177話 愚連隊を率いるおっさん少女
もう日も落ちて暗くなっている時間帯。森の頭上をドラゴンフライが飛翔して、空中でステルスモードを使い消えていく。それを子供たちは見上げながら残念な表情をしていた。
子供たちといっても、5人しかいない。残りは空中戦艦にて若木コミュニティに連れていく予定だ。あちらには支部経由で連絡済みなので、受け入れ態勢が整っているだろう。
「あぁ~、救いの船が行っちゃったよ~」
両手を頭の後ろに組んで残念そうな表情で英子が消えていったドラゴンフライを見上げながら呟いた。連れていった子供たちには、あとで英子たちも合流するからと、言い聞かせてある。離れ離れになるのは寂しがったので。
それを遥はニコニコ笑顔でフォローする。
「観光案内とこのコミュニティの解放が終わりましたら報酬をお払いしますよ。あちらのコミュニティではお金がないと辛いのです。なので、お支払いする報酬は絶対に役に立つはずですよ」
その言葉を聞いて、疑わしそうにしているが半信半疑なのだろう英子は頷いた。周りの子供たちも頷いている。
「それに先程お渡ししたワッペンがあれば、よほどのことが起きない限り安全を保証します。それと」
遥は後ろに立っている人たちへと視線を向けて答える。
「アインとシノブがいれば大丈夫でしょう。うちの番頭さんたちです」
アインとシノブ。今回は子供たちが危なくないように二人を連れてきたのである。
アインは快活に、にっかりと笑い子供たちへ挨拶をした。
「よろしくなっ。なにアタシに任せれば大丈夫さっ」
「よろしくお願いします。シノブと申します。普段は店で番頭をしています」
真面目な顔で硬い挨拶をするシノブ。二人とも偽装済みであるので薄汚れた服を着ているようにしか見えない。
その二人を見て英子は遥へ感想を言った。
「ねぇねぇ、ウチさぁ、いつも思うんだけど、出世頭の番頭が引退したご隠居と日本を巡る旅行って完全に左遷じゃない? 出世街道から転がり落ちていると思うんだけど」
ポンと手をうって、遥も英子の言葉に納得した。テレビを見ている時は贅沢な旅行だと思っていたが確かにその通りだ。ご隠居と実際に旅行に連れていかれたら、出世はもう無理に違いない。なかなか良い目を持っているギャルだと感心した。良い目どころか、曇りすぎて前も見えない目をもつおっさんなだけに。
「でも、あれは設定ですからねぇ。本当にそうだったら帰ったら出世させるとか約定を結んでいるのかもしれません」
所詮はテレビの内容だ。現実では約定とかがあるだろう。まぁ、そもそも江戸時代にあんな贅沢旅行は誰もできないと思うが。あの人たち為替を受け取るとき、いつも100両とか受け取っているんだよ。ちょっと贅沢しすぎで息子は頭を悩ましているだろうことは簡単に想像できる。
「まぁ、そんなことより今日の寝床に戻りましょう。簡易ベッドも持ってきましたし」
そう答えるおっさん少女は手ぶらである。その姿をじろじろと英子は観察をして、今の発言を聞き
「はぁ~。お任せしますよ、ご隠居さま」
何かを諦めた声音で倉庫へと向かう英子。ぞろぞろとついていくおっさん少女御一行であった。
外は暗く月明りのみで、人工的な灯りは埠頭付近にある漁業組合のビルだけが煌々と灯りを点けていた。それを見ながらのんびりと歩いていくと英子が苦々しそうに言ってくる。
「あの漁業組合ビルがあいつらの本拠地ってわけ。避難してきて動かなくなった漁船から軽油を抜いて自分たちだけ贅沢に使っているんだよ」
その答えはなかなか崩壊後のシチュエーションにふさわしいとワクワクする遥であったが、どうしても気になることがあった。
「なんで、漁業をたったあれだけの人数で支配できるんですか? 正直、ここから少し離れた場所で釣りをすればいいではないですか。ゾンビたちから隠れながら」
そうなのだ。ここは小さな港であるが、それでも30人だか50人だかの人数で支配しきれるわけはない。いや、この港だけなら大丈夫だろうが、少し離れればいいだけだ。ゾンビが寄ってくるから銃も使えないだろうし。
なので、なぜ漁業を支配されているかが疑問であったのだ。その疑問を聞いてみた遥である。
それを聞いて英子は小さく頷きながら返事をする。
「最初はそう思って、少し離れれば大丈夫だとみんなで港から離れて釣りをしていたわけ。ううん、違うか。最初レッキーが言うとおりにみんな普通に魚釣りをしていたから、奴らも調子にのって漁業の支配なんてしなかったし、できなかった」
はぁ~とそこでため息を吐く英子。あれれ?今、私のこと、レッキーって呼ばなかった?と気になるおっさん少女。なんなのかな?今のは綽名かな?
