174話 おっさん少女は北へゆく
割れた窓ガラス。壊れたドア。放置された車両に電球の割れた看板。アスファルトにはゴミが散らばり、鉄くずや木材の破片やらが散らばっていた。通りに目を移すと薄汚れた通路には、うずくまった汚れた人々がそこかしこに見られた。疲れた表情でうずくまって寝ている人もいるし、まだ元気な人間は獲物がいないか、鋭い目で通りを見ていた。
そこは崩壊した世界にふさわしいといえる絶望に包まれた街であった。
そんなゴミだらけの通りをてくてくと歩いている小柄な少女がいた。深くフードを被りながら、小さいリュックを背負い周りを気にすることもなく足早に歩いている。
いや、気にしていた。物珍しそうにキョロキョロと興味津々の表情で見渡していた。キョロキョロしすぎて傾いた店の看板に当たりそうになり、慌てて躱すシーンも見えた。
そうしてキョロキョロとしながら、目的の店へと到着する。昔は小奇麗な店だったのだろうか。質屋と看板には書いてある。壁はモノトーンの色をしており、中も自動ドアの中にカウンターが見えた。カウンターには目つきの鋭い男が座っている。自動ドアは動かなくなっており、蛍光灯もついていない。何より大柄な男が用心棒として壁際に立っている。崩壊前ならあり得ない光景だ。
キョロキョロと店の中も物珍しそうに観察しながら入っていく少女。
カウンターの前に到着してフードをとる少女。美しい少女である。ショートヘアの黒髪は艷やかで天使の輪ができている。眠そうな目をしているが、その瞳は美しく吸い込まれるような魅力をもつ。桜の花びらような色の唇。傷一つない肌に、子猫を思わせる庇護欲を喚起させる小柄な愛らしい体躯。誰あろう朝倉レキである。相変わらずの美しさであった。
美しくない存在が、チラチラと影に見えるのでお祓いが必要だ。退魔の人を呼ばなければならない時期に違いない。
そんなおっさん少女は偽装を使い、薄汚れた少女へと変身していた。おっさんなら偽装しなくても、くたびれて見えるから必要無いのだが、おっさんぼでぃでこんなに危険な場所に来ることは絶対にないので仕方ない。
緊張している表情でカウンターの男に話しかける。
「買い取りをお願いしますっ」
違った。まったく緊張していなく、目をキラキラさせてカウンターに乗り出す勢いで話しかけていた。
とうっとリュックの中身を勢い良くカウンターにぶちまける。ゴロゴロと出てきたのは缶詰ばかりであった。
缶詰を一つ一つカウンター越しに男は確認していき、おっさん少女へと威圧感をあらわに睨みつけてきた。
「こりゃなんだ? この缶詰はよぉ」
ひょいと、カウンターにぶちまけられた缶詰の一つを手にとっておっさん少女にみせてくる。
「富山の空気が入っている缶詰ですね」
なにか変なことがあるのだろうかと可愛く首を傾げて尋ねる遥。
眉をピクリと動かして、凄みを見せながらカウンターの男は怒鳴るように聞いてくる。
「それじゃこれは?」
また違う缶詰をみせてくる。
「岩手の空気が入っている缶詰です。缶詰ごとに空気が違うらしいです。私にはわかりませんが」
飄々とそんなことを言う。きっと空気の味は違うのだろうが、自分にはわからないので、他人に聞いてみたいおっさん少女である。
「ちげぇよっ! 俺が言いたいのは、食べ物の缶詰じゃなくて、なんで空気の缶詰ばかりなんだよ!」
バンとカウンターを両手で強く叩いて男が怒鳴る。ついに堪忍袋の緒が切れたようである。
「えぇっ! 頑張って作って……じゃなくて、取ってきたんですよ?」
「なんで空気? お前、お腹空いてるんじゃないの? 大変な思いをして缶詰を取ってきて、魚と交換に来たんじゃないの? これと交換できる魚はないからね? これとなんの魚を交換できると考えて持ってきたわけ?」
バンバンとカウンターを叩きながら怒鳴る男が店内に響く大声をあげた。
