170話 おっさん少女は偽救世主と出会う
天守閣を目指すレキ。空を光輝く翼を翻させて高速で飛んでいく。そのレキの姿に気づいた敵軍。いや、最初から気づいてはいたが、超龍が殺られるまでは誤射しないように撃たなかったのだろう。
いまや、ハリネズミのように弾幕を張り、こちらの接近を防ごうとしている。
空中は銃弾と砲弾だらけとなり、弾幕シューティングと相成っていた。
だがその程度ではレキは止められない。命中すると思われた銃弾も近接しただけで爆発してその威力でダメージを与えようとする砲弾も無駄である。
銃弾はレキの身体がぶれたと見えた時には素通りしていき、近接にて爆発するも、いつの間にか範囲外へと空を移動している。
すでに雑魚のサルモンキーには見えない速度であった。それでも数を頼りに撃ち続けて弾幕を張ってくる。めげない奴らである。
「なんだか弾幕シューティングだね。私は弾幕シューティングが得意だったんだよね。三面までゲームセンターでいったことがあるよ。ゲームセンターの三面は凄いんだよ。本当だよ」
自分は弾幕シューティングが上手かったと言い張る年齢不詳の遥。何年前の話だと聞かれれば、最近は大人になったからやってないよ。ちょっと最近の弾幕シューティングは頭おかしいレベルの弾幕だから一面もクリアできないなんてことはないよ?と過去の栄光を語るおっさんであった。
三面までのクリアが栄光かと言われたらおっさんには栄光なのだ。弾幕シューティングのゲームセンター版は難しいので。ちょっと最近はおかしいのだ。あれは弾幕シューティングではなく、なにか別のゲームなのだと言い張るおっさんなのだった。
「では次は私とやりましょう、旦那様。全面クリアしますので」
小さく微笑みを見せてレキが言う。おっさんに優しすぎる娘である。
レキはそう言い放ち、空中を鋭角な機動で飛び回る。光の軌跡が幾筋にも残り、されどレキ本体の姿を敵は見つけることはできない。
「でもまずはこの弾幕シューティングゲームをクリアしますね、旦那様」
レキが一瞬空中を停止して敵の動きを見る。回避しながらもタイミングを測っていたのである。
そのタイミングとは、敵のリロードの瞬間であった。数回のリロードを観察して、次のリロードの時を待っていたのだ。戦闘民族のセンスが光る戦い方である。おっさんならきっとそんなタイミングを測るのは面倒なので、ダメージを受けながら強行突破は間違いない。計画性も無く雑な性格なので。
狙いどおりに敵の一角がリロードのために、攻撃が緩む。それを見てとったレキは次の瞬間その場所へと突撃した。
弾幕が緩む一角。リロードにて攻撃が無くなる瞬間を狙ったレキの突撃は敵の天守閣まで一気に肉迫した。
だが、そこで銀色のシールドが発生したのを察知したレキは素早く突撃のさなかで蹴りを繰り出した。突撃の威力そのままにシールドへとカモシカのような蹴り足が激突する。
「サイキックレーザー」
上乗せして超能力を使う遥。シールドがたわみ、蹴りの威力と合わせたサイキックレーザーの力により穴が空く。
勢いそのままにシールドを通過して城の壁を貫き中に入るレキであった。
ガラガラと城の破片が舞う中で、天守閣を見渡す。そこには天守閣に相応しくない広さがあった。東京ドーム一個分はあるだろう。東京ドームに行ったことは一回しかないが、多分それぐらいだと思うおっさんである。まぁ、それぐらい広いんだよ、多分東京ドーム一個分とか思えばそれぐらいでしょと適当な遥は置いておいて、レキは中へと歩みを進める。
「外の敵はサクヤたちに任せるからお願いね」
遥がウィンドウに映るサクヤへと声をかける。雑魚と戦うのはおっさん少女の軍隊にお任せだ。
「わかりました、ご主人様。ご褒美は添い寝と」
