175話 子供の集団に囲まれるおっさん少女
潮風が匂う海辺の街。南部の地方港。漁船は動かなくなった後は、放置されてメンテナンスを行われることなく錆びついていっている。道路にはそこかしこに放置された車両や、ゴミにしか見えない屑鉄などが散らばっている。暗い表情で道端に寝転んでいる人々もちらほらと見えて、ドラム缶には焚火が中で燃えていた。
こんな大変な世界を1年も生き残っていた人々がそこには暮らしていた。
そして今、おっさん少女は年端もいかないと見える薄汚れた子供たちの集団に囲まれていた。多少痩せてはいるしお腹は空いているだろうが、死にそうなほどやつれていたりする子供は見えない。
遥は子供たちに囲まれながら強く思う。
開放された新マップはなかなか素晴らしいロケーションだと。これは楽しそうなイベント満載じゃない?とゲーム脳なおっさん少女はワクワクドキドキであった。
なにしろ、一見華奢で小柄なレキを囲むように子供たちが絡んできたのである。まさか現実でそんな日が来るとは思わなかったおっさん少女。
どうやら1年という月日は人々の心を荒ませるには充分な時間だったみたいである。
囲まれた子供たちのリーダーっぽい少女へと答える。
「いいですよ。私に勝てましたら」
そう言って眠そうな目で囲んできた相手らを見渡しながら、薄く笑う。もうテンションはマックスアゲアゲ確変万歳だ。きっとパチンコなら閉店まで玉が出続けているだろう。
そんなおっさん少女の答えを聞いて、子供たちは一斉に襲ってくる。それを簡単にのしながら、強者の余裕を見せてフッと微笑むまでが遥の考えたストーリーだった。
だが、遥の返答を聞いた子供たちは囲むのを止めて、リーダーとヒソヒソ話し始めた。
「やばいよ、リーダー。あいつきっと強いよ」
「うんうん、私、漫画でこういうの見たことあるよ。あっさりと囲んだチンピラは負けちゃうの」
「きっと簡単に俺らはやられて、フッとか強者の微笑みを向けられるんだ」
「土下座して食べ物を分けてもらおうよ」
ヒソヒソ声はもちろん遥の耳に入ってきた。人外のステータスを持っているので当たり前だ。
そして憤る。小説や漫画を参考にするのは禁止でしょ、NGでしょ、ズルいよそんなのと。
常に小説や漫画を参考にして行動するおっさん少女は自分のことは忘れて憤った。なんで現実はこんなに世知辛いの。参考物件多すぎでしょ。そりゃないよ。頑張って、頑張ってよ。ここで諦めたら、いつ頑張るのと。
常に最近は頑張らないおっさんは、どっかの塾の講師みたいなことを考えながら見ていると、相談が終わったらしく、こちらへとまた子供たちは視線を向けてきた。
ぞろぞろとこちらへと視線を向けながら、整列するように動く。
おおっ! 頑張ることに決めたのかなと、キラキラ瞳を輝かせて、相手の行動を待つ。
整列が終わった子供たちは一斉に動いた。
「お願いします! そのリュックの中身を分けてください!」
バッと深く頭を下げてお願いをしてくるのだった。
「はぁ〜、そうですよね。世の中、こういうものですよね」
どうやら子どもたちは正しい選択肢を選び取った模様である。嘆息して、テンション下げ下げの激熱を外したような疲労感に襲われるおっさん少女であった。
しょうがないから、情報と交換ですよと告げると、喜んで子供たちはぞろぞろと歩き、おっさん少女を案内して、シャッターが壊れて捲れている倉庫へと連れてきた。
おおっ、ここで寝泊まりしているのかと、崩壊後の世界観に相応しい住居を見て、興奮するおっさん少女。気分はアトラクションに来た少女である。中身は年齢不詳なおっさんだが。
皆が期待しながら見てくるので、遥はリュックをひっくり返す。ガラガラと缶詰がたくさん出てくるので、ワッと子供たちは集まって目を輝かせて缶詰を手にとった。
