165話 おっさん少女は病院に行く
その後に病院へと足を向ける六人。蝶野母娘が加わったのだ。病院へ行く予約を入れていたのだとか。まだ建設した病院の中をちゃんと見たことは無かったのでついていくことにした娘っ子たち。
みーちゃんを真ん中にリィズとレキが左右で手を繋いで歩いている。その姿は微笑ましい。なんと可愛い三姉妹だろうかと、皆は思うだろう。レキといったらレキなのです。おっさんなんか知りません。
それを微笑ましく見ながら、水無月姉妹と蝶野母がついていっている。
蝶野母は妊娠初期だから、まだお腹は目立たない。
「みーちゃんはお姉ちゃんになるんだね」
眠たそうな目の中に、おめでとうという気持ちを込めて聞く。
「うん! みーちゃんはお姉ちゃんになるの。妹かなぁ? 弟かなぁ?」
うきうきと楽しそうな笑顔で産まれてくる子供の性別を考えるみーちゃんは見ていて癒やされる。
「ん、姉の心得をみーちゃんには今度教えてあげる。私の長年の経験が生んだ心得」
少し偉そうにそんなことを言うリィズは最近姉になったんじゃなかったっけ?
「うん! あとで教えてね、リィズおねーちゃん!」
桜満開のような笑顔で頷き、ぶんぶんと繋がっているおててを嬉しそうにみーちゃんは振る。
ほんわかとした空気の中で穂香が尋ねる。
「まだ病院には行ったことがないんですが、どういう感じですか、蝶野さん」
健康優良児な水無月姉妹はまだ病院へ行ったことはないらしい。
その問いに少し苦笑をしながら蝶野母は答える。
「ん〜……。なんというか、凄いわよ。見ればわかるわ」
「そんなに凄いんだ。僕も楽しみになってきた!」
晶が快活に声をあげて、ワクワクとし始める。
「凄いんだけども、凄すぎるのよ」
そう言って病院へと指差す。そこには白い外壁の普通の大学病院があった。広大な敷地に芝生があり、噴水が設置されている。ちょっと贅沢な病院だ。でもそこまで凄くはないと首を捻る娘たち。
中に入ると、おぉ〜っと声があがった。穂香がおっとりとした声音で感心する。中に入る時は自動ドアの上からなにか少し冷たい空気が流れてきた。エアカーテンによる消毒である。
「確かにこれは凄いですね」
ほわぁ〜と全員口を開いて中を見る。内装も綺麗なリノリウムの床に、フカフカのベンチソファ。壁は薄い青色で陽光みたいな光が天井から柔らかく差し込んでくる。人工とは思えない自然な光だ。中空には立体映像が映っており、受付番号を映し出している。
そしてエアカーテンもこの天井からの光も消毒の力を持つ。名前の通り空中や皮膚についている毒や病原菌を消す。そこには進化したウィルスや抵抗力の上がった菌なども存在できない。外よりも安全な病院なのだ。病院に来てインフルエンザにかかることなど絶対に無い完璧な病院なのであった。なので空中からの伝染病は存在できない。体内までは無理なのだが。
何人かの看護士が白衣を着て患者と話している。そして一メートル半ぐらいの柱が地上から僅かに浮いて走行していた。トーテムドロイドだ。
病院はその特性上、簡単な機械なら一般人でも扱えるドロイドだ。まぁ、受付のマイクや案内板の表示、そして音声によるトーテムドロイドへの簡単な指示だが。
中に入ってきた遥たちに気づいたトーテムドロイドの一機がこちらへと滑るように移動してきて、声を発した。
「こんにちは。今日はどのようなご用件でのご訪問でしょうか?」
ふぉぉぉぉと、またもや謎のふぉぉぉぉ怪人に変化したリィズは興奮の声をあげる。
それを横目に蝶野母が答えた。
「今日は妊婦の定期健診に来たの。はい、これ」
スッと蝶野母が懐から取り出したのは銀行カードに似ているクリスタル製カードだ。病院用の個人カードらしい。詳しくは知らない。なにせおっさんぼでぃ共々、状態異常完全無効な身体だし。病院に興味は持たなかったのだ。説明書を読むのが面倒だったわけではない。そんなことは決してない。状態異常完全無効な身体だからとおっさんは言い張ります。
そのカードを見て、トーテムドロイドのてっぺんが発光する。カードにスキャンをかけて判定したと思われるドロイド。
「ようこそ、蝶野様。他の方は付き添いでよろしいでしょうか?」
きちんと判断能力もある優秀なドロイドである。冷静沈着なこれぞドロイドという感じ。喧嘩が多いどこかのマシンドロイドとは違う。最近それぞれのマシンドロイドに個性があるのではと疑うおっさん少女なのだ。
