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コンクリートジャングルオブハザード  作者: バッド
12章 一休みしよう
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159話 高層マンション攻略戦

 調子の外れた歌声が上の階から聞こえてくる。平時で聞いたならば、音痴な鼻歌だと苦笑いするだけのことだ。だが、一転放置された外の世界で聞いたならば危険な歌声となる。


 大樹は問題として見ていない敵。防衛隊が名づけたゾンビ。すなわち、それは………。


 音をたてないように、そっと階段を登る。重量のある金属製の武器を持つ蝶野たちには難しいが、気づかれる可能性を低くしたかった。


 なんとか埃に塗れ、汚れが目立つ階段を登りきる。あと数階で生存者たちのいる階層のはず。その証拠に上の階段はスーパーの金属製の押し車が大量に置かれたバリケードがはられており、他の方法で上の階へと登らないといけないようだった。


 壁を背に、隠れながら静かに気づかれないように廊下を覗き込むと、ボロボロの服を着たゾンビが歩いていた。動きは普通の鈍い歩き。耐久力も感知能力も低い一見ただのゾンビだ。


 だが、防衛隊の面々は知っている。その特性を。初めて出会った時にはかなり苦労して倒したのだ。そしてゲーム好きだった隊員がそのゾンビに名前をつけた。


 その名前とはスクリーマー。大群の中にいては意味を持たない特性を持つゾンビ。常に大群と戦い強い耐性を持つ大樹には認識すらされていないゾンビ。防衛隊のように少数のゾンビを駆逐する者だけが、その恐ろしさを認識するゾンビである。


 鼻歌が特徴のスクリーマーを見て、そっと腰につけてあるコンバットナイフを俺は抜いた。気づかれないように倒すのが一番ベストだからだ。


 逆手にコンバットナイフを持ち、スクリーマーの動きを予想する。一瞬でも足取りを止めるのを待つ。


 少ししてスクリーマーの足が止まる。何かを探すように周りをキョロキョロと確認するスクリーマーを見た俺はすぐさまコンバットナイフを投げた。


 音をたてずに、スクリーマーの頭へと命中して、致命傷になったのだろう。崩れ落ちるように床にスクリーマーは倒れた。


 いつの間にか額に汗粒が浮き出していたので、指で拭う。どうやら自分で思っていたよりも緊張していたようだ。部下を見て告げる。


「よし、スクリーマーは片づけた。あと少しで生存者の」


 いる場所だと話は続けることはできなかった。ひょっこりと通路の奥からもう一人ゾンビが現れたからだ。


 いや、ゾンビであればよかった。それは鼻歌を歌いながら現れた。調子の外れた鼻歌を歌いながら、もう一人いたスクリーマーは、片づけたと判断して階段から通路へと飛び出していた俺たちをその不気味な白目でまじまじと見た。


 そうして耳元まで裂けるような大きな口を開ける。死んでいる人間なのになぜか空気を吸い込む音が聞こえてくる。


「まずいっ! 全員気を強くもてっ!」


 そのアクションがなんの事前準備なのかよく知っている。なにせ初めて遭遇した兵士は誰かというと自分だからだ。


「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 スクリーマーが叫ぶ。その大音声は空気を震わせ、こちらの鼓膜を通して脳を揺らせた。


 耳が大音声でキーンと鳴り、視界がふらふらと揺らぐ。自分が何をしていたのかがわからなくなる。武器を持っている感覚も、地上に立っていることすらも曖昧となっていく。

 

 最初の遭遇戦ではそうなった。噛まれていることにも気づかず、少し離れていた仲間が俺を噛み殺そうとして首元へと牙を突き立てていたゾンビを倒してくれなければ死んでいた。その証拠に不可視のシールドを張る若木ワッペンは砕け散ったのだから。あの時、ワッペンがなければ自分も死んでいた。


 スクリーマーは恐るべき大音声を発して、人間の感覚を一時的に麻痺させる能力を持つとその後に知った。


 俺は唇を噛み切り正気を保つ。鉄臭い血の匂いが口の中に広がり、朦朧とした意識が急速にクリアとなる。視界が戻ると部下たちは床に膝をつけて耐えていた。倒れないだけでマシな結果だ。それだけ修羅場を乗り越えてきた面々だ。