いつもの調子にのった発言をするサクヤ。だが次の一言は違った。
「たまには私の頭をナデナデしてくださいね」
にっこりと健気そうな可愛らしく微笑むのであった。
ぐはっと身体を慄かせる遥。まさかこんな搦め手をやってくるとはと衝撃を受けた。だが立ち直りにっこりと淡い微笑みを返す。
「わかったよ。サクヤちゃん」
その微笑みを見てバタンと倒れるサクヤ。どうやら遥の勝利のようだ。いったいなんの勝利かは不明だが。
あぁっ! 無人機の操作が! ちょっとサクヤ様、復活してください! とかウィンドウ越しに周りから聞こえるが幻聴だろう。だからあとはよろしくお願いします。負けないでねと、広間へと足を進めるのであった。額に冷や汗を一筋垂らしながら。
広間の中心へとてってこ歩いていくと鎧武者が立っていた。周りにはサルモンキー強化版が多数いる。
黒い武者鎧を着た2メートルぐらいの敵だ。面頬をしておりギラつく赤い目しかこちらからは見えない。
こちらを見てとった敵武者はおもむろに声を発した。
「よくきたなぁ〜。人間のくせに俺様をここまで追い込むとはたいしたものだ。どうだ? 俺様の配下にならんか? 土下座して謝れば配下に加えてやっても良いぞ?」
「申し訳ありませんが、貴方が土下座しても倒しますので潔く切腹していただいてもよろしいのですが」
相変わらずの敵へは辛辣なレキ。遥は世界の半分をあげようとか言わないのかなとわくわくしたが、敵が続けた次の言葉は違った。
肩をすくめて周りへと合図するように片手をあげる。
すわ、攻撃の合図かと少し身構えるが、違った。
大音声で叫んだのだ。
「俺の名前を言ってみろぉ〜!」
そう言い放つと、周りのサルモンキーたちが両手をあげて喝采しながら答える。
「北条早雲様!」
「北条早雲様!」
「北条早雲様!」
「北条早雲様!」
「北条早雲様!」
その喝采に気を良くして、さらに敵は言葉を続ける。
「この俺様の世界での役割はなんだぁ〜!」
またもやサルモンキーたちが喝采して叫ぶ。
「世界の救世主様!」
「世界の救世主様!」
「世界の救世主様!」
「世界の救世主様!」
「世界の救世主様!」
多分目元をピクピクしながらこちらへ視線をつけてくるので、ドヤ顔をしているのだろう敵は叫んだ。
「どうだ! 俺様こそがこの世紀末の救世主! この世界を支配するものよっ!」
ビシリと右腕を持ち上げて、此方へと指を指して宣言する。
ナポレオンもそうだったけど、世界を支配するとかセリフだけは威勢が良いやつが多いねと思いながらも………。
遥はげんなりとしてテンションだだ下がりとなった。レキは平然としているが、遥的にはガッカリだ。
「え? 嘘でしょ? こいつがここのボスのわけ? まじで? 報酬50000の敵がこいつ? 世紀末伝説のヤラレ役?」
うんざりしながら肩を落とす。これが精神攻撃なら効果は抜群だ。さっきの超龍の方がまだボスであってほしかった。
「旦那様、この敵の持つ気配は今までで最高です。間違いないと思います」
レキが優しく教えてくれるが、それは遥も感じていた。アホな言動をしながらもこいつの持つ力は今までの中でも群を抜いている。
でもなぁと思いながらも、嫌々ながらツッコミをすることにした。可愛らしい指をビシッと敵へと指して声を荒らげながら言う。
「違うじゃん! ここは小山内ダムだし、北条早雲と関係無いよね? そんでなんで世紀末救世主になっているわけ? 意味がわからないんですけど? パチモンにも限度があるんですけど!」
そのおっさん少女のツッコミに、oh〜と外人風にムカつく感じで肩をすくめて首を振りながら答える敵。なんというムカつく敵だろう。ムカつき度は今までで最高なのは間違いない。
名乗りをあげられたので名前で呼んでもいいが、なんか悔しいので言ってあげない子供っぽいおっさん少女。
