182話 おっさん少女は大幅アップデートに戸惑う
浜辺には肉片が集まり高速修復している黒サハギンが300体ほどいる。綺麗な浜辺はすでに血で染まっており、ここで釣りをしようとするのはためらう状況だ。
そして、おっさん少女の目の前には黒サハギンを操る親玉である不死ツボゴーレムが不気味なる威容を見せて立っていた。窪んだ黒い穴でしかない目であろう場所から、こちらを見ているとわかる虚無の視線を感じる。
遥は対峙したそのミュータントから一旦離れて間合いを取るべく、その超人的な脚力にて離脱をはかった。
しかし、頼りになるレキの脚力は発揮されることはなく、水中にいるような抵抗があり飛翔が阻まれたのである。
この感覚は浄水場エリア解放時に味わった覚えがあると記憶していた。これはまずいねと思ったときに
「ご主人様、深海エリアの概念が発生しました。エリア概念は深海。水圧による継続的ダメージ。水中にいるための移動阻害。海生生物系の能力大幅アップですね」
きりっとした真面目な表情でサクヤがいらない情報を告げてきた。
「まじですか。ついに地形ダメージありのエリア概念が出たのね。今までなかったと思ったら、ついに実装されたのね」
この世界はゲーム仕様であると疑わないおっさん少女。実装された嫌な仕様が増えたと考えていた。常にゲーム脳であるので仕方ない。
動揺する遥へと不死ツボゴーレムは右腕をこちらへと向けてきた。
その動きがなにを示すか感づいた遥はすぐさま対応策を取る。
「泳術lv2をlv6へレベルアップ!」
いつもはステータスボードを見て慎重にスキルレベルを二度見してミスがないか確認して上げる小心者の遥であるが、さすがに緊急事態であるので即スキルレベルを上げる。残りスキルポイント36へと減少したことを確認しつつ、小柄なるレキの身体が水中に急速に適応していくのを感じる。
まるで魚になった感触を感じつつ、遥はアクアバトルブレザーに備え付けられている脚甲を展開させブーストダッシュをかける。
青い光が脚甲から噴出され、まるで人魚のように空中へと飛翔するように泳ぎ離脱する遥。
離脱したあとに、不死ツボゴーレムが右腕から分離させた不死ツボを射出するのがちらりと見えた。
カカカカと軽い音と共に射出された不死ツボは直線的な軌道で浜辺の岩へと激突して、発泡スチロールのように易々と穴だらけにしておく。
ああいう攻撃はゲームや漫画でいくらでも見たことがあるのだよと、回避できたことを安心してサクヤへと泳ぎつつ尋ねる。
「今でも継続ダメージって受けてるの? 全然そんな感じしないんですけど。痛くないんですけど?」
「ご主人様の身体が頑丈過ぎて水圧に耐えているのです。ぷにぷにの触り心地抜群の身体ですが、水圧に耐えられる頑丈さも持っているので」
口元を小さく微笑みサクヤが答えてくれる。その返答に助かったと安心する。これが火とかならダメージを受けていただろうが、水圧は物理攻撃に入るみたいなので継続ダメージが低すぎて、いや、レキの身体が硬すぎて入らないのだろう。
長時間戦闘でも安心だと、平坦な胸をなでおろすおっさん少女。地形ダメージありの場所だとボスと戦う前に大体初見は地形ダメージで死ぬ遥なので。装備がしょぼくてボスにダメージが入らない、どうしようどうしようと慌てている間に地形ダメージで死ぬというパターンである。極めてケチな遥にふさわしい死に方だ。
泳ぎながら、そんなことを考える遥の前に黒いサハギンが修復が終わり、泳ぎ始め近寄ろうとしてくる。
フォトンライフルを構え直し、遥は黒いサハギンたちを見る。
「超技レインスナイプ」
再びの超技である。流星群のような弾丸の光の矢が黒いサハギンへと命中して粉砕する。
黒いサハギンは肉片となり砂浜へと落ちていくのを無視して、遥は身体を急速旋回させた。
旋回させた場所に不死ツボが高速で通り過ぎていく。不死ツボゴーレムがマシンガンのように不死ツボを射出しているのが見える。
チッと舌打ちして、遥は雷妖精の腕輪を使用した。遥の思念に応えて雷妖精が腕輪から召喚されて体へと融合する。
雷による大幅な戦闘力アップを感じて、電光を体から撒き散らしながら不死ツボゴーレムへとフォトンライフルを構える。
「超技サンダーレインスナイプ」
サンダーモードによる雷を纏う銃弾は無数の雷光を伴う白き光の矢となり不死ツボゴーレムへと命中した。
