157話 激闘戦線
戦車隊が轟音とともに道路を通過していく。途中にある放置された車など関係ないと踏みつぶしながら速度を落とすことなく、移動していく。ヘリが空中を飛び、制空権を確保しているのが見える。
雪が舞う静寂の世界は無くなり、機械のたてる音にびっくりした犬や猫、鹿やらが道路の陰から飛び出してきて、その軍隊から離れていく。
道路は移動する戦車隊で埋めつくされ、大量のヘリが空中を支配している。
「やれやれ。すごい軍隊ですな、百地隊長」
輸送トラックの荷台で揺られながら、蝶野が戦列を見ながら感心して息を吐く。
「でも、この轟音で生存者が出てきてくれてよかったですね」
荒須がニコニコ笑顔で今の状況を伝えてくる。
「確かに。マンホールが開いたと思ったら血相を変えた生存者が飛び出してきたからな。よくあんなところに住んでいたもんだ」
仙崎が確保した生存者について思い出しながら語る。すでに数人であるが生存者を保護して若木コミュニティへと運ばれていた。
「ナナシの野郎が言うには、恐らくは1000人前後はまだ隠れ住んでいるらしい。その人々を助けるのが俺たちだ。ぬかるんじゃないぞ!」
「その言い方だと山賊とかに聞こえますよ。百地隊長」
蝶野がからかうように言ってくるので、怒鳴り返す。
「うっせえ! しっかりと仕事をしろと言っているんだ!」
「了解です」
「もちろんです」
「油断はしていませんよ」
三者三様に返事をしてくるのを見やりながら、外へと視線を向ける。
百地にとっては久しぶりの本格的な遠出だ。もはや、崩壊前と比べると見る影もないが。
積雪で潰れている家々。火事があったのか焼け跡が残り、雪の間に焦げた柱が見える。ビルも窓も割れて自動ドアも外れて傾いている。血だらけであったろうことが、ビルの中を覗くとわかる。無論、生者など影も形も見えない。
随分寂しい景色になっちまったと百地は口元を歪めて、寂し気に思う。自分が生きていて、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
自らが銃を片手に化物と戦い、崩壊した世界を生き抜くなど、若者向け小説か映画だけで良かった。自分が代表になって人々を指揮するなどあってはならなかった。
老兵は去り、若者が生き残らなければならなかったのだ。このような世界になっていつも思う。
そんなことを思っていたら、信頼をしている部下が話しかける。
「しかし大樹も冬に作戦行動をとるとは……厳しい戦いになりませんかね?」
真面目な元自衛隊員の蝶野の言うことは一理あるが
「いえ、蝶野さん。この戦いは俺らに有利ですよ。知能のない化物にはこの積雪の積もった地面は不利に働きます。走ってこられても、雪に埋まりながらじゃ、銃の簡単な的だ。こんなものもありますしね」
軟膏みたいな入れ物をポケットから仙崎は出してみせた。もちろん儂らはその効果を知っている。
「耐寒クリームですか。確かにそのクリームの力で私たちは行動が鈍くなりませんね。そう言われるとそうかもしれません」
「それに生存者がいるのならば、即刻助けないといけませんしね!」
一番正義感の強い荒須が、彼女らしい言葉を熱意を込めて言う。
「だな。俺らは生存者保護優先で動くのみだ。頑張らないとな」
熱のこもった話し合う三人を見ながらも考える。未来のことを。世界に再び文明の灯りが灯され始めるのを。
その日がくるまで、儂は礎となろう。若者たちよ。儂がその灯りの一つとして頑張ろうじゃないか。
銃を握り、そう儂は誓う。
しばらくトラックの荷台で揺られたところで運転席から声がかかる。
「百地隊長! 戦車隊から連絡。そろそろ接敵するそうです! ただ、敵の集団の迎撃地点に生存者がいるそうなんですが………」
「あ〜ん? 生存者がいるなら迎撃地点を変えろと言え!」
トラックには通信機が搭載されている。戦車隊からの連絡に気色ばんで儂は怒鳴る。
「それが……。敵の数が多すぎて迎撃地点は変えても砲撃の影響外にはならないだろうと」
「ッ! どれぐらいの数だ?」
「生存者の範囲には一万はいると……」
その返答を聞き、今の防衛隊の兵力。装備を考える。いける! 一万なら今の防衛隊ならいける!