「本日の健診はメディカルスキャナーによる身体の検査と正常にお子様が育っているかのチェックのみとなっております。こちらへどうぞ」
ウィーンとまたもや滑るように動き出すトーテムドロイド。
「それじゃ、ついていきましょうか。こっちよ」
来たことがある蝶野母を先頭にてくてく歩いていく。しばらく歩くと部屋の前でトーテムドロイドが停止する。
「どうぞ、こちらへ。すでに医師は待機しております。七番の部屋にお入りください」
その言葉に従い中に入ると仕切りがある小部屋がずらりと10部屋ほどあった。数字が小部屋前に記載されている。
「七番はここだよね」
興味深そうな表情で晶が部屋を覗き込むと、メカニカルな未来的回復ポットみたいなベッドがある。強化ガラスに覆われたベッドだ。今はガラスの屋根は上に上がっている。
「リィズも少し身体のチェックを行う! ここに寝ればいい?」
よじよじとベッドへと登ろうとする子供なリィズ。
「みーちゃんも! みーちゃんも!」
みーちゃんもリィズに釣られて登ろうとするので、慌てて止める。
「だめですよ、お姉ちゃん、みーちゃん。今日は蝶野さんの健診ですよ」
まぁ、子供心にわくわくするのはわかりすぎるほどわかる童心で形成されているおっさん少女だ。でもさすがに良心はある。
「そうですよ、リィズさん。お姉さんの心得を美加さんに教えて差し上げるのでしょう?」
穂香も援護射撃をしてくれるので、渋々とリィズはベッドから降りて、みーちゃんへと悔しげに話しかける。
「みーちゃん、これがお姉ちゃんの心得の一つ。皆のために我慢する」
「う〜ん…………、うん、わかった、 みーちゃんも我慢する!」
みーちゃんもリィズの言葉に逡巡しながらも頷いてベッドから離れる。
「ふふっ、早くもお姉ちゃんになってきたわね、みーちゃん。ありがとうね、リィズちゃん」
そう言ってベッドに横たわる蝶野母。邪魔をするリィズにお礼を言うとは人間ができている。
少しもしないうちに、白衣を着た美女が小部屋に入ってきた。
こちらへと軽く頭を下げて挨拶をしてきて
「こんにちは、レキ様。ようこそいらっしゃいました、蝶野さん、お加減はいかがですか?」
顔を見せたのはツヴァイお医者さんタイプ。お医者さんタイプと言っても医師スキルはない。機械操作スキルを持っている似非医者だ。調合スキルも持っている。縁の無い眼鏡をかけて、柔らかな笑顔を向けて優しく話しかけてくる。ツヴァイらしくない芸の細かさだ。金髪碧眼へと色を偽装して変えている。
ちなみに眼鏡の理由は、お医者さんなら眼鏡じゃない? 頭良さそうだし、と頭が悪い言動をしたどこかのおっさんの言動を真に受けた結果である。眼鏡をプレゼントしたからかも。
「イーシャさん、こんにちは。元気そうで何よりです」
遥はニッコリと笑い挨拶を返す。他の面々も合わせて挨拶を返し始める。
なんだか北欧系かロシア系の名前のお医者さんツヴァイである。名前は考えに考えたのだ。サクヤと一緒に。
サクヤと一緒に考えたからなのか、おっさん少女のネーミングセンスが無いのか、はたまたその両方かはわからないが、普通の名前に聞こえるから問題ない。
「先生、こんにちは。妊婦の経験は二回目だからか悪阻も酷くないので体調は問題ないです。頂いたお薬も飲まずにすみました」
にこやかに微笑み蝶野母がイーシャに自分の体調を報告する。
「それは良かったです。薬を飲まずに悪阻を乗り越えることができれば、何よりですからね」
ふむふむと頷いて、中空に浮くモニターへと手を滑らせて何かを入力するイーシャ。
まるで医者じゃん! 凄いよ、イーシャよと内心驚く遥。調合スキルがあるので医者の真似事はできるとは思っていた。健診もスキャナーで完璧に診察できるし。
ますます医者いらないなと、考えてしまうおっさん少女である。
付き添いの女の子たちは、そのいかにもな医者なイーシャの雰囲気に押されて黙っている。メカニカルなモニターが気になるであろうリィズすらも。
「ではスキャナーをかけます。終わりましたら、また来ますね」
首を傾けて、イーシャはメディカルスキャナーを操作する。ガラスケースが蝶野母を覆い、ブゥンとメディカルスキャナーが光り始めたことを確認して退室していった。
「ふぉぉぉぉ、かっこいい! この光がかっこいい!」
リィズが柔らかな光が蝶野母を覆い尽くしているのをみて、べったりとガラスケースに顔をつける。みーちゃんも真似をして顔をつける。みーちゃんの教育に悪いことこの上ないリィズ。