 スクリーマーを大樹が問題にしないのは簡単な理屈だ。この攻撃が純粋に効かないのだ。あの少女は効かないので問題としない。荒須隊員もこの攻撃を受けてもケロっとした顔でうるさいだけですよねなどと言っていた。効かないので危険性を感じ取ることができないのだ。


 そしてスクリーマーの叫びのもう一つの危険な特性。それも大樹は問題としない。だが、俺らには危険な特性。

 

 その特性通りに、多数の呻き声が聞こえてきた。わらわらとここに来るまでに見なかった大量のゾンビたちが通路の陰からやってくる。


 もう一つの特性。それは周囲のゾンビたちを誘引し、強化する。強化といっても、小走りゾンビが全力で走るランナーゾンビに。普通のゾンビならば小走りにする程度だ。大群の時にはなぜか発動しないし、そもそも銃弾の嵐で、スクリーマーもろとも片付けてしまうのだ。やはり常に大群を相手にする大樹が問題としない理由だ。


 意識がクリアとなった俺は部下へと怒鳴る。


「全員意識をしっかりともて! お客さんが歌声を聞いて集まってきたぞ! 武器を構えろ!」


 怒鳴りながらもグレネードランチャーでスクリーマーへと射撃する。アサルトライフルの下部に取り付けられているランチャーから砲弾が飛び出し、通路を飛翔してスクリーマーへと激突した。スクリーマーのそばに来ていたゾンビたちを含めて轟音が鳴り響き爆砕する。爆発は埃を撒き散らし、壁や床を破砕し爆風を発生させる。


 その爆風がこちらまでくる。埃を含んだその煙に巻かれて前方が見えなくなるが、敵しかいないとわかっている。アサルトライフルの引き金をひき、煙の向こう側、ゾンビの足音と呻き声からどこにいるかを予想して撃ち続けた。


 銃声と共に撃ち出された銃弾は効果を発したのか、ゾンビたちが床へと倒れる音が耳に入る。


 だが、そこまでだった。多数のゾンビが煙の向こうから、腐った腕を突き出して、血に塗れた口を開き、こちらへと襲いかかってきた。


 それは数十人はいると思えた。ゾンビたちが一斉に襲いかかる。腕を掴まれて、身体を押し倒そうと何人ものゾンビが組みついてくる。


「このやろうっ!」


 押し倒そうとするゾンビたちに対抗するべく、後ろに下がるのではなく、敢えて前へと足を踏み出す。正面のゾンビの懐に入り込み周りのゾンビからの攻撃を防ぐためだ。その意図通りに正面のゾンビは俺を喰い殺さんと首へと牙を突き立ててきた。


 キィンと音がして、不可視のシールドがその攻撃を防ぐ。ゾンビならばしばらくは持つと考えての正面への飛び込みだ。


 アサルトライフルを捨て、右手でハンドガンを抜きソンビの頭へと押し付けて銃弾を撃ち込む。接射の攻撃にゾンビが耐えられるわけもなく、脳漿が吹き飛び返り血が飛んでくる。


 力なく倒れ込むゾンビを蹴り飛ばし、その反動で後ろに下がる。左手でもう一丁のハンドガンを腰から抜いて、素早く両手のハンドガンを群がりくるゾンビたちへと向け引き金をひいた。


