178話 おっさん少女は苺の卸業者の美少女な娘さん
薄汚れた埠頭。大量の避難に使われた漁船が放置されている。すでにミュータントの力でエンジンが動かない漁船はただの軽油の供給基地と化している。そして埠頭の近くにある漁業組合のビルでは荒くれものが暴れていた。
いや、正確には荒くれものへ大暴れしている少女たちがいた。
「おりゃぁ!」
荒くれものたちが大勢行き交い、数人の少女と戦っている。ショットガンを持った男が、こん棒代わりに振りかぶりながらアインへと攻撃してくる。
その攻撃を余裕な表情で、犬歯が見えるように元気な感じで笑みを浮かべて、アインはショットガンの前へと右の手のひらを差し出す。
パシッと軽い音が響き、あっさりとショットガンは、差し出した手のひらに受け止められた。
「おいおい、ショットガンをこん棒代わりに使うんじゃ、中に弾がありませんと言っているようなものだぜ。おっちゃんよ?」
そう言って、ショットガンを受け止められて動揺している男へ右蹴りを腹に打ち込む。直線的に打ち込まれた蹴りにより、吹き飛ぶ男。受け止められたのも、蹴りで吹き飛ばされたのも、少女の見た目から考えられないパワーだ。
蹴りを打ち出した体勢のアインへ、横から短銃を右手に持った男が左腕からのパンチを繰り出してくる。
蹴りを打ち出した体勢のまま、くるりと左足を支点に屈みながら体を回転させて右足からの回転蹴りを相手の胴体にぶちかますアイン。短銃を持った男もさっきの男と同じように吹き飛ばされるのであった。
シノブは華麗に敵の拳を回避し続けた。数人が囲み殴ってくる。それは通常なら達人すらも回避できないだろう。この崩壊時の影響で訓練をさぼっていたとはいえ、それでも鍛えられた身体。覚えている格闘術からの殴り攻撃だ。漫画や小説ならひらひらと回避されるが、現実ならそんなにひらひらと回避するのは無理だろう。
だが、シノブは漫画や小説のような動きをした。すなわち、敵の攻撃を目の前で見切り回避する。ぎりぎりの回避であり、シノブの顔の前を殴りかかってきた拳が通り過ぎ、蹴りが繰り出されれば、まるで木の葉が風にあおられるように、蹴りをふわりと後ろに跳んで回避をする。
「まぁまぁの練度ですね。そこそこ鍛えられていたというわけですか」
涼しい顔で全て躱し、敵の評価を行うシノブはそのまま両手を鞭のようにしならせて、囲んでいる敵の顔へ平手打ちをした。
バシンと音がして、そのまま平手打ちをされた男たちはその場に崩れ落ちる。
「脳震盪をおこしましたので、しばらく寝ていてくださいね」
シノブは冷たい瞳を崩れ落ちた敵へと向けて次の敵へと対応するのであった。
わぁわぁと戦っている荒くれ者軍隊対アインとシノブ。圧倒的にアインとシノブが勝っている。何しろ、こちらはゲーム仕様。即ち、ゲームみたいに無双ができちゃう能力を持っているのであるからして。
うんうんと満足げにおっさん少女は頷いて、しがみついている英子たちへと視線を移す。
「英子さん、私は常々思っていたのですが、助さん、格さんが戦う相手はみねうちとか殴られるだけで痛い思いをするだけですよね? でも、弥七とかはザクザク刀で斬っている感じがするんです。どうなんでしょうか? あれ酷くないですかね? なんでご隠居様は弥七たちにみねうちにしろと命令しないのでしょうか?」
全く別のことを考えていた、いつも通りのおっさん少女である。実にどうでもいいことを不思議そうな表情で聞いてくる。
英子は呆れた表情をしつつ、真面目に返答をしてくれた。
「ちょっと真面目にやりなさいよ。こちらにもくるわよっ!」
真面目は真面目でも自分のことを考えた真面目な答えであった。
その返答に残念そうに思いながらも、遥は安心させるように答える。