バババと雷光により浜辺がフラッシュバンを使ったように、閃光と命中したことによる爆発音が響き渡る。
不死ツボゴーレムはその攻撃にてバラバラとなり浜辺へと落ちていくが
「ダメだね、ダメージが少ししか入らない。サンダーモードの雷ダメージはあくまで追加ダメージというわけね………」
がっかりして結果を確認した遥。サンダーモードなら雷のダメージに銃弾のダメージが変換されるのではと期待したが、そういうわけではなく雷が銃弾を覆うことによる追加ダメージだけであるらしい。
そのため、浜辺に落ちていった不死ツボたちは微かにダメージが入ったかどうかというレベルだ。
「ご主人様、本格的に超能力を取得しないとまずいですよ。これは」
まるで戦闘サポートキャラのような、焦るサクヤの意見を久しぶりに聞きつつ、その忠告を聞いて思考する。サクヤの役目をすっかり忘れていたおっさん少女でもある。
「ねぇねぇ、あいつには何が効くと思う? 弱点属性が必ずあるよね? きっとあるよね? 無いと私はギャン泣きして運営にクレームいれるよ?」
不安げに、こいつ中身は何歳だっけという発言をする遥。弱点属性が必ずあると信じているのだ。
「不明ですね。雷の追加ダメージは入ったと思われます。サンダーモードの追加ダメージは普通の敵ならばそれだけでかなりのダメージのはずですが、そこまでダメージを負った感じがしませんね」
すごいよサクヤ。最近は殴ってばっかの戦闘であったので、サクヤがこんなに活躍するのは久しぶりだ。やったねサクヤ。大幅アップデートで遂に役に立つ時がきたねと称賛を内心でする。普段が普段なのでギャップが酷い。そしてサクヤへと称賛の言葉を言わないおっさん少女。いうと調子にのって大気圏を突破しそうなので。
「でも、それならば仕方ない。運任せに確かめていくとしますか」
泣きたい状況である。だから超遠距離攻撃をしたのに、まさか引き寄せのスキルがあるとはと歯噛みする。今度はダミー系の超能力を取ろうと考えている保身に一生懸命なおっさん少女である。
だが、泣いてだけではだめだよねと、自分の責任でこうなったので悪いとは思いつつ瞼をそっと閉じる。
「大丈夫です。旦那様。通じないのであれば、通じるまで攻撃するのみです」
瞼を開き、強い光を眠そうな目に宿してレキは声を発した。相変わらずの脳筋な考えである。
「う~ん、これから先の敵も同様なのが多くなるだろうからなぁ。まぁ、押して押して押しまくりますか」
遥も考えつつ、返答する。情報が足りない以上、仕方ない。鑑定、鑑定スキルが必要ですよ、実装お願いしますと運営に祈る。
祈っても、おっさんの願いなんて聞き入れない可能性は極めて高い。というか運営は存在しない。神様ならばいるかもしれないが中身詐欺なおっさん少女は着信拒否にされていると思われる。
人魚のように美しくその小柄にして魅力的な肢体をくねらせ、不死ツボが再び集合しようとしている場所へと泳ぐレキ。
「星金の手甲展開」
カチャカチャといつもの光輝く手甲が右腕を覆う。そして超技を放とうとしたレキへと、不死ツボは集合を止めて各自でバラバラに銃弾の如く飛翔して突撃してくる。
無数の不死ツボが突撃してくるが、先程右腕から射出されたよりは遅い。どうやら右腕からの射出は伊達ではなく、カタパルトのような役目もおっていたのだろう。
レキにとっては遅すぎる速度での突撃である。
だが、ここは深海エリアである。動きがかなり制限されている。泳術lv6では、まだスキルレベルが足りないのだろう。
自らの動きがいつもより全然遅いが、レキはそのことに動揺せずに眠そうな目で突撃してくる小さな不死ツボ群を観察する。
「たとえ動きが制限されていても、その遅さでは意味がありませんね」
ゆらりと水中花のように、なびくような動きで右腕を持ち上げて、身体を半身にして構える。
突撃してくる不死ツボ群の数にレキの脆弱そうな体躯は穴らだけになるのではと思わせた。
だが、ゆらりと腕を動かし、体を揺らし、レキは次々と襲いくる不死ツボを受け流していく。
不死ツボの意思ある突撃は敵へと当たらないと判断したことにより、レキへと到達する前に軌道を複雑に変化させていく。鋭角に動きを変えて縦横無尽に軌道を変化させて迫りくる。
その全てを、軌道を変化させた複雑な動きも全てレキは反応して受け流していった。
それを見て、遥も次なる一手をうつ。