 次々とくる群がりくるゾンビたちを倒していく。


「伏せてっ!」


 後ろから部下の声が聞こえ、投げ出すように後ろへと仰向けに身体を投げ出し倒れ込む。ガチャッという音がして背中に背負ったショットガンが背中に当たり強い衝撃がきた。


 しかし、不可視のシールドが働き衝撃は痛みへとは変わらない。優秀なシールドだと感心しながら、頭上を銃弾が通り過ぎる風切り音を聞く。


 バタバタと倒れるゾンビたちの音、アサルトライフルの銃声がしばらく続き、ゾンビたちの呻き声が消えようやくアサルトライフルの銃声が止まった。


 ふ〜っと安心の息を吐く。のそりと立ち上がるとゾンビたちは全て倒れて血が飛び散り、肉片が床を汚していた。


「危機一髪でしたね、蝶野隊長」

「危なかった! 今のは危なかった!」

「スクリーマーの怖さだな……」

「今度耳栓を通常装備に入れられないか申請しましょうよ」


 部下たちが、アサルトライフルを肩に担ぎ、それぞれほっとした表情で言ってくる。


「助かった。やはり室内戦などやるものではないな」


 俺も苦笑しながら、捨てたアサルトライフルを床から拾い直して返事をする。


 部下の一人がニヤリと笑いながら同意の頷きをする。


「そうですな。やはり接近前に敵を倒すのが常道だと」


「待ってください! 敵の反応あり! ………この足音はデカゾンビです!」


 口を挟み斥候が緊張した表情で怒鳴る。潜水艦の探査員みたいな聴覚だ。


「どこだ! どこからくる?」


 すぐさま散開し銃を構え通路を確認するが、巨体であるはずの化物の姿が見えない。


「…………部屋から聞こえます。場所は………お前っ、その壁から離れろ!」


 壁を背に周囲を見渡していた兵士へ怒鳴る斥候と、壁が壊れて丸太のような腕が突き出されるのは同時だった。


「うおっ!」


 驚きの声をあげる兵士へと腕が近づく。ガラガラと壁が壊れて、突き出されてきた腕は部下の顔を掴む。掴まれた顔を押し潰そうと力が籠められたのが腕の筋肉の盛り上がり方でわかった。すぐさま空気が震え不可視のシールドが働き、化物の腕力と拮抗し始めているのが見える。


「やらせるかっ!」


 バタバタと暴れて、掴まれた顔からなんとか腕を払おうと部下は叩いたり引っ掻いたりするが、ビクともせずに離れる様子がない。


 このままでは死ぬ。ザクロのように顔を潰されて部下は死ぬ。拾い上げたアサルトライフルを再び投げ捨てて、最後のコンバットナイフを抜き放ち、デカゾンビの指へと上から振りかぶり斬りかかった。


 骨を断つ嫌な感触が手に伝わり、デカゾンビの指が斬れて床に落ちる。顔を掴む指がなくなり、部下はようやく振り払い這うように急いでその場から離れる。


「隊長! もう一匹!」


 壁を壊しながらデカゾンビがその巨体を中から這い出そうとしたところ、少し離れた壁が粉砕され、デカゾンビがもう一匹、壁からタックルの構えで走りでてきた。


 もう一匹……。後からでてきたデカゾンビを観察する。3メートルを超えた背丈。筋肉で膨れあがり幾筋も血管が浮き出ている。アサルトライフルの弾倉を何個も空にして倒せる驚異的な耐久力を誇る化物。デカゾンビが目の前に現れた。


 すぐに思考を切り替え部下へとちらりと視線を送り指示する。


「次のは俺が相手をする! お前らは最初のをさっさと倒せ!」


「りょ、了解! 撃てっ! 撃てっ!」


 動揺しながらも最初のデカゾンビへと攻撃を開始する部下たちを横目に、二匹目に立ちはだかりコンバットナイフを構えて言う。


「お客さん、どうやってその図体でここまで登ってきた? 大変だったろうが、お前は出禁だ。退場してもらうぞ」


 挑発が効いたかはわからないが、筋肉で窪んでしまった目が僅かに開き咆哮する。


「グォォォ!」


 そしてこちらへと肩からタックルしてくる。踏み込みで床にヒビを入れながらの突撃。その突撃はダンプカーを思わせる。


 ダンプカーの前にナイフ一本で立ち向かう。まるで蟷螂の斧のことわざそのままだ。


「だが、俺はカマキリじゃないし、背中には家族の人生を背負っているのさ」


 呟きながら気合を入れて迎え撃つ。デカゾンビのタックルにより、物凄い衝撃がくる。体が軋む音がして膝が崩れ落ちそうになるが、ギリギリ耐える。


 耐えながら、ふと思い出す。俺は人々の平和を守る自衛隊員だった。崩壊の日、俺は人々の平和は守ることはできず、上官は死ぬか逃げるかして部隊は崩壊した。奥多摩に旅行に行った妻と娘を救けに向かうため、手勢を集めて向かったが途中で弾が尽きて、ゾンビたちの前に立ち往生して、新市庁舎などの生存者と合流した。妻と娘も守れなかった自分。