「大丈夫ですよ。どうやら彼らは銃は使いたくない様子。それに私には敵が近寄れないのです。苺の卸業者の美少女な娘パワーですね」
へ?と英子が男たちへと視線を戻すと、うぉぉと叫び声をあげながら、アインとシノブの圧倒的力をみて怖気づいた男が、こちらへと目標を変えて駆け寄ってくる。
だが、おっさん少女へあと数メートルといった地点で、うつぶせにぱたりと倒れてしまう。
「え? なんで? なにがあったの? なんでこいつ倒れたの?」
不思議に思い冷静に周りを見ると、おっさん少女の周りにはぱたぱたと男が数人倒れていた。何かがあったらしい。
何が起こったのかと思案する英子。またしても男がうぉぉと叫びながら近づいてくるが、またもや、ぱたりとうつぶせに倒れた。
「レッキー! あんた、なにかしているでしょ! なんでこいつら、こっちに近寄ってくるだけで倒れるわけ?」
この不思議な状況は、絶対に目の前にいる少女が巻き起こしていると判断した英子が、疑問を口に出す。
「ふふふ、ご隠居には不自然に近寄れない。それが世界の法則なんですよ。おっと、もう一人」
またもや近寄る男がいたので、遥は人間が見えない速度で手を軽く振った。その視認できない速さで、敵の顎をかすらせる。その振動は、通常よりも強い振動を脳に与えて、男は気絶してぱたりと倒れるのであった。
「それにしても銃を使わないのですね。きっと使うと思っていたのですが、拍子抜けです。彼らも最後の良心があったのですね」
う~んと感慨深く頷く遥。まだ弾が入っている銃もあるはずであるのに、執拗に殴ってくる。まぁ、良心があるというか、銃弾がもったいないだけかもしれないけどと推察する。それならば銃を手放して戦えば良いのにと思うが、持っていないと不安なのだろうか?
銃を撃たないのかなぁと、のんびりと戦いを眺めていた遥。その考えがフラグをたてたのか、陰険眼鏡が空に銃を向ける。
ガーンガーンと銃声が響き、戦っている人たちが驚きでぴたりと動きを止めて、静かになる。
ドカッバキッと殴られて吹き飛ぶ男たち。動きを止めて静かになったのは男たちだけで、まったく動揺せずに気にもしないで、アインとシノブは男たちを殴り続けていた。
おぉぅ。様式美を今度教えないといけないねと、遥は嘆息する。様式美を教えて厨二病患者を増やすつもりだろうか?実に迷惑な考えをするおっさんである。
アインとシノブが止まらないのをみて、陰険眼鏡が額に血管を浮かばせて、周りに響き渡るように大声で怒鳴る。撃った手が震えているのが小物っぽい。
「お前らっ! 銃だぞ! 撃つぞ? 本当にお前らへ撃つからな? 裁判沙汰にするなよっ?」
最後の発言が気になる遥。この陰険眼鏡は崩壊した世界でも、以前の世界の秩序を覚えて気にしているらしい。たいしたものである。
なんだか、そこまで悪どくはない人たちという感じだ。冬は凍死しないように保護をしたというし、そこまでは悪くなっていないと推察する。どうやら孤島の傭兵と違う様子。
悪い奴らというか、調子にのった人たちなのだろう。腐っても自衛隊だったというわけだ。それならしょうがないなぁと、諦めて騒ぎを収めようとした時に、はたと重要なことに気づいた。気づいてしまった。
キリリと真剣な表情になり、真面目な声音で英子に顔を向ける。
「大変なことに気づいたので、退却しますね、隊長!」
「え? ここでウチをまだ隊長呼ばわり? ちょっとそれは酷いんじゃない?」
おっさん少女の言葉に動揺する栄子。その設定使う気だったのと驚愕する。ちなみにまだへたりこんで、おっさん少女のカモシカのような健康そうな脚にしがみついている。他の子供たちもしがみついているが、男の子だけはしがみつけずに、モジモジしていた。