「はいはい、お姉ちゃん。ガラスケースから離れましょうね」
やれやれとへばりつくリィズの腰を掴んで優しく引き剥がす。隣では晶も苦笑しながら、みーちゃんを引き剥がしていた。
「むぅ、ここも凄い。ロマン溢れる施設!」
リィズはくるりと振り返り遥へと煌めく瞳を見せる。
「気持ちはわかりますが、ここは病院なんですから。大人しくしていましょう」
「大樹が作る物はいつも凄い。私も大きくなったら大樹に勤める。レキ、その時は推薦してね」
妹をコネとして使おうとする意外とちゃっかりしているリィズであった。可愛いからいいけど。くたびれたおっさんが支配しているのが大樹だとは言えない遥である。
しばらくしてガラスケースが開き、蝶野母が起き上がる。それでもイーシャは来ない。
あれ?と遥は首を傾げて不思議に思う。すぐに来ると思っていたのだ。何しろ時間に正確、性格は破綻していると思われるツヴァイシリーズなので。
「忘れられたのでしょうか? イーシャさん呼んできましょうか?」
忘れられたとは思えないが遅い。数分でも待つのは遅いと感じるおっさん少女、せっかちな娘だ。
かぶりをふって、蝶野母は遥の申し出を止めた。
「いいのよ、待ちましょう。イーシャさん、お忙しいから」
その返答に戸惑う。
「え? だって妊婦にスキャナーをかけるだけですよね? そんなに妊婦さんいるんですか?」
ちょっと男たち、はりきりすぎじゃない?私は事案が発生して通報からの犯罪者になるかもだから、手を出していないのに。我慢しているのに。美少女の頭をナデナデと膝枕と美女と一緒にお風呂と添い寝しかしていないのに。
我慢するという定義をおっさんの脳に書き込む必要があるかもしれない。
その言葉に蝶野母は柔らかく微笑む。
「違うわよ。この病院はちゃんとした医者がイーシャさん一人なの。だから忙しいのよ」
そう言う蝶野母の言葉を耳にいれて思う。イーシャという名前は短絡的過ぎたなと。でも後悔しても今更改名も無理だ。お医者さんのイーシャでとおすしかないと。常にいらんことをするおっさんであった。
それに変なことを蝶野母は言ってきた。
「医者が一人? そんなことはないはずです。たしか産婦人科のお医者さんがいたはずです。彼女はどうしたんですか?」
もしかして早くも忙しくて退職したのかしらん? それは困ると思う。
「いいえ、マシンを使わない健診の時は、そのお医者さんが相手をしてくれるわ」
「なら、問題はないはずです。まさか1000人とか妊婦さんがいるわけではないですよね?」
1万人ちょいのコミュニティで1000人の妊婦では、ほとんどすべての適齢期の女性が妊娠した計算となってしまう。そんなことはあるまい。
せいぜい100人ぐらい、多くて300人ぐらいかな?と思っていたのだ。他はまだ働くので一生懸命だと考えていた。それならば日にちをずらして健診すれば、忙しいと言っても限界があるだろう。
ん?と首を傾げて、そこで気づく。受付ロビーに患者さん多くなかったかと。なんだか妊婦さん以外にもいたような記憶があるぞと。
「そうね、妊婦は詳しくは知らないけど、そんなに多くはないはずよ。それ以外の人。すなわち普通の病気の患者さんね」
困った顔で答えてくれる蝶野母。それはおかしいと遥が反論しようとしたとき
「お待たせしました、蝶野さん」
小部屋にイーシャが入ってきた。そこで話は一旦終わり、イーシャの健診結果を聞くことにする。
イーシャはメディカルスキャナーのモニターを空中に浮かせて内容を確認する。遥もできるけど、そこは言わない。面倒なことにもなりそうだ。
うん、と軽く頷いてイーシャは蝶野母へと向き直り笑顔を向ける。
「問題ありません。母子共に健康ですね。次は2週間後の健診となります。受付で予約を入れておいてくださいね」
「はい。ありがとうございました。先生」
蝶野母も頭を下げてお礼を言う。それではと、イーシャはあっさりとおっさん少女に声もかけずに行ってしまう。あれれ? イーシャは本当に忙しそうだと遥は感じた。
「それじゃ、続きの話は外でしましょうか」
蝶野母の言葉に従い、外に出る面々であった。
噴水から日差しにきらめく水が噴き出す。その水がパラパラと散って光り輝く。それを見て、キャーキャーとリィズとみーちゃんが嬉し気に騒いでいる。