「小さな救世主からやり直しのチャンスを貰ったからな。死ぬわけにはいかんのだ」


 再び生きているとは考えていなかった妻と娘に会えたのだ。死ぬわけにはいかない。その想いが俺に力をくれる。


 ダンプカーの衝突とも思わしきタックルにギリギリに耐えた俺へとデカゾンビは腕を繰り出し、顔を掴んでくるのが見える。避けずに敢えて顔を掴まれて視界が真っ暗となる。不可視のシールドが耐えてくれるが、砕け始める音もまたし始める。


 掴まれてデカゾンビは俺を自分の顔の前まで持ち上げた感触があった。俺の身体を軽々と持ち上げるその力には恐れ入る。


 しかしやはり知能を持たない化物だ。


 計算どおりの動きをしたデカゾンビへと俺は背中に下げていたショットガンをすかさず手を回して掴む。そのままデカゾンビの顔があるだろう場所へと引き金をひいた。


 身体に銃の反動が響き、重いなにかが吹き飛ぶ音がした。掴まれた顔から腕が離れて視界が復活する。


 空中に放り出された俺は素早く体勢を立て直しデカゾンビへと視線を向けた。


 そして肩から砕け散るワッペンの欠片が舞う。今までよくぞ耐えてくれたと内心でワッペンへ感謝を送る。貴重な命綱。これが無かったら自分は何回死んでいたのかわからない。


 視界が復活して、前を見るとデカゾンビが顔を半分吹き飛ばされて膝をついていた。その巨体を震わせて行動不能となっている。


「お客さん、帰りの車代はこれで支払ってくれ」


 首を僅かに傾げて淡々と語る。そうして、デカゾンビの半分かけた頭へとショットガンの銃口を向ける。


 五野が売っていた使えないショットガン。誰も見向きもしなかった在庫処分品。射程3メートルの銃としては役立たずの武器。だが、射程範囲内ならば、馬鹿みたいな威力となる。オスクネーすら一撃で倒せる趣味の武器。最後の武器として買ったお守りみたいな武器。


「確か……スピアショットガンと言うんだったか……。槍の一撃だったか?」


 小さく笑い、よく思い出せない武器の名前を語り、引き金をひいた。轟音と共にデカゾンビは頭を吹き飛び倒れ込んでいくのであった。


「意外とこの武器を気に入っているんだ。凄いだろ、この威力?」


 もう一匹を見れば、穴だらけになり部下が倒したところであった。息を吐き、さすがは精鋭たちだと誉め言葉をかけようと考えた時だった。


 間の悪いことこのうえない声が耳に入った。それは上の階から聞こえてくる元気な声であった。


「たいちょ〜! 生存者を確保しましたよ。たいちょ〜!」


 その言葉を聞いて、周りの部下を見渡す。それぞれその声が聞こえたからだろう。疲れた顔をしている者。苦笑いをしている者。様々な表情を彼らはしていた。


「あいつ、どうやって登ったんだ?」

「全然反対側から銃声がしなかったよな?」

「あぁ、もしかして敵は全部こちらに来たんじゃ?」

「幸運すぎるだろ、あいつら……」


 部下は疲れた顔を見合わせて話し合いながら、肩を落としている。どうやら疲れがどっときたようだ。


「独身の奴ら、残念だったな? 先を越されたみたいだぞ? どうやらモテ期はまだまだこないみたいだな。まぁ、俺は帰ったら可愛い妻と娘がいるから問題は全然ないが」


 どうやら英雄の縁の下の力持ちと俺らはなったみたいだ。蝶野は先を越されたかと、疲れを感じて苦笑いをしながら部下へと撤収準備をさせるのであった。


 そうして思う。今度あの少女を夕食に誘って、妻と娘を助けてくれたお礼をするかと。

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[良い点] 主人公ではないけど、主人公だよね
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