わかる、わかるよ、少年よと遥は内心で少年が怖くてもしがみつけずに、モジモジとしていることに理解を示す。だって美少女だもんね。少年の歳だとしがみつくのは無理だ。お年頃だもの、美少女にしがみつくのは恥ずかしいだろう。
まぁ、しがみついてきたら、自然に張り倒すけど。おっさんなら、美少女の脚にしがみつくどころか、その場にいないだろう。いるだけで、あの人もウヘヘとイヤらしい顔でしがみついていましたと言われて、冤罪が発生しそうであるからして。
「使う気もなにも、苺愚連隊隊長は英子さんではないですか。隊長の英子さん」
「ちょっとウチの名前連呼しないでくれない? 酷いことになりそうなんだけどっ!」
「まぁまぁ、それは置いておいて、撤退しますね、苺愚連隊の隊長、英子さん」
英子をからかうのが、心持ち楽しくなり、大声で英子の名前を連呼するおっさん少女である。
「撤退って、勝ってるのに?」
英子が見渡すと、荒くれ者たちはほとんど倒れ伏している。倒れていない奴らも、アインとシノブの力を見て、怖気づいて後退りしている。それでも銃を使わないのは天晴なものだ。もしくは自分が銃を持っていることを忘れているか。
「えぇ、重要なことを忘れて」
「お前らっ、俺を無視するなよ! ちょっとこっちを」
遥の話に陰険眼鏡が声を被せてきたので
「えいっ、うるさいです」
遥はまたもや人間では視認できない速度で拳を振るい、気絶させる。
ドサリと白目を剥いて倒れる陰険眼鏡へと告げる遥。
「今日のことは、なかったことにしてください。というか、なにもありませんでしたよね? 意見、質問、抗議は受けません。なぜならばなにも起きなかったからです」
周りを見渡しながら、威圧をこめて言う。脆弱そうな子供のような少女なのに、その威圧感は身体が震えるほどの恐ろしいものがあった。
その威圧感に負けて、コクコクと素直に頷く荒くれ者。どちらが荒くれ者かわからない。いや、片方は美少女なので、むさ苦しい男たちが荒くれ者は間違いない。きっと聞かれた人々は満場一致で荒くれ者たちは男たちですと指差すに違いない。むさ苦しい男たちは美少女との格差に負けるのである。
荒くれ者たちが頷いたのを確認して、遥は声を発する。
「てった〜い! ここは不利になったので撤退です。銃は怖いですね。恐ろしいです。なので撤退で〜す」
そう叫んで、しがみついている子供たちを優しく引き剥がして、スタコラサッサと帰るおっさん少女。気楽そうな軽めの走りは、どう考えても銃は恐れていない感じに見える。
慌てて、子供たちもおっさん少女について、逃げていき、アインとシノブも顔を見合わせたあとに、てってこと逃げたのだった。
あとに残されているのは地面に倒れ伏した大勢の荒くれ者と、何が起こったかわからない不思議そうな表情の荒くれ者たちだけであった。
てってこと歩いて、埠頭から離れたおっさん少女へ息をきらせながら英子が追いつく。この娘、軽く走っているようにしか見えないのに、私たちの全力疾走よりも速いと胸に驚愕を覚えながら、声をかける。
「ねぇ、大変なことに気づいたって、なにを気づいたわけ?」
この娘が撤退するほどの大変なこととはなんだろうと、不安を見せて。
おっさん少女は俯きながら、英子の問いに答える。
「気づいたのです。苺の卸業者の美少女な娘に足りないものを!」
ガバッと顔を持ち上げて、真剣な表情で話を続けた。
「印籠! 印籠的なものが無いんです! なにか印籠的なものが必要なのですが、良いアイデアありませんか?」
英子はこの娘の話を聞いてへたり込み思う。この娘は思考だけは宇宙人だわ……と。
それでもなんとか立ち直った英子たちと一緒に地方港を歩く御一行。遥はキョロキョロと道路を見て珍しそうにする。
「印籠的な物はあとで考えましょう。そうしましょう。観光を先にすることに決めました。案内よろしくお願いしますね」
スキップみたいに足音軽く、会話の内容も軽く歩くおっさん少女。