レッキーって、なぁに?と聞きたい遥をスルーして英子は話を続ける。
「でも、数カ月過ぎた頃かな? ここから少し離れた場所に釣りのスポットみたいな場所があってさ、なんていうか、ほらよく見るじゃん? ちょうど小魚がたくさんいるような窪まった場所。自然の洞窟があってさ、綺麗な岩だらけの浜辺」
ふんふんと頷く遥。よく見ないですよ? テレビの中の話ですか? おっさんは十年は海に言ってなかったからね? この間久しぶりに行ったんだからと、都会者と地方の人の違いを感じ、同意できない意見であるが、それは言わずに話の続きを聞く。
「そこでみんなで釣りをしていたわけ。そうしたらいきなり何もいないのに………人の頭が無くなったんだ。そんで、ニュッてゲームで見たことがあるモンスターが空中から湧き出てきたの。たしかサハギンだったっけ」
おぉ、なんとサハギンですが、懐かしいと遥は驚く。たしか浄水場エリア解放時に出てきた敵だ。空中を水の中にいるように潜航して戦う敵。一度しかそういえばアクア系は使わなかったなと思い出す。やっぱり水中用は不遇だねと。
「後は地獄だったよ。そこら中からサハギンが現れて、釣り人がたくさん食べられたの。私たちは子供だから食い甲斐が無いと思ったのか、狙われたのは太っていた人とか大柄な人だったから、命からがら逃げてきたの。そんで、あとは安全な場所は港しかないということになって、あいつらが支配を始めちゃったわけ。理解した? レッキー?」
うんうんなるほど理解しました。進化したミュータント。ここら辺ではサハギンだったのだろう。そして逃げ切れたということと、この街が襲われていないことから、縄張りから出てこないタイプなのだろうと予想する。あと、理解できないことが一つ。私はレッキーで決まりなのかな?
「はっ! サハギンなんか、アタシがサクッと倒してやるよ」
「そうですね。私たちの敵ではありません。ひらきにして倒しましょう」
アインは腕を曲げて、シノブは腕を軽く胸の前で組んで自信満々にそんなことを言う。
わかりやすいフラグをたててくれてありがとうと、苦笑と共にうんざりと肩を落とすおっさん少女。なぜ自然にフラグをたてる会話ができるのか。そういう会話は小説やアニメでお腹いっぱいな感じである。
フラグは綺麗にたって、遥の右前のウィンドウが開いてサクヤがにこやかな微笑みで告げてきた。
「ご主人様、たった今ミッションが発生しました。もっとも浅きに住むものどもを撃破せよ。exp40000、報酬? ですね。単体モンスター撃破ミッションです」
おぉう、単体モンスター撃破ミッションかと驚く。体感的に単体モンスター撃破ミッションは通常クエストより敵が強い感じがするのだ。たぶん一ランク上か二ランク上だ。
そして警戒感も湧く。気配感知にはサハギンは感知されていない。看破は視界に入らないとわからないというわけではない。気配感知と連動して看破されるのである。それなのに物理、超術両方看破はレベル5であるのにサハギンは感知されていない。これは面倒な敵かもしれないと。
サクヤのミッション発生連絡はアインとシノブにも、しっかりと伝わった。
「あ~、これは失敗したか?」
「むぅ、反省しないといけませんね」
ポリポリと頬をかきながら、アインが額に一筋の汗をかきながら言ってきて、シノブも顔を俯けて答える。
「え? なになに? なにか起こったわけ?」
ウィンドウが見えない子供だけは、急に落ち込み始めたアインとシノブを見て戸惑う。
それを遥は軽く顔の前でおててをひらひらとふって誤魔化した。
「二人はお弁当を忘れたみたいで落ち込んでいるんです」
誤魔化し方が物凄い雑なおっさん少女である。
絶対にそうじゃないでしょと英子は思ったが、このアホっぽい美少女にツッコミをすることは諦めて嘆息するのみにとどめたのであった。