そしてなんの缶詰なのかを、ラベルを見て肩を落とす。
「アンタ、これなに?」
リーダーのギャルが睨みながら聞いてくる。かなりの期待感を持っていたのだろう。かなり恨んでいる様子。
「富山の空気ですね」
質屋に言ったことと同じ答えを遥は可愛らしい笑顔を浮かべて答えた。その笑顔は極めて愛くるしく魅力的ではあった。
しかし、その笑顔には誤魔化されず、ギャルは怒鳴りながら、缶詰を手に詰め寄ってきた。
「うちらを馬鹿にしているわけ! なんで空気の缶詰なのよ。食べれないじゃない!」
「美味しい空気を食べてくださいよ。きっと美味しいですよ」
そう飄々と罪悪感なしに答えた遥へ、ギャルは息を吸い込んでさらに大きな声を張り上げて怒鳴ろうとした。が
んしょんしょと、ラベルを読めなかったのだろう。8、9歳ぐらいの少女がプルタブをキラキラとした瞳で開けていた。
その少女を見て、哀れみを覚えたギャルが慰めの声をかけようとしたとき、少女から泣き声ではなく、歓声があがった。
「わぁ、パンだ! おいしそ〜」
少女の缶詰から、ポヨンと柔らかな蒸しパンが現れた。喜んで少女は口へと蒸しパンを運ぶ。そして満面の笑みを浮かべた。
「あま〜い! 美味しいよ、おねぇちゃん!」
パクパクと食べ始める少女を見ていた他の子供たちは、空気の缶詰だと思い、投げ捨てた缶詰を慌てて拾って、同じように開け始める。そうしたらポヨンと同じように蒸しパンが出てきたので、喜びながら口に入れるのだった。
ギャルも慌てて缶詰を開けて、柔らかくて美味しそうな蒸しパンが出てくるのを驚きの表情で見つめた。そして急いで口に入れるのだった。
総勢15人はいるだろう子供たちの集団。15から7歳ぐらいの集団は遥が初めて見た最年少の生存者たちだ。
のんびりと歓声をあげながら食べている子供たちをニコニコと可愛らしい微笑みを浮かべて見守っていたら、食べ終わったギャルがこちらへと苦笑しながら近寄ってきた。
「この缶詰、空気の缶詰じゃなかったの?」
食べ終わった空き缶をぶらぶらと手にぶら下げながら苦笑をして聞いてくる。
「そうですよ。様々な空気が入った蒸しパンの缶詰です。私は違いがわからなかったのですが、貴方はわかりましたか?」
遥が口元を小さく微笑みに変えての平然とした声音での問いかけに
「ウチもわかんない。あっという間に食べたしさ」
悪戯っぽい微笑みを浮かべて、ギャルは返答したのだった。
子供たちが食事を終えたので、倉庫に置いてあった束ねられた鉄パイプの上に座り、足をぶらぶらさせながら遥はこのコミュニティのことを聞いてみることにした。
「こんなに人々が生き残っているのは想定外です。貴方たちはどうやって生き残ってきたんですか? 冬も厳しい北海道で」
その言葉に正面にあぐらをかきながら座ってギャルが答えた。
「まず自己紹介をしない? ウチは斉所 英子よろしくぅ」
肩まで伸びているセミロングの娘だ。話し方から推測するに以前は茶髪とかにしていそうな感じがする。今はボサボサの髪の毛であるが。耳にピアスをつけているのが、崩壊した世界での最後のおしゃれなのか、単につけっぱなしなのかはわからない。
だがギャルっぽい。すなわちおっさんの苦手なタイプだ。電車で同じ車両に乗ったら、そそくさと自然なようすをみせて離れるし、近寄って話しかけられたら細心の注意を払い警戒する。
ギャルとお金を払って遊ぶなど、おっさん的に馬鹿らしかったし、ゲームの方が気を使わなくていいでしょ精神だったので。
だが、それはおっさんの時の話だ。今は美少女なレキなので警戒は必要ない。するとすればおっさんぼでぃになったときである。美少女なレキに敵はいないのだ。
なので平然と動揺もしないで警戒もなく、遥も自己紹介をした。