遥たちはその無邪気な様子を少し離れたベンチに座りながら見ていた。
「レキちゃんの言いたいことはわかるわ。イーシャさんが忙しくなるわけはない。なぜならば治りにくい病気以外は薬であっさり治るから、でしょ?」
こくりと可愛く頷き同意する。治りにくい病気も実はメディカルポッドならあっさり治る。でもそれだと自分の身体を大事にしないと思われるので、その機械の存在は秘密にして少しずつ病気が治る薬で我慢してもらっているのだ。現代医術では治らない病気だったのだ。治るだけ全然マシである。
「その通りです。薬があり、メディカルスキャナーもあります。それをサポートするトーテムドロイドもいます。イーシャさんが忙しくなる理由がありません」
その当然と思われる答えを聞き、ふわりと優しく微笑みレキの頭を撫でてくる蝶野母。
「そうね、合理的に考えればそうなるわ。でも、人間というのはそれだけではだめなのよ」
言葉を区切り、噴水で遊んでいる二人を見つめる。そして再び口を開く。
「………崩壊時の影響はね、ずっと根深いものなの。人々のトラウマになっているわ。その後の暮らしもそうね。ストレスと精神の変調による様々な病………。機械では絶対に無理な治療法」
そこで真剣な顔を遥たちへ向けて
「そういう人たちはね、安心感を求めて人間のお医者さんに頼るのよ。機械の合理的な対応では絶対に治せないの。人間は機械ではないのだから」
はぁ~、なるほどねと納得する。確かにトーテムドロイドと美女なイーシャのどちらが癒されるかというと機械フェチでなければ、イーシャだろう。美女の勝利は当たり前だ。おっさんだと機械に負けるかも。
でも、イーシャもマシンドロイドなんですけどと考えるが、これは言ってはいけないNGワードである。
「だから、医学全般を学んでいるイーシャさんに皆頼るのよ。一人しかいないお医者さん。お忙しいのは当然理解しているけど、彼女が愚痴を言っていることを聞いたことがある人もいないし、笑顔を絶やさない優しい人と専らの噂よ。その聖女みたいな優しい姿も相まって皆がイーシャさんに頼ってしまうのね」
イーシャめ、医学全般を学んだと見栄をはったのか。でも、調合スキルがあるので嘘でもない。そして産婦人科のお医者さんでは、人々も不安だろう。
「はぁ~、それではイーシャさんは大忙しですね。今度なにか差し入れをしましょう」
なんかご褒美をあげようと記憶しておく。そんなに忙しいのでは可哀想だ。
「あの、レキさん、お医者さんは大樹からもっと呼び寄せることはできないのでしょうか?」
「そうだよ! そんなに忙しいとイーシャさんも倒れちゃうかも! そうしたら大変だよ!」
穂香と晶もその話を聞いて、なんとかならないかと拳を胸の前で握って真剣な顔で聞いてくるが
う~んと腕を組んで迷ってしまうおっさん少女。
「お医者は大樹でも物凄い貴重なんです。なので一人でも若木コミュニティにだせるだけでも驚きです」
「やっぱりそうなの。どこでも医者は貴重なのは変わりないのね。それにイーシャさんのような人は医者の先生の中でも珍しいほどの人格者だしね」
疲れを感じないマシンドロイドですので、愚痴を言う必要を感じないと思うのですとは考えるが、それでも働きすぎだ。でも、若木コミュニティに来たがるツヴァイが最近減っているんだよね。前は結構いたのに、今回のイーシャも推薦に次ぐ推薦でバトルに負けた娘がなったみたいだし。
その理由はわかりすぎるほどわかる。大きな戦闘が近いと知っているからだ。置いていかれてはかなわないと考えているからだ。
「どこも人手不足なんですねぇ」
嘆息と共に返事をする。これは地方の生存者を集めないといけないかもしれない。
そこで、ウィンドウが開く。左にナイン、右にサクヤが映る。
「マスター、空中戦艦の改修が終了しました。戦闘準備を開始できますよ」
花咲くような癒される笑顔で金髪ツインテールの美少女ナインが報告する。
「ご主人様、もう空中戦艦には漫画を多数入れておきました。おやつも300円まで買っておきました。到着までのんびりと行けますよ」
小悪魔な悪戯好きな笑顔で銀髪メイドの美女サクヤが報告してくる。
「それならば、そろそろこの間の借りを返しに行こう。たっぷりと利息をつけてね」
待っていた報告である。要塞ダムを破壊しなければ安心して地方を探索には行けないのだ。
戦意に溢れた笑顔を浮かべて、おっさん少女は戦いの準備をするのであった。