「エンチャントアイス」
氷の超能力により、レキの身体は氷粒に覆われる。追加ダメージが入るかの確認を遥はしたのだ。
レキも遥の思考を理解して、受け流しながら氷ダメージが入るかを観察する。触れれば凍る付与の超能力である。今までほとんど使ってこなかった技でもある。使ったことあったっけ?と遥は首を捻って、捻りすぎて痛めるレベルだ。
受け流す最中に一瞬霜が不死ツボにまとわりつくが、それだけであった。ダメージが入る様子はない。
その結果を見て、遥も想定通りであったので動揺はしなかった。水系の敵に水系の攻撃が効く訳はないと予想していたのだ。使ってみたのは、単にもしかしたら効くかも? そうしたら他のスキルを取得しなくてもいいよねとセコイ考えをしたからである。
だが、ダメだったので新たなる超能力を取得することにした。
「雷念動lv5を取得!」
雷念動を取得することにする。念動力と同じならこれでいけるはずである。残りスキルポイント21となったので、これが通じないと少しヤバイ。でも、雷は水系への特効だと信じている。ゲームからの経験だが、間違っていないよねと内心ドキドキな遥だ。
後、雷弱点属性な敵が多いし、弱点属性じゃなくても効く敵がゲームでは多かったからだ。ソースは女神な転生ゲームからとか色々である。ゲームの体験を現実に反映させるいつものおっさんであった。
そして頭に新たなる雷念動の知識が入ってくる。それは予想通りの習得パターンの超能力であったので安心する。
なので、叫んで新たなる超能力lv5を発動させる。
「雷動体!」
その発動は雷を自らの体に、細胞一つ一つにもう一つの細胞ともいえる力で強化していく。指先から足指まで、体内の全てが光り輝く雷の戦士へとレキを変えていった。先程のサンダーモードでは雷光を纏うのみであったが、今度は自らの体躯が光り輝き雷と化したようなレベルだ。
光り輝く雷の戦士になった遥はこそっと呟いた。
「おら、きれちまったぜ」
言わないといけないと思ったのだ。髪の毛が光っているのだ、言わないと駄目だよね?とアホな使命感に駆られて呟くおっさん少女であった。恥ずかしいので、こそっと呟いたのだが。
「スーパーご主人様になったのですね。かっこいいです。後でポーズと共にお願いします。アホ可愛いですよ」
その呟きを逃さないサクヤ。ウィンドウ越しにぱちぱちと可愛く拍手をしていたが、最後の発言でさりげなくアホと言ったなと聞きとがめていた遥である。そしてまたもや黒歴史を増やした模様。もう百科事典レベルになるだろう。
なんにせよ、雷の戦士となったレキは周囲の空気へも帯電させていく。バチバチとサンダーモードに加えての付与だ。先程のサンダーモードよりもその帯電率は高い。立っているだけで砂浜は帯電した威力ではじけていく。深海概念だからだろう。空中への伝播率も異様に高いようだ。
回復した寄生サハギンがその様子を見て、一気に砂浜を蹴り飛びかかってきた。水中特化らしく、その動きに淀みはなく動きが阻害されていない様子だ。
だが、遅すぎるのだ。レキにとっては遅すぎる。そして対抗手段も手に入れたのである。
すっとサハギンを半身を傾けて柳が揺れるように躱す。躱しがてら、腕をサハギンの体を通過するように振るった。その動きは水中概念に阻害されているにもかかわらず、非常に滑らかな動きでありサハギンは身体がなにかが通過したことも感じなかった。
腕をサハギンの身体を通過するように振るったレキの指にはちっちゃな不死ツボが摘まれていた。サハギンに寄生している不死ツボを瞬時に摘み抜き取ったのだ。
不死ツボは摘みだされたことにより、フルフルと体を震わせ指から脱出しようとするが、そのままレキは指に力を込めると、パリンと簡単に砕け散った。その攻撃は雷ダメージへと変換されたからだ。寄生されたサハギンは不死ツボが抜かれたことにより、ズルリと倒れ込む。
「ほっ。予想通りにここまで雷属性を上げると通じるのか。良かった良かった」
ホッと安心の息を吐いて、予想が当たっていて嬉しい遥。そうだよね、水には雷だよね。津波防御もサンダーで砕いて一発さと安心した。
「そうですね。この状態なら雷ダメージとしてある程度入るみたいです。ですが通常の殴り攻撃よりも威力は圧倒的に劣るみたいです」
「元々、高すぎる攻撃力であったし、それはしょうがないよ。今後は注意して戦う必要があるね。確認したいこともあるし………」