「私の名は朝倉レキ。悠々自適な生活をして旅行を楽しんでいる、しがない苺の卸業者の美少女な娘です」
警戒はしていないが、相手を警戒させる遥の言動であった。
その返答に英子は目を丸くして驚いたが、その後に腹を抱えて大笑いをした。アハハハと笑いながら、目元に浮かんだ涙を拭って話を続けてくる。
「そうなんだ。んじゃ、ご隠居さんに、ここのコミュニティの話を教えてあげる」
笑いながら、そう伝えてくる英子であった。
笑い終わり、あぐらをかきながら、身体をゆらゆらと動かして英子は遥へと哀しそうな視線を向ける。
「んと、最初はどこから話そうか? やっぱりこのコミュニティが形成された時の話だよね」
そう言ってこちらの反応を見るので、まずはそこから聞きたいですねという意味を込めてコクリと頷く。
その反応見て、英子も小さく頷き、話を続ける。
「ここはさ、なんの変哲もない地方港なの。私たちはここの出身じゃないの。これでも函館生まれなんだから。都会でしょ? 化物がたくさん現れたときに漁船に乗って逃げてきたわけ。 最初は避難港に行く予定だったんだけど、そこは避難してきた漁船でいっぱいでさ。しょうがないから、こっちへ来たんだよ」
ちらりとこちらを見ながら反応を見てくる。遥は、ふ〜んと頷いた。なるほどね、函館港から逃げてきたわけらしい。避難港に入れなかったのは幸運だったのだろう。それだけの人々が集まっているのなら、恐らくは崩壊している。映画でもよくあることだと、うんうん訳知り顔で頷く現実と映画をごっちゃにしているおっさん少女である。
遥の反応を見て、英子は頭を仰いだ。
「ここにさぁ、両親と逃げてきたわけ。んで、ここはさ、避難港に入れなかった人々を守るための自衛隊もやってきていたんだわ」
はぁ〜とため息をついて、両手を掲げて床に寝っ転がる英子。
「でさぁ、自衛隊とウチらの両親たちで力を合わせてゾンビたちを撃退したのよ。なんとかそれで撃退できたんだけど、その時にウチの両親も死んじゃった」
ゴロンと横になり、顔を俯ける。
「後は映画のお決まりのような生活さ。ウチらは孤児で集まってなんとかして暮らしているわけ。最初は自衛隊の生き残りもまともだったんだけどさ。だんだん力があることを威張り始めて、今は外から来る難民たちや、力のないウチらみたいなのを虐める嫌な奴らになっちゃったの」
その表情は俯いていてわからないが、遥は神妙な声音で問いかける。
「冬はどうやって暮らしていたんですか? 大雪が降りませんでしたか?」
興味津々に聞いてみる。可哀想に思うが、もう過ぎた話である。なので、どうやって生き残ってきたのかが興味津々だ。
「あぁ、ここはさ、ガソリンスタンドには灯油があったし、漁船の軽油で発電機を使った暖房もあったからね。ここを支配している奴らも、こき使える手足のような人々が凍死すると困ると思ったんでしょ。ウチらも有り難いお説教と蔑んだ目つきでのご命令を聞けば、冬だけは暖房のある家に入れてもらえたんだ。毎日少ないけど、食料の配給もするしね〜」
ほへぇと、可愛いお口を開けて、話を聞いたおっさん少女は驚いた。そこまで弱肉強食の世界でもないらしい。最低限の気遣いではあろうが、少しばかりの救いがある模様だ。
その反応を見て、起き上がり、再びあぐらをかいて英子はこちらへとからかうように言ってくる。
「困っているんです、ご隠居さま〜。キャハハハ」
そして哀しそうな声音で諦めた表情で、またゴロリと転がり、泣いているようにも聞こえる、から笑いをするのであった。
ふむんと小柄な細い腕を組んで、可愛らしく首を傾げて考えるおっさん少女。
「凄いよ。本当に崩壊後の街があったんだ」
極めてくだらないことを考えていた模様。