「俺様の名前は北条早雲! どうやら俺様の名前を知っているようだから教えてやるが、俺様はここに祀られ死んだのだ! 多分な! きっと俺様の名前は北条早雲だったと過去の亡霊が囁くのさ。俺様の栄華は俺様が北条早雲だと自覚した時から始まったのだ!」
それはゲームとかの中の話では?というかこいつの中身は戦国ゲーム好きな世紀末救世主伝説の好きな人間だったのだろうと想像がついた。想像というか、相手の妄想だ。せめてもう少しなんとかならなかったのか?混ぜてはいけない相手を融合したのがこれかよと精神的に疲れを感じながら思う。
「もういいや。レキさんや倒しちゃってくださいな」
やる気なさげにレキへと指示をだす。その言葉を聞いて身体を半身にして身構えるレキ。
「待ってください、ご主人様! あいつの名付けが決まっていません! う〜ん………。これは迷いますね、凄い迷いますよ。邪なる者なので、間をとって、邪武としましょう! 武者ですし、邪なる猿の親玉ですし、偽救世主ですし、邪魔武者で邪武に決めました!」
さっきのショックから復活したであろうサクヤがウィンドウ越しに慌てた様子で言ってくる。名付けはサクヤのアイデンティティであるからして逃せなかったのだろう。
「おぉ! 凄いよ、サクヤ! 良いね、良いね。あいつの名前は邪武で良いね」
ナイスアイデア、それで決まったねと遥も奇跡的なサクヤのナイス名付けに賛同した。珍しいこともあるが、あれを北条早雲とは呼びたくなかった遥である。その内心を汲み取った名付けをするとはナイスサクヤ。後でご褒美を……、いや、別にいいかと頭を切り替えた。
哀れなるサクヤ。でも今までが酷かったから仕方ないとも言える。
見るとサクヤとの会話が聞こえない邪武が手を掲げて身構えていた。なんか拳法の構えである。
……何故鎧武者の恰好なのに拳法使いなのかをコンコンと相手の頭を叩きながら尋ねてみたいが自重する。
「どうやらやる気のようだな! 俺様の力は今までのお前が倒してきた幹部共とは格が違うぜぇ」
「どう格が違うか見せてもらいます」
レキも邪武に応じる。敵の素性はどうあれ強敵なのは間違いないので。少し楽しげな様子だ。
「いくぞっ!」
その声と共に床を蹴り、一気に肉迫してくる邪武。
先手をうってきた敵へと対抗するために待ち受けるレキ。
「しぃっ」
気合の入った声をあげて突撃してきた邪武へと素早く左からの軽い攻撃を繰り出す。
受けるか、流すかと思われたが邪武は驚くべき対応をしてきた。その巨体を沈めて小柄なレキのさらに下へと倒れ込むように掻い潜り懐へと入り込んできたのだ。
今までで自分より小柄な敵とは戦った経験が少ないレキ。人型では初めてであろう対応で驚愕する。
まさか自分の拳を下に掻い潜る敵がいるとは考えたこともなかった。
「ほわぁ〜! あたっ!」
呼気をして、懐に入り込んだ邪武が拳を繰り出す。掌底での攻撃はレキへの胴体へと打ち込まれた。
いや、打ち込まれようとしていた。
「念動障壁」
レキと邪武の掌底の僅かな隙間に蒼い水晶の壁が生まれる。その壁に掌底はあたり空気を震わし突風を巻き起こす。
「むぅぅ!」
その防御壁を見た邪武はさらにほとんど接地している身体を回転させて膝蹴りを繰り出した。
ギィィィンとガラスを引っ掻くような音がして念動障壁はその攻撃すらも防ぎ、またもや空気を震わすのみであった。
レキは攻撃を防いだと同時に右ストレートを繰り出す。本気である証拠に風も巻き起こさず、ただただ自然に溶け込むような無拍子からの攻撃だ。
接地するが如くの体勢を崩していた邪武は弾かれた膝蹴りの反動を利用して大きく回転して、床を蹴り空へと跳躍し後ろへ下がった。目標を失った空を切るレキの拳。