「…………ならば儂らが生存者の迎撃地点は受け持つと言え! こちらの火力なら影響はでないだろうからな!」
「りょ、了解しました! すぐに連絡をします!」
「そうしろ! 蝶野! 部隊の展開をさせろ! 仙崎! 新兵の世話は任せたぞ!」
怒鳴りながら指示をだし、力強く蝶野たちは頷く。
「トラックを止めろ! 生存者はどこらへんにいそうだと言っている?」
「は、はい! 生存者はこの先のビル内のどこかにいるとしかわからないと」
「その情報だけで充分だ! 蝶野! 部隊の展開後、生存者救出隊を編成しろ」
次々と手早く指示をだしていると、トラックが雪の中、タイヤを少し滑らせながら停止する。停止の振動で身体が揺れるが、気にせず荷台から飛び降りる。
雪で滑らないように、しっかりと足を踏ん張って停止し始めたトラック群へと叫ぶ。
「全員トラックから降りろ! 荷台に閉じ込められて退屈だったろう! 仕事の時間だ!」
昔と違い、妙に力強くなった。その力を利用して素早く荷台から銃器を降ろしていく。
「急げ、急げ! 敵は待ってくれないぞ!」
蝶野が怒鳴りながら部隊を編成し始める。連れてきた300人の兵士。訓練通りに素早く展開させていく。
「第一部隊、展開完了! 機銃設置開始します!」
「こちら第二部隊! 展開完了! 鉄条網設置開始します!」
「第三部隊、もう少し展開に時間下さい!」
報告が次々と各部隊の隊長からされてくる。儂は頷き、周辺の地形を確認する。
普通の居住地だ。一軒家にアパート、そしていくつかの高層マンション。大通りを挟んで生存者がいるだろう場所を考える。
「おい! ビル内と言っていたな?」
トラックの運転席へと声をかける。
「はい、生存者の位置が地上より高い場所の反応ありとのこと。ただ正確な位置はわからないと……」
その報告に再びいくつかのビルを見渡すが、生存者は出てくる気配がない。ぎりぎりと歯噛みをして考える。
「ちっ! なんで生存者は出てこないんだ? 既に軍隊が来ていることに気づいているはずだ」
「………百地隊長………あれが原因でしょう」
その問いに部隊の展開を終えた蝶野が苦渋の表情で答えて、この先へと指差す。
そこには津波の如く、ゾンビやグールがこちらへと迫りくるのが見える。凄い数だ。奴らの呻き声は合唱となり、ここまでその大音量が聞こえてくる。運河の如く流れてくる群れだ。
「ちっ、儂らが勝てないと考えて隠れていると言うわけか。くそったれが」
怒りとともに悪態をつく。戦車群が見えていないはずがない。それでもこの大群には勝てないと生存者たちは考えていると言うわけだ。
「百地隊長! 戦車隊から伝令! これより攻撃を開始するとのことです!」
トラックの運転手が通信を受けてこちらへと報告する。
「あぁ、了解したと」
言え。そう答えようとしたところで、巨大戦車が砲撃を開始した。
空を震わす轟音とともに戦車砲が砲撃を開始して砲弾を吐き出す。その砲弾は山なりの発砲ではなくて、直線に撃ち出されている。
離れていても、その轟音で耳が痛くなるほど。そして直線に撃ち出された砲弾はすぐに一軒家をも簡単に飲み込む極太の白光へと変化する。
空中に白い光の軌跡を残して、まるでビーム砲のようなその攻撃は射線上にて触れる一軒家を蒸発させ、ビルは白熱し氷が溶けるように崩壊していく。その威力は止まらずにゾンビの大群を通過して射線上に道ができるように大群を焼き尽くしていった。
そしてその攻撃は一台ではない。展開を終えた全ての戦車隊が一斉に撃ち、大群をみるみるうちに焼いていった。その攻撃はまるでビームの大河であり、敵は押し流されるが如くその光の中で消えていく。
「おぉ! 凄いぞ!」
「なんだあれ! ビーム砲じゃん!」
「我が軍は圧倒的ではないか!」