それを見て、呆れた表情で答えを返す英子。
「ウチも知らないよ。ここには避難に来たんだし、観光どころじゃなかったしね」
「そういえばそうでしたね。………そういえば新しい避難民がいるとかなんとか話してましたね。今でも避難民が来るのですか?」
昨日の会話に気になることがあったことを思い出して聞いてみる。まだ避難民が来るということは、北海道にはまだまだ生存者のコミュニティがある可能性がある。
「うん。他のコミュニティの生活が厳しいとか言って、たまに来るよ」
「ミュータントはどうやって掻い潜っているのでしょうか?」
そこが気になるのだ。他にもコミュニティがある? 関東とは違うようである。
「山伝いとかに歩いてくるみたい。それでも安全とは言えないらしいよ?」
肩を竦めて答える英子の内容を考察する。なるほど、人がいない土地が多い場所は他に比べて安全というわけね。それでもミュータントたちは移動もするし、縄張りを広げる奴らもいるから安全とは言わないが、コミュニティは関東と全然違う生存率を誇る模様。多分自給自足ができる環境なのも大きいのだろう。
都市部は全滅して駄目だろうが、過疎地は無事かもしれないとワクワクする。これは北海道旅行は決定である。美味しい物もたくさんあるだろうし。
北海道旅行が楽しみになってきた遥である。ゲーム脳であるので、新エリア解放としか認識もしていないのであるからして。
「英子さん、交易ができそうな感じですね。商売の予感ですよ」
若木コミュニティに行った時のことを思い出す。たしか不思議な謎の行商人で、皆から誰だ? 謎の行商、凄い! ありがとう、謎の行商人さん!とか言われた覚えがあるような感じがしないでもないような記憶が存在する。
記憶の捏造も甚だしい。いきなり正体はバレて、色々としょうもない結果になった感じはしたが、おっさんは記憶を常にフォーマットしているので問題はない。前と状況も違うし、今度は上手くやると意気込むおっさん少女だ。
「交易ねぇ。レッキーはどこから来たわけ? 釧路とか? ウチは函館だけど」
発想が北海道内限定らしい英子。そして函館出身なのをかなり自慢にしている模様。
「私は大樹出身です。良いところですよ」
か弱そうな腕をブンブン振って、ランランランと鼻歌を歌いながら歩き返事をする。
「大樹? どこそこ? 北海道のどこらへん?」
その問いには、微笑んで誤魔化して町の中へと歩き続けるおっさん少女であった。
町の中は昨日も見たが、人々がうずくまり顔を伏せている。他の人も家の中から窓越しにこわごわと覗いてきている。
その姿は一年前を思い出した。感慨深く呟く遥。
「思い出します。初めて若木コミュニティに行った時もこんな感じでした。あそこも支援がなければこんな感じになっていたのでしょうか」
若木コミュニティは幸運過ぎたからなぁと思う。私に静香と物資の補給が半端なかった。初心者向けコミュニティだったと思う。
ここは崩壊後の一年を曲がりなりにも暮らして生き残ってきたコミュニティだ。若木コミュニティとは違い、生存してきた誇りもあるかも。
「ねぇねぇ、若木コミュニティって、なに?」
「あぁ、言ってませんでしたっけ? 子供たちを保護させた場所ですよ。良いところです」
「へぇ〜。ウチらもそこに連れていってくれるんだよね?」
遥の答えに頷いて、英子は疑問顔で尋ねてくる。
「はい。ここの仕事が終わり、貴方が望むのなら」
その返答に安心する英子。この娘の思考はよくわからないけど、アホっぽいけど、信用できそうだと感じているからだ。人の良さそうな感じがしている少女なのだ。
「その前に、交易を始めたいと思います。なにを売れば良いですかね? やっぱりお風呂?」
以前と全く変わらない思考で考えるおっさん少女であった。