えぇ〜、缶詰ならなんでも交換してくれると言ってたじゃんと不服そうに頬を膨らませて驚くおっさん少女がいる場所は、地方港。どこかと言われたら、北海道の南部にある小さな港である。
あれからしばらく休みをとると称してゴロゴロしていた遥。基地で宴を開いたり、メイドたちと遊んだり、精神世界でレキと遊んだり、ツヴァイたちと遊んだり、若木コミュニティで遊んだり。ちなみにメイドたちの騙し討ちは無かった。まだもう少し様子を見るらしい。既にある程度のレベルがあるので、これからのことを慎重に考えないといけないレベルだとか。
遊んでばっかの遥は思った。そろそろ休暇は止めて、楽しく遊ぶべきだと。休暇と遊びのどう違うかを頭を開けて聞いてみたいおっさんである。
そして小柄な可愛いレキの身体でゴロゴロとリビングルームでサクヤとゴロゴロしながら考えた。ゴロゴロしながら、時折サクヤとぶつかり、キャッキャッウフフと遊びながら考えた。そうだ、生き残りがたくさんいそうな場所に行こうと。
なので生き残りがたくさんいるだろう場所を考えた。
「ナインさん、ナインさん、たくさん生き残りがいそうな場所はどこにあるのかな?」
鏡よ鏡。生き残りがいそうな場所を教えておくれという感じで聞くおっさん少女。自分で考えるのはノーサンキューな遥である。
「マスター、現状で生き残っていると思われるのは地方のあまり人がいない港や山間でしょう。その中でも港はかなりの確率です。まずは一番北にある場所、北海道の閑散とした港を見て回りましょう」
ふわりと可愛く微笑みながら教えてくれるナイン。相変わらず遥を甘やかして駄目にしてしまう金髪ツインテールである。でもおっさんはもう駄目なので問題ない。
「おぉ、さすがナイン! それじゃ北海道に行こう。そうしよう。ところで閑散とした港ってどこかな?」
全て他人にお任せスタイルなおっさん。そろそろ自分で考えた方がいいのではないだろうか? でもおっさんが考えるとだいたい計画性のない破綻した行動となるので、やはり考えるのは禁止にしておこう。
「では、行きましょう。まずは北海道、最初は地方港に狙いを絞りましょう。空中戦艦は修理が終わっていますので」
ニコニコと両手を顔の前で合わせて微笑むナイン。空中戦艦のおかげで一緒にお出かけできるので嬉しそうだ。既にサクヤはバナナを持って、こちらへとわくわくした表情だ。なにを言いたいのか、どんなツッコミ待ちなのかわかるので、放置の構えだ。ブンブンバナナを振り回しているけど放置ったら、放置。
そうして修理の終わった空中戦艦スズメダッシュで北海道へと向かったおっさん少女の御一行。ゲーム仕様な空中戦艦はまるでスズメが飛んでいるように、周りに影響を出さずに空を航行した。航行モードは量子ステルスモードで現代科学では感知できない潜航モードである。量子ステルスってなんだろうとテキストを見たが、量子システムの力を使い、感知不可となるステルスモードとだけあった。極めて怪しい科学力である。
そうして空中戦艦に搭乗して、南部の地方港へと向かっている途上、一応ナインに尋ねてみた。基準がちょっと気になったのであるからして。
司令席で暇そうに、ちっこい足をぶらぶらさせて、おっさん少女は何故生き残りに港を選んだのか聞いてみたかったのだ。
「ナイン、なんで港を? 山間はわかるよ。人が少ないからね。でも港はなんで? あそこは山間よりずっと人が多いよね」
なので、不思議なのだよと表情に出しながら、聞いてみた。
ナインはコーヒーを入れながら教えてくる。というか、本当にここはブリッジなのかな? ナインの机の前にはコーヒーミルやコーヒードリッパーなどが置いてある。長細い水出し用のコーヒードリッパーも置いてあった。喫茶店かな? ここは喫茶店になったのかな?