空中に浮かぶ都市を見つけたような呟きをする。この子供たちは極めて可哀想だ。遥はバッドエンドが嫌いだし、小さな子供たちが苦しむ姿も見たくない。高校生ぐらいなら、自分でなんとかしろとも思うが、まだまだ小さな子供たちが、この集団にはたくさんいる。
ラッキーだったね。歳が若すぎてさ、と内心で思い、次の言葉を言おうとしたところで邪魔が入った。
「おいおい、美味そうなもんを食っているじゃねえか?」
壊れたシャッターをくぐって、チンピラみたいなのが3人入ってきながら、嫌らしそうに薄笑いを浮かべながら言ってきた。
ちらちらとこちらの缶詰を見ている。リュックいっぱいに持ってきたので、まだまだたくさんあるのだ。そして彼らは缶詰のラベルを見ていないので、歓声が倉庫から聞こえてきて、缶詰が転がっていることから予想した。どうやらガキどもが、飯を見つけたようだと。
「俺らにもよこしなよ。ガキたちよぉ」
凄みながら、そんなことを言ってくるので、子供たちは青褪めて、英子は子供たちの前に立ちチンピラたちを睨みつけた。
パチパチパチパチ
英子が内心怖がりながらも、貴重な食べ物を奪われまいと怒鳴ろうとしたとき、後ろから拍手が耳に入ってきた。
ん?と首を傾けて、拍手がしたほうに目を向けると、興奮した様子でさっき出会った少女が紅葉のような可愛いおててで一生懸命拍手をしていた。
そして興奮して嬉しそうにおっさん少女は言葉を発する。
「やった。やりましたよ。今度こそは今度こそですよね?」
なにに興奮しているかわからない面々を置き去りにして、ぴょんと鉄パイプから降りて、てってことチンピラたちの前まで歩いて嬉しそうに口を開く。
「いいですよ。私に勝てましたら」
そう言って、にっこりと微笑むおっさん少女であった。どうやら先程のやり直しをしたかった様子。映画の主人公を演じてみたい遥である。おっさんなら、脇役として撮影されても、上映時の編集で撮影シーンが消されているかもしれない。
そして、愚かにもチンピラたちはテンプレという言葉を知らなかった模様。
おっさん少女の態度を見て、鼻で笑い懐からすりこ木を出す。
それを見て拍子抜けする遥。すりこ木かぁ、たしかに痛そうだけど、そこはナイフとかじゃないの?と考えるが、現実だとこんなものだろうかと思い直す。崩壊前はナイフの所持は厳しかった。包丁ならと思うが、薄く簡単に割れそうな包丁と頑丈なすりこ木を考えるとすりこ木を選択したのだ。たぶんゾンビとの戦いも頭にあるに違いない。
「いいじゃねぇか! このガキが! 殴られて泣いてから文句を言うなよ!」
叫びながら、遥へと駆けてくるので、眠そうな目で見ながらも嬉しげな声音で答える。
「良かったですね、貴方達はラッキーです。殺すつもりではないご様子ですので」
チンピラたちへと冷酷な声音でそう告げた遥は腕をひょいと胸の前に持ち上げる。
そして近づいてきたチンピラの一人の胸を可愛く脆弱そうな今にも折れそうな腕で軽く押した。
ふわりと浮いて吹き飛ぶチンピラ。壁まで吹き飛び、凄い痛そうな床をこする音がズザザッとして倒れ伏した。ピクリとも動かなくなったので気絶したのだろう。
それを他のチンピラは馬鹿みたいに大きく口を開けて呆然とした。今、なにが起こったのか理解できない模様。
まぁ、それはそうだろう。見た目は脆弱そうな触れれば簡単に倒せそうな小柄な少女なのだ。どうやって仲間を吹き飛ばしたのか理解できなかった。
そんなチンピラたちへと近づきおっさん少女はニコリと笑った。その微笑みは魅力的であった。思わず見惚れたチンピラたちの胸にそっとおててを押し当てる。
数分後、チンピラたちは全員倒れ伏していた。
あっさりとチンピラを倒した遥は満足げに呟いた。
「ふっ、雑魚ですね。出なおしてきてください」
ようやく求めていたシチュエーションに入ることができて、嬉しかったおっさん少女であった。