「………こいつ………パチモンのくせに強い!」
ここまで巧みに攻撃されて、こちらの攻撃を躱されたのは初めてかもしれないと遥は驚愕した。
「ひょぅ〜。厄介な技を持っているようだな。初撃で決めるつもりだったんだが」
コキコキと肩を鳴らして余裕そうに言う邪武。
むむむと遥は考える。これは少し厳しい戦いになりそうだと。でも心配はいらないかなとも考える。なぜならば………。
クスリと機嫌良さそうにレキは笑った。眠そうな目に輝きを今までで以上に灯して、小さく可憐に笑っていた。
「どうやら今までの敵とは違うみたいですね。楽しいです、旦那様」
純粋なる武術ではっきりと後塵を拝したのは初めての経験だ。レキはそこに不安も恐怖もなく、ただ楽しみだけが心に浮かんだ。
「良いでしょう。貴方が武術を私の体術で倒しましょうか」
そう言って心持ち強く床を踏みしめて構え直す。
邪武はその返答に余裕綽々で答えて、また構え始める。
「ふふふふ、俺様の一子相伝の北条の拳。たっぷりと味わって死ね」
ドヤ顔がしているのが面頬越しでもわかるほどの得意げな声。
そして遥は思う。レキさんや、盛り上がるのは良いけど、こいつピンチになったら確実に卑怯な手を使うよと。そしてパチモンの理由はその拳法の名前かとも気づいた。実にくだらないことには気づく目ざといおっさんである。
それはパチモンの運命にして宿命。絶対確実間違いなし。多分天気予報よりも確実だ。
なにはともあれ戦闘再開である。
次なる攻撃の先手はレキであった。楽しげな表情で右足で床を踏み込むと身体がブレる速さで邪武へと接近する。
それを見た邪武は、先程のレキと同じように、待ち構えている。
レキの閃光の如し左蹴りが繰り出される。その鋭さは刃の如し。通常の敵なら綺麗に斬られる蹴りだ。
しかし邪武はその蹴り足へと、ちょんと右足をあげて攻撃を合わせる。それを受けて蹴り足が浮き上がり体勢を崩すレキ。邪武はあげた右足を勢いよく床へとおろし、強い踏み込みへと変えて右手からの手刀をレキの頭へと振り下ろしてくる。
それを見たレキは崩れた体勢をそのままに身体を蹴り足の速度に合わせて流れるように回転してぎりぎり回避する。
回転したまま蹴りを再度繰り出して邪武の胴体を狙う。だが邪武も躱された瞬間に右手を身体と共に左へと大きく回転させて、左足からの回転蹴りを繰り出した。
お互いに蹴りが交差して当たると、パァンッと鋭い音が広間へと響き渡る。
それを見てとった遥はまたもや驚愕した。なにに驚愕したかというと、なんだか世紀末救世主伝説のバトルみたいだと驚愕した。かっこいい! 凄い!
レキの邪魔にならないように見学モードのおっさんは常に余計なことを考えているのであった。
そんなおっさんの感想は放置して、蹴り足が交差した二人はお互いの威力で弾かれて、くるりと回転し地面を擦りながら間合いをとった。
間合いをとった邪武は手甲に覆われた指をコキコキと鳴らしながらこちらへと感心したような素振りで話しかける。
「どうやら超龍たちが負けたのは偶然じゃないみたいだな。お前は何者だ? 人間じゃねぇだろ?」
チンピラみたいな言葉遣いなのに、凄い強い邪武が問いかけてくる。
その問いかけに静かに嬉しそうにレキは答えた。
「私は最近結婚したばかりの新婚の新妻です。私のことをわかってくれる旦那様と結婚して幸せいっぱいですね」
いつも通り、いやいつも以上に惚気の入った返答をするレキ。それだけ機嫌が良いのだろう。
「あ〜ん? 舐めているのか、てめえ。なら夫を再び独身にもどしてやるぜ!」
怒気の籠もった威圧感を伴う言葉を発する邪武。
「その言葉を多くの敵が言ってきましたが、今のところ叶ったことはないですね」
そう言って、レキは僅かに気合を入れていつものように対峙するのであった。