薄暗い倉庫で、ポンとアイテムポーチからベッドを取り出して、んしょと寝始めるおっさん少女。もはやフカフカベッドじゃないと寝られないので、仕方ない。何が仕方ないかはわからないが。おっさんはちゃんとした布団かユラユラ揺れる電車の中でしか、ぐっすり寝られないので仕方ないのだ。
布団に潜りながら、いきなりベッドが出現して驚いて呆然と立ち尽くしている子供たちへと眠そうな目で視線を向ける。
「明日から観光案内をしてもらうんですから、もう寝ましょうよ。ベッドは人数分持ってきましたし」
そう言って、おててをひらひらさせて、次々とベッドをアイテムポーチから取り出して置いておく。
「はいはい、寝ればいいんでしょう。寝れば」
英子たちも諦めて寝るのであった。
日が昇り、お昼に近くなってきた頃にゴミだらけの通路をてくてくと歩いていく8人の子供たちがいた。
先頭はサングラスをかけて、懐かしのシガーレットタイプのチョコを可愛い小さいお口にくわえている。ご丁寧にロングコートを着込んで肩をいからせて歩いている。
その姿はごっこ遊びをしている子供にしか見えないが、通路でうずくまっている人々は疲れた表情で見ているだけであった。
「ほむほむ、この姿を見ても誰も何も言わないとは、皆さんお疲れなのですね」
「そりゃそうよ、もうそんな元気もないでしょ。冬を暮らしていくだけで凄い大変だったんだから。食料だって全然足りなくてなんとか暮らしていっているわけ」
アホっぽい姿で、てってこと歩いているおっさん少女を見ながら英子は答える。レキの前を歩いているアインとシノブは黒いスーツにやっぱりサングラスをかけている。どこの裏世界の人間だと呆れるが、二人とも大変うれしそうだ。レキの遊びに付き合って楽しんでいるようにしか見えない。スキップもアインはしているし。
もうどうでもいいやと、肩をおとして諦める英子。なんだか、この少女はなんでもできるような予感もするし。
そうして、てくてくとしばらく歩くと漁業組合へと到着した。
「あれ、昨日の質屋が隣にあるではないですか。ここが漁業組合だったんですね」
なるほどなるほどと納得する。漁業組合の横のビルは昨日買い取りをお願いしたというか、からかいにいったという表現が正しい質屋であった。
漁業組合の前に立っている大柄で強面の見張りがヘンテコな顔で近寄ってきたこちらを見ている。その見張りへとニコニコ笑顔で話しかけるおっさん少女。
「えっと、私はしがない苺の卸業者の美少女な娘です。今日は観光しにきました」
はぁ?と首を傾げる見張り。こんな世の中で観光?と疑問顔だ。この子はアホなのかなと。
たしかに中のおっさんはアホであるのは間違いないが。そこは気にせずに遥は話を続ける。
「で、今日はここを支配しているという人たちのところへ苺愚連隊隊長斉所英子さんに案内してもらったわけです。ほっほっほっ」
なんで観光?というかなんでそんなマフィアみたいな恰好しているんだ? その恰好をしているお前が隊長じゃなくて、そこに諦めたような他人な顔をしていた普通の格好の少女が隊長?と、もうどこから突っ込んでいいのかわからないおっさん少女の演技であるが、それを耳にした英子は心底驚いた。
「ウチが隊長!? レッキーが隊長じゃないの!? というか、隊長じゃなかったらなんでそんな恰好をしたわけ!?」
「えぇ、だって私は観光客ですよ? この格好はたまたま着たかった気分だったんです」
待っていたツッコミがきて、口元をにやにやさせながら答える、もう手遅れかもしれないおっさん少女。
「ちょっと、ちょっ、まっ」
「あぁ~ん? ガキのごっこ遊びならよそでやれ! ガキどもっ!」
英子の言葉にかぶせて、怒鳴る見張り。
「この状況でごっこ遊びをする子供がいるわけないだろ、おっさん」