防衛隊の面々がその光景を呆然として見つめる。確かに凄い威力だ。生存者を巻き込む威力、納得である。あの威力ならば生存者のビルも一瞬で溶かすだろう。そして、最後に発言したやつは後で殴る。
「おら、あの攻撃はこちらにはこないんだ! 手を止めるな、戦闘準備だ!」
戦車の威力を見て、手を止めていた兵士たちへと動くように指示をだす。儂の言葉を受けて、はっと気持ちを取り戻して兵士たちはキビキビと動きを再開する。
「接敵まで、あと5分! 最初はグール! 後ろに全力で走るゾンビあり!通常のゾンビたちをかなり引き離しています!」
観測兵が敵の動きを予測して声をはりあげる。その声とともに誰かが叫ぶ。
「ビル内に生存者あり! 手を振っています! 助けを求めています!」
その声を聞いて嘆息する。高層マンションの一つ。その屋上から少し下の階、テラスから痩せている生存者の男女二人が見えた。懸命に手を振って叫んでいる。戦車隊の威力を見て助かると判断したのだろう。それか自分たちのいるビルも焼かれると考えたか。
どちらにしても遅い。遅すぎる判断だ。既に接敵する場面では救援隊を向かわせることはできない。ある程度敵を排除したあとになる。
「防衛戦をはれ! 観測員、射程範囲に入ったら合図しろ!」
大通りをトラックを中心に展開させる。既に兵士は銃を構えて緊張気味に敵が来るのを待ち構えている。アサルトライフルを構えている者、ランチャーを撃てるように距離を測っている者。機銃にて敵のもっとも濃い集団を狙い撃とうとする者。
儂も荷台からバカでかい武器を取り出し両肩に担ぐ。ジャコンと重々しい金属音がして頼もしい感触を感じる。
緊張気味の兵士へと士気を上げるため、その武器を見せつけるように叫ぶ。
「ガッハッハッ! 儂のガトリング砲の力を存分に見せようではないか!」
五野から買い取った新型。バカみたいな武器。二連装ガトリング砲を二丁。両肩にかけて叫ぶ。物凄い重量だが、不思議と体幹もずれず、重さに押し潰されることもなく取り扱えるようになった。買った当時に蝶野たちは儂の姿を見て、どこの宇宙人ですかと苦笑いをしていたのが印象的だった。
だが、この儂の姿は頼もしく感じるだろう。弾丸もありえない数が弾倉に入っている。確か一万五千発入っていると言っていたので、ガンベルトも無く、よくそれだけ入るものだと感心した覚えがある。
「射程範囲に入りました!」
雲霞の如く近寄る敵は多すぎて、なかなか距離感がわからない。しかしこれまでに鍛えられた観測員の目は正確であった。
「よし! 射撃開始!」
儂の言葉をトリガーに全員が撃ち始める。祭りの太鼓でもこれだけの騒音は立てることはできまい。世界が轟音に包まれていく。
迫りくるゾンビたちの大群。それに対して防衛隊の発した銃弾はまるで豪雨のように敵へと遅いかかり、次々とその攻撃を受けてゾンビたちは倒れていく。しかしゾンビたちは怯まずに、倒れていく仲間を踏み倒しどんどんと勢いよくこちらに近づく。雪の中でその走りは埋もれながらである。かなり遅くなっているが、それでもその怒涛の走りは恐怖を感じるだろう。
無論、一般人ならだ。防衛隊は怯まずに敵を睨み狙い撃つ。
「ランチャー! 冷凍弾だ!」
「機銃掃射開始!」
「右翼弾幕薄いよ! なにやっているの!」
兵士たちの怒鳴り声の応酬があるなかで、儂ももっとも数が厚い集団へとガトリング砲のトリガーをひく。
4つの砲が凄い勢いで回転を始めて、銃弾のシャワーを生み出す。
「まずは先行の敵を倒す! 弾が尽きないように注意しろ!」
各隊に問題ないか、攻撃が薄いところがないか注意しながら撃ち続ける。
鉄をも簡単に引裂くグール。腐臭を漂わせた肉体の欠けているランナーゾンビ。全てへ銃弾を食らわせてやる。
「化物たちよ! いつかのお返しだ! 今日は存分に銃弾を食らっていけ!」
崩壊時には逃げることしかできなかった。武器はなく生存者を助けることもできなかった。だが、今は違う。違うのだ!
