。悟りに入った仙人遥。
「お~! このカレー凄いね! 辛さと鮮烈さが凄いよ。深みがある味わいだね。ちょっと不安になるカレースパイスだったのに!」
食べ始めた晶が驚きで目を丸くする。他の少女たちも、美味しさに驚愕している。なにしろレベル2の料理なのだ。美味しさも半端ないはずだ。料理スキルが8とかになるとどうなるのだろうと興味が湧く。
「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。黄金のスパイスなのです。究極の味なんです。もう至高もつけちゃいましょう」
みんなの驚きの表情をみて、ご満悦となり胸をはって、ドヤ顔を見せる。そんなおっさん少女はやはり仙人にはなれない世俗的な人間であった。
遥も初めてのレベル2で作成した料理であるカレーを一口食べてみる。なにげに初めての味見でもある。
「うわっ! 凄い! このカレー凄い美味しいですよ! 辛さはあんまりないですが、味が凄い美味しいです」
いつもの如く、語彙の少ないおっさん少女は、その美味しさに、ほえぇぇとびっくりした。なんというか、スパイスの辛さと甘み、コクのあるルーの味が想定外である。これは人外レベルのカレーだと感心した。ちなみに全ステータスを6時間、3増加させる。
「なんであんたが驚いているのよっ! 作ったこと無かったわけ?」
即座にツッコミをいれる叶得。スプーンを遥に指さしてツッコミを入れてくる。
「初めて作りましたよ。でも調合はできると自信があったので」
「初めてでこれとは凄いですね。さすがはレキさんです」
ふへへと口元を微笑ませて、褒められて照れるおっさん少女。褒められるのは大好きなので。
「むぅ、レキはカレー屋さんができる」
リィズもパクパクとカレーを口にしながら褒めてくれる。
「なんか食べたら力が湧く感じがするねっ」
「そうだね。気のせいか、なんか体から力が湧いてくる感じだね」
晶とナナが細い女性らしい腕で力こぶを作るが、気のせいではない。6時間ステータスがアップします。たった3だと思うなかれ。たぶん缶詰を中身入りでグシャッとできますよと内心で答えるが、それは内緒である。
「食べたら、あの大きいお風呂で泳ごうね〜」
スプーンをふって、恐ろしいことを言う晶。この数日で行われている言動だ。仕方ないよねと、いそいそと入ることにするおっさん少女。だって今は美少女なんだものと思うが。
数十分後、やはりというか、当然というか、キャッキャッお風呂イベントは暗闇の中、カットされるのであった。常に浮気を監視するレキがいるので仕方ないだろうイベントであった。
2日後である。生存者たちを1000人程度、集めて北海道一周は終わろうとしていた。想定よりも早いが、意外と生存者たちが少なかった。なので、高速輸送艦ホタテにのみで生存者たちの収容は終わろうとしていた。
「これで港は全て回ったことになりますね」
遥はがっかりした感じで呟く。モニタに映る北海道の地図。そこに映る港は全てバツが記載されており、探索が終了したことを示していた。そうして、最後の港の探索もたった今終了したことにより、バツがつく。
「そうですね。予想外に生存者たちが少なかったです。まさか、輸送艦のみで生存者たちを収容できるほどの少なさとは思いませんでした」
ハカリがモニタをチェックしながら、返事をする。
「う〜ん、残念な結果です。一万人ぐらいはいると思っていたのですが、やはり内部を探索する必要がありそうです」
両手を頭の後ろで組みながら、椅子にもたれて思う。過酷すぎる世界だと、改めて認識する。自分はチートな力を手に入れていて良かったと心底安心したおっさん少女。やっぱり絶対におっさんじゃ生き残れない世界であった。
「元気を出して、レキちゃん。皆、レキちゃんたちの頑張りに感謝しているよ」