はい、どうぞとアイスカフェラテを遥に微笑み渡しながら返事をしてくれた。
「たしかに港は山間よりは人が多いです。でも逃げ場もあるんです。お忘れですか? 港には漁船があります。人が少ない港で多くの漁船。崩壊時はまだ船のエンジンは動いたはずです。ゾンビたちから逃れた人々が船で海に逃げればもしかしたらと思いますよ?」
両手を頭の後ろで組んで、背もたれに深く持たれて、遥は想像してみる。
長閑な閑散とした港。そこに僅かにゾンビたちが現れる。急いで漁船に乗って逃げる人々。海にはゾンビは入れないから逃げ切れるだろう。しかも広大な北海道の大地だ。皆急いで船に乗り込み逃げるのだ。急げ急げ。ゾンビがやってくるぞと。そして、なんとか船に乗って逃げる人々。待ってくれと叫ぶ埠頭に取り残されたおっさん。そうしておっさんは後ろから迫りくるゾンビたちに襲われて、ギャーと叫びながら埋もれ消えてゆくのだった。おっさんオブザデッド完。
なんだか最後に変な妄想も入ったけど、そんな物だろうと納得した。さてさて、北の地はどれだけ人々が生き残っているのかなと。
そうしたら意外や意外。なんと、人々はなんとか大勢生き残っていた。街上空に移動してサーチしたところ、約3200人が生き残っており、曲がりなりにもバリケードを作り、街を作っていたのだ。
どうやら他の街からの生き残りも集まり、なんとか生き残っていた模様。そこがこの間行った父島と違うところである。孤島ではないので外部からの生き残りの合流があったのだ。4000人程度の町、そのほとんどがゾンビ化しても生き残りが集結すれば、それぐらいの数のゾンビは駆逐できたというわけだ。たぶんそうだと思う。その根拠はちらちらと見える人々の武装を見てのことだが、後で確認する必要はあるだろう。
この様子なら意外と生き残りはいるのかなぁ? でも広大な大地に閑散とした地域、そして自給自足できる場所で他からの生き残りが合流できるとなると、やっぱり厳しいかもしれない。
銃持ちの外国は厳しそうだ。崩壊した世界を生き残るのに、人々同士が戦っていたりするかも。
恐らく地形やら周りに強いミュータントが生まれないことも関係する。そうなると、この地方港は地形や強いミュータントが生まれなく自給自足ができる場所なんだろう。人が少なくても強いミュータントが生まれるのはナポレオンを始めとして事例がある。というか、おっさん少女的には弱い敵でも、人々にとっては充分に強敵であるからして。
だからこそ、ここはラッキーだったのだ。そしてこのラッキーな地域に生き残りの人々が集まってきたのだ。
そんな街はゾンビによる崩壊した世界であった。少し離れた場所にはゾンビもそこそこたむろしている。最高のロケーションだとおっさん少女は満面の笑顔でブリッジの中を踊りながら喜んだ。
最高のロケーションと思うところから、ゲーム脳なおっさん少女は楽しむことに決めた。
新たなステージへと進出したおっさん少女であった。
そして話は質屋に来た時点に戻る。
この質屋は埠頭で取れる魚と街で命懸けで取ってくる様々な物を交換している。港を強い男たちが支配して漁業を制限しているのだ。
なんという非道だろうか? 人々が苦しんでいるのに、漁業を制限して贅沢をしている奴らなのだ。
これは許せんとおっさん少女はもちろん立ち上がり………はしなかった。やったね、ついに望んでいたシチュエーションだよと踊りながら喜んだのだ。
そして缶詰を持って質屋に来た。もちろん受け狙いで空気の缶詰を持ってきた。珍しいからなにかと替えてもらえるかもしれないと思って。芸人魂がハッキリと生まれているおっさん少女であった。
お笑い芸人を目指すつもりなのかは不明だが、おっさん少女はカウンターの男性に尋ねる。
「それで、これでは交換は無理なのでしょうか? 珍しいものばかりですよ?」
小首を可愛く傾げて尋ねるおっさん少女はかなり図太い。
その問いかけに呆れた表情で相手はこちらを見て怒鳴る。
「こんなもんと交換できるか! おらおら、帰れ帰れ!」