レキの言葉に返事をする。そして気になることがある。もしかしてもしかしたら、他にもやばい実装モードがあると考えているのだ。たぶん、予想通りなら、あれも実装されているのではないのだろうか。戦闘が終了したら確認しようと遥は記憶しておく。
自分が一体破壊されたことに気づいたのだろう。他のサハギンもジェット噴射のごとき加速で、レキへと肉迫してくる。
それをレキは、まるで散歩をするように、ゆっくりとした最小限の動きで回避して、腕を振るう。
突撃して爪による引き裂きか、その大岩すらもかみ砕く牙での噛みつきしかないサハギンは、極限まで高められている体術には対抗できなかった。
動きが阻害されていても、技術自体は阻害されていないのだ。この程度ならレキにとっては楽勝である。
水中にて舞い踊る美しい人魚の如く、髪をなびかせて、ふわりふわりと腕を最小限の動きで舞わせて、次々と摘まみだす不死ツボをパリンパリンと砕いていき、不死ツボゴーレムへと、その眠そうな目を向ける。レキの舞が終わった浜辺には、全滅したサハギンが倒れ込んでいた。
それを見て、またもや不死ツボゴーレムは右腕を掲げて、マシンガンの如く不死ツボを射出しようとしていた。
「なるほど、群体である利点はわかりますが、知能がなければ私たちの相手ではありません」
つまらなそうに呟くレキ。今回の敵は本当にモンスターという感じで知性を感じなく、また防御にステータスを割り振っているのだろう。たいした超能力も無いようである。
脚の装甲から再び青い光を噴出させ、ブーストダッシュをして今度は避けるのではなく、不死ツボゴーレムへと一気に近づくレキ。
そのレキを見て戸惑いが見られる不死ツボゴーレム。防御をするために体の分散を始める。マシンガン不死ツボアタックでは通用しないかもしれないと考えたのだろう。
体を崩して、分散して逃げようとするが、遅すぎる行動であった。
肉薄したレキ。そして遥がレベル5の雷念動を使用した。
「雷動波」
発動と共に分散しようとしていた不死ツボをプラズマでできたドームが包み込む。近距離射程で、かつ球形に発生する雷念動である。バチバチと分散する不死ツボを逃さんとばかりに雷の球形が不死ツボを包み、包み込んだ不死ツボを超高電圧で攻撃していく。
バチバチと雷光が輝き、不死ツボが破壊されていく。だが、ひび割れて耐える不死ツボも多い。レベル5であると弱点属性でも倒しきれないのだろう。
レキはそれを確認して、右腕を引き絞り
「超技星金雷光撃」
雷の球形に覆われている不死ツボへと追加攻撃を入れた。自らの付与された雷を右腕へと収束させる。打ち出された拳の衝撃は雷の渦と化して敵へと襲い掛かっていく。
プラズマの渦が放たれた拳から生み出されて、空気を焼き、雷によるダメージで動きが取れない不死ツボを渦に取り込む。
取り込まれた不死ツボはそのまま焼け焦げて跡形もなく消えていく。
渦が消えた後には、プラズマの威力でガラス状になった砂浜だけが残ったのであった。
「やれやれ、新エリアでの新システムのチュートリアル終了かな?」
倒したことを確認した遥が呟く。結局たいした敵でなかった。チュートリアルにふさわしい敵であったと、うんうん頷くゲーム脳なおっさん少女である。
「そうですね。たいした相手ではありませんでした。所詮は硬いだけの敵です。相手ではありません」
平然とした声音で淡々とレキが返答する。今回の敵は面白味がなかったですねと言っているのだろう。戦闘民族らしい感想だ。
「ご主人様、もっとも浅きにすむものどもを撃破せよ。exp40000報酬オパールマテリアルを取得しました。おめでとうございます」
ニコリと美女ならではの、美しい上品な微笑みを浮かべてサクヤが告げてくる。この人だぁれ? 多分大幅アップデートにより人も入れ替わったのではと、サクヤを疑う酷いおっさん少女である。
「LV44になったね。でも、これからは色々考えないといけさなそうだねぇ」
ボスを撃破したことにより深海エリア概念が消えていくのを感じながら、複雑になりそうな戦闘模様にウンザリと肩を落とす遥。殴って解決が一番楽なのであるからして。
「でも、まぁ、面白そうになってきたし、いっか」
花咲くような笑顔で呟き、気を取り直しておっさん少女は北の大地の初戦闘を終えたのであった。