ナナがおっさん少女の頭を撫でながら、優しく微笑んで慰めてくる。なんだか、過保護すぎると思うが見た目は子供ががっかりしているように見えるのだ。小柄な美少女がしょんぼりしていれば母性本能が、喚起されるのだろう。
「私たちは艦内にいて、眺めていただけに終わりましたが、これで良かったのでしょう。危ない目にはあいませんでしたしね」
日が落ちていくのをモニタ越しに見ながら、旅行も終わりだねと考える。結局春であるから、海水も冷たいし泳ぐこともできない。今度は夏に海水浴だねと決意するおっさん少女。水着を見て愛でたいので。
「せっかくの旅行なのに、地上に降りることもありませんでした。生存者たちが少なすぎて、空中戦艦が着地することが無かったですからね」
ちょっと友人たちに悪いと思うおっさん少女。
「別にいいんじゃない? この戦艦にいるだけで楽しかったし」
「そうそう。娯楽室のゲームとか凄かったよ!」
「ん、色々ありすぎて、まだまだ遊べる」
「映画の世界に入ったようで楽しかったですよ」
口々に遥を慰めてくれる少女たち。本音も混ざっているみたいだし楽しんだみたいだ。気を取り直す遥。
それならばと、ぴょんと椅子を飛び降りて宣言した。
「今日の夕飯は全部私が作りますね。最高の料理を期待してください」
多分明日には若木コミュニティに帰還する。なので、皆には料理スキルの真骨頂を見てもらおう。そして驚愕して褒めてもらおうと画策するおっさん少女だった。
「なので、夕飯までは自由行動ということで。ではでは〜」
スタタタと足音をたてながら、軽やかに食堂へと向かう遥。フフフ、今日は和中洋料理フルコースにでもしようかしらん。
「んじゃ、私はラボに顔をだしてみるわっ」
「僕たちは甲板で夕日を見に行きますか」
「ん、リィズは格納庫に行く」
そう言って、ぞろぞろと少女たちも出ていくのであった。
厨房用品で遥は料理スキルをフルパワーで使っていた。とやぁと人参を宙に浮かせて切り刻む。ほりぁと中華鍋を振り回して炒めものを作ると大奮闘である。たくさんのお皿に大量の料理がのっていた。
熱中して作っている遥に、ウィンドウで連絡が入る。誰かと思えば、四季であった。
ジャンジャカ料理を作っている遥は、なんだろうなと視線を向ける。
「司令、お仕事中申し訳ありません」
四季の言葉に鍋をふる手を止めて、遥は不思議そうに問いかける。
「別にいいよ。なにかな?」
「大したことではありません。ちょっと格納庫のハッチを開けてもよろしいでしょうか?」
なんか格納庫を開ける理由って、あったっけと考えるが、四季が言ってくるのだ。必要なのだろうと適当さの権化は許可を出す。
「了解しました。ハッチをオープンさせます」
そして手を動かす様が見えたので、ハッチの開放をしているのだろう。鍋をふる手を再開させて、ジャンジャカと音をたてながら理由を聞く。
「どうしてハッチ? なにかあったっけ?」
許可を出してから聞く適当なおっさん少女である。昔からとりあえず行動してから必要であれば理由を聞くのであった。
「海岸線沿いに生存者たちを発見。モニターから見るに巨大なカニに襲われています。艦砲射撃ができないのでどうしようかと迷っていましたら、ナナさんが自分が助けに行くと言って格納庫にある戦闘服を着込んで、ポニーに飛び乗ったのです」
え? まじで?と思い、驚きながら、気配感知を使うと空中戦艦から離れていくバイクを感知した。
「ご主人様、ミッションが発生しました。生存者たちを救助せよ! exp5000、報酬スキルコアですね」
ウィンドウが開いて、サクヤがミッションが発生したことを伝えてくる。
むむむ、安いミッションだねと思うのと同時に、相変わらずの主人公体質なナナさんだなと感心するおっさん少女であった。