カウンターに乗っている缶詰を腕を振るい全て落として、睨みつけてくる。目つきが悪そうな感じで、おっさんの時なら、怖がったかもしれない。でも、おっさん少女には赤ん坊が睨むよりも効かなかった。平然として缶詰を拾い集める。
んしょんしょと床にぶちまけられた缶詰を一生懸命集めながら、内心で思う。
凄いよ、ここ最高だよ。カウンターの男性よ、君には80点をつけよう。
崩壊したピリピリした感じを体現する男性に対して感動するおっさん少女。まったく怒ることはなかった。
なんだが、私、惨めな崩壊後の儚い少女って感じだよね?とホクホク顔で缶詰を拾い集める。
それをカウンターの男性と壁に立っていた用心棒は不気味な表情となって見ていた。なんだ、こいつ? なんで嬉しそうに集めているんだと。
普通なら、魚と交換できなければ、一生懸命に集めた缶詰を床にぶちまけられたら、この子供のような歳なら怒るか泣くかだろう。いや、大人でもそういう態度をとる。だが、この少女は微笑みを浮かべながら楽し気に床に落ちた缶詰を拾い集めている。不気味としか言いようがない。
「それでは次はもっと面白い缶詰をもってきますので、よろしくお願いしますね」
ペコリと頭を下げる姿も愛らしく、おっさん少女は挨拶をして店をでる。後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「ふざけんな! 面白い缶詰じゃなく食い物の缶詰をもってこい! わかったな!」
それじゃ、面白くないでしょうと内心で考えながら、おっさん少女は店を後にするのであった。
てくてくと通りをキョロキョロと眺めながら歩く。完全に観光客気分な遥である。すごいよ、あそこにはドラム缶で焚火をしている。お、あそこには怪しそうな食べ物を缶詰と交換している男がいる。
崩壊後のこれこそ生存者の街だねぇと感動しながら歩いている。もはやゲーム脳なおっさんは新たなステージに来たとしか考えていない。新マップが解放されましたと言われて、ホクホク顔で向かったプレイヤーの気分だ。
「でも、ここはよくゾンビたちを全滅できたね? あれが原因なんだろうけど」
ちらほらと肩をいからしながら歩いている男を見る。横には薄汚れているが女性がいて、男は女性の腰に手をまわしながら、ニヤニヤといやらしい表情でのしのしと歩いていた。
その背中にはアサルトライフルが背負われており、服も薄汚れているが自衛隊の戦闘服だ。どうやらこの街の救世主な様子。そこらで見るので、そこそこの人数はいるのだろう。
「そうですね、彼ら自衛隊、いえ、元は自衛隊がここのゾンビを駆逐したのでしょうか? 興味はありますので情報収集が必要ですね」
ウィンドウ越しに珍しくサクヤが真面目に言ってくる。どうしたんだろう。明日は大嵐だろうか。
「極悪な集団となってしまった元自衛隊のならず者を倒すご主人様………。ちゃんと魔法少女に変身してお仕置きしてくださいね? お願いしますよ。カメラドローンの準備はOKなので。あ、ちゃんとポーズもこの間と同じようにお願いします。それとジャンプを多用しながらの戦闘をお願いします。本当にお願いしますね。ジャンプですよ? じゃ・ん・ぷ」
どうやら真面目なのはレキの戦闘シーンを見たかったらしい。真面目な表情を変えずに口元によだれを垂らして言ってくるので美人さんが台無しである。はぁ~と変態銀髪メイドは変わらないと嘆息する。
「でも、情報収集は必要だね。どうやら情報源も来たみたいだし」
そう遥は答えて、通りの陰から現れた子供の集団を見る。囲むようにしているのでどうやら何か遥に用事があるらしい。
その集団の中から女の子が前に出てきて、遥へと顔を僅かにのけぞらしながら口元をにやけさせながら言ってきた。
「ねぇねぇ、そこのチビィ~。あんたの背負っているリュックの中身、少しわけてくれない~?」
ギャルっぽい感じで、こちらへとにやつきながら言ってくる少女を見て、返事をする。
「いいですよ。私に勝てましたら」
口元を薄く笑いに変えて遥は答える。
これこそ崩壊後の世界であるとわくわくしながら、おっさん少女は集団と対峙するのであった。