見張りは横から聞こえた若い少女の声に、はっと視線を向ける。そこにはいつの間にかアインが立っていた。
いつの間にと驚く見張りは、もっと驚愕する。アインの手には腰につけていた短銃があったからだ。
短銃を弄びながら、アインはニヤリと健康で元気いっぱいな顔に笑顔を浮かべて言う。
「この短銃、2発しか弾が入っていないじゃん。なんで全弾いれておかねぇの?」
そしてアインは空へと銃を向けて、軽く引き金を連続でひいた。
パンパンと軽い銃声が響いて銃弾が撃ちだされた。
それを見て見張りは驚き慌てる。
「お、おい! なんてことしやがる! 貴重な弾丸なんだぞ!」
「ははぁ~ん、そなたら、既に銃弾が尽きかけているのですな?」
慌てる見張りは、後ろからの声に振り向くともう一人少女が立って、納得するように頷いていた。
ぎくりと体を震わす見張り。どうやら図星らしい。
「まぁ、そうでしょう。一年間補給もなく戦い続けていたら銃弾なんかあっという間に尽きますよね。というか反対に一年もったのが驚きです。よほど節約していたんですね」
にこやかに遥が笑う。銃がこの街を支配する重要な切り札のはずなのに、実際はもう尽きかけていたようだ。
それならば銃弾が無くなるとどうなるでしょうねと遥はによによと楽しそうに微笑む。
ちらりと遥が漁業組合ビルを見ると、次々と強面の兵士が出てきた。今のアインの撃った銃声を聞いて飛び出してきたのだろう。アサルトライフルを構える者。ショットガンを持つ者。短銃を腰につけている者と様々だ。
「でも、どれだけその銃には銃弾が残っているのでしょうか? 実はもはや銃弾は街を守りきるほど残っていないのでは?」
武装している集団を見て余裕綽々なおっさん少女である。そのおっさん少女の前に武装集団の中から一人の痩身の男が前に出てきた。黒縁メガネをかけた神経質そうな男である。
その男は陰険そうな目つきでこちらを睨んでくる。遥は陰険眼鏡と綽名を付けることに決めた。第一印象で綽名を決めるおっさん少女。
「なんだ、お前? ここがどこだかわかっているのか? この街を守る偉大なる俺様の本部だぞ」
凄みながら威圧感を出して、一般人なら恐怖を感じる声音で陰険眼鏡は問いかけてくる。
「イダイナルオレサマという名前なんですか、どうもこんにちは。私はしがない苺の卸業者の美少女な娘です」
微笑みながら返事をする遥へと額に血管を浮かべて怒鳴る陰険眼鏡。
「ふざけてんのか! ガキだと思ってたら舐めた口をききやがって! おい、こいつらを痛めつけろ!」
じゃかじゃかと銃を構えて、こちらをにやけ顔で見る武装集団。
それを見て、ひぃぃと英子たちが後ろで震えあがるが、遥はニヤニヤと嬉しさ爆発であった。やったね、今日はホームランさ父さん気分である。こんなにテンプレで動く人間が現実でいるとは考えられなかったのに、いたのだから。
なので、遥も言いたいセリフトップテンの一つを口にする。
「アインさん、シノブさん、少々この人たちをこらしめてやりなさい」
「あぁ、了解だ!」
「承知」
なんだか、シノブは忍者っぽくしようとキャラ付けを少しずつしているんじゃないかなという疑いが頭に浮かぶ、実にしょうもない思考をするおっさん少女である。
「やっちまえ!」
陰険眼鏡の合図で、武装集団がこちらへと駆けてくる。ドスドスと足音荒く近寄る武装集団は恐怖を感じるのだろう。おっさんなら逃げてロッカーにでも隠れるだろう。そして隠れている所は見られており、引きずり出されてぼこぼこにされる。そこまでが様式美である。現に英子たちは自分よりも背丈が低くて小柄なおっさん少女にしがみつくように後ろに隠れて恐怖に震えている。
そうそう、こんなシチュエーションを望んでいたんだよ。新エリアでついに実装されたんだねとゲーム脳であり、満足げな表情で嬉し気に近寄ってくる武装集団を見るおっさん少女であった。