クワッと目を見開き、敵へと借りを返す。死んでいった家族。友人、それぞれの想いを込めて。
「てめえらは絶対に倒す! たとえ元が人間であろうとも! 儂はお前らを殲滅する!」
ガトリング砲による銃弾のシャワー。総数が一万といっても、先行してきた脳味噌の足りない奴らは2000ぐらい。手強い敵でもあり、先行してくるのはありがたい。
グールが障壁を張って防ごうとする。ランナーゾンビはその耐久力で倒されても立ち上がり、こちらへと再び走ろうとする。
だがそれがどうしたというのだ。障壁が作られるのなら破るまでだ。数発の銃弾でも倒せないなら、数十発撃ち込んでやれば良い。
「おらおら! 近寄ってきてみろ! その汚い口に銃弾を食らわせてやるからな」
積年の恨みでもこれだけの憎しみとはならないかもしれない。各兵士はこれまでの逃げないといけなかった悔しさや家族が殺された憎しみを燃料に戦う。
そしてそれだけで戦うのではない。それ以上にこれからの未来を作るために、希望を持てる日々をこさせるために戦うのだ。
バタバタと稲穂が倒れるように、グールもゾンビも倒されていく。そうして道には死体が溢れていく。
「続いて小走りゾンビ、オスクネー、スクリーマー、デカゾンビが来ます!」
儂はガトリング砲を肩から降ろして、弾倉を素早く入れ替える。
「これからが本番だ! お前らぬかるなよ!」
蝶野たちが山賊ですかと苦笑した言葉を繰り返す。儂にはそれしかできんのだから。
「了解!」
「各隊! 弾倉補充!」
「急げ急げ! すぐに敵は来るぞ!」
「弾薬箱置いておきます!」
一仕事終わった感のある兵士は儂の言葉で再び気合を入れてバタバタと動く。次は動きが遅いが大群だ。油断はできん。
再びガトリング砲を構え直したが、兵士の悲鳴のような叫びが聞こえた。
「見ろ! 生存者たちのマンションに!」
儂等より手前にある生存者たちのいるマンション。そこにゾンビたちが一部群がり始めていた。生存者たちは信じられないことに防衛隊の戦いをのほほんと見ていたのだ。
「馬鹿がっ! 今まで生き残ってきたんだろう! なぜ隠れていなかった! 最後の最後で死ぬ気か!」
ゾンビたちがマンションに取りつき始めたのを見て、生存者たちは慌ててテラスから中に入り窓を閉める。だがすでに遅い。とっくにゾンビたちは生存者たちを目標にマンションの窓を割り、ドアを破り中に入っていく。時間がたてば階層を登って生存者たちは喰い殺される。
「くそっ! 蝶野! 10人連れていけ! 生存者を助けに行ってこい!」
叫び、マンションに取りついているゾンビへとガトリング砲を狙い撃つ。バラバラとゾンビがマンションから落ちていくがそれでもかなりの数が入っていったのが見えた。
「了解です! 荒須隊員たち、生存者を救出に行くぞ!」
死地へ行けとの命令と同義である儂の指示を躊躇いも反論もせずに蝶野は了承する。そしてきっちりと10人の兵士を選抜してマンションまで走っていく。
「ふん! 反論ぐらいすれば可愛げもあるものを。仙崎! 一部の兵士でマンションへと支援だ」
死地へと行かせたのは儂だ。だが、あいつらの力はよく知っている。一年近く共に戦ってきた戦友なのだから。
だから、ここで全力で支援をする。儂はガトリング砲を撃ちながら誓うのであった。